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107話 【失意の怪物】ミニングレス=*****

前回のあらすじ

・ジルディアスらがイリシュテアから脱出

 ジルディアスらがメイスとオルスに協力してもらい、フロライトへ向かっているころ。ウィルは決勝戦に挑んでいた。

 先ほどあれだけ堂々とした離別宣言があったにもかかわらず、観客たちはまるで気にすることも無く母国の勇者であるアルフレッドと101本目の聖剣の勇者に対し、歓声を送っている。


 流石に、あんなことがあった直後で、アルフレッドとウィルは複雑な表情を浮かべていた。特に国防を担う聖騎士団の団長であるアルフレッドは、現在のイリシュテアの置かれた現状に憂いさえも覚えていた。


 アルフレッド自身、自らが招いた悲劇だとは分かっている。悪習を慣習のままに放置していたからこその悲劇に他ならないのだから。


「光魔法を使える隊員でどうにかアンデット討伐部隊を作成しなければな……司教たちの許可も必要だ……仕事が多いな」

「その、なんだろう。大変だね……」


 頭を抱えるアルフレッドに、ウィルは心底同情を示しながら言う。フロライトの自警団の団員であった彼も、少しは国防……もとい、防衛に対しての知識はあった。だからこそ、今までイリシュテアを守り続けていた祓魔師の離別がどれだけ痛手なのか理解したのだろう。さらに、神殿側が認知しているかどうかはわからないが、勇者になりえた人間が離別したというのもかなりの頭痛の種である。


 しかし、これから始まる決勝に、そんな事情は関係ない。ただ、互いの全力を出し合い、フェアプレーを心がけることくらいしかできないのだから。

 ウィルは短く息を吐き、聖剣を構える。対するアルフレッドもまた、大剣を鞘から抜きはらい、自然体に構えていた。


 潮風がアルフレッドの髪を揺らす。その瞳には確かな意思が宿っていた。


「東、イリシュテア聖騎士団団長、アルフレッド。西、第101の聖剣の勇者、ウィル」


 バルトロメイ司教の厳かな声が、闘技場に響く。決勝と言うこともあり、神殿の責任者的な立ち位置であるバルトロメイが前に出たのだろう。豪華な紫色の法衣が強烈な潮風で美しくはためく。


 名前を呼ばれたアルフレッドは、バルトロメイ司教に片膝をつき、騎士の礼を行う。ウィルは少しだけ困ったように視線をさ迷わせてから、バルトロメイ司教に向かってぺこりと一礼した。

 バルトロメイは鷹揚に微笑むと、近くに控えていた小姓にそっと指示を下し、そして、宣言した。


「試合開始!」


 宣言の直後、小姓が鐘を鳴らす。空気が震えるような鐘の音が響き、そして、すぐに二人は戦いを始める。

 だがしかし、そんな時だった。


___オオオオオオオオオオ!!!


 大地を揺らすような、すさまじい咆哮が響き渡る。ウィルとアルフレッドはほぼ同時に戦闘を中断し、周囲の状況を確認する。困惑する観客たちの悲鳴や、怒声。そして、それは(あらわ)れた。


 闘技場の中央。水晶の塔の先端の、薄く光を通した影が、ずるりと動き出す。まずあふれ出たのは、無数の手、手、手。助けを求めるように、生きた人間を引きずりこもうとするかのように、グロテスクにうごめくのは、大きさも、色も、形も、指の本数さえもまちまちな、【手】であった。


 のたうち回るように蠢いた手は、やがて闘技場のフロアにしっかりとつかみかかる。爪を立て、指をたて、手のひらを擦り付けるように、フロアにしがみついて、ソレはこちらへその本体を引きずり出そうと力を籠める。影から、出ようとしているのだ。


 それに気が付いたアルフレッドは、慌てて大剣を振るってその手に切りかかる。しかし、いくら剣を振り回そうと、切れるのはせいぜい10本前後。到底、あふれ出ようとする幾百、否、無数の手に追いつくことはできなかった。


 ずるずると、ぞろぞろと、這い出るいびつな手。それはやがて、空へ向かって少しずつ、少しずつ山なりに変形していく。手と手が組み合い、絡み合い、秩序よく、狂気的に、磔に使われるあの二重丸のエンブレムへと形が移り変わっていく。


 手と手のつながり合う場所は、まるで、何かに祈りをささげているかのように組まれ、積み重なり、折り重なる。白色の肌の手と褐色の手が一対の両手かのように組まれ、そして、それは、ついに降り立つ。


 二重丸のエンブレムの内の円。そこから、ずるりと、【暗闇】が、零れ落ちた。


 どす黒い神父の服。ところどころほつれた服の裾は潮風を受けて歪にはためく。晒された血の気のない真っ白な左腕にはまるで手かせのような黒の入れ墨。瞳はいびつにくぼみ、生気のない黒の瞳は伏せられたまま、どこも見てはいない。そして、金髪というにはややくすみ過ぎたブロンズの髪は乱雑に切られ、短髪にまとめられていた。

 それを見たサクラはウィルに叫ぶ。


「来るわ、準備して!!」

「?!」


 警戒を促すサクラの声に、ウィルは表情を引き締めて聖剣を握り締める。

 あまりにもおぞましいエンブレムから現れたその神父服の存在は、コールタールのようにべっどりと真っ黒な液体を軽く振り払うと、天を仰ぐ。


 そして、ノイズ混じりの声を、吐き出した。


『また、汝らは過ちを犯したのか』


 光のとおった水晶の影が、ずるりと、ずるりと、うごめく。二重丸のエンブレムを描いた無数の腕は、怒りをこらえるように、小刻みに震え始めた。酷く重く、怒りを孕んだ声にも拘らず、神父の表情は無表情のままである。


『また、汝らは学びを得なかったのか』


 つぶやくように吐き出す、殺意のこもった言葉。

 脈打つエンブレムは、やがて、どす黒く染まった一つの武器を、神父に与える。


『また、汝らは罪を重ねたのか』


 あふれる殺意。重ねられる言葉。

 グロテスクな脈動を続けるエンブレムから現れたのは、一つの魔道具であった。サクラはそれの正体を知っていた。長距離狙撃型魔道具、所謂ライフルである。同時に、しょっぱなから出てきたすさまじい武器に、額に汗をにじませた。


__それ、第二形態からじゃないの……?!


 イリシュテアのボス、『ミニングレス=イルーシア』。幾万ものアンデットが折り重なり、無念が積み重なり、怨嗟が集まり、変貌した最凶のアンデットである。

 同時に、光魔法だけ使えても勝てない、物理戦だけ使えても勝てない、完全パーティ向けのボスでもある。


 神父は……否、ミニングレスは、その目を開くと、生気のない真っ白な血の気のない表情をそのままに、怒りのこもった声を吐き出す。


『一度の過ちは許すべし。二度の浅学は正しきを説いて許すべし。繰り返された罪は寛大な心を持って三度まで許すべし。……四度目の罪は、許されない』


 かちゃり、と、漆黒の魔導ライフルの弾丸が、魔力によって装填される。


『最初の祓魔師、聖イリシュテアを謀殺した原罪は許そう。学習をしなかったがゆえに聖剣に選ばれた勇者イルーシアを惨殺したことは許そう。繰り返しの罪で祓魔師シスを処刑しかけたことは許そう。されども、祓魔師憎さあまりに神の教えに背いたことは、決して許されることではない』

「……?! 聖イリシュテア様は神官だ!! 決して祓魔師などと言う穢れた職ではない!! たばかるな、穢れた不死者が!!」


 その声に反応したのは、ミストレアス神官長であった。首にかけられた純銀製の二重丸のエンブレムが、怒りに震える体につられて左右に揺れる。しかし、ミニングレスはクツクツと笑い声をあげると、首を横に振った。笑い声をあげているにもかかわらず、その表情は無表情なままで、ウィルは背筋がぞくりと震えるのを感じた。

 ミニングレスのその姿は、酷く人間に酷似している。しかし、あまりにも動かない表情が、死人と変わらない薄灰色にも近い肌の色が、生きた人間ではないと証明しているのだ。


『否、否、是。聖イリシュテアは、極北の地イリシュテアの地を人類の拠点とすべく穢れを祓う祓魔師であった。政権争いの折に祓魔師は神官よりも下位と改められ、消された事実である。__祓魔師は穢れた職ではない。穢れるのはあくまでも人間の体そのものでしかない』


__とてつもないネタバレを聞いている気がする……!


 杖と護符をつかんで戦闘準備をしていたサクラは、思わず心の中でそう叫んだ。彼女とて、クリアしたのは第一部のみ。二部のアップデートを待っていたらプレシスにいたのだ。そのため、一部以降のストーリーは公式PVでしか知らない。当然、聖イリシュテアという人物を、()は知らない。


 ゲーム好きの本性が出そうになったサクラだが、すさまじい殺意を前に、慌てて思考を戻す。

 エンブレムを描いた無数の腕とは別の、影から出ようともがく腕。アレは、ボス戦の最中に主人公らを邪魔するモブのようなものだ。ミニングレスは2部位の敵であり、本体である腕と依代である過去の勇者イルーシアを両方とも倒さなければならない。


 ミニングレスは魔導ライフルを掲げる。


『輪廻転生の果てに悔い改めよ。神を冒涜した貴様らの罪は、重い』


 そして、引き金はひかれた。


 魔導ライフルの銃口からは、漆黒の弾丸が空へ射出される。弾丸は空高く間で打ちあがり、やがて重力加速度によって失速する。それを見て、桜は慌てて呪文を詠唱した。


「【バリア】!!」


 金の盾が、闘技場の天蓋を覆うように展開される。その瞬間、()()()()()()()()()()

 観客席に向かって無差別に降り注ごうとしていた黒の弾丸片は、金の盾に防がれ、誰にも被害を与えることはなかった。代わりに、無数の弾丸を受けた金の盾は、無残にも砕け散る。


__あんなライフルみたいな見た目して、実際のところ散弾銃って詐欺過ぎるでしょ……!!


 サクラは心の中でそう叫びながら、ミニングレスに頭を吹き飛ばされたゲーム時代のことを思い出す。一直線貫通攻撃かと思ったら割と面の攻撃だったのだ。流石に不意打ち過ぎる。


「な……?!」


 砕け散った金の盾に、アルフレッドとウィルは目を丸くする。そして、目の前のミニングレスの凶行を理解した。

 そうだ。あの怪物は、闘技場にいる人間を皆殺しにしようとしたのだ。もしもサクラがバリアを使っていなければ、多くの人間が死傷していたことだろう。


 その蛮行を見て、ウィルは決意した。


「__あなたが誰なのかは知らない。貴方の恨みが正当なものかも知らない。それでも、多くの人が悲しむような結果になるなら、僕は貴方を討伐する……!」


 そして、【ミニングレス=イルーシア】戦は開始された。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >その声に反応したのは、ミストレアス神官長であった。首にかけられた純銀製の二重丸のエンブレムが、怒りに震える体につられて左右に揺れる。しかし、ミニングレスはクツクツと笑い声をあげると、…
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