97話 れっつふぁいとうぃずみー
前回のあらすじ
・恩田「やべ、やり過ぎた」
・ジルディアス「馬鹿め」
・現在ベスト16圏内
修業を終えた翌日。半死半生もいいような状態で、俺はジルディアスに首根っこをつかまれて闘技場へ引きずられていた。
「あー……俺、生きてる……?」
「貴様に生き死にの概念はないだろうが」
「大丈夫だよ、四番目。君の魔力はまだ残っているだろう?」
「うーん、味方が誰もいねえな……」
まだ復活しきれていない骨髄を徐々に復活させながら、俺は小さく肩をすくめる。人体を模倣しているだけの俺にはあっても無くてもほとんど変わりはないものの、無いとちょっと違和感がある。
とにかく、俺は負けないために場外へ押し出されない練習をしていた。結果として、手加減する気のないジルディアスと手加減できないウィルドによって何度も何度も木っ端みじんにされたのである。死なないからって流石にひどくない?
空が青い。海風が冷たい。
晴れ渡った空の下、嫌味なほどに闘技場の白のレンガが映えている。畜生、戦いたくねえな……
じりじりと痛む全身の違和感をこらえ、俺は俺を引きずるジルディアスの手を叩く。放せ、普通に歩くから。
「いてえ……首もげるかと思った……」
「そこまで強くはつかんでいないだろうが」
「嘘だろ、力入れれば素手で首もげるのか?!」
確かにジルディアスならできそうな気がしないでもないが、普通に握力人外過ぎないか? あとウィルド、そんな「僕できるよ!」って目で見ないでくれ。できるの知っているから。
ヒールの魔法を行使しつつ、俺はさりげなくウィルドの手を握ってMPを全回復させる。ウィルドは相変わらずニコニコと何か楽しそうに笑っていた。機嫌いいなぁ。
ジルディアスは小さく手を振って客席の方へ向かう。
……こうなったら、俺も腹をくくるか……でも、絶対ブーイングヤバいだろうなぁ……。
少しだけ嫌な気分になりながらも、俺は闘技場へ向かった。
会場へ向かえば、跳ね橋前の待合室で選手たちがアップを始めていた。あたりを見回してみれば、ふと、勇者ウィルの姿が目に入った。
ウィルは鞘を付けた聖剣で素振りをしている。流石は主人公と言うべきか、かなり動きはよく、正直タイマンすることになったら俺は間違いなく勝てないだろうな、と思った。まあ、負けるつもりはないけれども。
声をかけようかどうしようか迷ったが、ウィルは相当集中しているらしいため、声掛けは止めた。多分後の方の試合だろうとは思うけれども、邪魔するのは悪いからな。
俺も他の選手たち同様、軽く準備運動をしておく。と言っても、運動部に入っていなかった俺は、準備運動がラジオ体操になるのだが。
胸をそらす運動を始めたあたりで、周囲の視線が痛く感じ始めてきたため、途中で準備運動を中止する。何でさ。
この時の俺は知る由はないのだが、ラジオ体操を知らない人たちにとって、この運動は謎の踊りにしか見えない。そりゃ、右腕に謎の刻印刻んだ奴が変な踊りをし始めたら、誰だって見るだろ。
結局アキレス腱を伸ばしておくくらいしかできなかった。よくよく考えれば肉体自体は聖剣だから伸ばそうが縮ませようが関係ないけれども、結局は気分の話だ。なんかこう、プロのアスリートの言うルーティーンのようなもの……な気がする。
謎の踊り、もとい、ラジオ体操をしていた俺を、サクラだけが訝し気に見ていた。
さて、大会三日目のベスト8戦第一試合。第一リーグに選ばれていた俺と、アルフレッドの試合である。これに勝利すれば、賞金の金貨20枚が得られるわけだが、問題は昨日丸一日訓練に費やしても、勝利できるビジョンが見えなかったことくらいか。
そんなことを考えながら、俺は待機場所へ向かう。すると、俺に向かって何かが投げられたことに気が付く。
訓練の成果で何とか顔面にぶつかるよりも先に右手で叩き落すことに成功した。もしそのままの軌道で投げられていたら、顔面ど真ん中に当たっていたよな……
そんなことを考えながら、ちらりと叩き落したものを見る。それは、丸められた紙ごみだった。は? 何で?
そんなことを思って顔を上げた瞬間、小さな金属が飛んできたのに気が付いて、慌ててその場を飛びのいた。何? 何?! ウィルドの土魔法のガトリングでちょっと貫通系はトラウマなのだけれども?!
そう思って飛んできたものを確認すれば、錆びて擦り切れ、貨幣としての価値のなくなっていそうな銅貨であった。は?
「……何だ……?」
飛んできた異物。困惑する俺だったが、すぐに、その正体が分かった。
「「「か、え、れ! か、え、れ! か、え、れ!」」」
会場を揺らすような、ブーイングの嵐。そして、飛んでくるゴミや小銭。そして、同時に、闘技場の進行役があざけるように選手の紹介を始めた。
「三日目第一試合は大会連勝常連! イリシュテアの赤き聖盾、聖騎士団団長アルフレッド様、対するは何と旅の祓魔師……何て読むんだ、この文字。まあ、どうでもいいでしょう! アルフレッド様と穢れ人のオッズ差は何と30倍! もはや勝敗ではなく、持ちこたえる時間が賭けの対象になるほどです!!」
あまりにもふざけた司会に、俺は怒るよりも先に疑問が沸いた。そして、どうしようもないほどのやるせなさを覚えた。
__あれ、人って、こんなにも愚かだったか……?
心中に湧き上がる疑問。と、同時に、すさまじい嫌悪感を覚える。名前を呼べないのはまだいい。日本語で自分の名前を書いた俺が悪かったのだから。それでも、これはないだろう?
まだ何もしていない俺に投げかけられる罵倒。小銭。ゴミ。冷たい視線。そして、対するアルフレッドから投げかけられる、プレッシャー。アルフレッドの瞳に宿るのは、少しの同情と、敵に向ける圧力のみ。まだ、彼の視線の方が、ましだ。
俺は自然とこもっていた奥歯の力を理性で解きほぐし、ちらりとジルディアスの方を見る。ジルディアスの赤色の瞳には、何の色もない。ただ、その口が、「無様に負けたら殺す」とだけ動いただけだった。
あまりにも彼らしい言葉に、俺は思わず苦笑いを浮かべた。俺が死なないことはお前が一番よく知っているはずだろう?
観衆は、俺の苦笑いを不敵な笑みだと勘違いしたらしい。より大きなブーイングと、同時にアルフレッドへの応援の声が大きくなる。
わざわざ小銭を棒状に固めた殺意高めの投擲を行う観衆たち。反応するのも馬鹿馬鹿しくなり、俺はただ前を見た。そして、拳を構える。そんな俺を見てか、初めてアルフレッドの表情が変わった。
憐憫の視線に悔しさを滲ませ、ギリッと奥歯を噛みしめる。ほんの数分とはいえ、共闘していた相手がここまでけなされているのだ。何か思うところがあったのだろう。
アルフレッドの右拳が、無力さを隠しきれず握り締められる。そして、わななく口で俺に問いにならない問いをかけた。
「君は、何故……」
「何がだ? さっさと構えろよ」
「待ってくれ、答えてくれ! 君は、本当に祓魔師なのか?!」
「……まあ、そう名乗ったな。職歴めちゃくちゃ短いけど、多分ジョブ的には祓魔師に当たると思ったし」
嘘だ。半分は当てつけである。
いい感じのところまで勝ち上がれば、シスの不当逮捕への文句が言えるかもしれないと思ったから、隠すことなく祓魔師を名乗った。
そんな俺の返答に、アルフレッドは信じられないと言いたげな視線で俺を見る。
「何で……何で君が……」
「逆に何で俺が祓魔師じゃあいけないんだ? っていうか、この街の特質上、祓魔師がいないと破綻するような状態の癖に、何言ってんの?」
「……!」
俺の言葉に、アルフレッドは目を丸くする。……ああ、祓魔師を差別していたのは、人々が何も考えていなかったから、なのか。
想像力が足りない。人を思いやる心が足りない。欠如した倫理観と思考力に、吐き気を覚えた。同時に、俺も同じ穴のムジナでしかないと理解した。
無知は、罪だ。俺も、この街の人々も。
思考を放棄すれば、そりゃ楽だろう。それでも、そんなことをしていたから、俺も彼もこんなクソみたいな罪悪感を覚える羽目になっているのだ。
周囲の「殺せ」コール。この大会のルールをわかって言っているのだろうか?
あまりにも馬鹿馬鹿しくなってきた。いいだろう、そんなに望むなら、なってやろうじゃないか。悪役に!
このままだと何もせずとも試合を棄権してしまいそうなほど動揺の隠せないアルフレッド。そんな彼に……いや、観衆たちに向かって、俺は声を張り上げる。
「来いよ、アルフレッド! どんな人たちがてめえの後ろ守ってたのかも知らずにのうのうと掲げてた大剣で、俺を負かせると思うな!!」
「……!!」
アルフレッドの目が見開かれ、瞳孔がきゅっと小さく縮む。
魔王城のある大陸に向かってそびえたつ、水晶の神殿。そして、その背後に当たるイリシュテアの門。
穢れた処刑場である門前の平和を守り続けていたのは、祓魔師の人々だ。そんな彼らを代理する権利は、多分俺にはない。だとしても、俺は偽った。偽ってでも、シスたちがやって来たことを叫びたかった。
すさまじいブーイングが闘技場を支配する。同時に、客席内の「殺せ」コールが、大気を揺るがせた。観客たちの怒りと熱狂が最高潮に達したところで、司会の男が叫ぶように宣言する。
「試合開始!!」
合図の直後、俺は即座に呪文を唱えた。
今まで作った作戦など、もうどうでもいい。汚くても勝てばいいだなんて、そんなの話にならない。
「光魔法第五位【ライトジャベリン】!!」
左手に回した魔力で、光の槍を創る。そして、それを握り締める。
同時に右手の指輪に魔力を回し、【バイタリティ】を発動する。
正面から殴り合う。絶対に避けるべきだと分かっていたが、それでも、そうするしかない。観衆の望んだ悪役として、アルフレッドを乗り越える。
「汚いと笑えばいい。いくらでも空っぽな罵倒を続ければいい。その上で乗り越えてやる! 悪いが俺の生き汚さは超一流だぜ?!」
笑え。不敵に。
笑え。無様に。
笑え。哂え。嗤え!
鏡があれば、俺はきっと頭を抱えていただろう。
何故なら、その時の俺の笑顔は、さながら悪役のそれだったのだから。
光の槍を片手に、嫌われ者の悪役は叫ぶ。
「俺と戦え、アルフレッド! 超半人前もいいところな祓魔師が相手してやるよ!!」
そうして、戦いの火蓋は切られた。