第6話 本当の理由
映画スタジオを出て向かいに位置するコーヒーハウス。
すぐ近くに映画スタジオがあるからか、店内は観光客や、映画関係の仕事に努めている人々で賑わっている。
事実ルドルフが喫茶店のドアを開けたときも、わっと黄色い歓声が起こった。
数人のファンから頼まれたサインを手慣れた手つきで書いて渡した後、ルドルフは適当な位置に座って俺に話を始めた。
「こんな話、信じちゃもらえないだろうけど……実はボク、すごく印象に残った映画があっ
てね」
「今時印象に残った映画ぐらい誰にでもあるだろ」
「前世に見た映画だって言ったら?」
その言葉に、俺は思わず彼の目を見た。
『前世』という言葉は、この世界では特別な存在を意味する。
異世界転生者。
異なる世界で生きた記憶を現世のこの世界でも持ち合わせている人間たちのことだ。
彼の発言が正しければ、ルドルフは前世の記憶を持つ異世界転生者であり、かつ前世で見た多数の映画の内容を覚えていることになる。
「僕も夢で見た妄想かもしれないと思ったんだけどね。にしては鮮明なんだよ……不思議なことに、前世の記憶は映画しか思い出せないんだけどね」
ルドルフによると、ほかにも前世で見た映画の記憶が数えきれないほどあるらしい。
俺が話に聞いていた異世界転生者は、前世の自分の名前から職業、その当時秀でていた知識をまでそっくりそのまま保持しているパターンが多い。
なのに目の前のこの男は、前世の自分の記憶は見た映画しか持ち合わせていないという。
もしかすると通常の人間と異世界転生者は単純に二分できる存在ではなく、異世界転生者でも前世の記憶を部分的にしか引き継いでいない例が存在するのかもしれない。
「でね、思ったんだけどこの世界でそれらの映画を」
「再現しろっていうのか? 勇者にあこがれる子供みたいだな」
「これは真面目な話だ」
思いのほか真面目なトーンだったので、俺は思わず向き直った。
「キミは今前世の物語を再現する、ということを子供みたいだ、といったけど、素晴らしいもの、美しいもの、雄々しいものに対して、自分なりに再現したいと考える気持ちは、子供から大人まで普遍的に持ち合わせているものだ。そして俳優という職業は、物語を演じて、再現することに最も真摯な存在だ。僕の頭の中には、この世界の大半の人間が触れあったことのないような物語の記憶が無数にある。その物語が永遠に僕の頭の中だけで納まっているのは、映画にかかわるものとして耐えられないんだ。なぜなら映画も物語も、人に見られた初めて存在意義を持つんだから」
長台詞を聞いた俺は、自然と彼を真正面から見据えていた。
カルト集団を前に命乞いをするような奴ではあるが、少なくとも演技にかける情熱はスターと呼ばれるに値するものだったらしい。
「で? 俺に何をしろっていうんだ。再現したければ勝手にやればいいじゃないか」
「よく聞いてくれた。実は再現するにしても、完璧な形で再現したい、と思ってるんだ」
その後ルドルフは、彼が前世に見た映画の中にはドラマやコメディだけではなく、勇者が悪魔と命のやり取りをするような戦争ものも数多く存在していたことを明かした。
「それらの映画も、この世界で再現したいんだけど、あいにく僕は魔王戦時代の『戦士』のような、命のやり取りをするような能力はないんだ。『演技』のスキルに数値を極振りしてきたような人生だからね」
そこまで聞いて、完全に話は読めてきた。
俺の勘が正しければ、ついさっき初めて会った人間にこういう頼みごとをするなんて良い度胸だ。
「キミの化け物じみたスキルを使って、僕が演じられないような危険なシーンを、僕の代わりに演じてほしいんだ」
予想通りだった。
思わず乾いた笑いがもれる。
「……映画スターだか何だか知らないが、よくその話を俺に持ち掛けられたな。要するに代わりに命を懸けろってことだろ、それ」
「いや、普通の人にこんなことは頼まない。でもキミなら命を危険にさらさずにできるはずだ。さっき見たスキルウインドウが正しければ、防御値も超人的な数値だったじゃないか」
いや俺のスキルの問題じゃなくて、見ず知らずの人間に命懸けの頼みごとをするようなお前の態度が問題だと思うんだが……
プロデューサーが身内だからか、こいつは普段の生活で少し甘やかされているんじゃないか、とか少し思った。
だが。
「……いいよ」
「え?」
まさかの返答だったのか、ルドルフはキョトンとした顔で俺の顔を見つめた。
「ちょうどな、考えてたんだよ。この世界で俺が生きる意味ってのをさ」
生きる意味。
それこそが、彼の依頼を承諾する理由だった。
『戦士』として生きられなかった魔王戦時代。
『映画士』として生きられなかった十年間。
あげく今になって、平和な時代には全く時代錯誤な『戦士』としてのチートスキルを得てしまった。
そしてそのスキルを得たところで、俺には目的がない。
目的がないから、そのために何か行動をしようとも思えない。
『戦士』や『映画士』として無能だった頃も、今思えばただ時代に流されて生きていただけで、主体的な意思があるわけじゃなかった。
今ルドルフの提案を断れば、ただ寝て食べるだけの、動物と変わらない生活を続けていることは疑いがない。
それこそ、俳優として情熱をもって物語と向き合っている目の前の男のように生きることは、今の俺には不可能だ。
ミルズ・ファミリーに襲撃されたとき、『死にたくない』と思った。
だが生きていても、寝て食べるだけの生活ならば死んでいるのと同じだ。
今誰かに深く必要とされて、かつ新鮮な経験を積んでいくことで、その死んでいるような状況から脱却して、生きる意味を見つけ出せるかもしれないと、俺は考えたのだ。
「……その代わり、姉貴との報酬の交渉には付き合えよ」
「ありがとう!」
身を乗り出して握手を頼んできた彼の手を、俺は笑って握った。
『前世で見た映画をこの世界で形にする』という彼の望みに俺も少し魅かれた、とは、こっぱずかしくて言えなかった。
その後すぐに、ルドルフは、真っ先にこの世界で形にしたい、と思った映画について語り出した。
彼の話す前世で見た映画の内容はこうだ。
夢の世界には、『空軍』という空をフィールドにして戦う軍隊が存在していたらしい。
彼の見た夢では、主人公(?)が友人とともに、その軍隊でも特に熟練した精鋭を集めた部隊の一員として歩んでいく物語なのだそうだ。
『トップガン』という名前をつけられた、空軍精鋭集団たちの物語だという。
「つまりは、前世で見た映画をそのまま流用するんだよな。盗作っていうんじゃないか? それ」
「盗作だとして、誰に訴えられるんだ?」
言い返せなかった。言われてみればそうだ。盗作された側は、こちらの存在を感知すらしていないだろうし。
「まあ聞いてくれ、何もそっくりそのまま流用するわけじゃない。神様向けに、この世界向けに、ちゃんとアレンジするさ。そうすれば別物だ」
確かに視聴者層である神々向けにアレンジをすれば、別物にはなる。
「でもどうやってやるんだ?」
「僕の見た夢では、『トップガン』の彼らは機械仕掛けの鋼鉄の鳥に、ガラス張りの鞍を付けて乗り込んでいた。でもこっちの世界ではそんな生き物は存在しないから……」
ああいうのを使いたい、と言って、ルドルフが指さした先。
喫茶店の壁に飾られた額縁の中には、大空を舞い上がりながら火を噴く竜の絵があった。