番外編 雪だるま
しんしんと雪が降り積もる、ある日の午後。
昼食を終えたオリヴィア達三人は、別荘前の道路に出てきていた。
目的は雪だるま作成である。
誰が最初に言い出したわけでもなく、単純な食後の運動、摂取したカロリーの浪費が狙いだ。
「ふんふんふふーん。正門の隣に~、三匹を~並べ~まっしょ~」
オリヴィアは即興の歌など歌いながら、雪玉を転がしている。
「三匹? 三個だろ」
「雪だるまは三人ですよぉ。動物でも、ものでもないんですし」
サーノとペペはどうでもいいことに拘る女たちであった。
「あら? この場の誰より小さく脆弱なのですから、匹でしょう?」
「生き物ですらねぇんだ、一個二個だろ」
「ふたりとも、ずいぶん慈愛の心に欠けてますね。季節ひと巡りのほんのひととき、つかの間の家族であり隣人になるんですよ」
「でも、温度の低い水が集まっただけだろ?」
「もうっ、ロマンがありませんね」
「ふむふむ。これは白黒ハッキリつけないといけませんわね」
「頭も胴も真っ白だから、黒はつかないんだけどな」
「白々しいですねー」
「それでは、一番強い雪だるまを作った者が優勝、というルールでよろしいですね?」
「強い雪だるまってなんだ?」
「ぶつけて壊れなかったら強いってことでいいんじゃあないですか?」
「それだとアタシが石混ぜる不正をするだろ」
「なりふり構いませんねー」
「貪欲な勝利への欲求ですわ」
「とびきりデカイのをこさえてやるぜ。目ん玉飛ばすなよー?」
「ふふ、わたくしの雪だるまこそ最強ですのよ。証明してみせますわ」
三人は完成次第集合することに決めて、一時解散した。
「とは言ったものの、こんなちべたい低温水分、ずっと触っていたら手が動かなくなってしまいますわ。わたくしはお金持ちで偉いのですから、当然賢いのです」
オリヴィアは、台車に青い心臓を乗せて、雪道を悠々と闊歩していた。
青い心臓は、血管触手を器用に伸ばし、雪をせっせと固めて、着実に雪玉を大きくしていく。そのついでにオリヴィアが通る道も開けていく。
さながら、ちょっぴり生物的な除雪車である。
「地域貢献もできて一石二鳥ですわ。さあ、爆進さん。あなたの力を見せてくださいまし」
ころころと雪玉を転がす青い心臓を、オリヴィアは優しく撫でた。
青い心臓はぶよぶよした表皮を小さく震わせて応えた。
「やる気満々ですわね、爆進さん。……ああ、そういえば、あなたはこういった遊びとか、あまり混ぜて差し上げられずに今日まで来てしまいましたものね」
青い心臓は張り切るように触手を振り回した。
オリヴィアが歩き回った結果、雪玉はオリヴィアの肩の辺りまで大きく育った。
「やっぱり、これが最強なんですよねー。えへへ」
ペペは別荘の自室からメイド服を一式持って出てきた。
「カッコよくキメちゃいましょうね、雪だるまさん。……ん?」
ペペが正門を出ると、すぐにオリヴィアを見つけた。
正門のすぐ横で、雪玉相手に何やら真剣に取り組んでいる。
「オリヴィア様、もうできたんですか?」
「いえ、まだまだ未完成ですわ」
オリヴィアは鉄ベラで雪玉を削っている。
「雪像ですか。オリヴィア様、凝り性ですねー」
「何事も真剣に取り組むのが、スティンバーグ流ですの。この勝負いただきましたわ」
「私はメイドなので、目上の人に勝ったらいけないですし、応援しますよ」
「分をわきまえているのは高得点ですわね。……ふう、一休みしますか」
オリヴィアは額の汗を拭って、姿勢を伸ばす。そこでペペの手の中のものに気が付いた。
「……。着せるんですの?」
「かわいいですよね、きっと」
「濡れたメイド服の始末は?」
「ちゃんと、中に持ち込む前に、まず干します。床がべしゃべしゃになってしまったら反省文ですよね!」
「よろしい。ふふ、ペペもなかなか風流な一品を仕上げるつもりですのね」
「これから雪玉丸めるんですけどね!」
「そのメイド服は、わたくしが持っていますから、どうぞ雪玉を作っていらっしゃいな。子供は風の子元気の子ですよ」
「はーい」
ペペはメイド服をオリヴィアに手渡すと、ざくざくと雪を蹴散らしながら走り去っていった。
オリヴィアはペペを見送ってから、少しメイド服を見下ろして考え込んだ後、
「……ふむ。すこしお借りしますわ」
なにか思いついたようで、しかし手の中のものをその辺に雑に置くこともできず、迷った結果とりあえず青い心臓に着せておくことにした。
「ふふ、かわいいですよ爆進さん」
メイド服を着た心臓は、窮屈そうに触手をわななかせた。
「ただいまー」
雪だるま作成に飽きたサーノは、こけしを購入して帰って来た。
かつての激闘以来村に移り住んだ雪男たちが、日々の生活費を稼ぐための手芸品である。
サーノはこれを正門の横にさして「雪だるま」と言い張る心づもりだった。
「雪じゃなくて木製だけど、頭に雪乗せときゃなんとかなるさ」
サーノは雑な女だった。
正門の前に到着して、ようやくサーノは気が付いた。
「……。アタシがメイド服着てる!?」
オリヴィアがせっせと削ったサーノ雪像は、ペペのメイド服を着せられていた。
やたら媚び媚びなウィンク笑顔に、前傾でモップにもたれたあざとい姿勢。
謎の躍動感を感じさせる、ふんわり広がった髪の毛は、一本一本が丁寧に彫られていた。
真っ白な肌であることを除けば、もうひとりサーノがいるような光景である。
「そういう本気の出し方しろって誰が言ったんだよ!?」
ちなみに、ペペ作成の雪だるまは、適当なバケツを被って適当な木の枝が刺された、まっとうなスタイルだった。
こちらもメイド服を着ていたが。
「メイドのアタシとメイドの雪だるまが並ぶ光景……こ、これは何なんだろうなぁ……」
やり場のない不気味さを、頭を振って誤魔化すしかないサーノだった。
「おかえりなさいませ、サーノ」
そこへ、別荘内から登場したのはオリヴィアである。
「姫さん。これ、姫さんが作ったの?」
「ええ、力作ですわ。かわいいでしょう?」
「努力は評価するがな、表情が気に食わねぇ」
「うさぎさんもしっかり彫りました」
「馬鹿野郎! 誰も見ねぇんだから適当に誤魔化せよ!」
「わたくしが見ますわ」
「もっとよくねぇよ!」
「サーノは自分を過小評価し過ぎでしてよ。誰も見ないなんてとんでもない、ちゃんと需要がありますわ」
「嬉しくねぇ需要だなぁ!」
「こう、毎朝の散歩を、この真っ白サーノが出迎えてくれると思うと、きっと早起きが苦ではなくなりますわ」
「んな無理して起きなくてもいいだろ。寒い地域だし、姫さん暇人なんだから」
「習慣は健康の第一歩です。継続が大事でしてよ」
「ふーん。じゃあさ、仮にアタシが毎朝姫さんを送り出すとしたら、この雪像必要ねぇよな?」
「え、そ、それは……ふ、うふふふ。サーノが毎朝、弁当を持たせて送り出してくれるんですか?」
「散歩に弁当はいらねぇだろうが」
「もう、こういうのは気分ですわ。妻の手作り弁当を手に、職場へ向かうわたくし……お昼に弁当箱を開けると、ハートに切られた人参さんとか、アイラブユーとカットされた海苔が……」
「んなの面倒だからパンとジャムだけ持たせるわ」
「むう。サーノがくれるなら何でもご馳走ですけど……。ふむ、ですが、こちらのサーノは鑑賞用、こちらのサーノは保存用です。どちらも必要ですわね」
「勝手にアタシを用途分けすんな」
「それで、サーノはどのような雪だるまを作ったのでしょうか?」
「アタシ? これでいいや」
サーノは雪像サーノの足元にこけしを突き刺した。
「……。せめて雪で作れませんの?」
「毎朝、こいつが見送ってくれるってよ。ありがたく思え」
「ええー……」
オリヴィアは、雪像メイドサーノとメイド雪だるまとこけしが並んだ光景を見て、嫌そうに顔をしかめた。
「とりとめのないメンバーですわ。統一感がありません」
「いいじゃん、アタシらっぽいぜ」
「ぽい、って……わたくしはこけしですの? それとも雪だるまですの?」
「バケツ」
「付属品ですのね……」
「嘘だよ、うそうそ。姫さんはこけしだ」
「こんなに慰めにならない慰めの言葉、はじめて聞きましたわ」
「ほら、目元が似てるだろ?」
「そうでしょうか……」
「あ、帰ってたんですねサーノ様!」
ペペがメイド服を一着抱えて、別荘内から出てきた。
「よお、ペペ。これ姫さんの勝ちでいいよな?」
「ですよね。サーノ様の雪だるまは?」
「これ」
「こけしじゃあないですか。飽きたんですね?」
「ペペ、そのメイド服はどうするのですか?」
オリヴィアが、ペペの持っているメイド服を見て首を傾げた。
「サーノ様の雪だるまに着せようと思って」
「三個の雪だるまメイドが出迎えの屋敷って何なんだよ」
「うーん、でもこけしだと、サイズが足りないですね」
言いながら、ペペはこけしにメイド服を被せるように着せた。
「これだとメイド服からこけしが顔だしてるだけですね」
「じゃあなんで今着せた? これだと、ちょっとホラーじゃねぇか。道端の捨てメイド服からこけし生えてるみたいだぜ」
「……これではなんと言いましょうか、ううむ」
オリヴィアは雪だるまメイド軍団を見回し、困り果てて唸った。
「勝った甲斐がありませんわ」
オリヴィア一行の別荘到着から、二ヵ月目の午後の出来事である。




