五十三話 メイドに悩み事を相談しよう
「ペペ、相談があるんだ」
サーノはなけなしのつまみ用干し肉をテーブルに出して、ペペに頭を下げていた。
「なんですか、サーノ様。私、お掃除しなくっちゃいけないんですけど」
「やー、乗客三人の列車だし、マジでペペしか頼れないんだよー。な、聞くだけ、な?」
「聞くだけなら聞きますよ」
ペペは窓を拭きながら、聞き流す気満々である。
「真面目に聞いてくれよ、アタシは本気なんだ」
「そうですか」
「姫さんがさ、アタシをすけべな目で見てるって言うんだよ」
サーノは意を決したのか、真剣な表情で悩みを打ち明けた。
「そうですね」
ペペは雑巾を絞っていた。
「宣言通り聞き流しやがったなコイツ、正直者で偉いぞ。いやさ、改めて思えば、なんでアタシなんだ。ペペだってアタシと同じくらいの背丈と体格だよな、姫さんの好みじゃねぇの?」
「え、もしかして気付いてなかったんですか?」
「何に?」
「オリヴィア様のスキンシップとか、さりげないアピールとか」
「…………。……あの姫さんが、そんな初々しい真似、どっかでしてたかぁ?」
「してましたよ。『惚れた理由がなでなでだったから、わたくしもなでなでするのですわ』みたいなこと言ってました」
「えっ、あれってそういう性的なニュアンスだったの!?」
「それに、私は多分小動物か何かだと思われてると思うので」
「それは理解できる」
「されてしまうんですね、悔しいです……」
「マジかー、撫でるのが性的か、ええー……。い、今まで子供扱いしてたのに、急に色気づかれた気分だぜ。ひえぇ、ニンゲンのメス、コワイ」
「今さら世間知らず装ってどうするんですか」
「子供の成長はあっという間だなぁ。いや、でもさ~……いきなり言われたら、誰でも怖くなるでしょ」
「そうですか?」
「猫飼ってたとしてさ、そいつがペペのこと毎晩妄想でハチャメチャしてたとしたら、怖くない?」
「……オリヴィア様、猫と同格だったんですね」
「猫かわいいじゃん」
「流れるような惚気ですねぇ」
「そ、そういうんじゃあねーし」
「じゃあどういうのだったんですか」
「ええい、今はアタシが相談してるんだよ! ペペは黙って聞いてろ! いややっぱあいづちくらいは頼む」
「それで、サーノ様はどうしたいんですか?」
「飯食ってるときとか、オリヴィアの視線が気になって仕方ない。蛇に睨まれたカエルみたいな心境で、料理の味がわかんねぇんだよ。なんとか落ち着いた食事を取り戻したい」
「オリヴィア様にアイマスクさせたらどうでしょうか」
「それはそれで、脳内でハチャメチャだろ?」
「では打つ手なしですね」
「諦めんのはえーよ。こっちは貞操の危機なんだぞ」
「実際に一発ハチャメチャさせてあげたら、スッキリ収まるんじゃあないですか?」
「ぺっ、ペペお前っ、馬鹿野郎!! 年頃の小娘がそんな、ふしだらなこと口にすんじゃねぇ!!」
「ハチャメチャにめんどくさいですね……」
「ううう……、アタシの貞操はどうなってしまうんだ。厚着したほういいかな……このチョコレート色の妖艶な肌ツヤがよくないのかも」
「お話終わりですか? お掃除に戻りますよ」
「ま、待て待て待て。アタシがライオンと同じ檻に入ってることに対する解決策を」
「汽車降りるのはどうです?」
「そんな無責任な」
「じゃあサーノ様も責任取ってくださいよ」
「まだなんもしてねぇよ!!」
「とっとと責任取るようなことしちゃえばいいじゃあないですか。気楽になれますよきっと」
「他人事と思ってぇ……!」
「実際、私の問題じゃあないですし……」
「畜生……畜生……」
その後もテーブルにつっぷしてグチグチ呟くサーノだった。
「……甘ったるい」
ペペは胸やけした気分だった。イライラとした気分で雑巾をキツーく絞った。
「ペペ、相談があります」
オリヴィアは秘蔵の茶葉入り小瓶をテーブルに置き、頭を下げていた。
「なんですか、オリヴィア様。私、お掃除しなくっちゃいけないんですけど」
「ペペにしか相談できない話ですの。乗客三人の列車では、他に話せる相手がいませんわ」
「聞くだけなら聞きますよ」
ペペは床をホウキではきながら、聞き流す気満々である。
「真面目に聞いてください。わたくし、本気でペペにしか頼れませんの」
「そうですか」
「サーノが手を出してくれませんわ」
オリヴィアは意を決した様子で、真剣な顔で悩みを打ち明けた。
「そうですね」
ペペはちりとりに細かいゴミを集めていた。
「有言実行で聞き流しましたね。それはともかく、何故でしょうか。わたくし、サーノには目一杯の求愛行動をしているのですが……」
「……例えば、どのような?」
「あ、頭を撫でる……とか……」
「……。他には?」
「紅茶を分け与えました」
「あとは?」
「ま……毎晩……サーノのことを考えながら……ガラス玉を拭いています……」
何故かオリヴィアは恥ずかしそうに赤面している。
「なんの効果があるんですか?」
「心の曇りが晴れて、こちらを向いてくれるようになる、魔法のガラス玉だそうです」
「そうですか。よかったですね」
「よくありませんわ。まるで効果が出ませんもの。あの学生経営のファンシーショップ、ひょっとしてぼったくりなのでは?」
「オリヴィア様って、妙なとこでピュアですよね」
「なんですの、急に」
「サーノ様に聞きましたよ。サーノ様のこと、脳内でハチャメチャにしてるって」
「はっ、はははははハチャメチャァ!? そっそそそそんな、えっちな真似を!!」
「してるんですね」
「しししししっしてるわけないでしょう!?」
「本当ですか?」
「こ、この話はおしまいですわ!! ペペは静かに聞いていてくださいまし! 聞いてもらえてるんだなって実感できる程度にうなずいてくださればよいので」
「それで、オリヴィア様はどうされたいんですか?」
「そ、そんなこと……言えませんわ……」
「顔赤くしてないで言ってください。言えないならお掃除再開しますけど」
「う、うう……ぜ、絶対にサーノには言わないでくださいまし……」
「はいはい、それで? 何がお望みなんですか?」
「…………さ、サーノ……に」
「サーノ様に?」
「小腸をほんの十センチ」
「はいはいはーい! オリヴィア様、残虐なお話はメイドの守備範囲ではありません! そこから先は意地でも聞きませんからね!! 急かしてすいませんでした!」
「そ、そんなぁ」
「もうめんどくさいんで、サーノ様とふたりで研究室に一日こもってたらどうです? きっと何かしら起きますよ」
「そ、そんな破廉恥でふしだらな……」
「じれったいんで、さっさと既成事実作っちゃってくださいよ。私、板挟みなんですけど」
「……。ふむ、ひょっとしてペペ」
オリヴィアはペペを見つめた。
ニヤリ、と悪い笑みを浮かべて。
「うらやましいんですか?」
「わ、悪いですか!? うらやましがって! メイドだって恋のひとつもしたいんですけど!」
「調査隊へのラブレター、お返事はいかがでした?」
「返答なし、子供の背伸びと思われてますねこれは。けっこう傷つきました」
「それはそれは……お気の毒ですわね」
「旅行中に出会いのひとつもなかったですし……はぁ~。メイドのメンタル守るためと思って、一回爆発してくれません?」
「心底の憎しみがこもった目線で睨まれましても……」
「いやはや、オリヴィア様よりは先に相手見つけられると思ってたんですけどねー。武器屋の娘って肩書は、重すぎず軽すぎずで手ごろだと思ってたんですが」
「ふふ、子供の頃から運命の相手を見つけていたわたくしの勝ちですわね」
「……あの、サーノ様って、昔からあのくらいの見た目なんですよね?」
「はい。昔々から、それはもうかわいいサーノでしたわ」
「オリヴィア様って、ロリコンなんですか?」
「それは誤解ですわ。むしろわたくしのプロポーズにOK出したサーノのほうが、ロリコンでしょう」
「エルフさん達からすれば、それはそうでしょうけど……」
「……ん? でもわたくしもロリコンということになれば、これはサーノとわたくしでお揃いということになるのでは? ふふふ、やはりベストカップルですね」
「甘い、甘ったるい。隙あらばノロケですか。もう勝手にしてください」
ペペは小瓶の茶葉をカップにぶちまけると、ヤケクソ気味に直接お湯を注いで一気飲みした。