最終話 休暇を終えなくてはいけない
「スティンバーグ社爵の痕跡を発見しました」
魔王山、山頂にて。
ひとりの猫人が、天使の前に跪いていた。
しっぽを揺らしながら、淡々と報告する。
「血痕です。血を大量に失っています。スティンバーグ社爵とて人間の身、間違いなく致命傷でしょう」
「そうですか。しかし……」
全身に包帯を巻き、松葉杖をついた天使・レベッカは、慎重に言葉を選ぶ。
「……しかし、あのスティンバーグ社爵です。確実にその死体を発見するまで、わずかな油断もしてはなりません」
「魔王様を討伐した張本人である以上、肝に銘じております」
「理解しているのなら、草の根分けて探し出しなさい」
「はっ」
猫人が跳躍して去ったのを見届け、レベッカは緊箍児を撫でた。苛立ったときに、心を落ち着けるために無意識にする癖である。
「……子が子なら、親も親、ですね。魔王様、復活の時まで今しばらくお待ちを……」
「レベッカ様!」
そこへ新たな声が降ってきた。
麻袋を担いだ三人のサキュバスが、空からふわりと降りてくる。
「見つけましたよ。悪魔の子孫です!」
「ふう、ふう……な、なんでサキュバスに力仕事をさせるんですか……」
人間ひとり分に膨らんだ麻袋を、山頂に慎重に降ろすサキュバス達。
「ご苦労様です。きっと魔王様も、貴女方の働きを評価してくださいます」
「そうだといいんですけどねー」
サキュバス達は麻袋を雑に破り、中身を曝け出した。
麻袋に入っていたのは、見た目は普通の、人間の少女だった。
「見つけられたのは、悪魔の子孫を探知する機械を、魚人達が間一髪で完成させてくれたお陰ね」
「その機械が正しかったらね……」
「改良しつつ探すことはもうできません。海中亜人の協力は最早得られないのです」
広い海を住み家とする海中亜人達は地上の情勢など気に留めない。
そこを説得して、ようやく協力を得られたと思ったら。
「……どこまでも邪魔してくれますね」
スティンバーグ社爵令嬢によって、魔王軍に参加した海中亜人の基地は壊滅した。
「忌々しい」
「そ、それはそれですよ、レベッカ様。切り替えましょ」
「そうですね。切り札は手元に来てくれました。あとは、この悪魔の子孫に……」
レベッカは松葉杖で、ぐったりとして動かない少女を小突いた。
「空に散った『魔王の血』を集める。魔王様が封印され続けるこの地、魔王山で。術式の準備を!」
複雑な魔法陣に、百人規模の魔術行使要員。
エルフや天使のような、魔力操作に秀でた亜人が先陣となって、魔法陣の中央で眠り続ける少女へ魔力を流し込むルートを構成する。
もしもスティンバーグ社爵が乱入してきても対応できるよう、千人規模の護衛が周囲を固めていた。
魔王軍の悲願を果たすための、トドメの一手である。これさえ成れば、あとは魔王様の力で人類種を蹂躙するだけだ。
誰もが全力だった。
「魔王様……いざ、我々の望みを……どうか!」
ついに、『魔王の血』を少女へ注ぐ手筈が整った。
レベッカは最後の工程として、呪式の形に練り上がった魔力の封を解いた。
「ここに! 我々魔王軍の悲願は成就した!!」
カッ、と。
真っ赤な光が、魔王山の山頂から、全世界へ放たれた。
北の別荘。
「姫さ~ん、雪かきいい加減飽きた~」
サーノは除雪ショベルを放り投げると愚痴た。
「サーノ、わたくしとてやりたくて除雪などしているわけではありませんわ」
オリヴィアは黙々と雪を退け続けている。
「ですが、放っておくと屋敷の玄関が埋まってしまいますのよ」
「埋まったら魔法で掘り起こしてやるからさ~」
「そういう横着はいけませんわ。わたくし、運動不足で寝たきりになったサーノを見るのは嫌ですからね」
「大丈夫大丈夫、神経は魔法で補えるから」
「そんな問題ではありませんわ……ああ、サーノの屁理屈に付き合っていたら、わたくしまで飽きてしまうではありませんか」
オリヴィアは呆れてため息を吐くと、除雪ショベルを雪山に突き刺した。
「この際、気分転換しますか。雪男の小物屋でも冷やかしに行きましょう」
「お前冬の山中に誘拐されたのに、よく堂々と会いに行けるな」
「気にするわたくしと思いまして?」
「思わんが、向こうが気にするだろ」
「ん」
オリヴィアは自然に手を差し出す。
「ん」
サーノは除雪ショベルをオリヴィアの手に乗せた。
「片付けるから貸して、の手ではありませんわ! 手を握っていきましょう、って流れでしょう?」
「そんな流れだったか?」
「もうっ、サーノの鈍感」
「以心伝心にゃ程遠いなぁ」
苦笑しつつ、サーノは差し出された手に触れた。
その瞬間、視界が真っ赤な閃光に包まれた。
「ぐおっ!?」
サーノは弾かれたように吹き飛び、雪山を粉々に破壊して散らし、
「げはっ、あ……?」
塀に激突して止まった。
くらくらする頭を振って、何が起きたのか、周囲を見渡す。
「……な、なん」
何かは起きていた。
だが、サーノには何かが起きているのは理解できても、その事態が何なのか、わからなかった。
「オリヴィア……?」
突っ立ったままのオリヴィアが、全身に魔力を纏っていた。
空のように真っ赤で、濃密な魔力。
「……な、何が、どうなってるんだ」
「サーノ」
オリヴィアから声が出た。
ぞっとするほど冷静な声だった。
「これは、いったいなんでしょうか? なにか凄まじい……」
言葉とは裏腹に、オリヴィアは妙にしっくり来るようで、手を数回開いたり閉じたりした。
真っ赤な魔力はどんどん濃くなっている。
「凄まじい魔力が戻ってきていますわ」
「戻っ……て?」
真っ赤な魔力は、空から柱のように、オリヴィア目掛けて雪崩れ込んでいた。
「え、な、えっと、オリヴィア! どうしたんだ、大丈夫か!?」
ようやくサーノは身体が動いた。
サーノ自身、なぜか緊張で息を止めていたことに、ここでようやく気付いた。
(さっきのは……恐怖心? 何に対する……いや)
しかし今はそれどころではないと、サーノはオリヴィアに駆け寄った。
「これ、なんだ? 『魔王の血』が流れ込んできてるみたいに見える……」
赤い濃霧にも似た魔力を、手で払う。
しかし、払っでもすぐに空から魔力が流れ落ちてくるため、魔力の霧は途切れない。
「流石サーノですわ。正しくは七大魔法のひとつ『魔塵』ですが、それで正解でしてよ」
オリヴィアは微笑みながら、天を指差した。
「……なんで?」
万感の思いを込めた、サーノの「なんで?」であった。
「何故かを、今から魔王軍が説明してくださいますわ」
「は?」
『魔王様の復活である!!』
空に突然、映像が浮かんだ。
包帯を巻いた天使の映像だ。
『魔王の血』の魔力の流れに乗せた、映像投影魔術である。
「あれは……天使? 緊箍児に羽根、間違いなく天使だな。魔法で全世界に映像中継だと……?」
『今日は我らの勝利の日、魔王様は復活なされた!! 人間よ、地に蔓延る人間共よ! 今この時より、世界は再び我ら魔王軍のものとなったのだ!!』
映像に映ったレベッカの演説は、なぜかヤケクソ気味であった。
わずかにこめかみがヒクついている。
無意識に頭に手が行きそうなのを押しとどめているところを見るに、頭を抱えたいのかもしれない。
『故に!! 魔王様がこの約束の地へ赴くまで、人間よ! 地に伏し崇め、魔王様の凱旋を奉れ!!』
「……え? え? オリヴィア、どういうこと?」
サーノは完全に置いてけぼりだったので、事情をなぜか知っていそうなオリヴィアに話を振ってみた。
まだ『魔王の血』はオリヴィアに流れ込み続けている。
「わたくし、魔王の生まれ変わりだったみたいですわ」
「なるほど! お似合いだぜ畜生!」
厄介事の到来に頭を抱えた。
サーノにとっては、この上なくわかりやすく、飲み込みやすい事実だった。
『我らの偉大なる魔王! オリヴィア様の復活と、帰還の旅路に栄光あれ!!』
PC故障により設定と今後の展開の予定をまとめたファイルを紛失しました。
どういう展開にする予定だったか思い出すか、メモ帳発掘するまで完結にします。
お付き合いいただきありがとうございました。




