10話 聖剣(剣以外にもなれる)
前回のあらすじ
・ジルディアス「司教嫌い」
・恩田「剣以外にもなれるぜ!」
・鉄板になれた
MPも回復し、復活を使ってから元の剣に戻った俺は、仮眠から目を覚ましたジルディアスによって鞘に納められ、そのまま食事処へと移動した。どうやら、久方ぶりに保存食でない食事をとるつもりらしい。
昼時と言うにはやや遅く、晩御飯をとるにはあまりに早すぎるこの時間、食事処には誰一人として客はいなかった。ジルディアスは、帳簿をつけていた女性に声をかける。
「何か食えるものはあるか?」
「……えっと、ここ、食事処ですので、無いわけはないのですが……」
困惑する女性。いやうん、実はお前、まだ睡眠不足だったりしないか?
質問を間違えたと判断したジルディアスは、短くため息を吐くと、店の壁に張られていたメニューを流し見る。
「……今日のおすすめ定食とやらはまだあるか?」
「あっ、はい。今お作りします! 開いている席にどうぞ!」
大分ポンコツ化しているジルディアスは、こめかみに手を当てながら、二人用の席に座り、開いている席に俺を放り捨てるように立てかけた。
『もうちょっと丁重に扱ってくれないか?』
「……」
『えっ、シカト?』
そう聞いた俺に、ジルディアスは不機嫌そうに舌打ちし、店に備え付けられていた紙ナプキンを一枚取り出すと、さらさらと文字を書きだす。明らかに日本語ではないその文字だったが、俺は何故かその文字が読めた。
『貴様の声は俺以外に聞こえていないだろうが。返事をすれば、俺が剣に話しかける異常者に見えるだろうが』
『あ、そういえばそうなのか。やーい、やーい、鬼畜勇者―! 項目に逃がす、慈悲、逃げるコマンドのないタイプの主人公ー!』
調子に乗った俺がそう言うと、ジルディアスは表情を怒りでひきつらせる。そして、対面の椅子を足で引っかけ、俺を蹴り上げると、そのまま鞘から引き抜き、容赦なく膝をたたき込む。
要するに、俺をへし折った。
ばきゃん、という鈍い音とともに、容赦のない痛みが俺を襲う。
『いっっっってえ!!』
「……黙って砕けておけ、たわけが」
低い声でそう言うジルディアス。普通に怒鳴るよりも恐ろしいが、彼は容赦なく俺を折りすぎた。
「あ、あ、あ、あの、て、定食を……」
ひきつった表情でジルディアスを見つめる女性。その手には、定食の乗ったお盆。声はかわいそうなまでに震えている。……いや、早いなおい。
俺の声が聞こえない彼女は、突然自分の武器をへし折ったジルディアスに困惑と恐怖が隠しきれない。いやまあ、当たり前か。
ちょっと申し訳ない気分になった俺だが、ジルディアスは何事もなかったかのように折れた俺を鞘に戻すと、席に戻り定食を受け取る。そして、黙々と食べ始めた。
『えっ、お前のメンタル、オリハルコンか何かか?』
「……黙れ魔剣」
ジルディアスは小声でそう言いながら、おすすめ定食を口に運ぶ。どうやら、今日のおススメは野菜のポタージュと、パン、それに、よくわからない紫色の果物である。果物はまるで桃のような甘い香りを漂わせており、とても甘そうだ。
匂いは感じるのに、食べられないのか。
普通においしそうな定食に、俺は少しだけ残念な気分になる。剣である俺には、消化器官はもちろん、そもそも口がない。当然舌もないため、食事を味わうなどということはまずできないだろう。
それだったらなぜ匂いは感じられるのか、とも思うが、視界があったり、痛覚がある段階で十分意味不明だ。気にしすぎていても、なんとなく体が亡くなり、魂だけになったあの頃を思い出してしまうような気がして、そっと思考を遠ざける。
『……いいなー。美味そう』
思わずそう呟いた俺に、ジルディアスは少しだけ驚いたような表情を浮かべ、俺を見る。
「貴様、食事をとるのか……?」
『取れると思うなら、ちょっと眼科に行ったほうがいいぞ? もしかして、脳外科か?』
「ガンカやらノウゲカやらは知らんが、馬鹿にされていることは理解できた。もう一度鉄板になれ、貴様でゴブリンの焼き肉でも作ってやる」
『熱と油と血の匂いのトリプルコンボだな。絶対なるか』
俺はそう答えてから、軽く周囲を見る。小声であるとはいえ、誰もいない店内で何やら話している、と言うのはまあまあわかるらしく、食堂の女性は表情を引きつらせながら、ジルディアスのことを確認している。まあ、どこからどう見ても不審者だから、仕方がないな。
店員の視線を気にせず、ジルディアスは食事を続ける。食事をある程度腹に収めたところで、ジルディアスはふと、折れた俺に向かって手を伸ばし、言う。
「今直っているか?」
『いや? お前が折ったままだけど?』
「なら短剣に変われ。MPを回復している暇はない」
『えっ、何?』
俺は困惑しながらも、ジルディアスに言われた通り、変形のスキルでナイフに変わる。すると、ジルディアスは何のためらいもなくナイフになった俺を鞘から抜き取り、手首のスナップを効かせてナイフを投擲する。
『うえええええええええ?!』
「きゃああああああああ?!」
突然の蛮行に悲鳴を上げる俺と、店員の女性。しかし、次の瞬間聞こえてきた女性の困惑の声と、体に伝わる生暖かい感触に、俺は表情をこわばらせた。
俺が突き刺さったのは、店内に入ってきた二足歩行の魔物の頭蓋。眉間につき立った俺は、どうやらこの奇妙に欠けた獣耳を持ち合わせた魔物の脳を破壊していた。
毛の少ないサルのような生物の死体をそのままに、残りの食事を優雅に食べ終えたジルディアスは、指輪から銀貨二枚をとり、女性に手渡す。
「あ、あの、お題は銅貨10枚ですが……?」
「店の掃除代だ。なかなか美味であった」
ジルディアスは対面の椅子から剣の鞘を取り上げ、魔物の眉間から俺を引き抜くと、女性に問いかける。
「町の中まで魔物が来るのは普通のことか?」
「い、いえ! こんなこと、初めてです!」
もはやおびえ切って腰を抜かしている女性。そんな彼女に、ジルディアスは首を傾げ、そして、一瞬遅れてその目を見開いた。
「……馬鹿らしい茶番をやっている暇がなくなったな。仕留めたゴブリンで鉄板焼きを作るのはまた今度にしてやる」
『えっ?! これがゴブリンだったのか?! ってか、マジでやる気だったのかよ』
絶命した謎の魔物……ゴブリンを見ながら突っ込む俺を無視し、ジルディアスは俺の柄をつかむと、命令する。
「魔力を分けてやる。とっとと元の剣に戻れ」
『えっ、そんなことできるん?』
困惑する俺をよそに、よくわからない感覚が俺に伝わってくる。ステータスを確認すると、いつの間にかMPが全快していたため、俺は慌てて復活のスキルを発動させた。
すらりとした機能美を取り戻した俺。次の瞬間、ジルディアスは俺をへし折った。
『だよな、知ってた!』
「たわけ! 今回はまた魔力をよこす! 時間がない、さっさと剣に戻れ!」
『腐っても鯛って言葉、知ってる? 折れていても剣なんだぜ?』
「柄まで砕かれたいならさっさと言え。あと、タイとは何だ」
『【復活】! 鯛は魚! 高級魚!』
「……腐ったら腐った高級魚だろう。折れた貴様はただの折れた剣ではないのか?」
『うーん、思ったよりも正論……』
くだらない会話をしながら、ジルディアスは復活した俺をつかみ、腰を抜かした女性に向かって怒鳴る。
「神殿に逃げろ。神殿なら魔物よけの結界が張られているはずだ」
「は、はい……」
床にへたり込んだままの彼女をそのままに、ジルディアスは食堂の外に駆け出す。オリジナルスキルと、俺の祝福でステータスが二倍になったジルディアスは、壁を蹴って屋根の上に飛び移ると、あたりを見まわし、盛大に舌打ちをした。
煉瓦と木材を組み合わせたような街並みのヒルドライン街。そこは今、国境の向こうからの魔物の進撃に襲われていた。国境を区切るための境界壁が前線に変わっているが、しかし、地面を黒く埋め尽くすような圧倒的な数に押され、何匹か魔物を町の中に侵入させてしまっている。
逃げまどう市民。狂乱する魔物。必死に戦う兵士。
ジルディアスは歯ぎしりをすると、俺に言う。
「貴様、弓にはなれるか?」
『弓……? いや、多分なれるだろうけど、矢なんて持っていたか?』
「とっとと変形しろ。魔力が足りないならよこす」
ぞわりとするような殺気を放つジルディアスに、俺は少しだけ引きながらも姿を弓に変えた。すると、ジルディアスは指輪から短い槍を取り出し、俺につがえる。
「この手のことをすると、普通の弓だと間違いなく折れるからな。鉄だとしなりがないが、魔剣、貴様なら何とかなるな?」
ジルディアスのその問いかけに、俺はようやく彼の意図を読みとり、はっとしてスキルの変形を意識した。
『……! ああ、なるほどな! 気合いで何とかする!』
その言葉を聞いたジルディアスは、ニタリと口元に笑みを浮かべる。その笑みは、もはや捕食者のものであった。
俺につがえられた槍。鋭く尖り、柄から穂先まですべてが金属でできているそれは、確かにただの弓につがえれば、弓が折れるか弦が切れるかのどちらかだろう。
キリキリと弦を弾きながら、ジルディアスは詠唱する。
「……【エンチャントファイヤ】」
次の瞬間、槍の穂先に黒々とした炎が宿る。魔法の付与された槍は、次の瞬間、射出された。
空に向かって打ち上げられたその槍は、丁度空から町へと侵入してきたワイバーンの頭を割り砕き、その体を炎で包み込んだ。
すさまじい絶叫が町中に響き渡る。
……こうして、あまりにも一方的な、ヒルドライン街防衛戦が始まった。




