リアル対局武勇伝ムスイ ~カッコ悪い負け方~
タイトルに深い意味はありません。
私の名前は『ムスイ』。
囲碁のプロ棋士である。
ずっとうだつの上がらない棋士であったが
55歳にして初めて本因坊戦の挑戦権を獲得した。
五十代での『初の挑戦権』は異例だった。
対局相手は『嫌魔本因坊』。
タイトルを何十回も獲得している
ぶっちゃけ凄い奴である。
誰もが嫌魔本因坊が勝利するだろうと思っていた。
しかし・・・・・・・
・第1局目;ムスイの中押し勝ち
・第2局目:ムスイの中押し勝ち
・第3局目:ムスイの中押し勝ち
いきなりの3連勝。
思いがけず手に届く位置までタイトルがやってきた。
私は・・・・・、
気持ちの高まりを必死に抑えて第4局目に挑んだ。
・第4局目:嫌魔本因坊の中押し勝ち
・第5局目:嫌魔本因坊の中押し勝ち
・第6局目:嫌魔本因坊の中押し勝ち
やはり嫌魔本因坊の底力はすさまじかった。
これでお互い3勝3敗の五部に。
そして、勝負を決める最後の第7局目が始まった。
◆本因坊戦第7局(1日目)◆
序盤は私の方が良さそうに思えたが
嫌魔本因坊の変則的な打ちまわしに動揺してしまい
形成は嫌魔本因坊が有利な状況で1日目が終わった。
夜、私はホテルのベットの上で頭を抱えた。
3連勝からの3連敗。
勢いは完全に嫌魔本因坊の方にある。
しかし、このまま終わるわけにはいかない。
55歳の私にとっては人生最後のタイトル戦になるだろう。
絶対に負けられない。
ムスイ
『勝つ! 必ず勝つ!!』
私にとって眠れない一夜となった。
◆本因坊戦第7局(2日目)◆
2日目の対局が始まった。
一晩中必死になって考えた一手が功を成したようで
形成は私の方に傾いていった。
そして・・・・・夕方には私の勝利は確実となった。
嫌魔本因坊が投了するのは時間の問題という状況だ。
とうとう・・・・・私はやり遂げたのだ・・・・・!!
勝利が見えた瞬間、
私は今までの囲碁人生が頭をよぎった。
15歳でプロ棋士になった私は周りから期待されていた。
いずれは日本を代表する棋士になるだろうと言われていた。
しかし・・・・・、結果を出せなかった。
どんなに頑張ってもランキング300位前後。
収入は少なく、妻や子供を養っていくのも難しかった。
妻
『あなたは囲碁に集中して。』
『私がパートでお金を稼ぐから。』
『あなたならきっとタイトルを獲得できるわ。』
妻はいつもそう言って
献身的に私を支えてくれた。
誰が見ても私がタイトルなど夢のまた夢。
タイトルを獲得するなど絶対にありえない。
私でさえ、自分自身を信じることができなかった。
しかし、妻だけは私を信じてくれた。
必ずタイトルを取れると信じてくれたのだ。
そして、やっと挑戦権を獲得し
とうとう、そう、とうとう『本因坊』のタイトルに手が届いたのだ。
これでやっと妻に楽な生活をさせてあげられる・・・・・。
・・・・・気が付くと私は泣いていた。
押さえきれぬ情動により涙があふれていたのだ。
いや、まだ対局中だ。
泣くべき時ではない。
嫌魔本因坊に失礼だ。
最後まで気を引き締めなければ。
涙をぬぐい、私は嫌魔本因坊を見つめた。
ところが・・・・・様子がおかしい。
嫌魔本因坊は何だか気まずそうな顔をして、きょどっていたのだ。
ムスイ
(・・・・・なんだ? どういうことだ?)
普通だったら嫌魔本因坊は絶対に負けまいと
必死になって考えているはずだ。
余裕など全くないはずだ。
しかし、嫌魔本因坊にはそんな雰囲気がまったくない。
私は碁盤に目をやった。
・・・・・そして、気づいた。
生きていると思っていた自分の石が死んでいたのだ。
私は・・・・・、大差で負けていた。
いつから?
だいたい今日のお昼を過ぎたあたりからか?
完全に見損じだった。
勝負は決まっていたのだ。
にもかかわらず、私はダラダラと19時まで粘っていたのだ。
私は・・・・・頭が真っ白になった・・・・・。
~~~youtubeの日本棋院公式チャンネルチャット欄~~~
◆14時
『おいおい、ムスイやっちまったよ』
『アマでもやらんようなミスをしやがって』
『こんな早々に負けるとか、シラけるな~』
『完全に終わったな』
◆16時
『ムスイはまだ打つのか?』
『50目差がついてるぞ、どうやっても無理だろ』
『つきあってる嫌魔が可哀そうだわ』
『投了しろ』
『見苦しい奴だ』
◆18時
『ちょwwwムスイが泣き出したぞwwwww』
『泣かなくてもいいだろwwwww』
『負けて泣いてる奴とか初めて見たwwwww』
『嫌魔が困ってるじゃね~かwwwww』
『嫌魔、もう負けてやれよwwwww』
チャットは大フィーバーであった。
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そして私は投了した。
~~~ 完 ~~~
敗因は『寝不足』だと思います。