五十五話 ディナーの準備をしよう
「おお、スティンバーグ社爵令嬢様んとこの、護衛のエルフさんでしたかな」
サーノは散歩中に見つけた駄菓子屋で、店主夫婦と雑談をしていた。
「アタシの名前はサーノ。よろしくな、じいちゃんばあちゃん」
「ええ、しばらくよろしくですじゃ」
「はぁー、めんこい子じゃのォ。こんなちんまいのが、護衛とは。世界は広いもんじゃなぁ」
「そういう油断がね、仕事柄便利だったりすんのよ。筋力は魔法でどうとでもなるし」
「はぇ~、そら羨ましいこっでなぁ」
「このりんご飴、三本ちょうだい」
「あいよぉ」
「のどかで静かで、いい村だな」
「んん~。来たばっかではそう思うかもしれねけんどな」
「……な、何か厄介事でも?」
サーノは妙に嫌な予感を感じつつ、厄介事を先に潰すのも仕事なので詳しく聞き出そうとしてみた。
「裏山のな、雪中亜人がなぁ」
「雪中亜人……雪男と雪女?」
「めんこくて若い女子をな、よこせとしつっけぇんだ」
「おなご、って……人間の?」
「んだ、人間のおなご」
「なんでまた」
「さぁ? そこまでは知らねえべ」
「それで、誰か向こうに行かせた?」
「いんや。裏山は今の時期は雪ばり積もってて、人間が生きられる環境ではねぇしなぁ」
「向こうからこっちに来るなら、考えるってこと?」
「んだべ。雪男は力持ちだし、雪女は一途だし」
「なるほどなるほど。絶対アタシらには無関係な事情だけど、覚えとくか。ありがとおじいちゃんおばあちゃん、また来るよ」
「ありがとごぜっした~」
サーノは駄菓子屋を出た。
サーノが別荘に帰ってくると、オリヴィアがエプロンを着けて玄関で出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ。うふっ」
「カッコだけは新妻だな」
「まずはカタチから、ですわ」
「初々しい仕草をするようなタマかね、姫さんが……あ、こいつはおみやげ」
サーノはりんご飴をひとつ、オリヴィアに手渡す。
「あら? これって……」
「家族をやるなら、細かい諍いの種はマメに摘んでこうと思って。サンドワームの中でのこと、悪かったな」
「……その悪かったって、何に対してですの?」
「忘れてたこととか、舌打ちしちゃったこととかだよ」
「そうですか……ありがとうございます。これは大事に取っておきますわ」
「食えよ」
「サーノのプレゼントは全て永久保存しますわ」
「重いよ。アタシはわりとスカスカ捨てるタイプだからな、覚悟しとけ」
「殺生なことを」
「メシは? できてるの?」
「ばっちりですわ。ペペが今、秘蔵のワインを取りに酒蔵へ向かっていますの」
「到着祝いは、何で乾杯するご予定で?」
「一万年の歴史を持つ吸血鬼一族が、先祖代々受け継いできたという『真祖の真紅』」
「実在したの!? マジで!?」
「非常に高価だったのは事実ですが、開けるなら今日でしょう。わたくしも楽しみですわ」
「ひゃっほー、姫さん最高! 愛してるぜ!」
「むぅ。言葉が軽いですわ」
「長々と飾りたてて語れって? メシが冷めるだろ。何事も作り立てそのままが一番、ってな」
「……これは、夫婦生活は苦労しそうですわね」
「何に?」
「サーノの殺し文句に、です」
「アタシは今すぐワインで酔い死にてぇよ、ペペはまだか?」
「……そういえば、遅いですわね。どこかで転んだのでしょうか」
「ちょっと様子見してくる。蔵はどっち?」
「わたくしも行きますわ。こっそり一口、飲まれたらかないませんので」
「の、飲まねぇよ。多分」
「サーノは正直者でかわいいですね」
別荘敷地内の酒蔵。
「鍵は開いていましたわ」
「うーん、蔵のどこかで倒れてるわけでもなさそう。サーチ魔法を使ったけど、見つからない」
「その魔法、範囲を広げることはできませんか?」
「媒介さえあれば、まあ」
「つまり難しいのですね。どうしましょうか……」
「怪奇、忽然と消えたペペ……って、あれ? そういやワインは? ワイン持ったまま消えた?」
「なくなっていましたわ」
「つまり、ペペがどっかで隠れて飲んでる……!?」
「まさか。ペペはまだジュースのお年頃でしてよ」
「だよな。これは困った、手掛かりがねぇよ」
「足跡も残っていませんし……」
オリヴィアは雪かきがされた道中を振り返り、思案顔になった。
「だよなぁ……一回帰んねーか? 入れ違いになったかもだし」
「その可能性は低そうですが、ありえるとは思いますわ。戻ってみましょう」
サーノとオリヴィアは蔵を出た。
途中で、オリヴィアは名残惜しそうに蔵を一度振り返った。
「どうした、姫さん」
「サーノと開けようと思っていた、秘蔵の一本が行方不明なのが悲しいのです」
「ペペの心配はしないのな……」
「まあペペですので、滅多なことはないかと……、あら、うん?」
オリヴィアは何か不審なものに気付いたようで、蔵の上を見上げた。
サーノも釣られて屋根上を見る。
「なんかあったか、姫さん?」
「あそこ、屋根の積雪が一部……」
オリヴィアの指差した屋根の一辺は、地上からは積雪の縁が一部欠けたように見えた。
その真下の地面に、それなりの高さの雪山ができている。
「不思議な落ち方をしていまして」
「なるほど、妙だね。ちょっくら見てくるわ」
サーノは数回屈伸をすると、
「いよっとぉっ!!」
魔法も使って大ジャンプし、屋根上に着地した。
「っととととっ、おわわわっ!?」
積雪で滑ってバランスを崩すサーノ。踏み押される形で、雪が屋根を滑って地上に落ちていく。
サーノは接着魔法で無理やり屋根に這いつくばった。
「あ、危ねえ危ねえ……いきなり転落して骨折はシャレにならんぜ。……ありゃ?」
サーノの目前には、ぽっかりと大きな雪の穴が開いていた。
オリヴィアが五人は横になっても余るような広さの、屋根が露出したエリア。
雪が地面に落下してできた、雪の積もっていないスポットだろうか。
上に重いものでも乗っていたのか、屋根が少しへこんでいた。
「……? こんな寒いとこで、屋根にものを置くか?」
サーノは不思議に思いながら、地上に戻る。
飛行魔法で落下スピードを落として、ふんわりと着地した。
「姫さん、屋根になんかもの乗せたりしてた?」
サーノの質問には誰も答えなかった。
先ほどまでオリヴィアがいた場所には、誰もいなかったのだ。
「……あ、あれ……? 姫さん、ひょっとして先に戻った? せっかちだなー」
胸騒ぎを覚えながら、サーノは数歩前へ歩く。
五歩目で、前転し跳躍。
地面が爆発した。
「でりゃあああああ!!」
「クソ野郎ッ!」
サーノは空中で逆さまになった視界で、先ほどまで自分がいた地点を襲った衝撃の正体を見た。
巨大で脂肪が多い図体。真っ白な毛むくじゃら。
「雪男さんの歓迎かよ! まだ荒事が続くってのか!? くそくらえだぜ!」
サーノは心底嫌そうに吐き捨て、着地しファイティングポーズを取った。
「ぬうう、すばしっこいオナゴじゃ!」
「姫さんとペペはどこだ!?」
「姫さん? キレイな身なりの、高貴そうなパツキンのオナゴか?」
「どこに行った!」
「知り合いか? ならば、お主も仲良く案内してやろう、わしらの村へ! おそらく、わしの仲間が連れて行ったわ!」
「誘拐事件勃発ね! てめーらはメシが冷める前にボコる!」
「来てみい、エルフのオナゴ! お主もわしらの妻に──」
「アタシは姫さんの妻だ、間に入って来んじゃねぇよ!!」
サーノは問答の最中に完成させた魔法を放った。
超重力の魔法。
「ぐぬうう!? な、何と強力な魔法! じゃが、わしらは雪山で鍛えられた雪中の民! これしきの重力ゥゥゥ!!」
雪男は、並みの亜人では全身の骨が粉々になるレベルの重力負荷を、筋肉で無理やり耐えながら、サーノ目掛けて歩みを進めてくる。
「山育ちがなんだってん……だっ!」
更に重力が強くなった。
「ぬおおお!」
雪男も叫び、地面が陥没するほどの力強い一歩を踏み出した。
その背中に、突然雪の塊が降ってきた。
「ぶふうっ!? な、なんじゃ、氷雪の魔法か!?」
「屋根の上の雪だよ馬鹿野郎! ドシンドシンやってりゃあ落ちるに決まってんだろうが!」
雪男が雪が積もるのと同時に、サーノも魔法を切り替える。
手で雪玉を作ると、雪男目掛けて投げた。
加速魔法と、重力魔法。
「てめーも雪玉になれーっ!」
投げられた小さな雪玉が、周囲の積雪を水しぶきのように跳ね上げながら、豪速球となって、
「ごはっ!」
雪男の顔面に命中した。
加速の風圧で周囲に舞い上がった雪が、雪男を中心に、一気に集約する。
「ぬ、ぬうう!! 強いオナゴよ! 名を聞いておこう!」
「嫌だ! 黙って埋まってろ毛玉野郎!」
「うおおお……」
やがて、雪男は完全に雪に包まれ、蔵と同サイズの雪玉が出来上がった。
「……ここら周辺、除雪が完璧にされちまったな。雪景色が台無しだぜ」
身じろぎひとつしなくなった雪玉に、八つ当たりで軽く蹴りを入れるサーノ。
「さて、ミッションはハッキリしたな。姫さんを助けて、ペペを助けて、ワインを開けて、メシを食う。さっさとやっちまおう」
サーノは針葉樹林の向こうにそびえる白い山を見上げながら、腕をパキパキ鳴らした。




