第7話 実現不可能な事情
「この子はねぇ、今までこういう荒唐無稽なことを何回も言ってきたのよねぇ」
キャスリーンは執務室のデスクの前で、時々悩ましい表情をして持っている予算案に目をやりつつ、目の前のルドルフを見つめなおしてきた。
「本当にドラゴンに乗ってそういうのを撮るとして、予算内で映画に見合う数のドラゴンを借りてこれると思う? それ以前に、仮に借りて空中戦撮影をしたとして、あなたが五体満足で帰ってこれると思う? いろんな物語を演じたいって思うのは俳優として偉いけど、命にかかわるものは任せられないわ」
「実は彼に、手伝ってもらおうと思っていて」
当然の問題点を指摘するキャスリーンに、ルドルフは俺の方を指さした。
「あのねぇ、彼はただのボディガードでしょうが。ズブの素人をカメラの視界に映すわけには……」
「見てくれ」
ルドルフは姉にそういうと、ポケットから取り出したナイフを俺の胸に向って思い切り突き刺そうとした。
しかし、刃は俺の胸を貫くことなく、それどころか根元からぽっきり折れて床に落っこちる。
ちなみにキャスリーンに会う直前、事前に実験済みだ。防御力が上限値まで上昇しているので、ナイフどころかよほど鍛錬された剣や刀であっても同じ結果になるはずだ。
「今は彼のような頑丈な人間がいる。命にかかわるような演技は彼に補助してもらいつつ、試せるだけ試してみたい」
「……」
いぶかしげな表情を崩さないまま俺たちを見つめた後、キャスリーンはこう言った。
「一週間後の朝までに、プロットを持ってきなさいな」
ルドルフは一週間後の朝、本当にプロットを完成させて持ってきた。
日の出ている間はボディガードとして彼と行動を共にしたが、演技のリハーサルや台本読み、打ち合わせをしている以外の時間帯はほぼ紙にペンで殴り書きしていたように思う。
当初の予定通り、機械の鳥はドラゴンに変更。
航空戦力は、こちらの世界にも存在する。ただし機械の鳥ではなく、ドラゴンを駆って大空を舞う竜騎士部隊という形でだ。
ルドルフが前世に見た『トップガン』とかいう映画を、こちらの世界に馴染みのあるものを題材にした映画に作り替えるというわけだ。
プロットの書かれた冊子を、キャスリーンはかなり熱中して読んでいるように見えた。
同時にかなり険しい表情を浮かべているように見えたが、ページをめくる手は止まっていなかった。
これは好印象なのでは? とルドルフと顔を見合わせていたが、読み終えたキャスリーンはこう告げた。
「まあ結論から言うと、規模の事情で無理ね」
どうしようもない事情が、壁として立ちふさがっていたことに、俺はため息をついた。
「一週間前も言ったけど、リアルで、絵になるほどの竜騎士部隊をガチンコで再現しようとしたら、ドラゴンのレンタル料だけで予算が飛ぶでしょうね」
規模を縮小して制作しよう、という発想は、ルドルフに同じくキャスリーンにもなかったらしい。映像表現に対して全力で向き合おうとする姿勢は、流石姉弟といったところだ。
「じゃあ、ドラゴンを飼っているギルドなりにスポンサーになってもらおうよ」
ルドルフがすぐ代替案をだしてきた。その程度の質問は想定済みらしい。
「ドラゴンを使った運輸とか交通って、まだまだ産業としては若いのよ? 大規模なスポンサーになってくれるとは思えないわ」
確かにそうだ。
ドラゴンを馬や象と同じように兵力として使用したのは、魔王戦時代でもかなり後期の話だ。
ドラゴンを空輸に使う商売も、馬や象のそれに比べて小規模だし、資金源としてはかなり弱い。
「待て」
やっぱりこの案は実行できないわね……と言いかけたキャスリーンを、俺は静止した。
「……選択肢が、一つあるぞ?」
視界の端に竜騎士の衣装で撮影に臨む別の映画の俳優陣が、窓越しに見えて、一つのアイデアがひらめいたのだ。






