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102話 混ざり合う記憶

前回のあらすじ

・ゲイティスと遭遇

・ジルディアスはバルトロメイにおびえている?

 完全にグロッキーというか、精神的な疲労が酷く全く動けないらしいジルディアスをウィルドに預け、剣から人の姿に戻った俺は、闘技場の隣の神殿に向かう。流石に何があったかを聞くほど俺は優しさを捨てていない。聞くにしたってせめて時間を置いてからだな。


 ジルディアスからもらった金貨の袋を片手に、俺は意気揚々と門番たちの立つ神殿の扉を通り抜けた。


 豪華絢爛な水晶の神殿は、外壁だけでなく内装も美しく整えられている。

 門のすぐそばにはエントランスがあり、そこから廊下を通るとこの建物で一番大きなすり鉢状の講堂が設けられている。


 何百人、下手したら何千人と収容できるだろう超大きな講堂は、椅子や机、室内に飾られたタペストリーに至るまで薄青色に統一されており、すり鉢状になった部屋の中央には壁と同じく水晶で作られた教壇、その上には金で装飾された演説台が載せられている。

 そして、演説台の後ろには金で作られた巨大な二重丸のエンブレムが掲げられており、煌びやかなこの講堂を美しく、華やかに飾っていた。


 熱心な信者の中にはこの講堂を一目見るためだけに一生を旅に費やすものがいるほどだ。なるほど、荘厳で当たり前なのだろう。とはいえ、俺はそれほどまでに感動できなかった。


「なんつーか……神々しさが完全にウィルドの下位互換なんだよなぁ。あと、俺は世界樹の方が好きかもしれない」


 実際に神様と遭遇したりだとか、新たな世界樹の誕生を見守ったりだとか、原初の聖剣のウィルドと戦ったりだとか、とにかくいろいろな経験をしてしまった俺にとって、血にまみれた経歴を持つ神殿に、真新しい感動はなかった。造形物としては美しいが、実態を知ってしまうとどうにも感動できない。


 そんな講堂を横目に、俺は事務所というか、社務所というか、まあ、とにかく神官たちが手続きを行っている部署へ向かう。下働きしている人たちには紫色の装飾は一切なく、奥の方で随分よさそうな椅子に座っているだけの男は紫の帯を締めていた。位が高くないと紫の装飾はできないのだろう。……それなら、紫色の法衣着てたバルトロメイって結構地位高め?


 手持ち無沙汰になっていそうな少年に声をかけ、俺は裁判担当の神官の部屋へ向かった。



 そこそこ広い裁判担当の部屋に来た俺だが、どうやら担当の神官長は今はいないらしい。早めにことを済ませたいため、俺は部屋で待たせてもらうことにした。


 装飾や家具にそこまで興味のない俺でも、なんとなく高そうと分かる部屋の中で、俺は漠然と天井の石レンガの個数を数えていた。結局30分くらい部屋で待って、ようやく部屋の扉が開けられた。


 入ってきた男は、腰に紫色の布を巻いている。多少は偉い地位なのだろう。知らんけど。

 男はにこにこと笑って俺に言う。


「待たせてしまいました。今日は何の用で__お前は!!」

「うへっ?! 何?!」


 突然睨みつけて怒鳴る神官長。そこで俺はようやく思い出した。こいつ、ミストリアス神官長だ!!


 ミストリアスは俺につかみかからんばかりの勢いで詰め寄る。


「貴様!! 何故すぐ負けなかった! 貴様のせいで一体いくらの損失をしたと……!」

「知らねーよ! っていうか、胴元的には相当儲かったはずだろ?! 相当なやつが外したんだから!」

「私は! 貴様が! 10分以内に負けるとかけたのだ!」

「お前の話はより知らねーよ!!」


 紙切れになったらしい掛札を机に叩きつけ、怒鳴るミストリアス。いや、お前の賭け事事情なんて知らねえよ!

 というか……


「神官として賭け事とかそんなのでいいもんなのか……?」


 俺はこめかみをおさえてつぶやく。

 別に神殿の教えに特別詳しいわけではないが、何か神職者って基本的に清貧だとか清く正しくだとか、そう言うのが推奨されているのではないのか? 賭け事とかもってのほかだと思うのだけれども。

 ミストレアスは俺の指摘に小さく咳ばらいをして目を逸らす。ああ、神殿でも賭け事はダメなんだな。


 話を変えようと、ミストレアスは口を開く。


「で? 穢れ人風情が何の用だ」

「……金貨10枚を持ってきた。シスに公平公正な裁判でちゃんと判決を下してくれ」

「少ない」

「……出せて15枚だ」

「見せろ」


 神官らしくもない、明らかに俺を見下したミストレアス。ぶっちゃけ腹立つが、反論しても嫌味を言っても交渉に悪影響があるだけだ。俺は感情と表情を押し殺して金貨の入った小袋をミストレアスに手渡した。


 何の確認もなく無遠慮に小袋を開いたミストレアスは、ジルディアスが賭けの結果手に入れた金貨を訝し気に検品してから、本物だと確信したのだろう。空っぽの袋だけを俺に投げて返した。


「受け取ってやる」

「ちゃんとした裁判を行ってくれ。偽証は許されないのだろう?」

「わかった。裁判は行ってやる。__神殿が穢れる。さっさと出て行け」

「いや、まだ聞かないといけないことがある。裁判はいつ行われる?」

「いつ……? そうだな、明日……いや、明後日の決勝戦の前に裁判は行われる」


 ミストレアスはそう言うなり、俺に向かってさっさと出て行けと言わんばかりの表情を浮かべる。それに対して、俺は小さく肩をすくめることしかできなかった。


 とにかく、裁判費用は渡せた。あとは公平な判決が下ることを祈るしかできない。

 いないらしいこの世界の神に祈るのも癪だったため、俺はそのまま神殿を出て行った。



 場所は変わり、闘技場ではSTO本編と異なりジルディアスと対決する必要のなくなったウィルが、対戦相手の男の眼前に聖剣を突き付ける。

 開始五分。勝敗は既に決していた。


 ウィルの圧勝に、観客たちの沸き立つ声が上がる。


「流石は勇者様!」

「こっち見てー!」


 闘技場に響き渡る歓声の声。しかし、ウィルはずっと気がかりなことがあった。

 それは、今日の初戦。祓魔師の男と聖騎士団団長アルフレッドの戦いのことだ。


__エクソシストの扱いが、この国だと低い……?


 祓魔師の扱いのひどさや、理不尽極まりない勝敗。今は歓声を上げる観客たちは同じ口で酷い罵倒を叫んでいた。そんな違和感に、ウィルは惑う心が揺れるのを感じた。


 何をしたいのか、分からない。

 何ができるのか、分からない。

 何を目指すべきか、分からない。


 それでも、前へ歩み続けてきた。何でだ?


 疑問が、心に沸き起こる。

 何で、勇者として旅立つ覚悟を決めた?


 そこまで考えたところで、ウィルの脳裏にフロライトの夏至の祭りで迷子になった少女の姿がよぎる。泣いていた彼女は、母親と再びあえてちゃんと笑えていた。


 そうだ。そうだった。


「……僕は、この世界で涙を流さないといけないヒトを、一人でも減らしたくて旅に出たんだ」


 ウィルの口から、言葉が漏れる。


 混雑した記憶が、よぎる。

 迷子の子を助けたかった。

 砦のそばに現れたドラゴンに困る人々を助けたかった。

 信仰の源である世界樹がなくなり絶望するエルフたちを助けたかった。

 魔物の群れに襲われ危機に瀕した遊牧民たちを助けたかった。

 破壊の限りを尽くそうとする怪人から美しい街を助けたかった。

 そうだ、ヒトを助けられるような人に、なりたかったのだ。


 目を閉じたウィルは、そっと聖剣を鞘にしまう。そして、目を開いて、しりもちをついた対戦相手の男に笑顔で右手を差し伸べた。


「対戦、ありがとうございました」

「あ、ああ。まるで、歯が立たなかったよ」


 男はそう言ってウィルの右手をつかんで、立ち上がる。

 魔王を殺すのは、目的の途中経過であって、最終目標ではない。101本目の聖剣に選ばれなくても、ウィルはそうなりたいと思っていた。


 すっきりとした表情を浮かべ、ウィルは言う。


「……もう、迷う必要はない。これからも、人助けをして、悲しむ人を一人でも減らすだけだ」


 __そのためにも、他人を悲しませ続ける__を、倒す。倒さなければならない。


「……ん??」


 ちりっと、脳裏によぎる思考。

 ウィルはこめかみのあたりをおさえ、湧き上がった思考に首をかしげる。


「……ドラゴンに困っていた人たちなんて、いたっけ……?」


 ウィルの小さなつぶやきは、観客たちの歓声によってかき消され、やがて彼自身も思い出すことはなかった。

【勇者ウィルの記憶】

閲覧権限がありません






__剣の物語は、失われていない。今もなお、続いている。

__結局、剣の物語で最後まで笑えていたのは、ただ一人だけだった。



__投げ込まれた異界の魂が物語を変質させる。作られた異界の器が物語の悪意にあらがう。

__今回の世界でも、笑っていた一人が今だなお笑えるかどうかは、誰にも分からない。

__なぜならば、まだ剣の物語は続いている最中なのだから。

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