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1話 少なからずSAN値チェックはクリティカルで成功しているはずである

よろしくお願いします

 さて、俺は恩田(おんだ) 裕次郎(ゆうじろう)。ついさっき、レポート提出も終わったし寝ようと思ったら、ポックリ死んだ大学生だ。


……うんまあ、最初から二、三言いたいことはあるだろう。だが、正直これは話の本筋からずれるから、ちょっと諦めてくれ。


 そして、現在いるのは壁も天井も床すらもない、ただただ真っ白な空間。現状、手も足もなく、何なら頭がある気もせず、俺はただ漠然と空間に()()。当然、頭がないため、目もないはずだが、何故か俺はここが『白い空間』だと知覚している。


__訳が分からないな……。


 自分でもそんなことを思いながら、俺は茫然とその場に佇む。床はないのに、不思議と重力は感じられない。意図して動こうとすれば、動けないことはないが、どれだけあがいても変わらない景色に、本能が『無意味』だと訴えかけてきたため、数十分まっすぐ下(に感じた方向)に移動したところで動きを止めた。


 声を出そうにも、口どころか喉がどこにあるかもわからず、体を伸ばそうにもそもそも伸ばせる部位が無いように感じられる。


 どうすればいいかもわからず、ただ茫然とその場に漂っていると、ふと、遠くから何か音が聞こえてきた。


「__どうすんだよ、このおバカ!」

「おバカって何ですか、おバカって! パワハラですか? パワハラですね?!」

「違うわ! いい加減、堕天させる(クビにする)ぞ、この駄女神!」

「ひどいです! 私は毎日精いっぱい働いているのに!」


 文字通り「わーん」というような泣き声が聞こえてくる。馬鹿馬鹿しく感じられるほどお茶らけたその雰囲気に、俺は思わず首を傾げようとして、首がないことに気が付く。


__あ、そっか、俺、死んだのか


 ふとした時に思い出す、真実。

 気が付くと、俺の感情は恐怖の一言に覆われた。


__待ってくれ、俺、俺、何で死んで……? ってか、死んだらどうなるんだ? やっぱり、親よりも先に死んだから、地獄……とか?


 ゾッとした、という言葉がおおよそ当てはまるだろうという感覚が、全身を突き抜ける。

 怖い。ただ、怖い。先が見えない。目も見えない。周囲が分からない。『自分』が不安定になる。そもそも、知覚している『自分』が、本当に『(恩田裕次郎)』であるかすらもわからなくなってくる。


 恐怖と言う感情で崩れそうになる『己』。

 ばらばらになりそうだった俺を、突然、何か温かいものが包み込む。そして、同時に謎の安堵が心を浸す。


「おいコラ新人! 泣いている暇があったら魂の処置の一つでもしろ! 研修でやっただろ、魂は保護しないと、簡単に崩れるって」

「で、でも、見たときにはもうどこかに行っていて……!」

「当たり前だろ! 魂だって動くんだぞ?! そういう時は、死亡履歴と配属履歴からチェックして、居場所(ざひょう)を確認するんだよ! 覚えていなかったなら、ちゃんとメモしておけ!」


 涙声の女性をしかりつける男の声。女性の声は、「はい」と力なく返答をすると、少しの間押し黙る。さっきまで動いてたのは、不味かったのか。少し申し訳ないな。


 俺がそんなことを考えていると、やがて男の声が聞こえてきた。


「あのな、プロの神だって、時々魂の扱いを間違えることがある。オレだって何度か魂を消しちまったり、うっかり混ぜ込んじゃったりしたことだってあった。そのたびにセンパイから大目玉を食らったし、末路を見てめちゃくちゃ後悔だってした。ただ、今回の魂は、お前のミスで出ちゃったものだろう? これ以上のミスするわけにはいかないんだ。そこんところ、忘れないでくれ」

「……はい……」


 うなだれた様子で返事をする女性の声。


__彼らの話を聞いている限り、俺って、うっかりミスで死んだ?


 あたたかな何かにくるまれているおかげで発狂せずに済んでいるが、俺はふと、そう言った考えに至り、茫然とすることしかできない。

 当然、未練はあった。友達と一緒に開発していたゲームはまだ途中だし、課題はだるかったけれども勉強は楽しかったし、何よりも、来週には友達とTRPGのセッションをやる予定だった。親友の完全オリジナルシナリオだというので、ものすごく楽しみにしていたというのに!


 恐怖が薄れると、少しずつ怒りの感情が沸いてきた。

 リア充していたか、と問われれば、首をかしげる程度の生活だった。でも、死にたいほど絶望していたかと問われれば、俺は即座に首を横に振っていた。


 そりゃ、消したい恥ずかしい思い出も、苦い思い出もある。でも、そんな思い出も、感情も、あると思っていた未来さえも、過去形になった。


 俺は、なんとなく理解できていた。この白い世界に、未来はない。ここでは、思考以外に何もできない。しかも、その思考すらも時々溶け落ちるような、一定以上の時間と感情を覚えると、その部分が切り取られて消去されてしまうような、そんな感覚が常に存在している。


 そんなことを考えている俺を知ってか知らずか、彼等は説教を再開する。


「精いっぱい働くことと、使命をしっかり果たすことは別問題だからな? そこのところ、ちゃんと理解しておいてくれるか?」

「……はい」


 不貞腐れたような、女性の返事。そして、ようやく説教も終わり、男の声がふと、俺に声をかけてくる。


「待たせてしまったな、恩田裕次郎。まずは君に事情説明をさせてもらおう」

『あっ、はい』


 反射的に返事をしようとしたが、何分口がないため、心の中で返事をする。見知らぬ人(?)相手で思わず心の中でさえ敬語になってしまったが、それでも相手には気持ちが通じたのか、男の声が俺に向かって話を始める。


「まず、突然のご不幸お悔やみ申し上げる。君の死因は、心臓麻痺による突然死だ。とある女神が寿命管理演算の行使中に間違ってデリートボタンを押してしまってね。その結果、君と複数種類の霊長類が同時に寿命を迎えることとなった」

『……?』


 疑問符を浮かべる俺に、男の声は言う。


「ともかく、君は神側のミスで死ぬこととなった。そのため、君には『転生するために必要な経験』を収集しきる前に寿命を迎えたことになる。その手の魂を人間に転生するために分解すると、後々人類そのものに不具合が出る可能性があってね。

 よって、君には二つの選択肢がある」

『……選択肢?』


 思わずオウム返しした俺に、男の声は答える。


「ああ。一つは、記憶もろとも魂を分解して、人間以外に転生すること。その場合、君は確実に輪廻の輪に入ることになるが、『恩田裕次郎』という存在は死亡することになる。

 もう一つは、足りない分の経験を積むために、記憶を維持したまま別の世界に魂を転移させること。その場合は『恩田裕次郎』という存在は残るものの、転生するのに足りない経験を補いきる前に死ねば、場合によっては魂が消滅して、輪廻の輪に入れないかもしれない」


 男の声の提示する2択。要するに、記憶を失って安心安全に輪廻転生するか、それとも、記憶を持ったままリスクありきでほかの世界に転移するか、ということだろう。


 少し考えたあと、俺は男の声のする方に質問をする。


『えーっと……その、輪廻の輪とやらに入ると、何かあるのですか?』

「確実に次の『生命体』としてどこかしらに生まれ変わることができるな。運が良ければのはなしだが、何度か生命体として輪廻を繰り返せば、いつか人間に戻れる日が来るかもしれない。当然、その時には『恩田裕次郎』の記憶はないだろうけどな」

『……あんまり意味があるとは思えないのですが?』

「完全な消失よりかははるかに有意義だとは思わないか?」


 あっさりと言われた身も蓋もない言葉に、開いた口もふさがらない。もちろん、口がない以上開けることも閉じることもできないのだが、それは置いておく。


 多分、俺に顔があったなら、おおよそ眉間にしわが寄っているだろう感情を浮かべると、男の声はさらに言葉を続けた。


「ちなみに、後者を選ぶなら、経験不足で魂が消えても自己責任だ。通常の人生でも、場合によっては魂が消える可能性がある。__まあ、普通の環境だと、よほど運が悪くない限り魂が消えるような状況になりにくいんだが、何分、管理が雑な支配人が多くてな……恩田裕次郎が転生するならば、そう言った管理の甘い環境になるだろう。そうじゃなけりゃ、多少の経験を積んだ魂が転生できる隙間が無いからな」

『お、おう……リスクでかいな……』

「一応、輪廻転生していない限りは一度死んだ存在を元の世界には戻せないからな。元の世界に、元のように戻ることはできないと思ってくれ」


 少しだけ申し訳なさそうに言う男の声に、俺は少しだけ気後れをしながら、それでも腹の奥底に沸いていた怒りのままに、彼に問い詰める。


『俺の人生は、どうなるんだ?』

「……君の怒りは理解できる。経験を積むこともできずに転生は、正直どの生命体でも荷が重すぎる。人であれば人にしかできない経験もあった。その経験の機会を無為に失ったことはこちらの責任だ」


 男のいう言葉に、俺は少しだけ恐怖を覚えた。


__観点が、人間じゃない。


 彼が謝罪しているのは、俺と言う個人の人生云々ではなく、あくまでも得られたはずの『経験』に対しての評価しかない。今、俺が会話しているのは、一体何だ?


 本能が考えることを拒否する。理性がこれ以上考えてはいけないと警鐘を鳴らす。俺は、怒りと言う感情を忘れ、ただひたすら気が付いてしまった事実を忘れるために、深呼吸を繰り返す。……口も喉も肺もないということは言ってはいけないことだ。


 比較的冷静になれたところで、俺は少しだけ考える。


 なるほど、彼等の観点から見れば、2択であるこの選択肢。だがしかし、あくまで人間でしかない俺にしてみれば、実質一択しかない。


『……記憶を持ったまま転移させてください。俺は、あくまでも俺の記憶ありきでしかないから、記憶をなくして輪廻転生は、もう一回死ぬのと何ら変わりないんです。俺は、二度も死にたくはない』


 俺の望みに、女の声が疑問符を浮かべた。


「……? 転移したって、寿命のある人間になるのだから、もう一度死ぬことにはなりますよ?」

『違います。正気のまま、体がばらばらになる感覚をもう一度味わいたくないって話です』

「恩田裕次郎さん、今の君は魂だけですので、体はないですよ?」

『うーん、話が通じていないな……要するに、怖いからもう一回人生やり直したい、って話です』

「……?」


 目の前の彼女が見えていれば、おおよそ首をかしげているであろうその反応。それに答えたのは、男の声だった。


「研修でやっただろう、これが人間の思考だ。魂を失うリスクを負ってでもこう考えるのだから、そう言う存在だと知覚しろ」

「は、はい!」


 一応人類の端くれである俺は二人の会話に居心地悪さを感じつつ、改めて白い空間を見渡す。すると、今までと少し違うように見えてきた。


 ここは、白色の何もない空間ではない。

 確かに、天井も壁も無ければ、床すらもない場所だ。だがしかし、かすかに気配があった。

 どこかで聞いたが、無臭とは様々な臭いがありすぎて、鼻がそれを『無』だと判断しているらしい。

 水を漂うモノの気配。地を這うモノの気配。空を飛ぶモノの気配。それらが合わさって、混ざり合って、砕け散って、あまりにたくさんありすぎて、『無臭』の感覚と同様に『無』に感じられていたのだ。


__あまり考えすぎると、それこそ正気が削れそうだと判断した俺は、そこで思考を切り替える。


『ともかく、俺はリスクを背負ってでも『俺』であり続けたいです』


 はっきりとそう意識した俺に、男の声はあまりにあっさりと言った。


「よし、わかった。なら、これから行く世界での体を用意するか」

『……体?』

「ああもちろんだ。比較的安定した世界から不安定な世界に行くんだ。そもそも、世界の摂理が異なっている以上、魂そのままで言ったら消失不可避だぞ?」

『わかりました、用意、お願いします』


 よくよく考えると、常識が通じない異世界に生身で転移するという事象に、若干の後悔を覚え始めたが、それでももう一度死ぬよりかはマシだと思いなおし、俺は男の声に向かって頭を下げる。下げる頭がないというと、相手を馬鹿にしているようにもとられる可能性があるが、物理的にないのだから仕方がないだろう。


 俺の言葉を聞いて、男の声は俺に知覚できる何かを俺の前に置いた。


 それは、俺の知っている物体の名前で言えば、おおよそスマホに似たナニカである。もちろん、スマホであるなら存在しているであろう電源ボタンも充電するための穴もないが。


 ソレに映し出されているのは、俺の知っている限り、TRPGのキャラクターシートに似たなにか。電源(?)の入ったそれは、手はない俺でも何故か操作できると直感した。


 男の声は、それを見ている俺に向かって言う。


「体の詳細設定を決めるためのテンプレートだ。細かいところを変えたいなら、より専門的なものもないわけではないが、人間の理解力を考えると、これ以上のものを出してもさほど意味はないと判断した」


 上から目線にも聞こえるが、先ほどまでの会話やら現在の状況やらで、俺も彼らが無理だということはおおよそ無理であることを理解している。これから転移する先について、決められることがあるならしっかりと考えて決めよう。


『えっと、これをどうすればいいんですか? というか、俺が転移する先の世界って、どんなところですか?』

「ふむ、まずは後者の質問から答えよう。

恩田裕次郎。君が転移する先は、『プレシス』と呼ばれる世界だ。一応言っておくと、君も知っているはずの世界だ」

『……? 異世界なんですよね? 俺が知っているはずが……?』

「いや、知っているはずだ。そうだな、分かりやすく言うと、『STO』の世界だ」

『えすてぃーおー……あ、【ソードテールオンライン】!』


 男の言わんとしていることがようやく理解できた俺は、小さく頷く。ソードテールオンライン、通称STOは、いま世界で大人気のオンラインゲームである。複雑に練られた世界観と、何よりも、勇者として世界中を駆け巡ることのできる爽快感が素晴らしい__らしい。


 らしい、と言うのも、実際のところ、俺はそのゲームをプレイしたことが無いからだ。もちろん、人気の影響で大まかなストーリーは知っているし、何なら親友がやっていたため、彼の最押しこと【ユミル】については何度も何度も聞いたことがある。


 しかし、何でそんなゲームの世界に行くことになるのだろうか?

 俺の疑問に答えるように、男の声は言う。


「ああ、ゲームになっているほうは置いておいて、STOの世界は実在する。というよりも、おそらくは、STOの世界観の作者が元世界の管理人なのだろう。『プレシス』の世界の管理人は堕天したという記録がある。しでかしたことから考えると、輪廻転生で経験の積みなおしの刑に服されたのだろうな」

『……そいつ、一体何をしでかしたんだ?』


 思わず口をついて言ったその質問に、女の声が答える。


「わざと魂を消すための存在を作り出したのです。そして、知的生命体がそれらにあらがう様を見て、時々ちょっかいも入れていました。魂が『経験』を積む機会を奪い、あまつさえ消しさえした管理人に与えられた刑としては、なかなかに妥当な罰です」

『へえ……って、俺、そんな危ない世界に行くのか?!』


 俺は思わず叫び、そして天を仰いだ。……ここに天があるかどうかなど知ったことではないが。

【STO】

 ソードテールオンライン

 大まかなストーリーは、ある日、100本目の聖剣に選ばれた主人公が、世界をめぐって魔王を倒すという王道ストーリーである。

 全世界で大人気となったゲームであり、映画化、漫画化、小説化と様々な形でメディアに出回っている。


 実のところ、男の声の人はこのゲームをプレイしたことがある。……もちろん、ハマってしまったらしい。


???「クソ、素材が全然落ちねえ……!」

???「ゲームは、ほどほどにしてくださいね?!」

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