閑話 ハッピーハロウィン!
前回のあらすじ
・そんなものはない。
・季節ネタを挟みこみたかっただけ。後悔はしていない。
今日はハロウィン。イリシュテアの町にはたくさんのカボチャが飾られ、子供たちは仮装してお菓子をもらいに行く……はずだった。
カボチャの飾りやらこうもりの置物やらの飾る噴水のある水晶の塔の見えるイリシュテアの中央広場。積み上げられたカボチャの飾りの上にいるのは、歓声を上げる子供……ではなく、灰色に近い神父服を纏い、禍々しい魔導ガトリングを携えたアンデットであった。
『いや待て。わたし、つい前の話でイルーシアの野郎に再封印されたのだが?』
「仕方ないじゃない。STOのイベントで復活しているのだから」
あっさりと言うサクラ。不貞腐れた様子のイリシュテアは、ジャックオーランタンに肘をつき、不貞腐れたように言う。そんな彼に、アンデットが現れたという情報を聞いて召集された勇者一行は頭を抱えることしかできなかった。
イリシュテアはサクラの返答が気に入らなかったのか、盛大に舌打ちをすると、カボチャについていた肘を下ろして盛大に舌打ちをする。
『意味の解らないことを言わないでもらえるか? あのだな、魔王が倒れたら復活するとあんなに堂々と言ったにもかかわらず、こんなにもすぐ再登場する羽目になったわたしの気持ちがわかるか?』
「すまないが、流石にこんなくだらないことで闇落ちしないでもらえると助かる」
どうしようもない不機嫌から、ジャックオーランタンの隙間から小さな異形の腕が見え隠れする。なぜかこの場には、ミニングレス本体であるエンブレムは顕れていないのだ。
そして、ミニングレスのイリシュテアは、思い出したように勇者一行に問いかける。
『で、貴様らのその恰好は何だ? わたしをおちょくっているのか?』
「いや、その、だって、今日、ハロウィンだっていうから……」
そう言って目を逸らすのは、頭からシーツを被ったウィル。こんな事態になるとは欠片も思っていなかったために、右手には片手剣に変形した聖剣を、左手には交換用のお菓子のたっぷり入ったかごを持つという何ともちぐはぐな状態となっていた。
隣にいるアリアは角とこうもりの羽根をつけて悪魔の仮装をしているし、ロアに至っては頭からパンプキンを被って燕尾服を身に纏っている。サクラはいつもの桜の模様の入った着物から無地で真っ白な着物に着替え、頭に三角の布を巻いて和装幽霊になっていた。つまり、勇者一行は全員、ハロウィンの仮装のまま、ミニングレスのイリシュテアの復活した広場に駆け付けたのである。
魔導ガトリングを携えたイリシュテアは、呆れたように目を細め、勇者一行に問いかける。
『やる気あるのか貴様ら?』
「アンタが突然復活するのが悪くないかしら? あのね、私たちだって封印した翌日に復活してくるとは思わないじゃない」
『とはいえまともな装備の一つくらいはするものだろう。わたし、幾万もの怨念集う最強のアンデットだぞ?』
「なあ勇者、イルーシア一人に再封印された奴が何か言っているぞ」
「そ、そう言うの止めておこうよ、アリア!」
悪魔の仮装をしたアリアが、耳をぴこぴこと揺らしながら言う。普通に腹が立ったのか、イリシュテアは額にピキリと青筋を浮かべ、カボチャの飾りから広場に飛び降りた。
そして、ガトリングに魔力を込め、不敵に笑う。
『まあいい。今は忌々しいイルーシアの気配がない。今のうちにさっさとこの穢れた街を滅ぼしてしまうとするか』
「あ、それなら後10分くらい待ってもらえないかしら。装備着替えてから挑みたいのだけれども」
『最初からまともな装備で来い……!』
「だから、突然復活した貴方が悪いのじゃない! 街の存亡に関わる戦いなのにまともな装備なしで駆けつけたのよ!?」
『逆ギレをするな! くたばれ穢れた民ども!!』
イリシュテアはそう怒鳴ると、魔導ガトリングの引き金を引いた。
放たれる漆黒の魔弾の群れ。その魔弾は、勇者一行を射殺し、街を破壊する……はずだった。
「光魔法第3位【ファストバリア】!」
正確無比な光魔法。紡がれた呪文によって、イリシュテアを囲むように金の障壁が展開される。弾丸は、その金の盾に阻まれ、一つたりとも何かを傷つけることはできなかった。
既視感のあるその防衛方法に、イリシュテアは吠える。
『おのれ、イルーシア!!!』
「あ、いや、確かに私はシス・イルーシアですが、貴方とは初対面……」
『別人!!』
2丁拳銃を構え光魔法の展開の用意をするシスは、気まずそうにイリシュテアから目を逸らす。彼女はいつものシスター服だが、拳銃のストラップにはカボチャを模したものが付けられていた。
シスの参戦に疑問符を抱いたのは、割とこの異常事態でも冷静さを保っていたアリアであった。
「あれ、シスさんって街の外に出たのじゃあなかった?」
「強烈なアンデットの気配がしたので、戻ってきました! イリシュテアに入った途端巨大なエンブレムが現れたので、凄く驚きましたよ」
そう言って、「なので、ジルディアスさんたちは後から来ます」と続けるシス。そんな彼女に、イリシュテアはきょとんとした表情を浮かべ、つぶやく。
『えっ? 何だそれ。わたしは知らないぞ?』
「え?」
イリシュテアの言葉に、シスは間の抜けた声を上げる。
その時、表門からすさまじい爆発音が聞こえてきた。
「うっわぁぁぁああああ?! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!」
「黙れ、貴様は死なないだろうが!」
表門からイリシュテアに戻ったジルディアスと俺は、街のいたるところから這い出てくる手に攻撃されていた。悪質なのが、単純に足を引っ張ってくるとかそう言うのではなく、確実に拳が顔面を狙ってきたり、割と深めに爪が皮膚をえぐってきたりするのだ。
一般人はもうあっという間に逃げ出してしまったので、ウィルドはその背中に翼を生やして空中から支援をしてくれている。が、何分数が多い。
虚空の倉庫から草刈りに使われるような大鎌を取り出したジルディアスは、影から這い出る手を全力で切り払っている。金属を編みこんで作られたローブを身に纏っているため、見方によっては死神の仮装に見えなくもない。俺? アンデットにズタボロにされているから、ゾンビじゃないかな?
「うっわぁ?! ヤバいってジルディアス! 内臓はみ出た!」
「黙ってしまえ! __見たところ、原因はあのエンブレムか?!」
ジルディアスはそう言って門前の広場になったあたりの中央にそびえたつ、手が組み合わさってできた二重丸のエンブレムを指さす。何あれキモイ。
無限にあふれ出てくる青白い手を相手していると、突然、エンブレムが震えだす。そして、内円の中から、何かが現れた。
どろどろとどす黒いソレは、やがて人の形をとり、その手には猟銃……いや、ライフル銃を握り締めていた。
『__ああ、君だね』
エンブレムから現れたのは、ボロボロの神父服にバサバサのブロンズの髪。そして、その神父は俺の方を一瞥すると、ためらう気もなくライフルの引き金を引いた。おい嘘だろ?!
「うぎゃぁぁあ?! 何、何?!」
「駄剣! 俺のそばに寄るな、巻き込まれるだろうが!」
ジルディアスの方へ逃げようとした俺。しかし、割と余裕がないらしい彼は、手加減なしの蹴りを俺に見舞う。
「畜生、マジ外道だなお前!!」
そう叫ぶ俺の後頭部に散弾がぶつかり、頭蓋骨が持っていかれる。飛び散る脳髄と血液は、地面に落ちるとほぼ同時位に金の粒子になって消えていくが、肉体損傷自体はそのままだ。あまりにグロテスクすぎるので、すぐに復活スキルを使って体を修復した。
いきなり何だアイツ。刻印を使ってエリアヒールを展開しながら、俺は何の容赦もなくライフルをぶっ放してきたその神父服の男を睨む。すると、その神父服の男は、割と優し気な笑顔を浮かべて言った。
『初めまして。わたしはイルーシア。シスの師匠だ。__というわけで死ね』
「何で?!」
あんまりにも理不尽なセリフに、俺は思わず悲鳴を上げる。イルーシアを名乗るアンデットは、引き金を引くことをまるでためらわない。ぶっちゃけ俺は死なないからいいとして、このままだと一般人が巻き込まれかねない。
俺は全力で横に転がって散弾を避ける。そして、ジルディアスに強化魔法をかけた。
「【バイタリティ】! 早くこいつ倒してくれ! 恨み買った覚えないのに殺されかけてる!」
「やかましい! 黙って死んでいろ!」
「ひどすぎるだろ!!」
散弾はイリシュテアの冷たい石レンガを砕き、ついでと言わんばかりに俺の皮膚も切り裂いていく。
「待ってくれ、えーっと、イルーシアさん?! 何で俺殺されかけているんだ?!」
『わたしの一番弟子がお世話になったようだからね。恋愛フラグをこれ以上発展させる前に死ね』
「師匠としてどうなんだそれは?!」
想定外にあっさりと帰って来た解答に、俺は悲鳴を上げることしかできない。待てコイツ、強いぞ?!
ライフルを扱う割に、近距離戦にもそこそこ心得があるのか、肉薄してライフルを奪おうとすると、顎を肘でぶん殴られた。死にはしないが、視界がいきなり天空に向けられたため、まともに回避も受け身もとれない状態でどてっぱらに散弾銃を打ち込まれた。慈悲はないのか?
「うぉえ、胃に穴開いてそう」
思わずそう呟いた俺の喉を、いつの間にか銃剣に変形していたライフルの先端が貫く。殺意高すぎるだろ。そんな時だった。ジルディアスが俺に向かって言う。
「物理的には開いているのではないのか? そうそう、頭下げておいた方がいいぞ?」
「言うのが遅いんだよなぁ。っていうか無理だろ」
「ならともに消し炭になっておけ__闇魔法第8位【ダーククリメイション】」
右手に大鎌を、左手に魔法の発動体の杖を持ったジルディアスは、何のためらいもなく俺ごとイルーシアさんを焼く。割と一瞬で死にかけた俺とは反対に、イルーシアさんは闇魔法に耐性があったのか、さほどダメージを喰らうことなく俺を振り払って闇の炎から距離をとる。俺だけ火葬されたのは流石に理不尽が過ぎると思う。
こんがり焼きあがった俺を一瞥して、イルーシアさんは眉をしかめると、ジルディアスに向かって問いかける。
『彼の命を狙ったわたしが言うのもどうかとは思うけれども、仲間を容赦なく切り捨てるのはどうなんだい?』
「切り捨てたわけではないな。一定以上の信頼の上での行いだ」
「その信頼一旦捨ててもらっていいか? マジで一瞬三途の川見えたから」
穴が空き、焦げ付いた声帯で俺はジルディアスに吐き捨てる。普通に考えてこのセリフ、味方を火葬した後にするものじゃないだろ。俺以外だったら死んでいるぞ?
とにかく、俺は再度復活スキルを使って肉体の損傷を完全に直す。とにかく、さっさと目の前のこいつを張り倒すか祓うかしなければ、イリシュテアの街がヤバい。
そう判断した俺は、即座に詠唱していた。
「アンタがシスの師匠だとしても、彼女が守ろうとした街を破壊しようとすんなら放っておけねえ。多重展開、光魔法第5位【ライトジャベリン】」
『……腹が立つね。悪いけれども、わたしの一番弟子をこんなアンデットじみた住所不定無職の人外男にくれてやるわけにはいかないんだ』
「クソ、何一つ言い返せねえ……!」
俺は思わずそう言いながらも、多重展開した光の槍をイルーシアに向かって放つ。イルーシアは盛大に舌打ちをしながらも、魔導ライフルを使って槍をすべて撃ち落とした。嘘だろ、どんだけエイム力強いんだよ?!
一本の光の槍を武器代わりに握り締め、俺はイルーシアとの距離を詰めた。何と言うべきか、とにかく、男の意地で彼に負けるわけにはいかないと直感していたのだ。
「今は住所ねえし無職だし人間でもねえけど、魔王倒したら住所と職くらいはジルディアスからもらえるはずだ!」
「俺がくれてやる前提なのを止めろ」
ジルディアスは苦々しい表情を浮かべて言う。うるさいな、魔王討伐の旅が終わっても頼れる親戚がこの世界にいないから、癪だけど必然的にお前を頼るしかねえんだよ!
「いいか、ジルディアスはこんなクソ外道だが、これでもフロライト領の公爵の長男だ! 身分と金はあるんだよ! シスを養えるくらいの賃金の出る職の1つや2つ、斡旋してくれるはずだ!」
「貴様、今この場で魔王討伐後の職場をいくつか失ったな」
冷ややかな視線を俺に向けるジルディアス。だが、イルーシアはぐ、と小さく声を漏らす。そして、首を大きく横に振って、怒鳴る。
『それでも人外なのには変わりがないだろう!?』
「そう言うのはてめえが人間になって見てから言え!!」
『それもまた正論……! しかし、嫌だね! わたしの一番弟子を嫁にほしいなら、わたしを倒してみせろ!!』
「大人げねえなオイ?!」
銃剣を振るい、容赦なく俺の腹に剣を突き立てるイルーシア。言ってしまえば、俺は接近戦に関しては最弱に近い。正直、長所は死なないことだけである。
とにかく、仕返しに全力で光の槍を横なぎにふるう。が、闇に耐性があるというよりも、魔法全般の攻撃が通じにくいのだろう。首筋にぶつかった光の槍は、彼の首を少し焦がしただけですぐに光の粒子に代わって消えてしまった。
『最低限、シスを守れるくらい強い男でなければ譲れないな!』
「死んでるアンタよりは守れるだろ?!」
『ほんと腹立たしいね、君は!』
イルーシアはそう怒鳴ると、まっすぐと俺を睨む。俺も負けじと睨み返し、ついでに頭突きをして腹に突き刺さっていた銃剣をへし折る。そうやって、再度戦闘を再開しようとしたとき、イルーシアは悔しそうにつぶやいた。
『……あの子は、十分以上に傷ついて、悲しんで、守り続けてきた。これ以上悲しませるなら、いくら彼女が選んだとしても、地獄まで追いつめて殺す』
「そんなことするわけないだろうが! つーか、俺はシスのことが好きだけど、まだそこまで進展してねえよ!!」
『思ったよりも意気地がないな……今のうちに殺しておくか?』
「畜生、話が通じねえ……!」
俺とイルーシアがそんなことを言い合っていると、ふと、空から声が聞こえてきた。
「ごめんね4番目。アンデットはこの世界のためにならないよ。精霊よ、光をここに」
「へ?」
『チィッ!』
空を見上げると、丁度ウィルドが神語魔法の詠唱を終えたところだった。
にっこりといい笑顔を浮かべるウィルド。次の瞬間、すさまじい爆発音が、門前に響き渡った。
門の前に駆けつけてきた勇者一行が見たのは、完全に崩れたおぞましいエンブレム……ミニングレスの本体と、黒焦げで生きているのか死んでいるのか今一つわからない状態の恩田。そして、かなりボロボロに消耗しているイルーシアの姿だった。
「ゆ、ユージさん?!」
シスは驚いたような表情を浮かべて黒焦げの恩田に駆け付ける。恩田は半死半生と言ったような状態で、返事をした。
「あー……シスさん。大丈夫、生きてる」
「大丈夫なわけがないでしょう?! 光魔法第一位【ヒール】!」
シスはそう言って酷く心配しながら恩田に回復魔法をかける。
そんな二人の様子を見て、額に青筋を浮かべたのは、ミニングレスの一部であるイルーシアであった。
『やっぱり、今殺したほうが彼女のためになる……!』
そう言ってライフルに手をかけるイルーシア。そんな彼を止めたのは、意外にもイリシュテアであった。
『いい加減止めておけ、イルーシア。弟子にアンデットになった姿を見られたいのか?』
『ぐっ……!』
イリシュテアの言葉に、イルーシアは小さくうめき声をあげてその動きを止める。そして、ライフルを下ろした。
イルーシアは、深くため息をつくと魔導ライフルを影に消し、小さく肩をすくめた。
『仕方ない。生者のことは生者が何とかするしかないか。……決定的な行動をしてから殺せばいいし』
『面倒なことを言うな。ほら、この街を滅ぼして、とっとと帰るぞ』
『それはできない相談だね』
イルーシアはあっさりとそう言うと、その体を銀の鎖に変えてイリシュテアを影に引きずりこむ。突然の手のひら返しに、イリシュテアは額に青筋を浮かべて怒鳴った。
『貴様ァ!! 変わり身が早すぎるだろうが!!』
『ははは、そうでもしないと原初の聖剣に滅ぼされてしまうからね!』
銀の鎖はしゃりんと音を立てて影に入り込む。そうして、聖都市イリシュテアには、一時の平穏が戻った。
ふと、この状態に、恩田は小さくつぶやく。
「あれ、もしかして、俺、ホントに無意味に怪我しただけ……?」
__ハロウィンの夜は、恩田の小さな悲しみとともに更けていった。
銀の鎖が影に沈み込んだ後。シスはそっと影を見つめ続けていた。
シスは、結局、アンデットと化した師匠イルーシアの姿を見てはいない。それでも、なんとなく、イリシュテアを影に引きずり込んだ鎖に、既視感を覚えていた。
「……師匠。かえって来たのですか?」
小さくつぶやいたシスの言葉は、誰に拾われることも無く、空に輝く月に吸い込まれて消えてしまった。
__ハロウィンはあの世とこの世がつながる日。仮装に紛れて、誰かあの世の知り合いが帰ってきているかもしれない。