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五十六話 雪崩登りをしよう

「あ、あの、雪男さん。かなり寒いのです、がっ……はくちゅっ!」


 オリヴィアは雪山を進む雪男に抗議したが、聞き入れられる様子はなかった。

 年中雪が降る山を、猿のような身のこなしで進む雪男。

 その腕に中にすっぽりと握りこまれた格好のオリヴィアは、冷たい風に晒され続けていた。


「う、うぬぬ~……はあ、抜けませんわ……、ひゅいっ!?」


 力んで抜け出そうとするも、雪男の大きな腕に首から下を掴まれていて、ぴくりとも身体は動かなかった。急な加速で翻弄され、肺から抜けるような声を出すくらいしかできない。


「むむむ、寒いか?」


 雪男が一度止まり、目の前にオリヴィアを持ち上げた。


「え、ええ。とても寒いですわ」


「ははは、それは難儀なことじゃな。慣れてもらわんといかん、辛抱せい」


「帰そうって気はないのですね……」


「お主ら、村では余所者じゃろ? いなくなっても、村のモンは困りゃあせんじゃろが」


「サーノが困るのです」


「サーノ?」


「わたくしの妻ですわ」


「そうかそうか。ではそのサーノもわしらの村で歓迎するぞ。ふたり仲良く、面倒見てやるわい」


「サーノに面倒を見てもらえるのはわたくしだけですわ! わたくし以外の誰にも、この権利は渡しませんことよ!」


「お主の側から面倒見る気はないのか……?」


「わかったら帰してくださいまし。サーノとご飯食べて、ワイン開けて、膝枕をし合うのです」


「し合うって、どういう体勢なんじゃ」


「ぬぬぬぬ、それにしても……ほんとに、びくともしませんわ。握力強すぎではありませんこと?」


「ははは、慣れてもらわんとな」


「絶対嫌でふぉぉぉっ!?」


「いかんいかん、立ち話をしてる場合ではないな!」


 雪男はマイペースなことに、再び移動をはじめた。


「さ、サーノが来たら、あなたなんてけちょんけちょんですわよ! 覚えてらっしゃい!!」


 オリヴィアは精一杯の脅し文句を叫ぶのが精一杯であった。







「でかい山だな。吹雪もやべぇ」


 雪山の入り口で、サーノは防寒着を着込んでいた。


「この吹雪、若干魔力が混じってる。本当に若干だけど……誰かが吹雪ふぶかせてるのか?」


 サーノは厚い手袋で雪をひとすくいして、詳しく検分する。


「雪中亜人っつったら、雪男と雪女だよな。確か、奴らは伝承やおとぎ話のような、氷雪を操る魔法は、実はそこまで得意分野ってわけではないハズなんだけど」


 雪男は分厚い脂肪と毛皮で、魔力に頼らずに寒波を凌げるよう、強靭な肉体を獲得した種族だ。

 一方で雪女は、生命力を操る魔法で、省エネ気味に自分と子供を生かすように進化した。

 同じ種族の雌雄で、「働く男」と「巣を守る女」が明確にわかれている。

 彼ら・彼女らの生存戦略に、「自分たちを襲う寒さを操る」という方向性は存在しない。寒さを大地の大いなる意思と判断して、恐れ敬いながら隠れ住むことを選んだわけである。


「じゃあ、この雪山だけの厳しい気候はなんだ? 雪男が女を欲しがるのと関係あるのか?」


 村は風ひとつなく平穏である。

 サーノは手のひらの雪を握りしめた。


「まあ、一切関係ないけどな。姫さんとペペ以外の事情はどうだっていい。アタシを敵に回してご愁傷様だぜ」


 今のサーノがけっこうイライラしてることは、オリヴィアが見ればわかったかもしれない。


「一足はやい春をぶつける」


 サーノの周囲の温度が急激に上昇した。

 雪原も吹雪も、瞬く間に蒸発し、周囲一帯が真っ白な煙に包まれた。

 サーノは視界を魔法で補助し、登山をはじめる。

 のしのしと、威圧的に。


「……!」


 踏み出したサーノの遥か前方で、雪崩が発生した。

 サーノひとりを狙い撃ちするように収束しつつ落ちてくる、ピンポイントな急流である。


「なんだよ、今日の敵は山そのものか!?」


 サーノは全面に熱気の壁を発生させ、雪崩を無理やり溶かして進む。

 蒸気と吹雪で周囲は真っ白に染まり、魔法無しでは自分の足元すら見えない状態だ。


「!」


 サーノは魔法の防壁を右側に展開する。

 強風で吹き飛んできた大木が、防壁に激突した。

 間を置かずに、周りからメリメリという、何かが引っこ抜ける音が聞こえてくる。


「数がヤバイ、水分あって燃やすのも難しいな!」


 サーノは受け止めた大木を一瞬でカットし、一枚の木の板を産み出した。

 前後を丸められた長方形の板である。

 サーノはダッシュで助走をつけ、半身の姿勢で木板に飛び乗った。


「急ぐことも考えりゃ、回避が最前!」


 接着魔法で木の板を足裏に固定、懐からゴーグルを取り出し装着、自身の肉体に加速魔法を多重使用。

 サーノはロケットのように爆発的に、雪崩を滑り上がり・・・・・はじめた。


「ヒャッホーッ! スノボで雪崩サーフィンだぜ!」


 サーノを打ちのめそうと言わんばかりに、大木が飛んでくる。


「邪魔すんなよ!」


 サーノは小さい身体を更に丸めジャンプ、華麗なグラブ・トリックで飛来した大木の間を潜り抜けた。

 着地し、再び力尽くの逆走。

 逆風には逆らわずに斜め気味に駆け上がり、乱気流で背中が押されたときを見逃さずに急加速。

 傍目からは不気味な動き方をするダークエルフを飲み込まんと、不自然に打ち上がって覆いかぶさってくる雪崩は、


「どぉーよっ!」


 波乗りのように横滑りである。

 雪崩の波を抜けてさらに山登りを進めるサーノ。

 再び大木が大量に飛んできた。


「ワンパターンかよ、芸術点ゼロだな!」


 再び跳躍し、大木のわずかな隙間をくぐるサーノ。


「げっ!」


 しかし、空中で不安定な姿勢でいた目の前に、大木の影に隠れていた木が姿を見せた。


「ぐっ!」


 激突する寸前で、サーノは防壁を展開した。

 鈍い衝撃音を上げ、木はサーノの後方に斜めに吹き飛んだ。


「……や、やるじゃねぇか。特別に今回は芸術点やるよ」


 急な質量を即席の魔力で受け止めたことで、魔法防壁はすぐに粉々に砕け散った。


「さて、登るばかりではダメだ。姫さんがどこに連れてかれたか……」


 サーノは滑りながら、探知魔法を使った。

 範囲を広く取れないのでダメ元だったが、意外にもすぐに複数の反応が引っ掛かった。

 周囲の木々の奥からである。


「っ!?」


 サーノは急ブレーキをかけた。

 直後、眼前で筋肉が激突した。


「ごがぁ!」


「ぐばぁ!」


 雪男ふたりが、左右から頭突きをしかけてきたのだ。

 棒立ちの姿勢で、地面と平行に、左右から飛んできていた。


「雪男弾だと!?」


 肉体が最強の武器であり最高の防具である雪男は、仲間を投げ槍の如く投げて攻撃することがある。


「話には聞いてたがっ!」


 サーノは、互いの石頭を石頭で受け止めた雪男ふたりの下を潜り抜ける。

 吹雪、雪崩、大木に加えて、雪男まで飛んでくるようになってしまった。

 サーノは嘆いた。


「こんな形で、筋肉戦術を味わうのは予定に無ぇよ!?」


「むううううん!!」


 雄叫びに顔を上げれば、頂上の方向から、身を丸めた雪男がバウンドしながら落下していた。


「おわわわわっ、危っ、危ねぇ!?」


 サーノは無理やりスピードを上げた。

 ギリギリで潜り抜けたところで、背後に筋肉が落下し、雪崩を噴き上げる。

 体重の軽いサーノも一緒に宙を舞った。


「うわああ、や、やべぇっ!」


「おおおおっ!」


 右から雪男が飛んできた。

 両腕を広げた姿勢で。


「しゅ、守備をっ、ぐあっ!」


「どっせえええぃ!!」


 防壁を展開するも、急展開の魔法の防御力は馬鹿力で破られ、サーノはラリアットをまともに食らった。

 そのまま雪崩に着弾し、サーノは雪男もろとも流される。


「ぷはっ!」


 激流から顔だけ出したサーノは、焦りながらも次の行動を考えた。


「や、やばいやばいやばい。ここはまず雪崩をどうにか──」


「無駄じゃあああ!!」


 サーノと一緒に流されていた雪男が、巨大な手で雪崩にサーノの顔面を沈めてきた。


「もごごがっ!?」


「酸欠で気を失えば、それでよし! 命は取らん!」


 無力化でとどめるつもりのようだが、サーノの肉体では雪崩で全身を揉み砕かれるほうが早いだろう。

 一方で、雪男の屈強な肉鎧は、雪崩で粉砕されることはない。

 対応が遅れたぶん雪崩で押し戻されてしまうのも、サーノの胸中に焦りを産む。


「風邪を引くかもしれんが、我慢じゃ我慢!」


(むぐぐっ! こ、この野郎! それで済まねぇよ!)


 サーノはもがく。

 若い頃に何度か、洞窟の壁が崩落したときの急流に流されたことはある。全身がバラバラになるかと思うような経験だったが、上から押さえつけられたことは流石にない。


(お、思い出せアタシ! この命の危機を脱する、冴えた一手! 無駄に長い人生のどっかに、転がってないか!? ヒント!)


 酸欠で見え始めた走馬灯を、血眼になって凝視する。


(えーとえーとえーと……、っあ! 思いついた!)


 サーノが思いついた手段は、本人としてはあんまりやりたくなかった。

 だが、やるしかあるまい。


(姫さんの妻だもんな! 無茶苦茶は通す!)


 サーノは、自分の平坦な胸を強く握った。


(痺れろ、白ゴリラ!!)


「べべべべべべっ!?」


 サーノを押さえつけていた雪男は痙攣した。

 雪男の手はサーノに直に触れているが、魔法の性質上、雪男に直接電気を流すことはできない。生き物は全て、精神力で他人経由の魔力に抵抗できるからだ。魔力は狂気であり、他人から流し込まれる狂気には生物の自動的な防衛本能が働くと、現在の研究では考えられている。

 つまり、サーノ自身の身体に電気を通すことでワンクッション置き、魔力のろ過された電撃を相手に伝えるしかない。

 これは当然、サーノの身体も無事では済まない。


「ごぼぼぼっ!!」


 脳ミソが揺さぶられ、身体の芯が焦げ付くような心地。

 死に物狂いの反撃であり、治癒魔法や絶縁魔法を併用する余裕はなかった。

 全身を貫かれるような痛み。

 永遠に思えた苦痛だったが、実際には数秒であった。

 不意打ちの電撃で、雪男は意識を失い、雪崩に流されていった。


「っはあ、はあっ……!」


 サーノは雪崩の中で熱魔法を使い、周辺の雪を溶かした。

 地面が現れ、そこにサーノは身体を丸めて収まる。

 サーノの頭上はまだ雪崩が流れ続けていて、サーノはその下にいる状態になった。

 雪崩の中に隠れるかたちで、周囲からサーノの姿は見えない。


「……ふう、こいつは困ったな。雪男の集団が、なんでこんな必死に襲ってくるんだ……、お?」


 サーノは身体を縮めた体制で、地面に耳を押し付ける。


「……空洞? なんか地下に広い空間があるな……こいつはラッキーだぜ。よし、下に逃げよう」


 サーノは掘削魔法を地面に打ち込んだ。

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