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六話 新品を取り付けよう

「ペペはさ」


 がたんごとんと揺れる客車にて。


「姫さんがどうやって、魔力炭を生成してるか、知ってんの?」


 右手しかないサーノは、一旦手札をテーブルに伏せると、山札からカードを抜き取った。


「いえ、オリヴィア様は私を研究室に入れてくれなくて」


「だろうな。やーこりゃダメだワンペア」


 伏せたカードと引いたカードを一枚ずつ表にしていく。


「へへー、ロイヤルストレートフラーッシュ!」


 ペペが見せた手札を見て、サーノは思わず立ち上がった。


「ペペ! てめーなんでイカサマ無しでそんな滅茶苦茶な勝ち方すんだよ!」


「えへへ、毎日神様にお祈りしてますから」


「何の神だよ賭博の神か!? 畜生、これで八回目だ!」


 頭を抱えるサーノを横目に、ペペはチップ代わりの干し肉をこそこそポケットに突っ込んだ。


「もう一回! 間食のない旅なんて味気なさすぎて辛い! せめて盗られた分は取り返さにゃ……」


「サーノ! ペペ!」


 ガラッと後部車両との連結通路の扉が開いた。

 サーノとペペが席から身を乗り出して後方を見ると、全身煤だらけのオリヴィアがいた。

 動きやすそうなジーンズにタンクトップ、白衣に眼鏡。長く美しい金髪はポニーテールに。

 急いで来たのか、自由な胸が遠心力で左右に揺れた。


「おっと、姫さん。そんなはしたない服装もできたんだな」


「あらやだ、人前に出る恰好ではありませんでしたわね。ちょっとお待ちになってくださいまし」


「いやいや、今ここにいるのは庶民メイドど洞窟暮らしのエルフだけだろ。そこまで見栄え気にせんでも」


「可愛くないからダメです」


「あ、そ」


 オリヴィアは扉を閉めると、すたすたと後部車両に戻っていった。


「……見た目を気にすることに関しては、筋金入りだよな姫さん」


「産まれたときからお金持ちですから、私たちには理解できない主義がありますよね……」


「まあいい。それよかポーカーの続きだ」


「あっ!」


 唐突にペペが頓狂な声を上げた。


「な、なんだ、びっくりさせんなよ」


「今なんかすっごく怖い雰囲気がしました! ちょっと隠れてますね」


「隠れる、って、お前」


 サーノの静止も聞かず、風のようにペペはどこかに消えてしまった。


「……便利な厄介事センサーちゃんだぜ」


 真面目な表情に切り替えたサーノは、後ろの車両へ向かう。






「入るぞオリヴィア!」


 返事を待たずに、サーノは扉を開けた。

 そこは、凄まじい空間だった。

 床に縦横無尽に大小のチューブがタコ足よろしく絡んでおり、足の踏み場が全くない。

 壁には用途不明のパイプが蜘蛛の糸のように張り巡らされていて、得体のしれない何かが入った水槽がそこかしこに点在している。

 他にも、黒い板に緑色の文字が表示される正体不明の机やら、しっちゃかめっちゃかな数字の書かれた大量の時計やら。

 サーノにとっては頭がおかしくなりそうな空間だった。


「……お、オリヴィアー……」


 思わず声が小声になるのを抑えられなかった。サーノは水槽の中の尖った何かがこっちを見ている気がしたのだ。目もないのに。


「んもう、サーノったら」


「おわああっ!?」


 いきなり後ろから話しかけられて、サーノは驚き慌てて距離を取った。

 チューブに引っ掛かって転倒し、頭を床にぶつける。


「おげっ!?」


「お、おげ?」


 くらくらする頭を押さえながら、サーノは身体を起こし、声の主を見る。

 いつもの重装ドレスで、ぽかんとサーノを見ているオリヴィアがいた。


「お、脅かしやがって! それより大変だ、何かマズイことが……」


「おげ、ってなんですのおげって!? もっと可愛く鳴けませんこと!?」


「なんで逆ギレされてんだ!?」


 ぷんすかと予想外の方向から怒られて、サーノは理不尽を感じた。


「あ、でも汚い悲鳴もなかなか良いものですね。サーノからひり出されたものと考えると、芳醇な香りがするような……」


「今は悲鳴ソムリエしなくていいんだよ!」


 気を取り直して、サーノは話を進める。


「それよりさ、ペペが身を隠したってことは、アレだよ」


「悲鳴以上に大切なことがあるんですか?」


「話を進めさせろよ!」


「嫌です! 念願叶ったサーノの悲鳴ですわ! もっと余韻に浸らせてくださいまし!」


「畜生、もういい! 勝手に腕一本持ってくからな!」


 サーノは、うっとりした顔で棒立ちしているオリヴィアの相手を諦めた。

 水槽の一つに入った、緑色の筋繊維で編まれた細い腕を一本引っ張り上げる。

 刺さっていた細いチューブは引きちぎった。


「あ、それは先日のオークの筋肉を利用した試作型です。それを装着してほしくて呼んだのでしたわ」


「へぇ、こないだの鉄臭い腕よりは気に入りそうだ」


「ほら、お座りになって」


 オリヴィアは手術台のようなベッドにサーノを手招きした。

 にこにこと柔和な微笑みを浮かべる貴族的な女性が、とんかち片手にこちらを見ている。


「物足りません。もっと色んな悲鳴を聞かせてくださいな」


「鳴かせてみろよ、変態お嬢様」


 サーノが大人しくベッドの前に立つと、オリヴィアは両脇に手を入れて持ち上げた。


「猫みたいですね。びろーんって伸びて」


「いいからさっさと寝かせてくれ」


「はーい」


 くすくすと楽しそうに笑われながら、サーノはベッドに横たえられた。


「それでは、腕を取り付けますわね」


「お手柔らかに頼むぜ」


 研究車の中に、硬質な打撃音が響いた。






「毛を引っ張るな! 胴に手を回せ!」


「す、すまん!」


 複数の影が、森の中を疾走していた。

 生い茂る木々の間を華麗に駆ける影達。

 先頭には、一匹の大型犬にまたがった人間サイズのトカゲがいた。

 リザードマンと呼ばれるトカゲの亜人の、膝から下は切り落とされたようになくなっている。


「ゴブリン軍もオーク軍も行方知れず……周辺にまともな人類軍の戦士はいない」


 大型犬の口から、渋い男の声が発せられた。


「怪しいのは、お前の言う『赤い汽車』だろう」


「ああ、そうに違いない! 合流前の俺達の作戦を、どうにかして掴んだんだ!」


「道中、森の中にクレーターがあったな。我らが魔王軍の旗だけが残されていたが、一帯から魔力の残滓がはっきりわかるほどに感じられた」


「どうやら手練れの魔法使いがいるらしいな! 地面に焦げ跡もあった!」


「それだけでなく、この戦乱の世を堂々鉄道旅行などする胆力も備えた相手だ。油断はするな」


「仲間たちやゴブリン達の弔い合戦だ! 油断は二度としない、俺の全力で敵を殺す!」


 怒りに震えるリザードマンは、歯茎までむき出しにして歯軋りをした。


「ああ。俺達魔王軍にたてついた罪、血で贖わせよう」


 影の集団が森を抜けた。

 三十匹程の狼の集団が、リザードマンを乗せた隊長を先頭に三角形の陣を作り、全力で走る。

 線路沿いを、弾丸のようなスピードで走り続けること、数時間。


「見えた!」


 リザードマンが、遠くに見えた汽車を見て声を上げた。


「間違いないか!?」


「ああ、真っ赤な車体に金の装飾! 俺の部下はあれにやられた!」


「よし、十二匹ずつで左右を並走して客車に乗り込め! 三匹、先頭車両に取り付け! 五匹俺に着いてこい、貨車から侵入する!」


 隊長の命令を受けて、スピードをさらにあげる狼軍団。

 やがて、貨車の尻に鼻がつかんばかりに接近した隊長が、


「落ちるなよ!」


 貨車の上に飛び乗った。

 勢いを屋根に爪を立てて相殺し、隊長は立ち上がる。

 二足歩行の狼の亜人、ワーウルフ。

 リザードマンを肩車し、腹に巻いた投げナイフを一本抜き取った。


「トカゲ、貨車に穴を開けられるか」


「任せろ」


 リザードマンは息を大きく吸い込むと、火炎と共に吐き出した。

 貨車の天井が、どろどろと溶けていき、ぽっかりと穴が開く。


「ふう、毛は焦げなかったか?」


「生え代わりの時期だ、気にするな」


 肩を払いながら、隊長は感心した。


「しかし、いくらリザードマンがドラゴンの遠縁とはいえ、実際にファイアブレスを吐けるまでこぎつけるとはな」


「心強いだろ? ワーウルフの俊敏さと、俺の火炎! お前の爪やナイフに、俺の剣と盾! 最強じゃないか、これは!?」


「そうだな、意外と魔王軍の頂点も狙えるかもしれん。どうだ、今後俺達の軍団に入って、俺の新しい腕として共に戦うというのは?」


「いいねェ! 二人揃って『灼熱演舞ウォータイフーン』だ!」


「……名前はじっくり考えようか」


 ワーウルフが、リザードマンの膝を縄で縛り、自身の首に回す。


「行くぞ。蹂躙開始だ」

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