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105話 助けないという選択

前回のあらすじ

・恩田が聖剣となってシスを救う。

 聖剣を片手に、ミストレアス司教を見上げるシス。

 ミストレアスは驚きを隠せないのか目を丸くしたままポカンと口を開けている。そんな司教に、シスは問いかける。


「ミストレアス司教。勝利の宣言を」


 闘技場に転がる穢れた怪物の首と死体。確かに、シスは怪物に勝利していた。

 シスの問いかけでようやく我に返ったのか、ミストレアスはその瞳に怒りと憎しみを浮かべ、怒鳴る。


「……はっ!? む、無効だ!! こんな勝利など、認められん!!」

「……神前試合だというのに、勝利を認めないと?」


 ミストレアスの言葉に、シスは眉をしかめる。

 神前試合では、何が起きても建前上神の導きとして扱われる。だからこそ、聖剣……恩田裕次郎の乱入も許されるべきだった。敬虔な信徒であるシスは、スッと目を細める。


 彼女も、変わろうとしていた。変わると決めていた。


 シスはぐっと聖剣の柄を握り締め、ミストレアスを見上げる。そして、口を開いた。


「__今までは、私は祓魔師だから仕方ないと、諦めていました。ですが、もう、限界です」


 淡々と言葉を紡ぐシス。しかし、ミストレアスはそばに控えていた騎士に「もっと強い魔物を連れてこい! この穢れ人を、一刻も早く殺せ!」と叫ぶばかりで、シスの話を聞いているようには見えなかった。

 仮面をつけたジルディアスが、跳ね橋のそばの壁に寄りかかり、こちらの様子を見ている。しきりに仮面の模様が変わっているあたり、原初の聖剣も気分が悪いのだろう。おそらく人の姿を象っていれば、その唇を不機嫌そうに突き出していたはずだ。


「神前裁判は本来、私たち人族がきちんと罪を確かめ、それでもわからない時にのみ許される、神に罪の真偽を問うための裁判です。……あなた達は、この神前裁判の前に、きちんと私の罪を確かめましたか?」


 澄んだ声で問うシス。その質問に答えるべき司教は、新たな魔物を連れてくるべく騎士たちへ指示を飛ばしている。次第にシスの勝利という衝撃から回復してきた観衆たちも、だんだんと非難の声を取り戻し始める。

 しかし、それでも、シスは言葉を止めなかった。


「私は人のため、神のため、いくらでも泥をかぶりましょう。いくらでも罵声を受け入れましょう。穢れを浴びようとも、数多のアンデットを屠り祓いましょう。しかし、あなたたちが神の教えに反するのは違うでしょう!?

 私は神のお導きとイルーシア師匠の教えに基づいて戦っています。ならば、ミストレアス司教、貴方は神の教えに基づくべきではないのですか?」

「黙れ! 穢れ人が神を騙るな!! おい、お前! 弓だ弓! 殺せ!」


 まるで話を聞く気もない司教。

 そんな司教の姿を見て、ようやく、シスはその瞳に軽蔑の色を混ぜた。


 会場の中に響き渡るブーイングの声。その声を切り裂くように、シスは高らかに宣言する。


「__聞け、聖都市イリシュテアの祓魔師よ! 今日この日、神官も、市民も、神の教えを完全に反故にした!! そんな彼らを、私たちが守る理由はあるのか?!」


 聖剣という武器を使ってだとしても、穢れた怪物を一撃で屠ったシス。彼女は、己の生きる意味を思い出していた。

 ……彼女は、確かに祓魔師としての信念(プライド)を持っていた。しかし、同時にその実、怠惰に生きていた。

 祓魔師が穢れを帯びやすいのは事実だ。そして、アンデットがイリシュテアを脅かしているのも事実だ。だからこそ、祓魔師は恐れられ、嫌われても仕方ないと、怠惰にも諦めていたのだ。己に向けられる悪意も、恐れの視線も、侮蔑の言葉も聞かなかったことにして、あきらめていたのだ。


 誰かがやらなければいけないから。誰もやらないから。祓魔師は差別され続けても戦い続けた。不毛で、終わりのない戦いを続けていた。この街を……いや、人類を守るという大義を抱えた神殿(イリシュテア)を、守るために。


 だからこそ、シスは、その神殿の教えを守らなかったミストレアスを許すことができなかった。そして、その神殿の教えを忘れたかのように罵倒を続ける観衆たちを許すことができなかった。

 神の教えに従い、敬虔な信徒であるシス。対して、神の教えを守る気もないイリシュテアの住人たち。そんな彼らを、命を懸けてまで守る理由は果たしてあるのか?


 ……聖剣は、確かに聞いた。シスの歯ぎしりの音を。悲しみ混じりの呼吸を。


「__否、断じて否だ!!

 イリシュテアの祓魔師よ、今こそ離別の時だ!! 私たちの願いも、義務も、責務も知らず、ただ無意味な消費を行う愚か者を守る理由はない!! 今は亡き私の師匠が守ろうとした聖都市イリシュテア(人類最前線)は、ここにはない!! 神を否定し、私たちを否定するなら、私たちだって私たちとして生きていく権利がある!!」


 会場の中から、僅かに息を飲む音が聞こえた。敬虔な信徒である祓魔師は、基本的には闘技場などという神の教えに反するような場所には近づかない。しかし、祓魔師イルーシアの一番弟子であるシスが神前裁判にかけられていると聞き、何人かが駆けつけていたのだ。


 だからこそ、祓魔師たちは、シスの今までの生き方を否定するような、血を吐くような演説から目を逸らすことができなかった。他人ごとであれば、心は痛くないのだ。直視したくもない現実を直視し、宣言するシスのその姿は、祓魔師たちにとっても眩しく鮮烈に見えた。


 今までの責務を無に帰す言葉を。

 今までの地獄を捨てる言葉を。

 そして、これからの未来を描く言葉を、叫ぶ。


()()()殿()()()()()()()()()()()。これからは私の信ずる神に従い、私の信ずる良心に従い、世のため人のために生きる! ついてきたいものはついて来なさい。残る者には何も言うつもりは無いわ。自分で選択して、決めなさい。選択する権利は、私たちの手にあるわ!!」


 聖剣は眩ゆい海辺の陽射しを受け、白銀に艶めく。


 今まで守ってきた人間を否定し、これからの人生を選ぶ。助けたくない人間を助けない。これが、彼女の人生を賭けた反逆だった。やがて、その反逆の声に、イリシュテアの全祓魔師が応じる。


 今日この日、イリシュテア最強の祓魔師は、反乱の道を捨て離別の道を歩んだ。

 同時に、祓魔師のはたらきを知らず使い潰し影の守護者を喪ったイリシュテアは、緩やかな滅びの道へ進み始めたのだった。




 ジルディアスなりにシスの門出を祝っているのか、跳ね橋から闘技場の出口までの間には邪魔者はいなかった。まあ、等のジルディアスは角材片手に返り血を浴びている訳なのだが。


『オイオイオイ、殺したのか?!』

「そんな訳がないだろうがど阿呆! わざわざ武器ではなく木で戦ってやったのだぞ?!」


 仮面を被ったジルディアスはそう言って盛大に舌打ちをすると、哀れな職員の返り血の付いた角材を適当に放り投げた。

 目撃者がいない事を確認してから、俺は変形してシスの手から離れる。聖剣から再び人間の姿に戻った俺を見て、シスは目を丸くする。


「えっと、ユージさん、ですよね?」

「ああ。俺は恩田裕次郎だ、シスさん。でも実は俺、人間じゃないんですよ」


 字面だけ見ると本当に何をいっているか全く意味がわからない。が、残念ながらこれが、文字通りの事実なのである。そして、俺が呑み込まなければならない事実なのだ。

 彼女には、幸せになってほしい。だからこそ、言わなければならないのだ。


「ごめん、ずっと騙していて。俺は、ジルディアスの所有する第四の聖剣だ。従者って名乗ってたけど、半分くらい嘘」

「従者を名乗らせていた事もあったが、聖剣である以上従者ではないからな、お前は」


 ジルディアスも小さく肩をすくめ、言葉を続ける。そんな彼に、シスはむしろ驚いたようにいう。


「聖剣が意思を持つのに、原初の聖剣ではないのですか……?」

「うーん、俺は最初から聖剣だったのじゃあなくて、元人間なんだ。転生したら聖剣になってた」

「てっきり原初の聖剣かと……」

「ウィルドはこいつの様に薄汚れた阿呆ではない。もっと神々しいわ」

「超失礼だなお前?!」


 俺を一瞥し、吐き捨てる様にいうジルディアス。彼の顔を隠す仮面は、ジルディアスに神々しいと言われたため、嬉しそうに仮面端のレリーフに花の模様を刻み込んだ。ウィルドが楽しそうで何よりである。

 薄汚れた阿呆こと俺は、シスをちらりと覗き見る。現状がよく理解できないのか、シスは困った様に眉を下げ、俺の方をうかがっていた。可愛い。

 そして、ジルディアスは思い出した様に口を開いた。


「そう言えば貴様、あれだけ神殿に対して啖呵を切っていたが、いく当てはあるのか?」

「う……し、暫くは祓魔師の隠れ里に住まわせてもらって、そこから他国を目指す予定です」

「なるほど、未定ということか。なら、フロライトにこないか?」

「……フロライト? 随分遠い国ですね」


 キョトンとした表情を浮かべるシス。そんな彼女にジルディアスは言う。


「俺の名はジルディアス=R=フロライト。現フロライト公爵領領主の息子だ。俺が一筆したためておけば、悪いようにはされないはずだ」

「よ、金と権力だけはある男!」

「よし、文無しで職も知人もないど阿呆は死ね!」


 思わず勢いでからかった俺の首を、ジルディアスは容赦なくねじ切る。うん、締めるとかへし折るとかいう次元ではない。マジで首と胴体がサヨナラした。味方にやる技じゃねえだろ!!

 身体を維持できないレベルの大怪我を負ったため、俺は再び折れた聖剣に戻る。復活スキルを使えばすぐにでも治るが、治ったら治ったでどうせへし折られるに決まっている。人間の姿で折られると、注目を集めるというか、普通に絵面が猟奇的すぎる。


 光の粒子とともに聖剣に変貌した俺に、シスは何と無く納得した様な表情を浮かべる。


「とりあえず、私たちはフロライトへ向かいます。紹介状をいただけますか?」

「フロライトのアンデットを祓うなら構わん。一応、向こうの神殿に挨拶はしておけ。腹パンかヘッドロックあたりで十分だろう」

『挨拶ってそっちかよ。蛮族スタイルすぎるだろ』


 そんなくだらないことを言い合いながら、俺たちは闘技場の外へ出る。


 そして__


「号外、号外!! セントラルで大反乱が発生! 王族派のフロライトが反乱軍によって襲撃されている!」


 そんな宣言のもと、ベレー帽をかぶった若い男が安っぽい紙をばらまく。そこには、「セントラル転覆か? クーデターの発生」の見出しが、見てとれた。


「__は?」


 真っ赤な目を見開き、ジルディアスは呆然と声を漏らす。

 潮風は、さらなる厄介ごとを引き連れてきたのだ。

【青の水上都市】

 いびつな状態の聖都イリシュテアのこと。

 本来のストーリーなら、壊滅までに時間がかかり、多くの祓魔師と一般人、聖騎士が血で血を争うクーデターを起こすはずであった。しかし、第四の聖剣の乱入で、その運命は切り替わった。__まあ、滅びるまでの時間が魔王討伐線直後に短くなっただけなのだが。


 青い水晶の塔は、その輝きを鈍らせた。被差別者たちはその塔から離れたのだ。

 崩落する日は、そう遠くはない。

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