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九話 時計塔に登ってみよう

 ボロボロでありながらも毅然と車庫に入っていく、赤い車体に金の装飾の汽車。


「どうやったら、貨車の天井が溶けるんですか?」


 オリヴィアの汽車の専属整備士たちは、終始不思議そうに首を傾げていた。


「リザードマンは一応ドラゴンの親戚だけど、真逆な生態だから火炎を吐く能力は忘れられて久しいんだよな」


「そうなんですか?」


「ドラゴンは強い個体が少なく繁栄する方針、リザードマンは比較的弱くても数多く地上に広がる方向性で繁殖していったんだ」


「なるほど、興味深いですわね」


「内臓の火炎燃料袋なんてほとんど名残しか残ってないはずだぜ。てわけで、正直に言ったのに信じてもらえないのはそういう理由」


 オリヴィアとサーノは手を繋いで改札を抜けた。

 正確には、嫌そうに脱力するサーノの左手首を握って放さないオリヴィア、という構図だ。


「そんなにママに見られてぇのかよ姫さんは」


「ダークエルフの娘を持つ金髪美少女だなんて、そんな勘違いしますか?」


「少なくとも美少女って年じゃあねぇよな」


 母親に見られているかどうかはともかく、そこそこ視線を集めているのは事実だった。

 主に見られているのはサーノだというのが、前の村との違いだ。


「ま、田舎町だから人も多いわな」


 目線の多くは好意的ではなかった。


「差別的ですわね。サーノは善いダークエルフですのに」


「そんなの、名前も知らない向こうからしたらわかりっこないさ」


 ふたりは駅の壁に貼られたポスターを横目に見る。


「えーと何々、『世を乱す魔王軍撲滅の街!』ねぇ」


 大きな手のひらのイラストに、様々な亜人が蹴散らされている図だ。


「暴力団みたいな扱いですわね」


「実際暴力が目的だし間違っちゃあいない」


 ポスターの左下には、悪人面をしたダークエルフの男が、涙目になって描かれていた。


「『魔王軍に売らない、買わない、関係を持たない』……これひょっとして、この街だと酒も飲めないってのか」


「そこは心配要りませんわ。わたくしの家柄パワーで黙らせますから」


「飲みのハシゴについてくるつもりかよ」


「そういうサーノは、見た目が幼いですから、酒場なんて入れさせてもらえませんことよ」


「姫さんの絡み酒めんどくせぇんだよな……おごれよ金持ち」


「サーノとワインを片手に夜景を眺められるんですもの、当然お金を払いますわ」


「なんでオシャレなとこに行く気なんだよ。気後れして酒が喉を通らねぇって」


 ぐいぐいとオリヴィアが腕を引っ張る。

 無邪気なドレスの女性と、だらだらついていくラフな格好のダークエルフ。

 通報などはされなかったが、怪しい雰囲気に自然と人々は距離をとったのだった。






「ほんとに髪、染めちゃうんですか?」


 床屋でてるてる坊主のようになってちょこんと椅子に座るサーノに、理容師は改めて確認した。


「そうですわ。わたくし、サーノのショッキングピンクな髪、気に入ってたんですのよ」


 ソファに腰掛けて見守るオリヴィアも、横やりを入れてくる。


「やー、正直なとこさ、鏡見るたび目が痛いんだよね。鮮烈過ぎて」


「でも、旅立つ前日みたいなエメラルドグリーンは似合いませんことよ」


「そうか? じゃあ……今朝のブルーベリージャムみたいな紫とかどうよ」


「何が『じゃあ』ですの? そんな思い付きみたいな色味の護衛には、払う給料下げますわよ」


「それは困るな。けどピンクも飽きたし……」


「えっと、ほんとに染めるんですよね?」


 理容師がもう一度確認してきた。


「それは確定。あとは姫さんのわがまま次第」


 サーノはうんうん唸って悩むオリヴィアの答えを待つ。

 しばらくして、オリヴィアはふと閃いたように口を開いた。


「……でしたら、ダークブルーをメインに、イエローのメッシュを一筋」


「なんだそりゃ? ややこしい注文だな」


「わたくしが六つの時分に、サーノが館に遊びに来たときの髪色ですわ」


「そんな前のをよく覚えてるもんだ」


 サーノは納得して、椅子に深く腰掛けた。


「大将、ダークブルーに黄を一条。まんべんなく染めてくれよな」


 目を閉じたサーノに、理容師は念のため声をかけた。


「ですが、お客様の白髪も見事だと思いますよ。染色でむやみに傷めるのは……」


「純白も悪くないのは認めるけど、真っ白だと落ち着かないんだ」


 片目を開き、掴みどころのない白が広がる地毛を垣間見ると、すぐにまた目をつむった。






「で、この街の目玉がこれか」


 暗い青の髪をしたサーノは、こめかみに流れる黄色いひと房を弄りながら言った。

 サーノとオリヴィアの目の前には、天高くそびえる時計塔。

 今、十四時の鐘が鳴らされた。


「観光名所ですから、一度は見ておきましょう」


「お、金持ちパワーで中身の見学か。このご時世、ダークエルフの身では難しいんでありがたいね」


 荘厳な佇まいに対して、無機質な扉の入り口。

 眼鏡をかけた研究員風の女性が、小さな旗を持って待っていた。


「ようこそおいでくださいました、オリヴィア・スティンバーグ・フィッツヴィローニ様」


「今日はよろしくお願いしますわ」


 深々とおじぎする女性に、にこにこと語るオリヴィア。

 サーノはオリヴィアにささやいた。


「いつ見学の予約なんてしたんだ」


「サーノが髪を染めてるうちに、こっそり」


 オリヴィアはいたずらっぽく笑う。まるでちょっとしたいたずらの反応を楽しむように。


「スティンバーグ社爵令嬢のおかげで観光がし易いよ、まったく」


 サーノは、オリヴィアのわがままで目の前の女性の職務が一日潰れることを考えて、呆れて肩をすくめた。

 金は払ってるだろうし、オリヴィアの立場上、女性にとってはむしろ光栄な仕事ではあるのだが。


「別に勝手に見て帰るだけで満足なのに、大変だなねーちゃんも」


「スティンバーグ社爵令嬢のお忍び観光案内をさせていただけるのですから、これは喜ばしいことですよ。張り切って末代まで自慢します」


「ふふ、ではよしなに」


 案内人が開けた扉を、サーノから入る。


「何のかんの言いつつ、サーノもうきうきしてますのね」


「そりゃ当然」


 巨大な歯車がいくつも回る光景は、サーノにとっては確かに興味深い光景だった。


「今回見たいのは、ずっと上だっけ」


 しかし、サーノは内壁に備え付けられたらせん階段にてくてく歩いていく。


「ふふ、サーノったら。すっかり大はしゃぎですわね」


「あれ、あちらのダークエルフ様に、時計塔の仕組みの説明とか……」


「あれでサーノは新しいもの好きですの。恐らくあなたより昔から、この時計塔の存在は知ってたはずですわ」


「そうでしたか、これは失礼しました」






 時計盤の裏側まで登り、さらに上。

 時計塔の屋根裏部屋にあたるエリアに、三人は登ってきた。

 正確には、自力で登ったのはふたりだ。


「どうよ姫さん。肩車の心地」


「け、結構揺れて怖いですわね。サーノ、しっかり歩いてくださいまし」


「途中で疲れたって言い出したの姫さんだろ……」


 案内人の呆れた視線が辛かった。


「ここが、時計塔の天候観測所です」


 屋根裏にあったのは、ひとつの巨大な地球儀だった。

 青くぼんやりと光った半透明の球体に、赤で塗られた大陸が浮かんでいる。


「これこれ! こいつが見たかったんだよ。人間様の知恵の結晶!」


 サーノはオリヴィアをさっさと降ろすと、興奮して地球儀に走り寄った。


「世界中に広がる魔力の流れを、大陸中に設置されたこの天候観測ポイントで計測しています」


 案内人の声を聞きながら、地球儀を回すサーノ。


「点と点を繋いでいくと、このように……」


 案内人が地球儀の下の装置のボタンをひとつ押すと大陸が消えて、球体は赤と青と紫のマーブル模様になった。


「魔力の流れで、雲の流れがわかるんです」


「えっ、このマダラで? わかんねぇ!」


「それは、図を読み解くための勉強に二年かかりますから……」


 子供のように球体を回転させるサーノと、苦笑しながら解説する案内人。

 オリヴィアはその光景を見て、ぷくーとほほを膨らませると、サーノの両肩に手を置いた。


「うお、なんだなんだ姫さん。退屈か?」


「サーノが構ってくれないので」


 そのまま顎を頭に乗せられて、サーノは身動きを封じられてしまった。

 案内人の生暖かい視線が辛かった。


「……それで、この観測装置ですが。今は『魔王の血』の真っ最中ですから……」


 案内人がまた別のボタンを押すと、今度は球体が真っ赤に染まった。


「あら、まあ……」


「うええ、グロいなこいつは」


「この通り、使い物になりません。上空を魔力で覆われてるので」


「じゃ、ねーちゃん今暇なんだな」


「はい。毎日学術論文を読んだりできて、簡単なメンテナンス以外はすごく暇ですね」


「勉強熱心で偉いですわ」


「スティンバーグ社爵令嬢にそう言っていただけるなんて、勿体ないです」


 オリヴィアと案内人が話している間、サーノは真っ赤な球体に一点、真っ黒な部分があることに気が付いた。


「……こいつが魔王山かな」


 暗黒に閉ざされたそこから、真っ赤な流れが溢れ出て、球体を止めどなく包んでいる。

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