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110話 怨嗟と予言と

前回のあらすじ

・ミニングレス戦

・ミニングレスの本体であるエンブレムの破壊成功

 ウィルは、隣にいるアルフレッドが大剣を持っていることから、聖剣を片手剣に変形し、開いた左手にバックラー(片手盾)を装備した大剣同士では間合いが重なってしまい、戦いにくくなると判断したのだろう。


 本体であるエンブレムを失ったミニングレスは、少しの間呆然と立ち尽くした。それでも、無表情のままに、乾いた笑い声を喉から絞り出す。

 変貌は、突然起きた。


『許さぬ。許さぬ、許さぬ!!』


 ミニングレスの絶叫。そして、彼の影がその姿を失うほど、波打つように揺れ始めた。

 影から、大量の細腕が現れる。その腕はまるで繭のようにミニングレスを包み込むと、その直後、波立つように揺れていた影は、闘技場のフロア前面に広がった。


「来るわ、最初の範囲攻撃よ!! 散弾銃乱射の5割ダメージ!!」


サクラの警告。その声にいち早く反応したのは、周囲への被害を軽減しようと結界を維持していたロアだった。光の結界をそのままに、ロアは世界樹の枝の杖を握り締め、血を吐くように詠唱した。


「望むるは友の守護! 邪なる弾丸から我らを守り給え__風魔法真位【ミサイルプロテクション】!」


 金の光の混ざる風が、サクラたちを包み込むように吹き始める。その次の瞬間、影はまるで沼地のようにウィルたちの足をつかみ、回避を不可能にする。そして、ミニングレスの黒いライフルの引き金は5回ひかれた。


 反射的に全員が防御態勢をとる。しかし、その必要はなかった。

 ライフルの弾丸は分裂し、粘りつくような影によってその行動を阻害されたウィルたちに射出される。


 一番近くのウィルとアルフレッドの頭蓋を狙った二発はそれぞれバックラーと大剣に阻まれる。

 次に近くにいたアリアの首を狙った三発目は風がその導線を逸らす。

 その次の桜のどてっ腹を狙った四発目の散弾は風に巻き上げられ、勢いが落ちたところをロッドで叩き落として回避しきる。

 最後の一発、完全に魔力を使い果たし、膝をついたロアの眉間めがけて放たれた魔弾は、突然吹いた強烈な一陣の風でその動きを止め、弾丸は重力に従って垂直に地面に落ちた。風が、彼を守ったのだ。


 そして、影は波が引くようにミニングレスの依代の方へと収束していく。その瞬間、ロアのミサイルプロテクションは完全にその効果を失った。同時に、ロアは長い耳をぺたんと下げ無力さをかみしめるように宣言した。


「すまない、限界だ」

「ありがとう、ロア! MPポーション持ってる?!」


 全員が無傷であることを確認したサクラは、魔力不足で動けないらしいロアに向かって問いかける。ロアは無言で首を縦に振ってポケットから小瓶を取り出し、中身を少しずつ飲み始める。強烈な味のMPポーションは、魔力不足で弱り切った今、一気飲みできるような代物ではないのだ。


 舌の上に広がる最悪な味を必死で飲み下しながら、ロアは前を見る。沼地のような影が引き、まともな足場になったために、戦いは再開されていた。


 銃剣を振るい、ウィルの命を狙うミニングレス。対するウィルは全力で応戦しながら、なおも呼びかけを続ける。


「思い出してくれ、君が生前、何を成そうとしていたかを!」

『黙れ、黙れ! 我々はミニングレス! 幾万もの無念の集合体に過ぎぬ! 悪霊が何を成せると言うのか!!』

「君は、人々を救おうとしていたのじゃあないのか?!」

『救おうとした救えぬ者どもに侮辱され、殺され、存在をも否定されたのが我々(わたし)だ!!』


 ミニングレスはそう叫ぶと、銃剣に魔力を込め、弾丸を補填した。

 その言葉を聞いて、ウィルは、納得したようにつぶやいた。


「__やっぱり、そうなのか」


 水晶の塔の薄い影が、雲に隠されてその境界をさらに薄める。快晴だった空には、いつの間にか重苦しい雲が集まり始めていた。強い太陽の日差しがあったからこそ、影の範囲には限りがあった。もしも完全に空を雲が覆ってしまえば、先ほどのようにフロアを移動不可能な影の沼に変えられてしまうはずだ。


__時間がない……


 サクラは小さく息を飲んで前を睨む。STOでは、本体を先に倒した後のテンプレは超短期決戦で勝負をつけ、割合ダメージをできるだけ受けないようにすることだった。

 しかし、今は最早その選択をとることはできない。わかりやすくイベントの発生している今、余計なことをして通常討伐してしまえば、何のためにここまで頑張ったのかわからななくなる。


 次の範囲攻撃は残り体力値3割で発生する七割範囲ダメージ。今度も即死こそしないものの、無限湧きするモブのことを考えれば戦闘継続をするには結構な痛手である。


 どうすれば良いか考え込みそうになったサクラだが、彼女が行動するよりも先に、状況が動いた。

 銃剣の横なぎをバックラーで受け流し、ウィルはつぶやくように言う。


「……わかった。君の正体が」

「正体……? わかったところで何かあるのか、勇者!!」

「ある! だって、彼は、イルーシアさんじゃあない!」


 ウィルはそう言うと、まっすぐとミニングレスを指さす。そして、問いかけた。


「君は、最初の犠牲者のイリシュテアだ。そうだろう?」

『__!!』


 目を見開き、小さく息を吐きだすミニングレス。その瞳は確かに、動揺を物語っていた。


「サクラが言っていたんだ。あの手のエンブレムが本体で、君は依代だって。……君は言ったはずだ『存在を否定された』って。この言葉は、イルーシアさんなら、絶対に口にしない。だってそうだろう? 弟子のシスさんは……いや、イリシュテアの祓魔師は皆、イルーシアさんの存在を否定していないのだから!」

『黙れ、黙れ、黙れ!! 憎い憎いあの男の賞賛を出すな!!!』


 ミニングレスは激高し血の気のない真っ白な肌を始めて赤く染め上げた。瞳を怒りで真っ赤に染め上げ、吠える怪物。その影は激しい怒りと動揺で震え、巨腕を作り上げていた腕がばらばらと崩れ始め、四本指のものや七本指、手のひらに口のようなパーツをくっつけた歪な巨腕が再構築されていく。


『何故だ、何故、あのものは今もなお行いが賞賛され、何故我々(わたし)は否定される?! 何故抹消された?! 理解できぬ、理解したくもない!!』


 喉をかきむしり絶叫するミニングレス……否、イリシュテア。本性を露わにした彼の姿は、大きく変貌し始めた。

 左腕を晒したボロボロの神父服は朽ちた灰色に変貌し、露わになっていた左手首の手かせのような入れ墨は鎖に変貌して全身を巻き上げ始める。ブロンズの髪からは色が抜け、真っ白な白髪が腰当たりまでのび、潮風を浴びて大仰に揺れた。

 そして、全身に浮かび上がる、禍々しい罪人用の赤色の入れ墨。握られていた魔導ライフルは、やがて巨大なガトリング砲に変貌していた。


 異形の巨腕が、イリシュテアの変貌を喜ぶかのようにうごめく。完全に姿を変えきったミニングレスは、やがて哄笑を漏らし始めた。

 その姿を見て、サクラは小さく悲鳴を上げて喉から声を絞り出す。


「嘘でしょ、ハロウィンイベ高難易度のミニングレス……?!」

「それ何?!」

「季節イベント限定の理不尽ボス!! アンデットの癖に光耐性持ってるの!!」


 STOのハロウィンイベント。そのラスボスに当たる高難易度ボスが、変貌したミニングレス=イルーシアに他ならない。まさか、こんな時にハロウィンイベントのボスが出張ってくるとは思ってもいなかった。

 サクラの言葉を、イリシュテアは鼻で笑う。そして、ノイズのかかった嗄れ声を出した。


『ああ、ああ、おぞましく醜い町だ。おぞましく醜い人間だ。すべてすべてすべて、わたし(我々)が平等に、均等に、破壊しつくしてくれよう……!』


 サクラは心の中で絶叫しながらストレージを全力で探る。そして、倉庫に入れ損ねていたハロウィンイベントのアイテムを引っ張り出し、ウィルに投げ渡した。反射的にキャッチしたウィルの右手に収まっていたのは、カボチャを模した飴玉だった。


「まって、サクラ?! なにこれ?!」

「消費アイテム!! 闇耐性と光耐性つくから使っておいて! ロア、ミニングレスの攻撃は全力で回避して! 高難易度ミニングレスは__」


 サクラがそう言いかけたところで、たまたま闘技場に迷い込んでしまったらしいウミドリが、うごめく異形の巨腕にほんの少し触れる。みゃあみゃあと鳴き声を上げていたウミドリは、その瞬間、即座になき声がかき消え、闘技場のフロアに墜落した。


「さ、触っただけで、死んだ……?」

「確率で即死付与! あー、こうなるのだったら、即死耐性のアイテム持って来るのだった……!」


 サクラはそう叫びながら、異常状態耐性の魔法(バフ)を全員にかける。現実である今、即死はマズい。そう判断したために、せめて即死の確立を下げるために魔術を行使したのだ。……ないよりはまし、程度なのだが。


 そうこうしているうちに、異形の巨腕が客席に向かって振り下ろされる。


「マズい……弓術(ボウスキル)一の技【強撃】!」


 アリアは即座に光の弓を放つ。指の多い異形の巨腕の手のひらを貫く光の矢。しかし、分裂した細かな腕が、観客たちに組みかかる。

 ほとんどのマトモな観客は避難していたものの、いまだに観戦気分で残っていた愚かな観衆は、初めて当事者となり、やがて犠牲者になり果てる。初めて露わになった被害に、ようやく観衆たちは絶叫を上げ、一目散に逃げ始めた。


「間に合って……光魔法第四位【エリアヒール】!」


 できるだけ被害を減らすために、サクラは観客席全体を対象にエリアヒールを展開する。多くの細かな腕は、浄化の光で消し去られ、それでもまだ、影に隠れた歪な腕が正者の命を狙う。

 パニックが起き始めている中でも、イリシュテアはガトリングを抱え、魔弾の連打を行う。

 絶え間ない弾丸の射出を全力で横に突っ切ることで避け、仕返しとばかりに肉薄すると、ウィルは聖剣を振りかぶる。


 どす黒いガトリングの金属が、一撃を受け止める。

 飛び散る火花。ウィルの額を、一筋の冷や汗が流れ落ちる。


「重い……!」

『ああ、憎い、憎い!! 何故、何故、わたし(我々)は否定された?! 皆を人族を守ろうとしたにもかかわらず! ああ、はらわたが煮えくり返りそうだ、原罪も忘れた神官がわたし(我々)の生み出したこの地を我が物顔で踏み生き歩くのが!!』


 狂気に染まりきった真っ赤な瞳で、イリシュテアは叫ぶ。白銀の鎖が行動を阻害しているらしく、いびつな動きでイリシュテアはガトリングを振り回す。狂乱するイリシュテアに、ウィルは必死に応戦しながら問いかけた。


「貴方は、ヒトを守ろうとしたのじゃあないのか?!」

『ああ、ああ、そうだとも!! 邪なる魔王に人類が支配されぬよう、穢れた湾に過ぎなかったこの地を浄化し、拠点を作り上げた!

__その結果がこのざまだ!! 穢れを祓った祓魔師は用済みだと創り上げた拠点の外で惨殺され処刑された! わかるか、この怨念が! わかるかこの怒りが!!』


 __イリシュテア市民のかつての罪が、イリシュテアの口から紡がれる。拠点完成後の政治争いに負けた祓魔師は、門の外に遺棄されるように処刑された。その因習が、今もなお続く門前の処刑場にある。


 ウィルは悔しそうに奥歯を噛み、乱射された魔弾を回避した。そして、アルフレッドはウィルを狙った異形の腕の振り回しを大剣で受け止める。骨と金属のぶつかり合う鈍い音が、あたりに響き渡った。


『神の御名において、さんざん許した。さんざん許してやった! それでも奴らは学ばなかった! それどころか、忘却の彼方へ押しやった! 悪習を繰り返す穢れた民族の住まう地を、作ったわたし(我々)が破壊して何が悪い!!』

「___!」


 苛烈な猛攻。舞い散る火花と、鎧の端をかすめ、溶けるように抉れる金属。

 息をするまもないような攻防を繰り返し、ウィルは必死に耐久する。まるで攻撃出来る隙が見つからない。それでも、イリシュテアのすぐそばで戦っていたウィルは、気が付いていた。彼の体に巻き付く白銀の鎖が、だんだんとその範囲を増やしていることに。


「サクラ、耐久戦を頼む!」

「は?! 耐久?!」


 サクラの素っ頓狂な声。それもそうだろう。一撃でも喰らえば即死しかねない攻撃を耐久するなど、おおよそ正気とは思えない。

 しかして、その判断は、間違ってはいなかった。


 時間を稼ぐたびに、聖剣にひびが入り、ガトリング弾が直撃して完全に破壊されたバックラーが踏み砕かれるたびに、白銀の鎖はイリシュテアを縛っていく。

 やがて鎖が両腕に巻き付いたころ、イリシュテアは憎しみを隠し切れないとでもいうように吐き捨てた。


『おのれ、おのれ、イルーシア。またもわたし(我々)を阻むのか……!』


 そして、最後のあがきとばかりに、全方位に向かってガトリングを射出しようと引き金を引く。

 すさまじい発砲音。大気を震わせるような気迫。

 しかし、その弾丸はウィルたちに届くことはなかった。


 いつの間にか、銀の盾がイリシュテアを囲むように展開されていたのだ。魔弾は銀の盾にぶつかって、勇者らを害することはなかった。目を見開き、驚いたようにサクラの方を見るウィル。しかし、サクラもまた目を丸くして首を横に振った。


 巻き付いた銀の鎖が、イリシュテアを影の中に引きずり込む。異形の巨腕もまた、影から這い出た銀の鎖に巻き付かれ、苦しそうに暴れる。その様をみて、ウィルはつぶやいていた。


「……イルーシアさん?」


 ウィルの声に反応してか、銀の鎖はしゃりんと澄んだ金属音をこぼした。

 銀の鎖……否、イルーシアは、異形の巨腕とイリシュテアを陰に引きずり込んでいく。イリシュテアは憎しみを隠し切れず、銀の鎖に爪を立て引きはがそうとしながら絶叫した。


『貴様も処刑されただろうが! なのに、何故人族を、この街を守ろうとする?! 過ちを犯し続ける愚か者どもを許そうとする?!』


 アンデットと化したイリシュテアのその問いかけに、銀の鎖は答えない。そのかわりに、影の中へ引きずり込む力をより一層強くした。


『ああ、ああ、ああ!! たとえ我々が再び封印されようとも、許されたと思うな、この地に住まう愚かなるものどもよ! 無責任なイルーシアが我々を影に縛るのは、人族どもが敵である魔王を討つときまでだ! 罪を忘れ、重ね、無恥にふるまうならば、我々(ミニングレス)はまた蘇るだろう!!』


 イリシュテアはそう絶叫すると、狂ったように笑い出す。

 鼓膜を震わせるような、奇妙で奇怪で本能から恐怖を呼び起こさせる笑い声に、ウィルたちは動くことができない。そして、銀の鎖は完全に巨腕とイリシュテアを神殿の水晶の塔の影へしまい込んでしまった。


 影は少しの間水面のように揺れ、そして、すぐに普通の薄い影に代わる。


 ウィルは、悲しそうにつぶやく。


「……救えなかった。」

『いや、そうでもないさ』

「うわぁ?!」


 突然聞こえた声に、ウィルは悲鳴を上げる。アルフレッドもまた、警戒したように大剣を構えて周囲を睨む。そんなアルフレッドに、その声はからからと笑って言った。


『そんなに警戒しないでくれたまえ』


 その声の主を見つけたのは、アリアだった。


「手?! どうやってしゃべってるの?!」


 耳をピンとたてて驚くアリア。彼女の指さす先には、真っ白な手が一本、日向に転がっていた。

【イリシュテア】

 人類拠点の大陸のすぐ先に魔王が出現したために、聖都市イリシュテアの地を浄化し、人類最前線拠点を築き上げた偉人。普通にすごい祓魔師だったが、実力と反比例して政治力はなく、論争に負けて罪を着せられ処刑される。そりゃまあガチギレするよね。


 メイン武器は魔導ガトリング。看破前に使っていた魔導ライフル(散弾銃)はイルーシアの武器。アンデットではあるが、強い光耐性を持ち、日光の下だろうが聖なる光の下だろうが不浄な体を保ち続け、街一つくらいなら余裕で滅ぼせる。

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