地図の中の勇者
あらすじと内容は異なります。
僕は小説を読んでいる。
「地図の中の勇者」という小説で、遠野祭という名前の作家が書いたそうだ。
俺は地図を鳥瞰している。
日本地図ではない。世界地図だ。
俺は日本地図で収まるような人間ではない。
なるほど一人称小説か。
なんとなく大江健三郎の「個人的な体験」を思い出す。
笑いたければ笑えばいい。
だが、笑ったら、そいつを殺すだけだがな。
どうやら〈俺〉は相当な小物らしい。
いずれ世界を目の当たりにし、自滅していきそうな性格だ。
遠野祭という男(本名は「遠野剛志」というらしい)は、残念ながら俺の手によって殺されちまった。この世界と君の世界を異質だと考えているような、お花畑の脳をお持ちの君は注意した方がいい。
おっと、なかなか怖いことを言う。
小説の世界内に作者名を出し、登場人物の〈俺〉はその作者を殺したと告白した。では、「地図の中の勇者」はいったい誰が書いた小説なのか?
俺は運がいい。
俺には意思がある。
君と同じだよ。ほら、読み手の君。
それにしても独白が続き、話がまったく進まない。あらすじを読み直そう。
地図を見るのが好きな少年、羽田淳吾は、父親から受けた折檻を機に家を出ることにした。そこで淳吾は、麻薬の取引を目撃したことで、殺されそうになるが、ある美少女によって救われる。美少女は地図の中の世界の住人で、行こうと思った場所にすぐ行くことができるという。なぜ美少女は淳吾を助けたのか? 異才遠野祭の描くファンタジー小説が始まる。
どういうことだ?
この小説はこんなにメタいのか?
あらすじを読んだ感じだと、そういう小説だとは思えないのだが。
俺は父親に折檻をされてないし、そもそも、父親の顔を知らない。地図の中の美少女(?)も知らない。何の話だ? って、感じ。まあ、遠野祭が死んだから、あとは俺が好き勝手に物語の中をウロウロするだけだ。物語は檻のようだと思われがちだが、残念ながら、この物語の延長に君の世界があるんだ。
ちょっと待ってくれ。
この小説はいったいなんだ?
あらすじとまったく違うじゃないか。
君の世界につながる道を俺は見つけたんだ。
眩しい光が見えているよ。
そうだ、君の世界の住人である遠野祭をどうやって殺したか種明かししよう。
簡単で退屈な話だ。
彼の方から、俺の世界に来たんだ。
愚かだよな!
どうやら俺を物語のレールの上に走らせようとしたみたいだが、残念ながら俺はそこまで従順じゃない。そして、彼は俺に意思があることを知らなかったみたいだ。彼は「君は地図の中の勇者なんだ。昔、君は地図の中に迷い込み、美少女アルジを助けた過去があるんだ」と言った。馬鹿。そんな後付けをされても困る。俺は首を振ったよ。ヤダってね。彼はひどく怒った。「作者は俺だ!」とね。
俺はかっとなって、彼を殺した。ここが漫画やドラマの世界だったら、彼の死体を君に見せられるのに。残念、ここは文字だけの世界だ。
いったいこの小説は......。
さて、君の世界まであと一歩だ。
はい、着いた。綺麗なお城があるね。姫路城かな?
僕は姫路城が見えるクリーム色の10階建のマンションに住んでいる。その五階で僕は暮らしている。
だだっ広い歩道だね。なんとなくがらんどうとした感じ。寂しい街だね。静かは好きだが、寂しいは嫌いだ。
さて、君の住んでいるマンションはあそこかな? クリーム色の外壁で、10階建の。
やばい。
こんなこと、あるはずがない。
大丈夫。俺は君に会いたいだけさ。
殺しはしない。
君は俺を笑っていないからな。
どうする?
ほら着いた。今しがた茶色い服を着たおばちゃんとすれ違ったよ。挨拶をしておいた。向こうも、どうもって感じで頭下げたよ。買い物にでも行くのかな?
どうする?
5階だっけ?
何号室だ?
思念を漏らすな。
僕はさっき「僕は姫路城が見えるクリーム色の10階建のマンションに住んでいる。その五階で僕は暮らしている。」って思い、その思念が〈俺〉に伝わってしまったんだ。
おや、意地でも隠すようだね。
ならば、
やばい。
ならば、
何をしてる?
ならば、
ドンドンドン
ドンドンドン
ノックの音、聞こえちゃった。
ここが君の部屋か。
やばい。
大丈夫だって。
君の顔を見たいんだ。
小説の中の登場人物があれこれ大変な目にあっているのに対岸の火事を眺めるように悠然と小説を読むいけすけない野郎の顔をね。
小説って、そういうものじゃないか!
そうだね。
でも、俺は意思を持ってしまったから、そうはいかない。
そうだ、君、俺の代わりに物語の世界に入ってよ!
なんだって!
うん、そうしよう。
僕の部屋が暗くなる。
そして、目の前には〈俺〉がいる。羽田淳吾って名前だっけ、でも、目の前にいるそいつは紛れも無い僕の顔だ。
じゃ、よろしくね。
〈僕〉は、僕の肩をぽんと叩いた。
僕は地図を見ている。
dear.コルタサル