108話 救いを求める手、引きずり落とそうとする手
前回のあらすじ
・ミニングレス=イルーシア戦
聖剣を握り締め、ウィルは雄たけびを上げる。
すでに何度か死線を超えかけるような戦いを続けていたため、おぞましい見た目のミニングレス=イルーシアにもひるんで動けなくなるようなことはなかった。むしろ、早く討伐しなければ周りの人が傷ついてしまうという恐怖の方が大きかった。
無遠慮な殺戮者は向かってくるウィルを一瞥すると、小さく首を横に振った。
『貴様は殺す理由がない。今すぐ去れ』
「貴方が他人を傷つけないというなら、僕にだって戦う理由はない!!」
『なるほどな。それもまた道理だ』
ミニングレスは喉の奥でクツクツと不気味な笑い声を上げながら、そう呟く。そして、怪物の背中にある見るもおぞましいエンブレムを汲み上げた手をそのままに、水晶の塔の影から出てきている無数の手を操った。膨大な数の手は、やがて折り重なって組合ながら一つの大きな腕を作り上げる。
どす黒い影を作る巨大な手に、ウィルは即座に対応した。
「火魔法第五位【ファイアボール】!」
聖剣を発動体に、両手で抱えるほど大きな火球を編み上げ、おぞましい巨腕に向かって放つ。優秀な魔術師であるサクラとエルフのロアに魔術の手ほどきを教えてもらったウィルは、剣の習熟とともに魔法も上達していたのだ。
巨大な火球は巨腕の手首あたりに勢いよくぶつかると、そのまま腕を燃え上がらせた。巨腕を象る腕の数々は苦しそうに、悔しそうに拳を握り締めながら、ばらばらと崩れていく。
しかし。
「な……?!」
驚愕の声を上げるウィル。理解できないというように目を見開くアルフレッド。
なんと、ミニングレスの影から、またずるりとあの巨腕が這い出てきたのだ。
己の背に現れた巨腕にそっと手を触れさせ、ミニングレスは口元にやさし気な笑顔を浮かべる。それは、ウィルが今日初めて見るミニングレスの表情が変わった瞬間であった。
『この地に染み付いた恨みが晴れぬ限り、助けを求める手は消えぬ。貴様らがいくら無慈悲に切り払おうとも、燃えるような執着は失せはしない』
__よくよく聞くと、モブを気にせず本体倒してねって助言しているのよね……。
サクラはそう思考しながら、アリアやロアとともに闘技場のフロアにたどり着く。巨腕はあくまでもモブでしかなく、倒すべきなのは依代のイルーシアと背後のエンブレムを描く腕なのである。
__しかし、どうしようかしら……
マジックアローを構えるアリアらとは対極に、強化魔法の用意をしながら、サクラは思考を続ける。ミニングレス=イルーシアは、依代と本体どちらを先に倒しても、厄介なカウンターを用意しているのだ。
本体を先に倒すと依代のHP割合ごとで強制発動する超範囲周囲攻撃が発生する。逆に、依代を先に倒すと、強力なデバフが発生する。どちらにしろ結構な痛手にはなるが、同時に倒せるほどミニングレス=イルーシアは弱くはない。双方ともHPが半分以下になると第二形態になるためである。
__単純に考えて、既に第二形態の依代の方が厄介……本体は後回しにして依代を先に叩く……?
サクラはそう考えながら、敵陣営に向かってエリアヒールを展開する。アンデットであるミニングレスには回復魔法が攻撃魔法に変わるのである。
しかし、強力な魔法耐性のある依代に対し、回復魔法はそこまで効果はない。逆に、有象無象の腕の塊である本体に対してはとてつもなく有効なのである。
「全員、依代優先! 魔法耐性高い代わりに物理は刺さるわ!」
「ちょっとよくわからないけど、了解!」
「わからないならわからないと言っておけ、アリア!!」
元気に返事をするアリアに、魔法使いのローブを纏ったロアは頭を抱えてつっこむ。
不愉快そうに表情を歪めるミニングレス。そして、苦しそうにうごめき暴れる本体。聖なる光に包まれたミニングレスを見て、アルフレッドは小さく息を飲んだ。いくら弱点属性とはいえ、流石はボスと言うべきか。少しの損傷は受けたものの、即座に反撃を繰り出す。
『頭をたれよ、【グラビティ】』
闇魔法の【グラビティ】をほぼ無詠唱で発動し、ウィルたちの動きは急激に鈍くなる。しかし、そのデバフに即座に反応したものがいた。
「ひるむな! 数拡大、光魔法第四位【キュア】!」
エルフの村の戦士、ロアである。世界樹の枝でできた杖を片手に、まっすぐと背筋を伸ばして異常状態解除の魔法を唱える。警戒しているためか耳はピンと立っていた。
「ありがとう、ロア! エンチャント、光魔法! 出し惜しみはしないよ!! 弓術七の技【五月雨射ち】」
華やぐような笑顔でお礼を言いながら、アリアは弓に魔法で創りだした光の矢を番える。輝ける光の矢は、引き絞られた弦から離れた瞬間、いくつもに分裂する。もはや、矢の雨ではない。分かたれた光の矢はまるで流星のようにミニングレスに降り注ぐ。
流石のミニングレスもこれが直撃したらまずいと判断したのだろう。無数の腕の組み合わさった巨腕を掲げ、それを縦にして己を守った。
光魔法の宿った矢は、その一本一本が穢れた腕を浄化していき、流星が止むころには巨腕は既に崩れ去っていた。
不愉快そうに眉を顰めるミニングレス。その隙を、逃しはしない。
「剣術一の技【強撃】!!」
腕をかいくぐり、ミニングレスの依代に肉薄していたウィルが、剣に魔力を込める。
『?!』
巨腕の影から現れたウィルに、流石のミニングレスも対応しきれなかった。
依代は魔法防御力が高い代わりに、物理防御力は低い。無防備な状態でその一刀を喰らってしまえば、間違いなく致命に至る。無表情のままに目を見開き、ミニングレスはほぼ反射的に両手をクロスし防御する耐性に移行した。
しかし、ウィルの刃は想定外なものを捉えた。
飽和した魔力で淡く輝く剣の軌跡。それがとらえたのは、物理防御力の高いミニングレスの本体……つまり、おぞましい二重丸のエンブレムの方であった。
『なっ……?!』
「まって、ウィル?!」
サクラは思わず目を丸くする。あの一撃は、刺されば確実にミニングレスの依代を仕留められていた。しかし、物理防御力の高い本体では、耐えきれてしまうのだ。
しかし、ウィルは止めはしなかった。
「……サクラ、こっちからだ! 依代はまだ倒してはいけない!!」
「何で?! 依代から倒さないと、範囲攻撃が……」
「違う! この人は__」
ウィルがそこまで言いかけたところで、すさまじい殺気があたりに満ち溢れた。鬼のような形相を浮かべ、睨んでいたのは、ミニングレスの依代である。
『貴様、神の御印を攻撃したな……! 許さぬぞ、許されぬぞ!!』
地を這うような怒気のこもったミニングレスの声。吊り上がった眉も、額に浮かんだ青筋も、大きく見開かれた瞳も、歯茎を見せて怒るその相貌も、あののっぺらぼうのように無表情なミニングレスらしくもない、恐ろしい形相であった。
「ウィル!」
焦ったようなサクラの声が、響く。激昂するミニングレスの影から、複数の巨腕が現れたのだ。腕はグロテスクにうごめき、本来の手ではありえないような方向に指を曲げ、動かし、ねじれさせる。
巨腕はサクラやロアたちを完全に無視して、ウィルに向かって殺到する。拳を握り締め、手を広げ、爪を立て、大腕は頭上から勇者を狙う。
しかし、ウィルはソレにひるまない。短く祈りの言葉をこぼすと、聖剣を構える。対多数、さらには、己の体よりも大きな巨腕を相手にすることもあり、ウィルは聖剣の形を片手剣から両手剣に変えた。
まず振り下ろされたのは、少年を叩き潰さんと大きく指を開いた巨腕。迫りくる腕に対し、ウィルは冷静にその掌を大剣で切り裂いて、叩き潰しをやり過ごす。
次に迫りくるのは、強烈な殴打を加えようと拳を握り締めた巨腕。真横からフロアを大きく使って確殺しようとする腕に、ウィルはその動きを予想して剣を闘技場に突き立て棒高跳びの要領で巨腕を飛び越えた。聖剣に直撃した腕は、拳頭のあたりで両断され、いくつもの細かな腕がパラパラとフロアに舞い散り、エリアヒールの浄化の力で消えていった。
次は爪を立てて、少年をバラバラに切り裂こうとする巨腕。ウィルは両腕を大きく後ろに背中ごと逸らし、聖剣の柄をつかむと、振り下ろされる巨腕に合わせて体全身を使った横なぎを見舞う。指の根元から切り落とされた巨腕は、やがてバラバラに砕け、そのまま浄化されて消えた。
そして、最後に聖剣を変形させ、ミニングレスの依代が放った散弾銃からその身を守った。
散弾銃を真正面から受け止め、聖剣の盾には大きくヒビが入る。だがしかし、ウィルは冷静に魔力を流しこんで聖剣を復活させた。そして、ミニングレスの依代に向かって大声で問いかけた。
「君の、名前を、言ってみろ!!」
『我々は、幾万もの怨念が集いし不死者、ミニングレスだ』
依代はそう言いながら、再度魔導ライフルに魔力を注ぎ込み、穢れた弾丸を生成する。しかし、その行動を遮るように、ウィルは己に振り下ろされた巨腕をかいくぐりながら、再度大声を出した。
「違う、君の、名前だ!!」
『……? 貴様は、何を……?』
困惑するミニングレス。そんな彼に、ウィルは噛みついた。
「君が、本当に祓魔師のイルーシアなら、こんな見てくれだけのエンブレムに何て、縋らないはずだ!! 貴方は人を救うために、アンデットに救いを与えるために、祓魔師になったのだろう?!」
『__!! 否、否、否だ!! この地に、我々が救うべき人間はいない!! アンデットに救いなどはない!!』
まっすぐ、ウィルの言葉がミニングレスの依代に突き刺さる。激高したミニングレスは魔導ライフルの引き金を引きながら、そのまま接近戦に持ち込もうと肉薄する。
銃弾を受け止めヒビの入った盾と、穢れたライフルがぶつかり合う。そして、そのライフルを見て、ウィルはゾッと背筋に冷や汗が伝うのを感じた。ライフルの先端には、いつの間にか剣が取り付けてあったのだ。まさしく、銃剣である。
ぎりぎりと金属がこすれ合い、嫌な音が響く。
そんな不快な音をかき消すかのように、ウィルはぐっと奥歯を噛みしめた。
__誰も、悲しませない……!
その対象は、ミニングレスも、含まれているのだから。




