第2話 なぜ、追放されたのか
空のバスタブの中で寝っ転がってスマホで映画見ると快適なのでオススメ
「悪いけど、キミはクビだ」
その言葉はあまりにもいきなりすぎた。
撮影開始は昼に始まる予定だったが、前日監督に個人的な話があるので、と午前中にスタジオ―――大聖堂内の大部屋に設置された撮影所に呼び出されたのだ。
で、あいさつの直後に放たれた監督の発言が、俺への解雇通告だった。
「ちょっ……ちょっと待ってください」
放心状態からなんとか目覚め、俺は食い下がった。
前日の深夜までリハーサルにリハーサルを重ねていた俺に、解雇通告など納得できるはずがなかった。
「俳優ギルドからは今回俺との専属契約ってことで話が動いてたはずです!」
三か月前、俺は俳優として俳優ギルドからオーディションの話を受け取り、そのオーディションに合格して主演俳優に選ばれた。
将来的に、俺の演じる映画は、神々が観客となる『映画祭』に出品されるはずだった。
「うーん、しかしねぇ、キミの『映画士』スキルレベルを見たまえよ」
言われた俺は、自分の首に下げられたペンダントに指を触れ、自らのレベルウィンドウを視界に表示させた。
名前:マキノ・チュウジ
年齢:25
ジョブ:俳優
ジョブレベル:1
《スキルレベル》
主演男優:1
助演男優:1
歌唱:1
アクション:1
ダンス:1
表情:1
俺と監督の間を、気まずい沈黙が流れた。
魔王軍との戦争時代には、『勇者』や『魔術師』などの『戦士』たちが大聖堂でジョブレベルやスキルレベルを上げ、その結果をペンダントにレベルウィンドウという形で刻みこんだ。
大電影時代の今日、『戦士』の代わりに大聖堂でレベルを上げることになるのは、『映画監督』や『脚本家』、そして『女優』や俺のような『俳優』といった、映画に携わる『映画士』だ。
『勇者』が『剣技』スキル、『魔術師』が『火炎魔法』スキルを持ち、魔王軍のモンスターを倒すたびにジョブレベルとスキルレベルを上げたように、俳優たちは『主演』や『助演』などのスキルを、カメラの前で演技、あるいはリハーサルをするたびに、ジョブレベルとスキルレベルを上げていくという寸法だ。
俺も神具『カメラ』が撮影している前で演技を行うことで経験値を積み、レベルを上げ、それに伴って演技力も増していく―――はずだった。
「どのスキルも、三か月間で一向にレベルアップしないじゃないか」
言い返せる言葉が何もなかった。
さっきのスキルウィンドウを見ても、レベルは1ばかり。
映画で主演俳優を務め、リハーサルや本番で演技をしていれば、三か月どころか一か月のリハでも何がしかのレベルは5から10くらいの数字に上がるのが平均的な傾向だ。本番撮影が行われる頃には、大体の俳優はジョブレベルが15にまで達している。
だが見ての通り、俺は違った。
「すでに最終選考落選者にはキミの代役の話はつけてもらってる。今まで無駄な時間を過ごさせて悪かったね」
ご苦労さん、という言葉すら俺にかけずに、監督はプロデューサーとの打ち合わせに行く、と言ってその場を去ってしまった。
あまりにもあっけなさすぎる解雇通告。
レベルの件に関しては反論できないとはいえ、いきなりすぎることは事実だし、俺には到底納得できなかった。
俺は黙ってそのスタジオを立ち去り、大聖堂内のある場所へと向かった。
俳優が映画スタッフにぞんざいな扱いを受けたときは、俳優としてのジョブを保証してくれる機関―――ギルドが、守ってくれるはずだった。
「……は?」
大聖堂の入り口ロビーに設置されている俳優ギルドの窓口で、俺は開いた口をふさぐことができずにいた。
「……クビ?」
本日二回目の言葉だった。
「えぇ、そもそも、『俳優』として実績を出さなければならない、という規則がつい最近制定されていまして……」
受付の優男なお兄さんによると、六年間のギルド所属で、『俳優』として役名のある仕事を受けられない人物は、自動的に除籍処分になるという。
今回の映画出演で、『俳優』としての俺の人生は首の皮一枚つながるはずだった。
しかし今回の解雇は事前に監督の口から俳優ギルドにも伝えられており、それならばギルドにいる理由もなし、ということで超速でギルド除籍が決まったのだという。
……という口先の説明だけでは、受け入れられるはずもない。
「ちょっと待て! いきなりすぎるぞこんなの!」
「えぇ、我々としても非常に心苦しい決断ではあるのですが、そもそも今の時代俳優は飽和状態でして、ギルドとしても十代ほどの若者たちに席を譲る余裕が作ろう、という方針になっていまして……」
そんなの、事前に知らされていなかったぞ……と口から出そうになったところで、受付の奥で俺の方を見てうわさ話をしているギルドの上役たちが視界に入り、すべてを察した。
元から口減らしじみた動機で、ギルドは俺を頃合いを見て追放するつもりだったのだ。
今回の主演俳優解雇が、ギルドにとって絶好の機会になったというわけだ。
半ば唖然としている俺の前で、お兄さんが気まずそうにしていた。
「あ……あの、何も映画製作に携わるだけが、今の時代の生き方じゃありませんよ……あっそうだ! 『戦士』としてのスキルはどうですか? 魔王戦時代に『剣士』や『砲撃手』だった人たちが、今『俳優』の護衛として職についていたり……」
受付のお兄さんが言い終える前に、思わずカウンターを両手でぶったたいていた。
「……『戦士』としても、ずっとレベル1のままだったんだ」
勢いで吐き捨ててしまったが、受付のお兄さんがおびえていることに申し訳なくなり、俺は出口へと駆けた。
戦争の時代に無能で、映画の時代でも無能。
この世界に俺の居場所なんてどこにもないと、その時は本気で思った。
だから大聖堂を出ていくときに、本気で世界が憎たらしくなって、俺は『映画士』としてのペンダントを投げ捨てたのだった。
本日分更新は次で最後。たぶん