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四十七話 勝負の交渉をしよう

 お説教が一通り済んで。


「反省してます……ごめんなさい……あの、オリヴィアさん」


 サーノはすっかり意気消沈して大人しくなっていた。


「なんですの」


「護衛として仕事をしてもよろしいでしょうか……」


「どうぞ」


「はい、ありがとうございます……」


 言うなり、サーノは正座から跳ねるように立ち上がり、天井に叫んだ。


「排気孔にネズミがふたりいるよなァ! 今すぐ両手上げて降りてこっだだだだっ!?」


 長時間正座していたため、痺れた脚はサーノの体重を支え切れず、コケた。


「え? え?」


「ふむ、侵入者ですか。いいでしょう、天井裏に仕掛けておいた爆弾を起動させましょう」


 オリヴィアはにっこり微笑み、リモコンを手に取った。


「んなもんいつの間に仕掛けてたんだよ!?」


「ひええ! お、オリヴィア様が怖いですぅ!」


 旅の仲間ふたりの「危険人物を見る目」は、涼やかに受け流された。


「なんて極悪な令嬢なの!?」


「ひ、ひぃ……こ、殺さないで」


 脅迫に怖気づいた侵入者二名、ベルラとニーバは、震えながら排気孔から降りてきた。


「あら、サーノみたいに美しい肌のお嬢様と……制服ということは、学生ですか?」


 ニーバの姿を見たオリヴィアは、不思議そうに訊ねた。


「に、ニーバ、です……よろしくお願いします」


「礼儀正しい生徒ですわね。ごきげんよう」


「姫さん、あっちのダークエルフはなんかすっげー悪いヤツだ」


「え? ダークエルフなのですか? 耳が丸いようですが……」


「削ったんだよ。魔王軍のスパイなんだ。見間違いじゃあなかったのか」


 サーノは、ベルラを油断なく睨みつける。


「こりゃ学生さんは人質だな! きっと往来でさらってきたんだぜ」


「え? いや、その、違いま……」


「く、くそう、よく見破ったわね! 流石はサーノ、と言ったところかしら!」


 ベルラはニーバへ刀の切っ先を突き付けた。


「え? べ、ベルラさん?」


(話を合わせて!)


 ベルラはとっさに演技をしつつ、念話でニーバとコンタクトをはかる。


(サーノへの取引材料になりなさい、どうせ足手まといなんだから!)


(そ、そんなぁ。あ、でもそれなら、スティンバーグ社爵令嬢への危害で退学になったりしないで済みそう……)


(悪くない作戦でしょう!? じゃあそうしましょ!! 決まり!)


 侵入者二人は勢い任せでどうにか切り抜けることに決めたのだった。


「ううむ、それは困りましたわ。わたくしとしても、学生の身に危険が及ぶのは悲しいですし」


「白々しいことこの上ないな……」


「本当に心苦しいのですよ? 未来ある若者の将来を摘むのは」


「……え?」


 この疑問符が、その場の誰のものかは誰にもわからなかった。全員「何言い出してんだコイツ」という同じ気持ちだったので。


「約束された黄金の青春を惜しみながら果てる少女……きっと悲痛で、でもどこか夢か幻と思っているような、そんな現実感のない悲鳴を上げるのでしょうね。うふふふ」


 恍惚とした表情のオリヴィア。自身の頬に両手を添えて身悶えしていた。


「……さ、サーノ。スティンバーグ社爵令嬢は、その……どうも、ニーバを見殺しにしようとしているように聞こえるのだけれども」


「……残念だけどよ、姫さんは悲鳴が大好きなんだ……」


 サーノは諦めと頭痛の混ざった表情で、ため息をついた。


「あらベルラさん、ずいぶんお疲れのようですわ。人質の指を一本もいでみてはいかがでしょうか? 女の子の『がぎぐげご』は、リラクゼーション効果があるのですよ」


「……ご、極悪過ぎるわ……なんであなた、こんな極悪人に付き従ってるのよ」


「だってほら、誰もやりたがらないだろうから、やらなきゃ本人も周囲も悲しむかなって……」


「あの、大丈夫ですよ。サーノ様ならなんとかしてくれますから」


「え、あ、はい。ありがとうございます……」


 ペペに励まされたニーバに、ベルラが怒鳴る。


「ひ、人質が勝手に喋らないで! ほ、本当にやるわよ! 一瞬で首をはねるわ!」


「その直後に、同族の魔法でベルラ、お前が八つ裂きになるぜ」


「……」


「……」


 サーノとベルラは、辛うじて緊張感を取り戻して、睨みあった。


「では、こうしましょう」


 だが、オリヴィアは空気を読まないのである。緊張感はすぐ消えた。


「……あのな、姫さん……結構真面目に危機的状況なんだぜ」


「この場の全員のピンチを切り抜ける方法を思いつきましたの」


「……何をする気? 隠さず説明しなさい」


 ベルラが続きをうながす。


「後悔するぜ」


「なんで乗り気になられてサーノあなたが困ってるのよ?」


「ふふ、後悔なんてさせませんわ」


 オリヴィアはいたずらっぽく微笑み、冴えた提案を語る。


「サーノ、アイドル勝負をしましょう」


『……はい?』


 その場のオリヴィア以外全員の声が重なった。


「そちらの……ニーバさん? でしたか。あなたが、サーノ相手にアイドルとして決闘するのです」


「えっ、あ、え、その、ええっ!?」


「な、な、な、何を言い出すの!?」


 ニーバもベルラも、オリヴィアの提案に理解が追いつかない。


「ベルラさん。あなたはここを生きて出たい」


「え、あ、ええ……。それは、確かに、好んで死にたくはないわね」


「でも人間のわたくしに、温情で見逃されると、魔王軍としてのプライドが傷つくかと思いますの」


「……」


「なので、取引しておきましょうか。そちらのニーバさんが、サーノにアイドル勝負で勝ったら……」


 オリヴィアは、先を聞きたいと思わせるように、もったいぶった。


「スティンバーグ社爵令嬢の全財産で、魔王軍を支援させていただきますわ」


「…………」


 ベルラには、オリヴィアの宣言が海の向こうの言語に聞こえた。

 頭が意味を理解をするより先に、


『え、ええっ? 魔王軍を!?』


 ペペとニーバがハモって反応した。仰天し、あわあわと慌て出す。


「ど、ど、どうしよう、そんなことになったら……」


「オリヴィア様ぁ、正気なんですね!? そういう突拍子もないこと言うってことは、正真正銘ご乱心ではないんですね! 私は悲しいです!」


「ペペの姫さんへの信頼感は歪んでるな……ていうか、お前らふたり、仲いいね」


「なんか、他人のように思えなくって」


「そうなんですよねー。軽い気持ちで見た目普通そうなものに手を出しては大火傷ばっかりしてそうっていうか」


「あ、そうなんですよ。なんだか似てますね、私たち」


「えへへ」


「よかったなぁ」


 サーノ史上最も心がこもっていない言葉だった。


「……無条件ではないなら、取引にはならないわ」


「わたくしが納得しても、サーノとペペが納得しませんわ。サーノにはあとでリベンジできるということで、納得していただこうかと」


「ああ、なるほど。なんて誰が言うか! さっき散々下品だなんだとボロクソに言ってたじゃねーか!」


「そうよ、サーノ。あなた本当に最低ね! 私も言っておきたかったのよ! ダークエルフの恥部みたいな歌を、学生に……よくも!!」


 ベルラの視線が憎しみの色を帯びた。

 ベルラのみならず、魔王軍の構成員というのは、基本的に自種族に対する誇りや自信、郷土愛が強いのだ。故に、サーノの後先考えない大熱唱は心底腹立たしかったらしい。


「これから先、洞窟エルフの里に下衆の手が介入したら、あなたのせいよ!!」


「ひょっとして、説教中黙って天井裏にいたのって……」


「きっちりお灸を据えられなさいと思ってね」


「感情最優先かー。お前スパイとしてやっていけてる……? 不安になってきたぜ」


「それで、どうなのですか? 返答は」


 オリヴィアが口を挟んできた。


「ニーバさんをアイドル勝負の相手に選んだのは、もし誘拐したり、殺したりすれば、わたくしの援助を断ることになるのです。魔王軍にとって、社爵の協力は確実に利益になりますわ。人質の安全性を確保できるので、こちらも安心ですし」


「む、むむむむ……」


「サーノ、あと一分で答えが出なかったら、生徒もろとも魔法で吹き飛ばしておしまいなさい」


「え、えええ!! た、助けてください!!」


「オリヴィアてめぇ、加減ってもんがないのかよ!? ベルラ、はよ! はよ答えろ! 死んでしまうぞ!! 生きて故郷の土を踏みたくないか!?」


「あーもう黙って! 気が散る!! なんて思いやりのない空間なの!?」


「あのー……さっきオリヴィア様、私も納得しないって言ってましたよね」


 ベルラがうだうだと思案している間、ペペは無視されたと感じて、小声でオリヴィアに聞いた。


「ペペは納得しようがしまいが、交渉の駒にも脅威にもなりませんからね」


「うう、非力なメイドでごめんなさい……」


「よしよし、メイドであってくれて助かっていますわ」


「……条件、飲むわ」


 ベルラはふっと、何もかも面倒になった。

 魔王軍への忠誠心とか、自分の命の危機とか、そういうものがどうでもよくなった。


「スティンバーグ社爵令嬢、あなたの相手してると神経が参るわね……もう帰って、シャワー浴びて酒飲んでベッドで寝たいんだけれども……」


「うふふ、では期日は一週間後。またこの会場でお会いしましょう」


 オリヴィアは終始にこやかだった。

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