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四十六話 ライブをやってみよう

「あなたがニーバね」


 路地裏のコンテナに腰掛けたベルラは、現れたニーバを見ると妖艶に微笑んだ。

 ベルラ本人は、警戒心を与えないように親し気に笑ったつもりだったのだが……。


「ひっ」


 当然、ニーバはおびえて後退った。


「……え、ええと、おかしいわね……並みの男なら、一発で打ち解けてくれるのだけれど」


「わ、私、女の子ですから……」


「……ああ、うん、そうよね。ごめんなさい、女性の扱いは苦手なの」


「そ、それはいいんですけど……こ、これって」


 ニーバは、持っている学生カバンから、一枚の紙を取り出した。


「いつの間にか入ってたんですが……ま、魔王軍からの指令……ですよね」


「ちょ、ちょっとちょっと。通りに聞こえたらどうするのよ、こっち来なさい」


 不用心な喋り方のニーバに、ベルラはさっそく頭が痛くなってきた。


「なんでスパイやってるのに、声量の調節もできないの?」


「わ、私は……別にスパイなんかじゃあ」


「何言ってるの。あなたの両親が、娘を頼むって、魔王軍に直接言ってきたのよ。あなただって関係者」


「……うう……」


 不慣れな行動は、精一杯の抵抗のつもりであえて、だったのかもしれない。ニーバは諦めて、ベルラのそばに来た。


「……な、何をすればいいんですか……」


「女を殺して」


「こ……ろ」


 ニーバの顔面が蒼白になった。


「……暗殺くらいできるわよね」


「や、やりたくないです。そんなこと……」


「そんなこと? 魔王軍に貢献するのが、そんなことですって?」


「ひぃ……だ、だ、誰をやるんですか」


「スティンバーグ社爵令嬢」


 ベルラは胃痛がしてきた。


「……なんで、あなたみたいな、見た目普通の学生とコンビ組まなくっちゃあいけないのかしら……」







 生徒会室を出たサーノ達。


「ま、待ちなさい……!」


 全身ボロボロのリドレア嬢が、待ち構えていた。


「おお、頑丈だな」


「発火魔法と同時に緩衝魔法を発動するような化け物が、ぬけぬけと……!」


「流石に気付いたかー。姫さん、こいつ将来有望だぜ」


「当たり前でしょう!? フレイムドランク家の娘は、みんな大物になるの!」


「そいつはよかった。じゃ、今後も頑張んな」


「ちょっとちょっとちょっとぉ!」


 立ち去ろうとするサーノの正面に、リドレアが回り込んできた。


「……姫さん、こいつめんどくさいタイプだ」


「サーノがサキュバス軍団相手に暴れたせいで、本能的に敵視されてるのでは?」


「んなわけ……あるのかなぁ……」


「私はハーフだしお母様が絶対なの、同朋をどうしようが構わないわ」


 びしり、とサーノを指差すリドレア嬢。


「でも衆目に私の無様な姿を見せたことは許さない!」


「喧嘩売ってきたのはそっちじゃん……」


「私がこの学園で一番なのよ! あなたは下!」


「そっか、じゃあ二番目でいいよ別に」


「よくないわ! きっちり、真面目に勝負して、どちらが上か決めなさい!」


「……ここ最近、お前みたいな猪突猛進とばっかり関わってる気がするぜ……」


 サーノは、心底面倒くさかった。


「じゃあバトるか。構えな」


「ま、待ちなさい! 暴力沙汰はよくないわ!」


「それ、最初に仕掛けたヤツのセリフ?」


「ここはひとつ、学園のやり方で決着つけましょう!」


「……ま、まさか……」


「アイドル勝負よ!」


「是非やりましょう、サーノ!」


 なぜか誇らしげなリドレア嬢に、食い気味にオリヴィアが乗っかってきた。


「マジかよ……こうなっちまうのか」







 そういうわけで、ライブ会場控室、である。


「思ったより寒くないんだな」


 サーノは、自身が身にまとっている衣装を見下ろした。

 白をベースに、緑や青のラインが走った、へそ出しチューブトップとスカート飾り、見せスパッツにブーツ。

 髪色はラインに合わせて、緑と青のグラデーションに染め直した。

 薄く化粧もして、イヤリングまでしている。


「なるほど。イヤリングが暖房魔法と、ヒートアップしての魔力暴発を防いでくれるわけだ」


「サーノ……」


 オリヴィアはうっとりとした表情で、サーノを嘗め回すように眺めていた。

 サーノは若干怯えて、自分の身体を抱いて隠した。


「な、なんだ姫さん……鼻息荒くない?」


「とってもかわいいですわ」


「そうか? どっちかっていうと、クールなセンスの衣装だと思うけど」


「サーノがかわいいのです。かっこいいデザインが、サーノの容姿がかわいい系だと再認識させてくれました」


「そう? そうかも。へへ、やっぱりかわいいよな」


「……」


 何故かオリヴィアは、今度はむすっとした顔で黙った。


「……何? ひょっとして姫さん、美貌に嫉妬してる?」


「違いますわ。もっとこう……『か、かわいくなんてねーし!』みたいな反応を期待してたんですのよ」


「うーん、けどかわいいのは事実だろ。見ろよこの愛らし幼女おててをよォ」


「本人の口で断言されるとイラっとしますわね……。アイドルなんて嫌だって、もっと抵抗すると思っていましたのに」


「嫌って言えば、傭兵の仕事じゃあない、酒場の踊り子みたいだとは思うけどさ。まあ、たまには悪くないね、こういうの。新鮮で楽しいよ」


「そういうさっぱりとしたところもわたくし好みですわ……うう、サーノの照れ顔が見られると思いましたが、残念」


「一回やったら勘弁だけどな。歌とかほとんど知らないもん」


「ああ、そう言えば楽曲はどうするのですか? リドレア嬢は、既に二十もの楽曲をリリースしているようです。どんなナンバーが来るか、予想できませんわ」


「あんなツンツンした学生がきゃぴっと歌うってのが想像つかねぇよ……」


「あ、はじまりますよ」


 ライブ会場のモニターをぼけっと眺めていたペペが、サーノ達にリドレア嬢のステージの開始を伝えた。







 リドレア嬢の衣装は、半袖パフスリーブや大きく広がったスカート等、高貴さを主張したものだ。

 赤をメインに、白や金色で華やかな彩りを演出している。


「みんなー! 今日も揃いも揃って下等生物ね!!」


 開口一番、リドレア嬢は満員のギャラリーを貶した。

 それで会場が一気に盛り上がるのだから、リドレア嬢のステージの定番文句なのだろう。


「今回の突発ライブは、生意気にも私にスリ傷を負わせた新人ダークエルフに! アイドル社会の素晴らしさを教えて改心させてあげようという趣向のものよ!」


 サーノの緩衝魔法が無ければ全身複雑骨折だったのだが、過少申告はリドレア嬢の意地か、それとも観客に無用な心配を抱かせない心配りなのか。


「そういうわけだから、渾身の一曲でみんなの心をガッチリ掴ませてもらうわ! 『Dragon Kiss』!」


 会場のライトが一斉に色を赤く変える。

 学術都市アリコーにおける「アイドルソング」は、歌唱や振り付け、演出等すべての一挙手一投足に魔術的な意味合いがあり、主役たる歌い手の特質を強く顕現させ、聴衆を盛り上げるのだ。


「♪~」


 リドレア嬢の歌は、少女の甘酸っぱい初恋をポップにライトに表現したもの。

 リドレア嬢が指をパチンと弾くと、巨大な火炎の竜がふたつ現れ、会場を更に盛り上げる。

 二匹の火炎竜が、交じり合いながら天高く飛翔し、


「みんな、大好きよ!!」


 決めの文句と同時に爆発し、カラフルな花火で聴衆の心を染め上げたのだった。







「ほーお! 自信満々なだけあるじゃあねーの」


 サーノは控室で、すっかりノリノリで手拍子を入れていた。

 この後が自分の番であることは忘れている。


「さ、サーノ様……勝てるんですか?」


「あっ、これ勝負だっけか。無理無理。本職に勝てるわけないよ」


 あっさりサーノは認めた。


「ええっ、か、勝てなかったら……ど、どうなるんでしたっけ」


「別になんも約束してなかったし、喧嘩っ早いお嬢ちゃんがまた学校の頂点に戻って終わりだろ?」


「……そういえば、そうでしたね……ほっ」


「ま、出番は出番だし、せいぜい楽しませてもらうさ」


「結局、サーノは何を歌うつもりなのですか?」


「ダークエルフの民族歌謡」


 サーノはウィンクしながら答えた。


「……それ、盛り上がりますの?」


「へへ、でっかい仕事の後に酒場で歌うとな、えらい盛り上がりなんだぜ。ついたあだ名が『艶歌歌手えんかかしゅ』だ」


「一気に不安になってきましたわ」


「まー見てろよ姫さん、ペペ。オトナの魅力を魅せてやる」







「野郎ども! 盛り上がってるかー!」


 ハイテンションにバック宙を何度も決めつつステージに現れたサーノは、マイクを空中キャッチしつつ叫んだ。

 アクロバティックなニューカマーの登場に、会場のボルテージは急過熱。


「お決まりのナンバーで血管ブチ破ってこうぜ野郎どもーっ!! あ、これ歌の題名言えば演奏してくれるの? ハイテクゥ」


 マイクに音声入力をすると、自動的に楽曲の伴奏が流れ出す仕組みなのだ。


「じゃ、はじめるか……『ミセス・ゴールデンと因習の塔』!!」







「ぶふぅっ!?」


 狭い排気孔でうつぶせになっていたベルラは、盛大に噴き出した。


「ひっ、しー! しー……!」


 ベルラの尻を追いかけていたニーバが、血相を変えて「静かに」とジェスチャーを送るが、ベルラから背後のニーバの様子は見えなかった。


「み、ミセスゴールデンって……ダークエルフ門外不出、一族の恥の猥歌じゃない!?」







 曰く、麗しきフォレストエルフの娘、ミセス・ゴールデンは一族の繁栄を願い、魔物が巣食う塔へと登り、身を捧げる……。

 要約すればその程度の歌であり、本来は卑猥な歌ではなかったのだが、酒に酔っぱらったエルフ達が低俗な替え歌を何度も合唱し続けた結果、本来の歌詞が失われてしまったのである。

 現在、フォレストエルフの村は神秘的な雰囲気をウリにした観光収入で成り立っているので、ミステリアスなイメージを損ないかねない『ミセス・ゴールデンと因習の塔』は封印作品とされた。

 ……のだが、サーノのように外の世界で生きるダークエルフには関係のない話。

 結果として、酔ったように盛り上がる学生たちに提供された猥歌は、相応に会場を盛り上げ、無事にサーノのステージは終了した。







 当然失格となった。


「なんでだよ!?」


 不満そうに正座するサーノに、


「当然でしょう!? 教育に悪影響極まりないですわ!」


「何考えてるんですかサーノ様は!?」


 オリヴィアとペペが説教していた。


「盛り上がったじゃあねーか!」


「リドレア嬢のお顔見ましたか!? 恥じらいで真っ赤でしたわ! 『わ、私の負けでいいから、彼女を近寄らせないで』とわたくしに言い残して走り去りましたわ!」


「勝てたならいいじゃん」


「こんなのズルですよ! サーノ様はもっと手段とか選んでください!」


「なんで旅の仲間が勝ったのに喜んでくれないんだ……」


「わたくし学校の責任者ですのよ!?」


「そういえばそうだった。ごめんなさい」

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