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98話 味方最強の聖騎士団団長

前回のあらすじ

・恩田が悪役になる決意をする。

 光の槍を片手に、俺はアルフレッドを見る。彼はいまだに動揺しているのか、その表情を固めて俺をうかがっているようだった。

 まあ、あっちから来ないなら俺から行くだけなのだが。


 左手に握った槍を振りかぶり、俺は歩いて間合いを詰めていく。アルフレッドは動かない。ただ、大剣を握る手に力がこもったのか、ギシリと鈍い音が響いただけだ。

 

「倒す……!」


 間合いに入ったところで、光の槍を横なぎに振り払う。

 アルフレッドは反射的に大剣を盾にようと剣を掲げる。大丈夫、それくらい織り込み済みだ。俺は、そのまま槍を横なぎに振り払った。


「……?!」


 光の槍は、ずるりと大剣と接触することなく、貫通する。流石のアルフレッドもぎょっとした表情を浮かべ、槍の間合いから下がって逃げた。

 まあ、簡単な仕掛けだ。俺の持っているライトジャベリンは魔法で作ったモノ……つまり、光の塊であるため、剣くらいなら形を揺らがせるだけで攻撃に差し障りはない。


 アルフレッドが逃げ腰になったところで、俺はすかさず光の槍を投擲する。

 光が瞬き、雷にも近しい威力の一撃が近づき、聖騎士は表情を引きつらせながらも、大剣を横なぎに振り払ってライトジャベリンを打ち消した。流石にこれは通らないか。


 攻撃が一つ通らなければ、次の手段を試すまで。


「多重展開、光魔法第五位【ライトジャベリン】!」


 一つ一つの威力を下げ、数をとにかく増やす。

 削れ。攻め続けろ!


 奥の歯を噛みしめ、俺は展開した光の槍の群れを意識する。絶対に、勝つ!




 まばゆい輝きが会場を照らす。観衆たちは、ただただ信じられなかった。


「多重展開、光魔法第五位【ライトジャベリン】!」


 リングの中央付近、闘技場と言う大舞台にいる祓魔師は、あまりにも異様であった。防具や胸当てなどひとつつけず、魔力増強のローブすらも身に着けず、杖も持たず、そして、何よりも応援一つなく戦っている。

 祓魔師なら応援が無くてもまあおかしくはない。しかし、それでも、彼の装備は異様だった。


 闘技場では、激しい剣劇が好ましいものとされている。魔術師でも一人で戦うことになる都合上、普通なら近距離での戦いにも対応できるように短剣の一つでも装備しているはずなのだ。


 しかし、あの祓魔師は、剣も、杖も、持ってはいない。あるのは左手の異様な刻印と、右手の粗末な指輪型発動体。さらに装備も、粗末な革のジャケットのみ。とても正気には思えなかった。


 まばゆい光の槍の群れの穂先は、大会優勝常連のアルフレッドを狙っている。魔法の種類においても、別段珍しいものではない。イリシュテアの神官たちならもっと高位な光魔法を操ることだってできるはずだ。


 しかし、何度も闘技場での戦いを見てきた観客たちは、気が付いていた。

 魔法の発動が、あまりにも早い。すさまじい熟練度なのだ。


 よどみのない魔法の発動に、無駄のない魔力込め。そして、何よりも、その威力。


「悪いなアルフレッド! 俺は負けるわけにはいかねえんだよ!」

「ぐっ……!」


 祓魔師のライトジャベリンの連打。アルフレッドはそれらの攻撃を大剣を盾にすることでしのぐ。が、その顔色は依然よくはない。

 槍の一発一発が重たいのか、逸れて地面に突き刺さった光の槍によって、リングの床が小さく抉れる。同時に発生した細かな揺れで、リングに投げられた小銭たちがちゃらちゃらと小さな足音を立てていた。


 軽装な祓魔師に対し、鎧をまとった聖騎士が不利にも見える状況。そんな状況に、悲鳴を上げるものがいた。


「嘘だろ、三分に賭けたのに……?!」

「ふざけんな、金返せ!!」

「とっとと死ねよ穢れ人!!」


 そう、祓魔師の敗北時間で超短時間に金をかけた人々である。

 一瞬で決着がつくかと思ってみれば、魔法をほぼ無詠唱で連続発動する祓魔師を前に、聖騎士は防戦一方。つまり、短期決着はない。


「魔力尽きれば流石におしまいだろ……?」

「十分以内に魔力切れになってくれよ……?」


 困惑の声が、観客席に広がり始める。アルフレッドがどこの馬の骨かもわからない祓魔師ごときに負けることはないだろう。しかし、それでも、賭けの対象は勝敗ではなく時間である。そのため、己の望む時間……最長でも10分前後に決まらなければ、ほとんどの観客は損を被ることになるだろう。


 しかし、そんな観客席で一人だけ、冷静に戦う祓魔師の様子を見ている者がいた。

 それは、ジルディアスだった。


 前の席に誰もいないことをいいことに、座席の上に組んだ足を乗せた彼は、小さくあくびをしながら祓魔師の戦いを見ている。そんなジルディアスに、ウィルドはきょとんとした表情を浮かべ尋ねた。


「いいの、ジル。四番目、作戦と全然違うことしているけど」


 座席で見えないことをいいことに、馬の脚の状態で聖剣の戦いを見守るウィルド。そんな彼に、ジルディアスは軽く目を伏せて言う。


「いや、大丈夫ではないだろうな。そもそも、あの駄剣が前回大会優勝者に勝てるわけがない」

「……それって、大丈夫なの?」

「大丈夫ではないと言っているだろうが」


 潮風に揺られ、ジルディアスの銀の髪がさらりと揺れる。赤色の瞳は特に何も思うことはないのか、そっと伏せられたままだ。ウィルドは、ジルディアスのその言葉が理解できなかったのか、不思議そうに首をかしげる。


「別に、人間程度が何人死んでもプレシス(この世界)に関わりはないさ。それでも、四番目はあの少女を救いたいのじゃあないのかい?」

「そうだろうな」


 ウィルドの問いかけに、あっさりと答えるジルディアス。その言葉に、流石のウィルドも眉を顰めた。


「四番目、体は聖剣だけど、中身は人間だよ? 人間って確か、合理的な判断じゃないこともするよね? よくないのじゃあないの?」

「……貴様は気にしなくてもいい。一つ言うならな」


 ジルディアスはそこまで言ったところで言葉を一度区切り、軽く体を起こして保存食のチーズをつまみ上げると、非難の言葉を言いかけたウィルドの口に放り込む。

 メルヒェインの隠れた特産品のチーズをもごもごと食べるウィルドに、ジルディアスは言葉を続ける。


「問題はすべて解決した。後は、あの駄剣がどこまで勝つか見てやればいい」

「……?」


 ニッと不敵に笑み、答えるジルディアス。そんな彼の自信あふれる言葉だったが、ウィルドはチーズのおいしさに気がとられ、特に反応をすることはなかった。


「ジル、チーズもうちょっとちょうだい。美味しい」

「貴様は……まあいい。腐るほどあるから適当に食え」


 自由なウィルドに、ジルディアスはほんの少しだけ気を落しながらも、視線をリングに戻す。試合開始から五分。ようやく、アルフレッドが攻撃に踏み切り始めたところだった。




 ライトジャベリンの連打。そして、祓魔師の拙いながらの攻撃に、ようやくアルフレッドは大会中であることを思い出す。そして、全ての迷いを振り払うために、大剣の柄を強く握る。


 そして、短く詠唱した。


「光魔法第五位【バイタリティ】」


 自己にバフをかけると、即座に魔法で創りだした光の槍を持った祓魔師の方を睨む。そして、高らかに宣言した。


「君には悪いけれども、私は聖騎士団団長として、部下に情けないところを見せるわけにはいかない!」

「そーかよ、知ったことないな!」


 祓魔師はそう言ってアルフレッドの腹めがけて光の槍を突き立てようと間合いを詰める。その時だった。


 アルフレッドの大剣が、軽く、振るわれる。そして、彼は少しだけ申し訳なさそうに言った。


「……ごめんね。あとで治してもらってくれ」

「……は……?」


 祓魔師は、間の抜けた声を上げる。

 しかし、次の瞬間、アルフレッドの言う意味が理解できた。


 祓魔師の親指以外のすべての指が、根こそぎ地面へと落下したのだ。

 光の粒子に変わる切断された肉体。そして、中指にはめていた魔法の発動体の指輪が、カランと音を立ててフロアを転がっていく。


 乾いた笑い声が上がる。とてつもない強者の余裕と絶望的な実力差に、祓魔師は笑うしかなかったのだ。

 アルフレッドは、的確に指だけを切断した。発動体を使用不可能にしたいのなら、右手首を切ればいいのにも関わらず、である。つまり、わざわざ狙って指を切り落とすだけの余裕があると言うことだ。


 じわじわとこみ上げてくる右手の痛み。しかし、祓魔師はただ脂汗のにじんだ額のまま、凶悪に笑んだ。


「言っただろうが。俺だって、負けるわけにはいかねーんだよ! 光魔法第一位【ヒール】!」

「?!」


 左手の刻印で右手の指を修復。指輪の発動体を使用不可能にしたはずにも関わらず発動した魔法に、流石のアルフレッドも目を丸くした。

 一瞬でも気がそがれたその隙に、祓魔師は必死に食らいついた。


 刻印の刻み込まれた左手の人差し指をアルフレッドに向け、短く詠唱する。


「光魔法第二位【レイ】!」

「っ!」


 光を集約し、線での攻撃を行う。右肩を狙ってのその一撃を、アルフレッドはギリギリのところで回避する。そして、すぐに理解した。


 吹き抜ける潮風が、アルフレッドの汗で湿った前髪を緩く揺らす。


「まさか君、左手の刻印が魔法の発動体になっているのか……?!」

「ご名答! 【ライトジャベリン】!」


 直った祓魔師の右手。そして、問題なく発動され、出現した光の槍。状況は、無理やり元に戻された。……いや、正確には、元の常態には戻っていない。しかし、周囲の狂乱や祓魔師の不敵な笑みのせいで、元に戻ったように見えていた。


 実際のところ、圧倒的にアルフレッドの方が有利である。何せ、右手の発動体は地面に転がっているのだ。このまま左手を切り落としてしまえば、その時点で祓魔師は魔法の発動ができなくなる。


 それでも、強がって痛がらず、強がって負けを認めず、ただ不敵に笑みを浮かべる祓魔師のその姿が、まだ奥の手を隠したように見えてしまっていたのだ。


「泥仕合しようぜ、アルフレッド!」


 祓魔師はそう言って笑い、乱雑に光の槍を振るう。アルフレッドは冷静にその一撃を対処し、槍の突きを回避してから、大剣の柄で祓魔師の鳩尾をしたたかに打ち据える。


 本来なら、それだけで気を失い、試合終了するだけだ。しかして、痛覚に耐性があり、さらに肉体構造が本来の人間のソレではない祓魔師は、ギリギリのところで意識を失うことなく繋ぎ止めた。

 しかして、大ダメージなのには変わりがない。勢いよく吹っ飛ばされた祓魔師は、受け身をとることもできずに地面に叩きつけられる。


「負けを認めてくれ。確かに、君の決意が強いのはわかった。それでも、君には実力が足りない。……光魔法に頼り過ぎだ」


 油断なく大剣を構えまま言うアルフレッド。対して、激しく咳き込みながら、フロアに膝をつく祓魔師。


 アンデットだけを相手するなら、一発でも光魔法を当てるなり、エリアヒールで徐々に耐久を削っていくだけで構わない。しかし、対人戦はそうはいかない。対人戦に限っては、光魔法は火力不足になりがちである上、エリアヒールによる耐久削りが不可能になるのだ。

 しかし、逆説的にエクソシストたちは少ない人数で途方もない量のアンデットを相手するため、多対一の方が得意になる傾向がある。


 体を引きずり起こした祓魔師の体は、小さく震えている。

 その様を見て、アルフレッドはこう思った。


__恐怖で声も出せないか……


 今までの挑戦者は、そうだった。立ち上がれただけ、この祓魔師はまだすごい。回避も受け身もとれなかったのに、自身の耐久だけで耐えきって見せたのだ。

 小さく息をつき、アルフレッドは改めて祓魔師の方を見る。そして、最後通告と言わんばかりに、再度口を開いた。


「降伏してくれ」


 しかし、祓魔師から返答はない。ふらふらと立ち上がった祓魔師の体は、まだ小さく震えていた。


 アルフレッドは肩をすくめ、祓魔師との間合いを詰める。


 その瞬間だった。

 祓魔師は、食らいつくような笑みを浮かべたまま、顔を上げた。そして、左手を前に突き出して詠唱する。


「光魔法第一位【ライト】!」

「?!」


 突然の目くらましに、思わず表情を凍り付かせるアルフレッド。

 そう、体が震えていたのは、こみ上げる笑いをこらえていたからだった。


 目くらましを喰らい、たたらを踏んだアルフレッド。その横っ面を、祓魔師の拳がとらえた。


「ぐっ……!」


 振り抜かれた右拳が、アルフレッドの左頬の眼下を打ち据える。初めて、祓魔師の攻撃がアルフレッドに通用した。

 アルフレッドはほぼ反射的にカウンターのハイキックを祓魔師に食らわせる。アルフレッドの足具が祓魔師の脇腹をえぐるように蹴り上げるが、次は特に痛みに呻くことも無く、その足を捕まえる。


 祓魔師は高く笑い、馬鹿にするように言った。


「ばぁぁぁーか、アルフレッドお前、俺がヒール使えるの見てただろうが! そりゃ攻撃当たった瞬間はクソ痛かったぜ? でも死ななきゃ誤差だっての!」


 捕まえたアルフレッドの左足を小脇に抱えたままそう叫んだ祓魔師は、空いた左腕でアルフレッドの鎧の胸を強くつかみ、ヒールを発動させ、わき腹を治癒する。そして、そのまま地面に叩きつけようと力を籠める。


 ガシャン、と、派手に鎧がフロアに叩きつけられる音が、響いた。

 うまく受け身をとったアルフレッドは、小さく舌打ちをして大剣から手を放す。そして、逆に祓魔師の胸ぐらを地面に倒れた状態でつかむ。


「そうだな。君がそうならば、しようじゃあないか、泥仕合を!」

「ふえっ……?」


 アルフレッドは、そう叫ぶとすさまじい剛力で祓魔師を投げ飛ばした。

 __戦いは、まだ終わらない。

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