表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/66

番外編 雪だるま

 しんしんと雪が降り積もる、ある日の午後。

 昼食を終えたオリヴィア達三人は、別荘前の道路に出てきていた。

 目的は雪だるま作成である。

 誰が最初に言い出したわけでもなく、単純な食後の運動、摂取したカロリーの浪費が狙いだ。


「ふんふんふふーん。正門の隣に~、三匹を~並べ~まっしょ~」


 オリヴィアは即興の歌など歌いながら、雪玉を転がしている。


「三匹? 三個だろ」


「雪だるまは三人ですよぉ。動物でも、ものでもないんですし」


 サーノとペペはどうでもいいことに拘る女たちであった。


「あら? この場の誰より小さく脆弱なのですから、匹でしょう?」


「生き物ですらねぇんだ、一個二個だろ」


「ふたりとも、ずいぶん慈愛の心に欠けてますね。季節ひと巡りのほんのひととき、つかの間の家族であり隣人になるんですよ」


「でも、温度の低い水が集まっただけだろ?」


「もうっ、ロマンがありませんね」


「ふむふむ。これは白黒ハッキリつけないといけませんわね」


「頭も胴も真っ白だから、黒はつかないんだけどな」


「白々しいですねー」


「それでは、一番強い雪だるまを作った者が優勝、というルールでよろしいですね?」


「強い雪だるまってなんだ?」


「ぶつけて壊れなかったら強いってことでいいんじゃあないですか?」


「それだとアタシが石混ぜる不正をするだろ」


「なりふり構いませんねー」


「貪欲な勝利への欲求ですわ」


「とびきりデカイのをこさえてやるぜ。目ん玉飛ばすなよー?」


「ふふ、わたくしの雪だるまこそ最強ですのよ。証明してみせますわ」


 三人は完成次第集合することに決めて、一時解散した。







「とは言ったものの、こんなちべたい・・・・低温水分、ずっと触っていたら手が動かなくなってしまいますわ。わたくしはお金持ちで偉いのですから、当然賢いのです」


 オリヴィアは、台車に青い心臓を乗せて、雪道を悠々と闊歩していた。

 青い心臓は、血管触手を器用に伸ばし、雪をせっせと固めて、着実に雪玉を大きくしていく。そのついでにオリヴィアが通る道も開けていく。

 さながら、ちょっぴり生物的な除雪車である。


「地域貢献もできて一石二鳥ですわ。さあ、爆進さん。あなたの力を見せてくださいまし」


 ころころと雪玉を転がす青い心臓を、オリヴィアは優しく撫でた。

 青い心臓はぶよぶよした表皮を小さく震わせて応えた。


「やる気満々ですわね、爆進さん。……ああ、そういえば、あなたはこういった遊びとか、あまり混ぜて差し上げられずに今日こんにちまで来てしまいましたものね」


 青い心臓は張り切るように触手を振り回した。

 オリヴィアが歩き回った結果、雪玉はオリヴィアの肩の辺りまで大きく育った。







「やっぱり、これが最強なんですよねー。えへへ」


 ペペは別荘の自室からメイド服を一式持って出てきた。


「カッコよくキメちゃいましょうね、雪だるまさん。……ん?」


 ペペが正門を出ると、すぐにオリヴィアを見つけた。

 正門のすぐ横で、雪玉相手に何やら真剣に取り組んでいる。


「オリヴィア様、もうできたんですか?」


「いえ、まだまだ未完成ですわ」


 オリヴィアは鉄ベラで雪玉を削っている。


「雪像ですか。オリヴィア様、凝り性ですねー」


「何事も真剣に取り組むのが、スティンバーグ流ですの。この勝負いただきましたわ」


「私はメイドなので、目上の人に勝ったらいけないですし、応援しますよ」


「分をわきまえているのは高得点ですわね。……ふう、一休みしますか」


 オリヴィアは額の汗を拭って、姿勢を伸ばす。そこでペペの手の中のものに気が付いた。


「……。着せるんですの?」


「かわいいですよね、きっと」


「濡れたメイド服の始末は?」


「ちゃんと、中に持ち込む前に、まず干します。床がべしゃべしゃになってしまったら反省文ですよね!」


「よろしい。ふふ、ペペもなかなか風流な一品を仕上げるつもりですのね」


「これから雪玉丸めるんですけどね!」


「そのメイド服は、わたくしが持っていますから、どうぞ雪玉を作っていらっしゃいな。子供は風の子元気の子ですよ」


「はーい」


 ペペはメイド服をオリヴィアに手渡すと、ざくざくと雪を蹴散らしながら走り去っていった。

 オリヴィアはペペを見送ってから、少しメイド服を見下ろして考え込んだ後、


「……ふむ。すこしお借りしますわ」


 なにか思いついたようで、しかし手の中のものをその辺に雑に置くこともできず、迷った結果とりあえず青い心臓に着せておくことにした。


「ふふ、かわいいですよ爆進さん」


 メイド服を着た心臓は、窮屈そうに触手をわななかせた。







「ただいまー」


 雪だるま作成に飽きたサーノは、こけしを購入して帰って来た。

 かつての激闘以来村に移り住んだ雪男たちが、日々の生活費を稼ぐための手芸品である。

 サーノはこれを正門の横にさして「雪だるま」と言い張る心づもりだった。


「雪じゃなくて木製だけど、頭に雪乗せときゃなんとかなるさ」


 サーノは雑な女だった。

 正門の前に到着して、ようやくサーノは気が付いた。


「……。アタシがメイド服着てる!?」


 オリヴィアがせっせと削ったサーノ雪像は、ペペのメイド服を着せられていた。

 やたら媚び媚びなウィンク笑顔に、前傾でモップにもたれたあざとい姿勢。

 謎の躍動感を感じさせる、ふんわり広がった髪の毛は、一本一本が丁寧に彫られていた。

 真っ白な肌であることを除けば、もうひとりサーノがいるような光景である。


「そういう本気の出し方しろって誰が言ったんだよ!?」


 ちなみに、ペペ作成の雪だるまは、適当なバケツを被って適当な木の枝が刺された、まっとうなスタイルだった。

 こちらもメイド服を着ていたが。


「メイドのアタシとメイドの雪だるまが並ぶ光景……こ、これは何なんだろうなぁ……」


 やり場のない不気味さを、かぶりを振って誤魔化すしかないサーノだった。


「おかえりなさいませ、サーノ」


 そこへ、別荘内から登場したのはオリヴィアである。


「姫さん。これ、姫さんが作ったの?」


「ええ、力作ですわ。かわいいでしょう?」


「努力は評価するがな、表情が気に食わねぇ」


「うさぎさんもしっかり彫りました」


「馬鹿野郎! 誰も見ねぇんだから適当に誤魔化せよ!」


「わたくしが見ますわ」


「もっとよくねぇよ!」


「サーノは自分を過小評価し過ぎでしてよ。誰も見ないなんてとんでもない、ちゃんと需要がありますわ」


「嬉しくねぇ需要だなぁ!」


「こう、毎朝の散歩を、この真っ白サーノが出迎えてくれると思うと、きっと早起きが苦ではなくなりますわ」


「んな無理して起きなくてもいいだろ。寒い地域だし、姫さん暇人なんだから」


「習慣は健康の第一歩です。継続が大事でしてよ」


「ふーん。じゃあさ、仮にアタシが毎朝姫さんを送り出すとしたら、この雪像必要ねぇよな?」


「え、そ、それは……ふ、うふふふ。サーノが毎朝、弁当を持たせて送り出してくれるんですか?」


「散歩に弁当はいらねぇだろうが」


「もう、こういうのは気分ですわ。妻の手作り弁当を手に、職場へ向かうわたくし……お昼に弁当箱を開けると、ハートに切られた人参さんとか、アイラブユーとカットされた海苔が……」


「んなの面倒だからパンとジャムだけ持たせるわ」


「むう。サーノがくれるなら何でもご馳走ですけど……。ふむ、ですが、こちらのサーノは鑑賞用、こちらのサーノは保存用です。どちらも必要ですわね」


「勝手にアタシを用途分けすんな」


「それで、サーノはどのような雪だるまを作ったのでしょうか?」


「アタシ? これでいいや」


 サーノは雪像サーノの足元にこけしを突き刺した。


「……。せめて雪で作れませんの?」


「毎朝、こいつが見送ってくれるってよ。ありがたく思え」


「ええー……」


 オリヴィアは、雪像メイドサーノとメイド雪だるまとこけしが並んだ光景を見て、嫌そうに顔をしかめた。


「とりとめのないメンバーですわ。統一感がありません」


「いいじゃん、アタシらっぽいぜ」


「ぽい、って……わたくしはこけしですの? それとも雪だるまですの?」


「バケツ」


「付属品ですのね……」


「嘘だよ、うそうそ。姫さんはこけしだ」


「こんなに慰めにならない慰めの言葉、はじめて聞きましたわ」


「ほら、目元が似てるだろ?」


「そうでしょうか……」


「あ、帰ってたんですねサーノ様!」


 ペペがメイド服を一着抱えて、別荘内から出てきた。


「よお、ペペ。これ姫さんの勝ちでいいよな?」


「ですよね。サーノ様の雪だるまは?」


「これ」


「こけしじゃあないですか。飽きたんですね?」


「ペペ、そのメイド服はどうするのですか?」


 オリヴィアが、ペペの持っているメイド服を見て首を傾げた。


「サーノ様の雪だるまに着せようと思って」


「三個の雪だるまメイドが出迎えの屋敷って何なんだよ」


「うーん、でもこけしだと、サイズが足りないですね」


 言いながら、ペペはこけしにメイド服を被せるように着せた。


「これだとメイド服からこけしが顔だしてるだけですね」


「じゃあなんで今着せた? これだと、ちょっとホラーじゃねぇか。道端の捨てメイド服からこけし生えてるみたいだぜ」


「……これではなんと言いましょうか、ううむ」


 オリヴィアは雪だるまメイド軍団を見回し、困り果てて唸った。


「勝った甲斐がありませんわ」


 オリヴィア一行の別荘到着から、二ヵ月目の午後の出来事である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ