表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/9

第9話 TOP GUN/あの日見た竜


 ドラゴンの加速時の体への負荷を軽減するスーツに身を包み、俺はドラゴンの舞う屋外に出た。

俺に用意された竜は、見るからに乱暴な個体だった。

 首と足につながれた鎖で動きを封じられてはいるものの、息遣いも目つきも荒々しく、見るからに落ち着きがない。


「この基地でも一番の暴れ馬だ。だがその分乗りこなせばスピードは出るはずだ。乗りこなせば、な」

 俺の背後で軍団長が値踏みするように笑ってそう説明した。

 おそらく速度だけでなく、俺がいかにドラゴンを使役できるかも彼は試しているのだろう。

 やってみるしかないと一歩踏み出す俺の方を、キャスリーンがポンと叩いた。

「あなたの提案した、竜騎士部隊がスポンサーになって完全協力した空戦映画、私も興味あるの。ガッカリさせないでね」

 そう言って俺を見送ったキャスリーンの顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。


 (こっそりと)教えてもらったドラゴンへの登場手順を反芻し、俺はドラゴンへと近づいた。

 背中に設置された台座に乗り込んで、手綱をつかむ。

 ベルトを締めて身を固定した後、兜の緒を締めなおしてバイザーを下す。

 巨大トンボの翅を加工して作った半楕円形の透明の窓を閉じて、チューブ付きの酸素マスクを口に装着した。

 

「頼むぞ……ちゃんと発動してくれ」

 そして俺は手綱越しに、『動物使役魔法』を発動させた。


◆ ◆  ◆


「フッ」

 全てを終えてドラゴンから降りた後、軍団長が、笑っているのが見えた。

 あっさりすぎるくらいあっさりと、ドラゴンによる飛行は終わった。


◆ ◆  ◆


『動物使役魔法』を発動してからのドラゴンは、それまでの狂犬ぶりが嘘のように静かになった。なんとなくこうなってほしい、という願望が、そのまま形となって表れた。

 『動物使役魔法』が問題なく発動していることに安堵しつつ、ゆっくりと視点を目の前に集中させた。この魔法を使って、素早く飛び出さなければ意味がない。


 ドラゴンが翼を広げて飛ぶさまをイメージした。

 するとドラゴンは、小さな町の大通りくらいの幅もある大きな翼を広げて、助走をつける。

 普通『使役魔法』の使い手が何か動かすとしたら、スライムや一角ウサギなど弱い動物を相手にするのがセオリーだ。ドラゴンを相手取るのは上級者、比較的力の弱い子供のドラゴン相手でも中級者以上でないとうまく『使役魔法』を発動できない。


 だから自分が乗っているドラゴンが、五、六歩助走をつけた後流れるように揚力に身を任せて飛びあがったとき、俺はどこか夢見心地だった。

 無理もないだろう。今俺がやったことと言えば、手綱をもって、ドラゴンが飛び立つ様をイメージしただけだ。

 ついこないだまで『使役魔法』に関してはド素人だった自分が、ドラゴンでも特に乱暴な個体を動かしているという事実を前にしても、実感がわかなかったのだ。


 そんないまいち緊張感のない俺自身の状態をよそに、ドラゴンは「もっと高く、もっと速く」という俺のぼんやりとしたイメージをすくい上げるかのように、高度、速度ともに徐々に増していった。

 気が付いたら、出発地点から山までの中間地点を過ぎていた。

 その直後だった。

 あたりを飛んでいた野生のツバメの群れが、突進するようにこちらに接近してきたのだ。

「危ないッッッ!!!」

 反射的に、手綱を右に引いた。

 すると今まで直線で飛行していたドラゴンは、右側へと曲線を描き、間一髪でツバメの群れを回避した。

 光のような速さでこちらとすれ違っていくツバメたちを見て、思わず安堵した。

 ドラゴンほどのパワーを持つ生き物なら鳥類と衝突してもこちらは無傷のまま向こうが即死するだけだからこちら側に危害はない。だが魔王軍の手下のモンスターならともかく、罪のない野生動物を俺の都合で殺してしまうわけにはいかない。

 ともあれ、先ほどまでの夢見心地の感覚は、完全に覚めた。

 今の急カーブで、ようやく自分がドラゴンを動かしている、という事実を受け入れられたと思う。

 自信をつけた俺は、折り返し地点の山に向けて、さらにドラゴンを加速させた。

 台座に設置された小型時計によると、飛び立ってからまだ三分も経過していなかった。


 折り返し地点の山へと到達した俺は、再び注意深く、手綱を右に引いた。

 瞬間瞬間に意識を集中させて、小回りを利かせるようにドラゴンを旋回させる。

 暴れ馬だったはずのドラゴンは、『小回りを利かせて回る』というこちらのイメージを、ほぼそのままに実行してくれた。

 ここまではっきりと、自分の意思がドラゴンに伝達するとは思わなかった。

 もはや自分の体の一部とすら思えた。

 

 折り返し後の飛行は前半よりも余裕をもって飛ぶことができ、視界もよりはっきりとしていた。

 基地から山までの中間地点にあった飛行中のドラゴンを監視する管制塔(少し高い櫓みたいなもの)の職員が、フルスピードで飛ぶ俺たちに驚いて飲んでいるコーヒーを噴き出しているのが見えた。


 駆っている途中、俺はどこか懐かしい感覚に見舞われていた。

 脳の片隅の、その更に片隅に残っていた、ある記憶を思い出したのだ。

 二十年ほど前、まだ魔王軍の侵攻もフォークス国を揺るがす問題ではなかった頃。

 同国の辺境で暮らしていた俺は、その日親父と兄の薪割りを手伝っていた。

 といっても手伝うには幼いし非力なので、薪を一本一本運ぶ程度のことしかできなかったわけだが、ともかく見学の意味も込めて父親が薪割りをする時は庭に出されていたのだ。

 その日は季節的にも夏で、疲れるし暑いしで、あまりいい気分では薪運びをやっていなかったと思う。

 恨めしく太陽を見ていたが、その時突然、影が俺たち一家を覆った。

 雲一つなかったのに変だな? と思っていたが、上を見て影の主の正体が分かった。

 ドラゴンの大群が、空を支配する主のごとく俺たちの上を飛び交っていたのだ。


 轡や手綱が見えたので、野生のドラゴンじゃなくて人の駆ってるドラゴンだな、と父親が教えてくれた。当時まだ竜騎士部隊は一部隊として独立していなかったので、恐らくは今でいう竜騎士などではなく、メンバー全員が『動物使役魔法』に特化した、ドラゴンとの連携を得意とする戦士パーティーだったのだろう。


『使役魔法』を使ってドラゴンを操っている正にその時、はっきりと思い出していた。

 俺はあの時感じた荒々しいもの、雄々しいものに対して抱く高揚感を十五歳(魔王戦時代、フォークス国で戦士として認められた最低年齢)になっても忘れられず、家を出て『戦士』に志願したのだ。

 ドラゴンの使役どころかろくすっぽ特別なスキルに目覚めることもなかった俺が、今こうして暴れ馬のドラゴンを当然のように使役しているという事実に、いろいろこみ上げてくるものがあった。

 

 やがて飛び立つときと同じように、川の流れに身を任せるように、風の流れに乗ってゆっくりと着地する。

 皮膚の分厚いドラゴンの足が地面を引きずるのを止めたとき、軍団長が口角を釣り上げているのが見えた。


 自然なそぶりで軍団長とキャスリーンのいるところに戻ってきたが、その時なぜかキャスリーンがこちらの顔をいぶかしげに注視してきた。

「ちょっと涙ぐんでない?」

「……………………気のせいだ」

 正直に言おう。

 その時確かに俺は、否定しながらも、歯を食いしばって涙をこらえていたのだ。


◆ ◆ ◆


「四分二十二秒か。何だってお前みたいな猛者が、世捨て人なんだ?」

 記録を大幅に更新した俺に、初めて会った時のキャスリーンと全く同じ言葉を発してくる軍団長。ただドラゴンで飛ぶ前と違って、どこか言葉遣いが穏やかだった。

 今の時代は『映画士』じゃないと職に困るから、とキャスリーンの時と同じ答えを返した俺は、逆にこちらから気になることを訊いてみた。

「でも意外ですね。正直俺みたいな馬の骨が結果を出したら、あまりいい印象は持たれないと思ってましたけど」

「実力のある男には敬意を払う。それ以上の理由がいるか? 映画野郎どもが嫌いなことは変わらんが、お前のことは認めた。それだけの話だ」

 なるほど、流石は魔王戦時代の現役の戦士だけのことはある。この軍団長は身分や性格で特別扱いをしない、徹底した実力主義者だ。だからこそ実力を認めた人間には、義理を重んじてくれるというわけだ。逆に言うと『映画野郎』嫌いも、戦闘力がないわりに今の時代重宝されているが故なのだろうか。

 俺を認めてくれた軍団長の言葉に、少しだけだが再び泣きそうになったのは内緒だ。

 しょうがないだろう、魔王戦時代の俺は、まさに実力主義ゆえに白い目で見られてきたんだから……


「お前、名は何て言う?」

「マキノ・チュウジですけど」

「チュウジか。剣の技術もあれば、お前いい竜騎士になれるぞ」

「あいにく、既に映画関係仕事をしている立場なんで」

 何だそりゃあ、あの才能を映画人どものために使うなんてどんな物好きだ、と高笑いする軍団長。

「猛者な上に物好きときたか。気に入ったぜチュウジ、金を出してやる。お前がドラゴンを駆るのを、もっと見たくなったしな」

 そういうと軍団長は、笑いながら去っていった。

 最初会ったときは昔気質の怖そうな人だと思ったが、認めた人間に対しては気前のいい人のようだ。

 

 しかし彼の隣にいた、もう一人の幼女姿のプロデューサーの方は、軍団長のようないい反応を見せてはいなかった。

 その場のデスクに置かれたメモを、見るからに渋い顔で見つめていたのだ。

 不安になって、何か至らないことでもあったか?と俺は聞いた。

「お疲れ様。うん、技術自体は申し分なかったと思うわ。合格点よ、十分ね」

 しかし彼女は、続いて告げた。

「ただね、あなたの技術を映える映像として利用できるかというと……もうワンエッセンス要る。そう思ったの」


 予算と協力者の問題に関しては解決した。

 しかしまだまだ、課題は山積みのようだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ