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100話 悪役大爆笑

前回のあらすじ

・恩田がアルフレッドを倒す

 ガッツポーズをとり拳を掲げる俺。そんな俺に降りかかる罵倒、価値のない擦り切れた銅貨、ゴミ。だが俺は、それでも不敵に笑みを浮かべて拳を掲げ続けた。


 勝った。勝てたのだ。とてつもないほど汚い手段だが、それでも勝った。


「これでやっと、シスを助けられる」


 ぽろりと、俺の口から言葉が漏れる。観客席をぐるりと見回せば、罵倒する人間に交じって茫然と自分の体を見る観客も数名いた。とにかくアルフレッドのMPを削るために広範囲への無駄な光魔法を使ったからだろう。

 ジルディアスは組んだ足を前の席にひっかけながら、俺を見下している。なお、ウィルドはこっちに手を振っている。ウィルドが楽しそうで何よりだ。


 魔力不足でまともに動けないアルフレッドは、信じられないという表情で会場に膝をつき、荒い息を繰り返している。早めに魔力回復用のポーションを使ったほうが良いだろう。頭にぶつかりそうになったびた銭を弾き落としながら、俺はまともに動けないらしいアルフレッドに肩を貸した。


「悪いな、汚い勝ち方しちまって」

「いや……うん、まあ、あれが祓魔師の勝ち方なのだろう?」

「いやいや、汚ねえ俺と本職祓魔師を比べるなんておこがましいだろ。本職祓魔師の方がもっと正々堂々と戦っているよ。それこそ誇りは騎士に負けず劣らずだしな」


 何かアルフレッドが祓魔師についてを誤解しそうな雰囲気だったため、俺は慌ててそう言う。二丁拳銃でガン=カタするシスの方が明らかに俺よりも強いし何なら花もある。言動もカッコいいし。


 しかし、俺の返答にアルフレッドは少しだけ困ったように眉を下げ、小さく謝罪した。


「すまない。嫌味を言った」

「……ん? え、マジ?」


 どうやら先ほどの台詞は普通に嫌味だったらしい。ウィルドは普通にこの手の質問をよくするため、単純に嫌味だと気が付けなかった。うん、何か変な空気にしてごめんな?

 ともあれ、俺はさりげなくアルフレッドを投石よけに使いながら跳ね橋の方へと移動する。聖騎士団団長のアルフレッドがいれば、投げられるごみの量が減るのだ。……びた銭は投げられるけど。


 飛んできたびた銭の塊を払い落とす。妙にコントロールいいな、この銅貨の塊投げている人。もうちょい他のことにその技術活かせない?

 ブーイングの嵐を背中で聞き流し、跳ね橋のほうに声をかける。


「橋を下ろしてもらえるか? 彼は魔力不足だ。治療する必要がある!」


 この国では大分嫌われている祓魔師の言葉だが、それでも聖騎士のアルフレッドがいる手前、嫌だとは言えないらしい。大層もったいぶった挙句、跳ね橋は下ろされた。


「足上げられるか?」

「ああ、何とか……」


 アルフレッドと一緒に跳ね橋を渡ろうと、橋に足をかけた、その瞬間。


「祓魔師場外! よって勝者、聖騎士アルフレッド!」

「……へ?」

「……うん?」


 実況の高らかな宣言。同時に、間の抜けた声を上げる俺とアルフレッド。そして、気が付く。安全にアルフレッドを渡らせるため、俺が先に跳ね橋に足を触れていた。


「待ってくれ! 明らかに僕は負けていた! 勝者は彼だ!」


 慌てて叫ぶアルフレッドだったが、既に観客たちはすさまじい歓声と俺への罵倒を始めるだけで、彼の言葉は通じない。届かない。

 俺は、目の前が真っ暗になるような気分だった。そうだ、せめて、彼が降伏してから連れて行けばよかったのだ。畜生、何で、何で俺はいつでもこうなんだよ!!


 勝者をたたえる大会スタッフたちが、俺を突き飛ばしてアルフレッドを支える。跳ね橋から故意に水路の方へ突き飛ばされた俺は、茫然と全身を水でずぶ濡れにすることしかできなかった。


「待て、待てと言っている! 君の、勝ちだろう?! なんでだ!!  僕は負けたと言っているだろう?!」


 水底に沈もうとする俺。アルフレッドが魔力不足で動きにくい体を無理やり動かし、こちらに手を伸ばすのがギリギリのところで見えた。


 沈めども、沈めども、口から息は漏れない。酸素が必要ない以上、俺は呼吸という機能を停止している。だからこそ、口から気泡は漏れない。ただ、水の揺れるごぼごぼという音が、酷く頭に響いた。


 畜生、畜生、ちくしょう!!

 悔しい。滅茶苦茶悔しい。実況だって審判だって俺の敵だってわかっていたじゃないか!! 何で、何で最後の最後で、詰めなかった?!


 俺の馬鹿さ加減に俺は水中で頭を抱えることしかできない。ああああ、くやしい!! 勝ったのに、負けた!! 負けなきゃ勝ちだったのに!!


 そんなことを考えながらしばらく何もしないでただ沈んでいると、上の方が騒がしくなってきたのを感じた。何か争う音が聞こえる。そして、水面に人影が写った。


 そう思った次の瞬間、ばしゃーんと大きな音が響く。

 何が起きたかわからず、茫然と水面を見ていると、真っ青な顔をしたアルフレッドが鎧も脱がずに潜水して俺に手を伸ばしていた。マジで?


 そして、俺は慌てて体を動かす。俺はともかく、アルフレッドは今、結構重篤な魔力不足だ。それなのに、鎧着たまま海に潜るのは、流石にヤバい。体重くて沈むだろ。


 俺は必死に体を動かすが、無慈悲にも重い己の体は沈んでいくことしかできない。やばいやばいやばい、死ぬ、アルフレッドが!


 アルフレッドが手を伸ばして何やら口を開く。手をつかめってことだろうけど、つかんだらお前も沈むぞ。

 どうすれば良い、パニックになって来た。どうにかしなきゃいけないのはわかっている、どうすりゃいいかがわからないんだ。


 そんなことを考えていると、アルフレッドの口からごぼごぼと気泡が漏れていく。ヤバい、ボーっとしてる暇ない!


 そう判断した俺は、即座に変形スキルを使って、足を魚の尾びれに変える。マーメイドではない。二股に分かれた半魚人スタイルだ。かっこ悪いとかカッコいいとか言っている暇ないからな。


 足のヒレで水をかき分け、アルフレッドの手をつかむ。そして、全力で水面に向かって泳いだ。流石に対戦相手が俺のせいで死ぬのは、胸糞が悪すぎる。変形した俺の足に、アルフレッドはびっくりしたらしい。目を丸くして俺の顔と足を見比べながらも、水面に向かって泳ぐ。


 屈折した光が近づく。冷たい水をかき分け、手を伸ばす。

 跳ね橋の木材を右手でつかみ、全力でアルフレッドの手を握った左手を引き上げる。重っ?! 腕もげそう!

 アルフレッドが橋をつかんだところを見たところで、俺は慌てて足の変形を元に戻した。流石にさっきの敗北で慎重になっている。アレはちょっとアホすぎた。


 水面から顔を上げ、荒く呼吸するアルフレッド。慌てて駆け寄ったスタッフたちは、さりげなく俺の手を踏みながらアルフレットを助け出す。たしか、こいつが俺を海に突き落とした奴だ……流石に怒っていいやつだよな?


「よう、クソ野郎。お前も濡れてけよ」


 俺の手を踏んだスタッフの足をつかみ、容赦なく水の中に引きずり込む。勝手に泳いで出ろ。

 故意にスタッフを水に引きずり込んだ俺に避難の視線や声が投げかけられるが、総じて無視した。うん、馬鹿に関わっていると時間の無駄だし、何よりもアルフレッドの治療が先だ。


 邪魔なスタッフがある程度減ったところで、俺も海から跳ね橋へ上がる。服がずぶぬれで気持ち悪い。


 水に沈んだおかげで物理的にも気分的にも頭が冷えたのか、だいぶ冷静になれた。日数的にあまり残されていないが、ベスト16に残った段階で金貨五枚をもらえる。あとは寝食を放棄してアンデットを殺して回れば、ギリギリ金貨10枚集まるのではないのだろうか?

 かなりぎりぎりだが、やらないという選択肢はない。……とりあえず、ジルディアスのところに行こう。


 罵倒を聞き流し、俺はそのまま退場した。




 試合を終えた俺は、とりあえず変形で顔と姿を変えてから観客席へ向かった。泥仕合をしたせいで、短時間で俺が負けるとかけていた観客たちには盛大に恨まれている自信がある。死なないとはいえリンチは勘弁いただきたい。


 観客席ではずいぶん楽しそうにしているウィルドと、いつも通りのジルディアスがいた。普通に近づくと、ジルディアスが一瞬鋭い視線を向けてきたが、すぐに小さく肩をすくめた。


「戻った」

「お帰り、四番目」


 ニコニコと笑って返事をするウィルド。

 いつも通りの仏頂面のジルディアスに、俺は頭を下げた。


「悪い、ジルディアス。すぐにアンデット狩りに行きたい」

「そうだな、貴様は負けたからな。賞金は金貨5枚だったか」


 組んだ足を前の座席に乗せ、開始した次の試合を見ているジルディアス。彼は何故かすぐに移動する気が無いらしく、そのまま観戦を続ける。そんな彼に、俺は慌てていった。


「なあ、頼む! 早く金稼がないと、時間が……!」

「……話は変わるが、魔剣。お前は、この闘技場で賭けが行われているのは知っているか?」

「んなこと言っている場合じゃねえだろ!」


 声を荒らげた俺の頭に、ジルディアスは何か重たい袋をぶつけた。何? 固いものが入ってて普通に痛いのだけれども?

 椅子に肘をつき、頬杖を突きながらジルディアスは言う。


「先に言っておくが、俺は貴様がアルフレッドとやらに勝てるとは欠片も思っていなかった。だがしかし、貴様が早々に敗退するとも思っていなかった。ところで、賭けの区切りだが、短時間で終わると思っていたものが多かったのだろうな。区切りの仕方が細かくてな。最長が30分以上だったのだ」

「……何が言いたい?」


 にやにやと笑って言うジルディアス。

 そんなとき、ウィルドがずいっと客席に乗り上げるように姿勢を変え、頬杖を突くジルディアスのマネをしながらニコッと笑って言う。


「ジル、一番倍率の高かった試合時間30分以上に全財産を賭けたんだよ。予選でも四番目が勝つのに全財産賭けてたから、金貨、凄いたくさんだよ」

「ぜ……?!」


 思わず俺の喉が引きつる。え? 正気か? マジで言ってる?

 俺は慌てて自分の試合時間を確認する。えーっと、序盤のジャベリン連打で5分かせいで、中盤の殴り合いで20分、後はアルフレッドのMPを削りきるのに5分……あ、ギリ30分超えたのか?!


 同時に、俺は頭を抱えて高笑いをするジルディアスに噛みついた。


「先に言えよ!! 言ったら俺もっと余裕持ったのに!!」

「馬鹿が。貴様が八百長のような気の利いたことができるわけがないだろうが。演技できずに三分でバレるのがオチだ!」

「畜生、否定できねえ……!」


 ゲラゲラと大爆笑するジルディアス。どうやら大勝ちできたのが相当うれしいらしい。


「交換ですべてイリシュテアの金貨にできるらしいからな。予選の賭けではフロライトの貨幣が随分低く見積もられたが、それでも無名の貴様がまさか予選を勝ち残れるとは思うまい? レートがずいぶんよく、その時点でイリシュテアの金貨10枚は獲得できていた。が、どうせ神殿連中は金を持っている相手には四の五の言う連中だからな。あるならあるに越したほうが良いだろう?」

「だからって財産全掛けは単純に危ないだろ! 俺が勝ったらどうするつもりだったんだ?!」

「馬鹿め。ベスト8に残れば賞金は金貨20枚だ。魔王城に行くまでの生活費は十分残るだろうが。予選突破をした時点で、勝ちは決まっていた。貴様が勝とうが負けようが、な」

「……確かに」


 不敵に笑うジルディアス。そして俺は、彼が頭に乗せた小袋を改めてみてみる。粗末な麻袋の中には、イリシュテアの金貨が15枚ほど押し込められていた。


 屋台で売られていたものらしい焼き鳥をウィルドに渡しながら、ジルディアスは機嫌よさそうに笑って言う。


「ずいぶん稼がせてもらったからな。貴様の分け前だ。返金はしなくても構わん」

「お、おう、太っ腹だな……釈然としねえけど」


 キラキラと輝く金貨。勝負には負けたが、どうやらこれで問題はないらしい。

 涼やかな潮風が、俺の頬を撫でた。これで、シスを救える。

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