七話 ワーウルフを迎え撃とう
「来やがったな!」
客車の通路で構えるサーノの目の前で、両側の窓ガラスが割れた。
次いで、ワーウルフがガラス片を散らしながら着地する。
「ゴブリンマジシャンの遺言通り、狼か!」
「遺言だと!? やはり貴様が殺したのか! 殺す!」
ワーフルフが爪を伸ばし、唸り声を上げて飛び込んでくる。
サーノは肩を回すと、
「オッケー、ケンカの時間だぜ!」
狂暴に笑って、左拳で打ち抜いた。
ゴパァ! と、コミカルですらある破裂音。ワーウルフの爪だけが、背後の扉に刺さった。
「うひょー、オークの剛腕マジやっべ」
「貴様!」
背後から、ガラスの割れる音。
サーノの後ろにも、ワーウルフが現れた。
挟み撃ちの狼男たちが、同時にかかってくる。
「喰らえ!」
「死ね!」
「物騒な語彙だな!」
サーノは一気に前に踏み込み、飛んできたワーウルフの腕を掴むと、背後のワーウルフに投げつけた。
「くっ、すまん!」
「ぐお!」
仲間に切り払われて、背中から鮮血をほとばしらせる一匹。
「てめぇらは爪も牙も有毒! ありゃ助からねぇな?」
「許さん!」
サーノは身体を逸らして、鼻先で噛みつきをかわすと、勢いのままに行き過ぎる足首を掴む。
「おしゃべりが……弾まねぇんだよ!!」
ワーウルフを目の前の床に叩きつける。
そのままジャイアントスイングで座席を破壊しつつ、グロッキーな狼を窓に向かって投げた。
哀れな一匹は、ちょうど飛び乗ってきたワーウルフを巻き込みながら、車窓の下に消えていった。
サーノはそのまま、背後に現れたワーウルフ二匹へ、向き直る。
「裏切者が!」
「は!?」
サーノが声を上げた理由は、裏切り者呼ばわりではなかった。
二匹のワーウルフが、拳銃を構えていたからだ。
「お前ら『自分自身が弾丸、飛び道具など邪道』とか言ってたじゃねぇか!」
「それは頭の固い健康体操家の言うことだな!」
「我々の目的は殺人! 邪の道で邪道を用いることの何が悪か!」
乾いた発砲音。
サーノに弾丸が迫る。
「よく爪で握れるよなァ!?」
前触れもなく、サーノの周囲の椅子の残骸が浮かび上がり、弾丸を受け止めた。
「なんだと!?」
仄かな紫に光る座席の部品は、サーノの周囲を高速で回り始める。
「亜人は魔力伝導の媒体として鉄板!」
材質こそ脆いが、運動エネルギーを得た木の盾。
続けて二発、三発と撃たれた鉛玉を受け止める程度なら、硬さは十分だった。
「くそっ! やはりこんな子供だましの武器に意味などない!」
しびれを切らした一匹が、拳銃を捨てて飛びかかってくる。
「そうか? 犬の腹くらいならブチ抜けるがね」
ピシュン、と、椅子の残骸にめり込んだ弾丸が、紫の光線を描いて放たれた。
「ごあ」
脳天からしっぽまで弾丸が突き抜けたせっかち者は、糸が切れたようにサーノの足元にどさりと落ちた。
「で、あと何匹だ?」
「殺す!」
拳銃を構えた一匹が叫ぶと同時、一気に十匹以上のワーウルフが車内に乱入してきた。
「だからボキャブラリーがだな……ええい、もう構わん。猫派だし」
「うおおお!!」
一斉に襲い掛かる人狼に、サーノの姿は埋もれた。
先頭車両。
「ぐぎゃああ!!」
こきり、こきりと、蛇に締め落とされるように、ワーウルフの骨が砕かれていく。
全身を締めあげているのは血管のような触手だ。
触手の根本は、運転席に座る青い心臓。
「な、なんなんだこれは……ごぼはっ」
折れた骨が内臓に刺さって吐血するワーウルフ。
すっかりコンパクトに絞られたその一匹を、心臓の触手は火室へと投げ入れた。
燃料と化したワーウルフは、言葉にならない悲鳴と共に、一瞬で紫に燃え上がって消えた。
同時に汽車が急加速する。
「こ、この化け物はいったい……ぐああ!」
「ひ、やめて、殺さないで……ぎゃああああ!!」
一部始終を見せられていた残りの二匹は、既に戦意を失っていた。
自動運転を行う心臓には、命乞いを聞き届ける機能は備わっていなかったが……。
程なくして、運転室から聞こえていた声は途絶え、聞こえる音はガタンゴトンという振動音だけになった。
「許さん」
首にリザードマンを乗せたワーウルフ隊長が、貨車の隅で干からびたゴブリンの姿を見て呟いた。
その目は怒りに燃えている。
「ああ、こんなことをする人類は滅ぼすしかない!」
ギリギリと武器を握り締めながら、リザードマンがうなづく。
「隊長! この貨車は食料ばかりだ!」
「武器も何もない! やはり魔術師の仕業だろう!」
「いや、人間の魔術師が大規模な魔法を用いるには武器が必要だ」
部下の報告を受けて、隊長は考え込んだ。
「しかし魔法でなければ、クレーターの説明がつかない。火薬も起爆の道具もないのだから……どういうことだ?」
「使ったから無くなったんじゃあないのか?」
リザードマンはりんごをひとつ木箱から取り出すと、無遠慮にかじった。
「それでも説明ができない。爆薬が足りないからだ」
「足りない?」
「我々が生きているし、トカゲ達は轢き殺されている」
「ただの汽車だったらそもそも俺達を見た時点で迂回するし、俺達は森の中を通らずルートを急に変えたから……んぐ」
リザードマンはリンゴを芯ごと噛み砕いて飲み込んだ。
「ああ、あと軍団をふたつぶん潰すための爆薬が残ってないと、ってことか」
「つまり、前提が違うのかもしれない」
「どこが違うんだ?」
「目的か、手段か、あるいは仕掛け人か。状況証拠で推測した結果、どれかを思いこんだまま推理している可能性がある」
本当に魔王軍の作戦を阻止するためにこの汽車は動いていたのか?
爆破でも魔法でもなく、もっと別の手段でクレーターを作ったのか?
それとも、魔法を扱えて大規模な武器を必要としないとしたら、これは亜人の仕業なのか?
「わかったぞ狼男! 俺達の作戦を邪魔して手柄を横取りしようとしてる奴がいるんだ!」
「なるほど、そもそも武器を必要としない奴らの魔法か。それほどの魔力操縦技術を持った魔王軍の同志となると……」
「ふふ、説明しましょうか」
ガラリと、貨車の扉が開いた。
「!」
「人間だと!?」
「人間ですって? 失敬な」
逆光の中、優雅なドレス姿で立つ人間の女が、連結通路の入り口にいた。
気品を持った女性は、くすくすと笑い声を貨車に響かせた。
「サーノはダークエルフですわ。わたくしだけの、ね」
「ダークエルフ!?」
目の前の女の肌は染みひとつない白。
「サーノ、それが俺の部下を殺った奴の名か!」
「あ、それは爆進さんですわ」
「え、ば、ばくし……?」
殺気をいなされるような発言に、リザードマンは混乱した。
「でも、爆進さんに爬虫類の群れを轢き潰せと申したのは、わたくしです」
「こ、この人間っ!」
リザードマンは大きく息を吸う。
「やめろトカゲ! 部下達が巻き込まれる!」
その口を手を伸ばして塞ぎつつ、隊長はナイフを構えて駆け出した。
「人間風情、距離を詰めれば一撃!」
「ふふ、ワンちゃんはじゃれるのがお好きですものね」
間一髪、というところで、ぴしゃりと扉が閉まった。
ナイフが扉に突き刺さる。
隊長はあっさりナイフを手放すと、
「天井から出て追え!」
上に開いた穴を示し、部下達を動かした。
木箱を飛び移りながら屋上へ飛び出ていく部下達を尻目に、隊長は新たなナイフを手に持つ。
「トカゲ、扉を叩き壊せ!」
「どぉりゃ!」
リザードマンが思いっきり盾で殴ると、扉はひしゃげて思い切り外に開いた。
上の蝶番が外れて、重さを支えきれなくなった扉はそのまま線路に落下した。
「次もだ!」
「うぇあああーっ!」
外にドレスの姿がなかったことを確認すると、隊長は勢いのまま目の前の車両の扉へ走る。
加速も加えたシールドバッシュ。
「ぎっ!?」
「うぉ、っく!」
しかし扉は傷ひとつつかず、リザードマンの腕は痺れ、ワーウルフは反動でよろめいた。
「くそっ。こうも速度が出てちゃあ、火炎も吐けねえ! 風圧で顔に逆流しちまう!」
「仕方ない、屋上から前の車両に行こう。先頭車両さえ占拠できれば、俺達の勝ちだ」
扉の隣に備えられたタラップを片手で登り、屋上に着地する隊長。
「……っ!」
「こ、こいつは……」
二匹が見たのは、部下達が蜂の巣になって死んでいる光景と、
「でもねワンちゃん、今はドレスですから。遊ぶと毛が付きますの」
どこか満足したような、つやつやした顔で佇む、返り血ひとつないオリヴィアだった。