9話 剣にする? 槍にする? それとも、ナ・イ・フ?
前回のあらすじ
・王子「生きて帰ってこい」
・ジルディアス「おk」
・安藤「何かゲームの世界に転移してた」
王城から出たジルディアスは、宿で一拍休むこともせず、そのままの足で都の外へと向かった。
『休まなくていいのか?』
「……構わん。とにかく、この国の北の国境まで移動し、そこで宿をとる」
『ちなみに、徒歩でどれくらいかかるんだ?』
「3日か4日と言ったところか?」
『……馬鹿なのか?』
思わずそう言った俺に、ジルディアスは盛大に舌打ちをすると、周囲に人がいないことを確認してから俺を鞘から引き抜き、そして、へし折った。
『いっっっってええええええええ!!!』
「余計なことは言わずに黙っていろ、魔剣」
『何も、折ることはないだろ?!』
そう叫んだ俺に、ジルディアスは肩をすくめる。
「まあ、必要が無いと言えばないが、意味がないかと問われれば、ある、と答えるな」
『は? もしかして、謝罪ゼロ?』
俺の言葉を無視し、ジルディアスは折れた俺を鞘に戻すと、軽く体を伸ばしてから走りだす。流れていく王都の様子を横目に、ジルディアスは説明をする。
「先に行っておくが、俺のオリジナルアビリティは、【武器の破壊者】だ。武器の破壊が容易になり、さらに、破壊した武器の攻撃力を己に加算することができる」
『ふーん? ああ、だから、襲撃されたときに武器の剣をへし折っていたのか』
納得する俺に、ジルディアスはさらに驚きの言葉を続ける。
「どうやら、聖剣……いや、魔剣を破壊すると、俺のステータスが二倍と少し増えるらしい」
『ふーん……は?』
表情が引きつる。俺のステータスでは、高レベルであるジルディアスのステータスの一割以下にも満たない増加量にしかならないはずである。
しかし、二倍。どこかで聞いた言葉である。
__もしかして、【祝福】か……?!
祝福の効果、スキル二倍が、ジルディアスのオリジナルスキルにも、適応されたのだろうか。
背筋に、冷や汗が流れるのを感じる。……いや、背筋も冷や汗もあるわけがないけれども。
かなりのスピードで道を駆け抜けるジルディアス。確かに、このスピードは、人間では出せそうにもない速さである。知っている限りのスピードで例えるなら、原付以上高速道路以下と言ったところだろうか?
そのスピードで城をかこう城壁のそばまで寄ると、一気に跳躍し、そして、呪文を唱える。
「【二段跳び】、【ウィンドステップ】、【影伸ばし】」
空に足をかけて再度跳躍し、駄目押しで風で体を浮かび上がらせ、そして、最後に腕を伸ばして影を城壁の頂点まで伸ばし、つかまる。遥か下に、城下の街並みが見える。なるほど、あの加速はこの壁を乗り越えるためのものだったのか。
陰でつかんだ壁をよじ登り、ジルディアスは快晴の空の下、王都の正面の門を睨む。そこには、紫色に装飾された、無駄に豪華な馬車。彼は不遜にも舌打ちをすると、吐き捨てるように言う。
「アレが司教の馬車だ。表門から出ていれば、アレと面と向かって会うことになり、街中でやり過ごそうと思えば呼び出されていたことだろう。__ああ、馬鹿らしい」
ジルディアスはそう言うと、伸びた影を元に戻す。生やかな動きでずるりと地面にしみこんでいった影に、俺は一瞬驚くも、それよりも気になることがあり、俺は質問する。
『呼び止められて何か不都合でもあるのか?』
「……当たり前だたわけ。今の司教、バルトロメイは小賢しい狐よ。欲しくもない従者を押し付けられ、さらには俺のオリジナルスキルにも口を挟んでくるはずだ」
何度か嫌味を言われたことがあるのか、実害を受けたことがあるのか、増悪の表情を隠しもせずに言うジルディアス。なんだ、そんなことか。俺は無い肩をすくめ、小さくため息をついた。
『ふーん? まあ、従者に関しては、休みもせずに一晩中歩いて王都に向かう馬鹿に、付いて行きたいと思うやつもお前の友達の人数並みに少ないだろうしな』
「……貴様、まだ直っておらんのか? もう一度へし折ってやろうかと思ったが」
『剣に対する虐待反対! パワハラ良くない!』
図星だったのか、普通に腹が立ったのか、頬に青筋を立てたジルディアスが、俺の柄をぎりぎりと握り締める。柄は止めて! 普通に痛いから!
遥か下の門を紫色の馬車が通り過ぎていくにつれ、ジルディアスは馬鹿らしくなってきたのか、盛大にため息をつくと、俺から手を離し、そして、そのまま城壁を乗り越えると、地面に向かって飛び降りた。
「【ホバリング】」
「ひえっ?!」
上から降りてきたジルディアスに、門番の男が間抜けな声を上げる。驚かした当の本人は、少しだけ眉を顰めると、ポケットから身分証明書と貨幣を取り出し。情けない悲鳴を上げた門番に手渡す。
「身分証明書と通行税だ。」
「あっ、は、はい」
驚いたような、困惑したような声を上げ、門番は恐る恐るジルディアスの身分証明書を受け取る。そして、少しの間確認したあと、すぐに返し、通行税を受け取った。
門番は敬礼すると、ジルディアスに言う。
「確認終了しました、どうぞ、お気をつけて!」
その言葉を背中で聞き流し、ジルディアスは再度走り出す。吹き抜ける風に、驚いたような表情で駆け抜けていくジルディアスを見る商人の列。それほど司教が嫌いなのだろうか。
輝かしい空の下、ジルディアスの軍行が始まった。
一日の休憩時間は、三食の食事で止まる数分間と、体を清潔に保つためにぬれた布巾で体をぬぐったり、川で沐浴する数十分のみ。睡眠時間は当然ゼロで、道の途中で現れる敵は、俺をへし折ってドーピングした力で瞬殺するためロスタイムはほぼなし。……当然、怪我の治療もする必要がないため、戦闘後の休憩もない。
それを続けて三日。
『死ぬぞ?』
深夜、明かり一つない中森を駆け抜けるジルディアスに、流石に哀れに思えてヒールをかけてやりながら、俺は言う。驚くことに、旅の初日からほとんど風貌の変わらないジルディアスは、俺の言葉に対して短く答える。
「これしきで死ぬか、たわけ。移動程度、一週間は続けられる」
『あれ? ジルディアスって人類だよな? 実は人外だったりするのか?』
俺の言葉に、ジルディアスは何のためらいもなく俺をへし折り、そして、前に立ちふさがろうとしていた巨大な黒オオカミを一刀に伏す。折れた剣だというのに、流石の切れ味だ。ちょっとすごいな、俺。
『いってぇ!!』
「黙れ魔剣。貴様こそ、血で文句を言わなくなってきたではないか」
『いや、別に、嫌なものは嫌だぞ? 武器のチェンジをしてくれるなら大歓迎だ』
俺はそう言いながらも、復活のスキルを発動させる。あっという間に直った刀身を確認し、ジルディアスは走りながら俺を鞘に納めた。
俺の体、つまるところ、剣の刀身につく血液や汚れは、何故か勝手に消える。それが分かったのは、ジルディアスが通り過ぎざまにワイバーンの首を切り落としたときだったか。聖剣の恩寵か、それともほかの理由があるのか、俺の体につく汚れは、勝手に分解されることが分かった。
まあ、それは結局、武器を手入れするための休憩時間が減ることにつながっただけだったのだが。
闇に溶け込むように走り抜けるジルディアスに、俺は深くため息をつきながら言う。
『過労死ってこの世界にもあるよな?』
「過労死……ああ、よく知っているとも。だとしても、俺は問題ない。この程度、過労のかの字にも足りん」
『いやいやいやいや、寝てないの、丸四日目だぞ? さすがに死ぬって。休めよ』
「たわけ。北の国境までもうあと半日だぞ? こんな距離であるならば、とっとと移動したほうがマシだ」
ジルディアスはそう言い切ると、やや白みだしてきた夜空をちらりと見上げる。雲の切れ間から、やや満ち始めた月があまりに頼りなく夜道を照らす中、ジルディアスはわき目もふらずにただ走り続ける。
『そんなにさっさと国を出ていきたいのか?』
「ああ、そうだな。少なくとも、一週間以内に神殿から距離をとっておきたい」
ジルディアスはそう言うと、薄やかにクマの浮かんだ目で月を見上げる。
「神殿は、満月の日に断罪の儀式を行う。それまでに国を出ていきたい」
『……断罪の儀式?』
「……処刑と裁判を行う日だ。いちゃもんをつけられる前に逃げられるのならば、逃げておくに越したことはない」
そんなことも知らぬのか、とでも言いたげな表情で俺を見ながら、ジルディアスは説明をする。ああ、なるほど。こいつ、俺をへし折ったことでちょっと立場がヤバめなのか。
さすがに処刑までは行かないが、と付け加えるジルディアスだが、立場が危ういことは否定しない。……神殿が戦うたびに俺をへし折っているって知ったら、どうなるんだろうな?
襲い掛かってきたオオカミを切り捨て、そして、この日も、ジルディアスは休憩せずに走り抜け、翌朝、北の国境前の町、ヒルドライン街にたどり着いた。
新たな町にたどり着いたはいいが、しかし、流石のジルディアスも限界だったのだろう。町を見る暇もなく、宿をとったジルディアスは泥のように眠ってしまった。
『……いやまあ、それよりもよくここまで生きていたよなって話か……。』
俺は独り言を吐きながら、ステータスを確認する。
【恩田裕次郎】 Lv.1
種族:__ 性別:男(?) 年齢:19歳
HP:10/1 MP:30/0(5up) 状態異常 【破損】
STR:2 DEX:18(4up) INT:11(3up) CON:2
スキル
光魔法 Lv.1(熟練度 35)(15up) 錬金術 Lv.1(熟練度 0)
ヘルプ機能 Lv.1(熟練度 12)(7up)
祝福
復活 Lv.1(熟練度 21)(20up) 変形 Lv.1(熟練度 33)(11up)
じわじわと上がってきているステータスだが、やはり、復活の熟練度の上がりようが酷い。最低でも20回は折られたのか……
敵と戦っていない俺は、まずレベルが上がらない。光魔法はレベルを上げないと攻撃魔法を使えないため、変形でどうにかこうにか敵を倒さないかぎり、永遠に俺のレベルが上がることはないだろう。無双を考えていた時分が馬鹿らしくなってくる。
『せめて動けたら楽なんだけど……いや、ワンチャンあるか?』
ステータスとにらめっこしながら、上がった変形の熟練度に、そっと望みをかける。どうせ、MPはそこを尽きているため、ヒールを使うことも、復活で体を元に戻すこともできない。なら、時間があるうちに変形でもしてみるか。
全身を意識し、体を変形させる。今は折れて短くなっているため、あまり大きく変形することはできない。だが……
『ナイフくらいならなれるな……あと、柄を伸ばして槍にもなれそう』
少し時間がかかるとはいえ、一応形にはなった。切れ味も、元の剣のことを考えれば十分だろう。なるほど、戦闘中は難しいが、時間さえあれば、ちょっとした武器変化くらいならできるのか。
確か、ジルディアスはどんな武器でも大体使いこなしていたはずだ。なら、ちょっと珍しい形の武器に変わっておくか……?
数分後、目を覚ましたジルディアスは、サイドテーブルの上に置かれた俺を見て、一瞬ぎょっとした表情を浮かべるも、小さく舌打ちをして、口を開いた。
「何をやっている。貴様、剣でないなら魔剣ですらないぞ?」
『いや、なんとなく? あと、俺、魔剣じゃないし』
ジルディアスはそう言って、俺をつまみ上げる。そこにあったのは、一枚の鉄板。……いや、これでよく俺だってわかったな?
【変形】
レベルや熟練度に応じて、様々な形に変形することができるスキル。聖剣は基本子のスキルを所有しており、勇者は神殿に申請することで武器の形を変えることができる。
聖剣には意思はないため、レベルアップの概念はない。そのため、武器以外に変化することはまずない。また、変形のスキルは、基本人族が取得することはないため、人間に変形できるかはわからない。
__できない、とは、言い切れないが。