八話 肩車亜人と戦おう
「ぶ、部下達を、瞬殺……!?」
ワーウルフ隊長は動揺を隠せない。
武器を持たないどころか、逃げることすらままならないような重いドレスの女相手に。
狩りの獲物としか思えないターゲットに、歴戦の部下達が、一瞬でやられた。
一歩、後退る。
「お、落ち着け相棒!」
その耳を引っ張って、肩のリザードマンが呼びかける。
オリヴィアは手に持った何かのスイッチを押し込んだ。
「来る、避けろ!」
「!!」
ジャキン! と、金属質な駆動音が聞こえた。咄嗟にワーウルフは飛び上がる。
足の下から、重い銃の音。
「!?」
なんと、屋上の一部がせり上がり、その下から据え付けの機関銃が姿を見せていた。
景気よく吐かれる弾丸の奔流。
「あれに部下が!」
「けど首が上がらん!!」
リザードマンの指摘通り、機関銃は平行には回るが、屋根を乗せているせいで縦には動かないらしい。
空中のふたりが狙い撃ちにされていないのが証拠だ。
「一気に前へぇぇぇ!」
リザードマンは大きく首をのけぞらせると、苦しい姿勢のまま大きな炎を吐いた。
ジェット噴射の要領で、二匹の身体が加速し、機関銃を飛び越える。
「えっ、それって原理としておかしくないんですの!?」
「魔法を矮小な人間の常識で語るか!」
そのままナイフを投げる隊長。
ドレスに突き刺さった刃が、オリヴィアを屋根に縫い付けた。
「まぁ! 色味は気にいってなかったけど高いから着てた一着が!」
「死に装束で残念だったな!」
オリヴィアの目の前に着地する隊長。
機関銃はキリキリと回転しているが、今撃てばオリヴィアもろとも細切れにしてしまう。
「『疾風怒涛ドラゴンウォリアーズ』の仲間たちの仇ィ!」
リザードマンが、剣を振りかぶった。
びり、と布が破れる音。
「獲っ……」
剣が宙を斬る。
「てない!?」
ふたりの目の前で、オリヴィアは糸で引っ張られたように、ふらりと屋上から落ちていった。
柔らかな微笑みを残して。
「バランスを崩したか!?」
「だが頭から落ちれば、連結通路でも……!」
後を追おうとした隊長だったが、目の前で影が飛び上がった。
「っ!」
「こ、こいつが!?」
影はふたりの頭上を飛び越え、機関銃の被った屋根部分に降り立った。
『ダークエルフ……!』
二匹の亜人の声が重なる。部下の命を奪った仇敵に対する憎しみを隠そうともせず。
「はじめましてだなお二人さん。用事はなんだ?」
オリヴィアをお姫様抱っこしたサーノはと言えば、無感情だった。
「ったく姫さんよ、大人しく研究車にこもってりゃいいじゃねぇか。一張羅が台無しだぜ」
機関銃の上にオリヴィアを座らせ、サーノは降りる。
「サーノに心配してもらえたのなら、潰した甲斐があったというものです」
にこにことサーノの頭を足先で揺らすオリヴィア。
「……ダークエルフの、少女?」
「いや待て相棒、ダークエルフを見た目の年齢で判断したらいけない」
ワーウルフと、肩車されたリザードマンは、ダークエルフの魔法を警戒して動こうとしない。
「……ところで犬っころ」
「ワーウルフだ! 人間に媚を売る非犬どもと同列に語るな!!」
「あ、うん。そんで犬っころよ、なんで蛇を肩車なんてしてんだ?」
「リザードマンだ! 蛇などとはそもそも種類が違うんだ、一緒にするな!!」
「あ、はい。まあうん、楽しそうでいいなって」
サーノはにやにやとオリヴィアを見ながら言った。
「姫さん、今度真似しよう。肩車して街中歩こうぜ」
「どちらがする方ですの?」
「姫さんが担ぐ方」
「本当に好奇心が見た目のそれですわね、サーノは。そこが愛おしいのですけど」
「ていうか、逆だとスカートに埋もれるじゃん」
「あ、ならミニスカートにいたしましょう。それなら視界は確保できましてよ」
「妙齢の女を肩車するダークエルフって、絵面がけっこうヤバイと思うんだよな……客車でする分にはいいか?」
「ふふ、ペペをびっくりさせてみましょうか」
「貴様ら!! 『灼熱演舞ウォータイフーン』を前にして無駄話か!」
リザードマンが叫んだ。
「トカゲ、やはりその名前はやめよう」
ワーウルフはこめかみを押さえてかぶりを振った。
「いやいや、旅芸人の名前としてはいいんじゃないか? 評価するぜ」
「芸人だと!? 魔王軍の一部隊の隊長を任された、俺達を芸人と!?」
「……待てトカゲ。おいダークエルフ、部下達をどうした?」
ワーウルフが姿勢を低くして、緊張の度合いを高めていく。
「前の車両で寝てるけど、起こしてくるか?」
「何?」
サーノの言葉の真意を掴み損ねたワーウルフだったが、意味がわかるのはすぐ後だった。
亜人二匹の背後で、突然扉が破壊される音がした。
「まだ仲間が!?」
「いや違う!」
二匹は背後に向き直って武器を構えたが、飛んできたものを見て絶句した。
それは紫に光るワーウルフの仲間の死体だった。
「え、な、っ!?」
「う……!」
硬直するワーウルフ、死体を盾で弾くリザードマン。
死体は横に逸れて地面に落ちると、急速に遠ざかっていく。
「こ、こ、こんな、非人道的なッ!」
「ダークエルフだしそりゃ人道じゃねぇだろ」
サーノの屁理屈で完全に理性を失い怒り心頭のワーウルフは、視線だけで人を殺せそうな程にサーノを強く睨みつけた。
「相棒、我を失うな! まだ来る!」
比較的冷静なリザードマンの指摘通り、今度は一気に五匹の死体が飛来してきた。
「よくも、よくも部下達を、こんなァッ!」
仲間の死体の体当たりを、飛び退りつつ避けていくワーウルフ。
ひとりひとりの名前を憶えているだけに、無下に払い落とすこともできない。
リザードマンが剣と盾で応戦しているが、徐々にサーノのほうへ近くへ押し込まれていく。
「やり方がエグイのは百も承知だけどよ、お前らはこの千倍はエグイ殺しをしてるんだぜ」
翻弄される二匹に、サーノはゆっくり近づいていく。
「魔王軍さんよ、この左腕もてめぇらのお仲間に食われたんだ。一応、復讐の理由自体はあるんだぜ」
「サーノ、蛇さんは炎を吐きますわ。お気をつけて」
「へぇ。そりゃまたずいぶん、人殺しに情熱的だな? リザードマン」
オリヴィアの助言を受けて、サーノは立ち止まった。
「!」
「よ、余計なアドバイスをッ!」
押されるフリをしつつファイアブレスの有効射程に、という己への言い訳のような作戦も見破られ、いよいよ二匹は余裕をなくしてきた。
「じゃ、死に物狂いで反撃されても文句ねぇな? それごとねじ伏せる自身があるんだろうし」
サーノは中腰になると、左腕を横に伸ばし、義手へ魔力を流し始めた。
ビチビチという皮が弾ける音。褐色の人工皮膚がはがれて、オークの筋繊維が剥き出しになっていく。
魔力が込められた筋肉が、肥大化していく。
「うぉぉぉっ! ダークエルフッ!」
幼い容姿、その体躯の五倍は大きく巨大化した、緑色の剛腕。
「けど無くすのはおおよそ三百年ぶり四回目だからそこまで腕の恨みあるわけじゃあないんでこれは純粋に単なる暴力ラリアーット!!」
ぶん、とつむじ風すら起こしつつ、強暴な筋肉の塊が横に振るわれた。
「ぐぎゃあ!」
「おがあああっ!」
仲間の死体たちごと筋肉に叩きつけられたリザードマンとワーウルフ。
「どっせぇぇえええいっ!」
サーノは勢いのまま腕を振りぬいて、捉えた敵たちを吹き飛ばした。
「ああ、なんて雄々しい断末魔! ごちそうさまでしたわ」
オリヴィアは合掌した。
「ま、これで一件落着。しばらく魔王軍はこりごりだぜ」
小さくなっていく肩車コンビを、どこまで飛距離伸びるか眺めていたサーノだったが、
「……そういやこの腕、もう使いもんになんねぇ」
思い出したように左脇を強く押し込み、大きくなったまま戻らない義手を外した。
屋上から落下して地面に落ちた緑色の腕は、どんどん後方へと遠ざかっていった。
「あらあら、まだまだ研究しがいがありましたのに。勿体ないですわ」
「それがあの犬、やられ際にあの腕引っ掻いていきやがった」
「死に物狂いの反撃、ですわね」
「奴らの爪は毒入りだからなぁ。あのままつけっぱなしじゃ、明日起きたらぽっくりだ」
サーノは機関銃にもたれかかって、屋上に座りこんだ。
「こいつの弾丸は?」
「豚さんの装備を溶かして作りましたの。もう弾切れですわ」
オリヴィアは機関銃から降りると、サーノの右に並んで腰かけた。
「そっか。そりゃ残念」
「武器は生き残るためにありますの。死体で大事に抱いているほうが無駄です」
「それもそうだな」
オリヴィアが、サーノの小さな肩にもたれかかってくる。
「……重いよ姫さん」
「淑女に体重の話題はNGですわよ」
「体格差ってもんがあるだろ」
文句を垂れつつ、サーノも振り払うことはしなかった。
血が乾いていく研究車の屋根の上で、ふたりは風を感じながら、赤い雲の広がる空と広大な大地をずっと眺めていた。
暗くなるまで、ふたりの間に言葉はなかった。