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五十七話 リンゴを齧ろう

 オリヴィアをとらえた雪男は、氷の洞窟に到着した。


「ほれ、お疲れ様じゃな」


「きゃあっ」


 雪男は氷の床にオリヴィアをボトリと落とした。

 雪男本人は優しく降ろしたつもりのようだが、オリヴィアは肘の痺れるとこを強打した。


「あぎっ! ひ、ひぃ~……痛いですわ……」


 しばらくゴロゴロと悶絶していたオリヴィアだが、


「って、冷たっ!?」


 冷気が身体に伝わってきて、飛び起きた。


「……ど、どこですか、ここは」


 オリヴィアは、天井も壁も床も氷結した、幻想的な景観の洞窟を見渡す。

 入り組んだ構造だ。底の見えない大きな崖や、天井付近に開いた横穴など、とても全容は見渡せない複雑さだった。

 光を複雑に反射する氷壁は、さながら宝玉の中にいるようではあったが、同時にとても「村」を名乗れるような住まいではないだろう。それくらい現実味がない空間である。


「わしらの村じゃよ」


「おお、帰ったか兄弟!」


 横穴のひとつの曲がり角から、新たな雪男が姿を現す。


「なんじゃ、なんじゃ」


「おお、麗しいおなごじゃ!」


 呼応するように、そこかしこから雪男が姿を現した。

 子供だろうか、オリヴィアより頭ひとつ小さい程度の雪男もいた。


「いっぱいいますね」


「いっぱいおるぞ。わしらは数が取り得のひとつじゃからな」


「うへぇ、むさくるしいですわ」


「嫌がるでないわ。これから先、仲良くするんじゃからな」


「あの、そもそも何故、わたくしをさらったのでしょうか」


「そりゃあ、ぐろーばる化? っちゅうんを、わしらの村でもな」


「嘘が下手ですのね。本当のことをお言いになってくださいまし」


 オリヴィアは真面目な表情で、ここまで自分を抱えてきた雪男を見つめた。


「わたくしに逃げる力はありません。せめて、教えてほしいのです」


「教える? 村のしきたりかの」


「何故女性が姿を見せないのか、です」


 今、オリヴィアを囲んでいるのは雪男ばかりだ。雪女はひとりもいない。


「ああ、それはな、雪女とは言うが実はわしらのような毛むくじゃらで、見た目に性差は」


「雪女は、白い肌と黒髪の、美しい姿をしています。雪男とは毛と地肌の色が逆ですわ。わたくし、王都で見たことがありますのよ。ワーウルフの殿方と結婚された方でした」


「おお、メメルヒカか! 不思議な縁じゃのぅ」


「元気にしておったか?」


「風邪など引いてはおらんか?」


「王都の水は薬臭いと聞くが、雪解け水持ってったほういいかのぅ?」


 知り合いらしい雪女が話題に出てきたことで、雪男たちは懐かしそうに近況を訪ねてきた。


「あら、ここの出身でしたの。ふふふ、仲睦まじい夫婦でしたわ。大きな病気もなく息災です」


「それはよかった!」


「それで、ここに雪女の方々が見えない理由とは?」


「……むう。言わんほうが、お嬢さんの身のためと思うがのぉ」


 雪男たちが一斉に、ばつが悪そうに顔を逸らした。


「見え透いた嘘をつかれた事実のほうが、よっぽど恐ろしいですわ。真実を知れば逃げ出すような事情だと白状しているようなものでしてよ」


「それもそうかのぅ」


「さといお嬢さんじゃ。であれば、打ち明けるべきじゃな」


 雪男の集団は、奥へと移動をはじめた。


「着いてきておくれ、ええと」


「オリヴィアですわ。オリヴィア・スティンバーグ・フィッツヴィローニ」


「苗字なんぞ持っておるのか。それは賢くて当然じゃな」


 オリヴィアも雪男たちについていく。







「ぐべっ!」


 サーノは木の板の上に落下し、尻から箱に埋まった。


「いてて……あっ、やや、やべやべやっべ、氷結氷結」


 サーノは、まず真っ先に自分が掘り進んできた穴を魔法で埋めた。雪崩が落ちてきかねない。

 天井は氷でできていたので、氷結魔法での穴埋めだ。


「ふう。で、どこよここ」


 それから、木箱や麻袋が所狭しと並んだ空間を見渡した。


「倉庫? 雪中亜人のかな。なんか尻が湿ってる……果物でも潰したっぽい? うひぃ、気持ち悪ぃ~」


 サーノは木箱を魔法で分解して脱出した。

 木箱の中身はリンゴだった。


「そういや、腹減ってた。ひとつもらっとこ」


 浄化と乾燥の魔法で衣服の不快感を除去しながら、リンゴをかじり、今後のことを考える。


「ん、美味い。入口っぽい横穴がデカイね、やっぱり雪男も使う倉庫だろ」


 木箱や袋の中をあらためれば、食料が主である。


「雪男はこんな量を食ってるのか。大変なことで……、あ、いや、うん?」


 サーノは若干の違和感を覚えて、倉庫を見回す。


「……倉庫の大きさ。雪男ふたりが入ったら、いっぱいいっぱいってとこ? あんなデカくてキビキビ動くヤツが、これだけの食い物で足りるのか?」


 身体を動かせる空間も含めれば、雪男一.五人分の体積の木箱しかない。


「あんなナリで省エネなのかね……あるいはひとり暮らしかな」


「誰ですか!?」


 入口から、か細い女の声がした。


「ひょうっ!? え、あ、おおおおっ!?」


 サーノはさっきまで顔を突っ込んでいた木箱のフタを慌てて戻し、かじられて芯だけになったりんごを麻袋の影に蹴って隠した。


「泥棒ではありません! はい!」


「……どう見ても、ダークエルフの泥棒ですよね?」


「……そうだね、うん……言い逃れできるわけないよなー」


 サーノは観念したように両手をあげながら、ゆっくりと振り向いた。

 入口に、白い肌に長い黒髪の女が立っていた。

 静謐で、神秘的で、透き通る美しさの、妙齢の女性。

 雰囲気も不思議だが、加えてサーノは女性の服装も珍しく思った。


「……ユカタ?」


 白い、筒のような、足首まで隠す長い衣服。

 控え目な花柄の染模様。

 リボンに近い帯。


「ワフク、っつーんだよな、それ。最新モードとはイケてるねぇ、雪女の嬢ちゃん」


「そ、それはどうも」


 雪女の女性は、褒められて顔をほんのり赤らめながらも、油断なくサーノを見据えてくる。


「泥棒さんは、どうしてここに? 穴を掘ってきたんでしょう?」


 雪女は天井をチラリと見た。


「ここのこと、男連中には黙ってるように言ったんですよ」


「えっと、空洞があったから。逃げてきた」


「逃げる? 何から?」


「いや、逃げてきたってのは違うか。追ってきた、そう、追いかけてきたんだよ。姫さんを」


「姫さん……?」


「金髪。乳房と態度と家格がデカイ」


 サーノの覚えているオリヴィアの印象はなかなか大雑把だった。


「そんなおとぎ話の悪いお姫様みたいな人、実在するわけないじゃあないですか」


「それ、アタシもここまでの旅路で百回くらい思った」


「誤魔化してますね」


「つまり姫さん、ここには来てないんだな」


「とにかく、盗みに入った事実を認めてください。一緒にふもとの人里の詰処へ、出頭しに行きましょう」


「出頭すんのは雪男のほうだろ」


「……。ああ、ついにやっちゃったんですね」


 サーノが雪男を話題に出した途端、雪女は全てを理解したように、天を仰いで嘆いた。


「ついに?」


「その妄想みたいなお姫様、誘拐されたんでしょう」


「うん。多分メイドも」


「あなたはそれを追ってきた」


「うん」


「追ってたら、男連中の妨害に遭って、ここに逃げ込んできた」


「雪崩にも襲われた。死ぬかと思った」


「でしたら、完全にこちらの落ち度ですね。ごめんなさい」


 雪女は頭を下げてきた。


「えっ、どういうこと?」


「それを説明する前に……男連中、決してお姫様を取って食おうとしたわけではないんです。謝罪はさせますから、どうか大目に見てやってください」


「はあ? こっちは姫さん誘拐されてメシも食えてないんだぜ。許さない」


「リンゴ、美味しかったでしょう?」


「……はい、ご馳走様でした……」


「木箱、壊しましたよね?」


「はい、ケツで潰しました……」


「倉庫の天井、雨漏りしませんか?」


「きっちり塞ぎました……お代はけっこうです……」


 にっこり微笑む雪女の表情で、サーノは直感した。


「いやいやいや、被害の度合いで釣り合わねぇよ。お前、姫さんと同じタイプの人種だな」


「人種? お姫様も雪女なのですか?」


「涼しい顔してサディストだってんだよ」


「あらやだ、人聞きの悪い」


 雪女は袖で口元を隠した。

 目元から察するに、くすくすと笑っていた。


「冗談は置いといて、実際にこの山は今、とても大きな問題を抱えているんです」


「問題?」


「ええ。男連中の頭では、解決は難しかったようです」


「……」


 サーノは知っている。

 雪男は、吹雪の中で的確に獲物を追い詰める戦略眼も、筋肉を効率的に鍛える長期的な視野も持っている。決して単純な脳筋民族ではない。

 追い詰められたとき、信仰と力圧しで誤魔化そうとしてしまう癖があるだけである。


「どうしようもない話、か。何が起きてる?」


「説明しましょう。ついてきてください」


 雪女は踵を返した。

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