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四十五話 学生の挑発に乗ろう

「敷地内はけっこう暖かいなぁ」


「暖房魔法が効いてますもの」


 校門をくぐった三人は、上着を脱ぎながら、巨大な校舎を見上げた。

 両端が見えないほど大きい、赤茶色の校舎。巨大な時計塔が屋上に建っている。

 中庭に目を落とせば、噴水と、オリヴィアの父親の石像。色とりどりの花壇で、見るからに華やかだ。

 今は放課後らしく、大勢の学生が思い思いの時間を過ごしていた。

 はやく帰ろうと足早にサーノ達の隣をすれ違っていく生徒や、花壇に腰掛け談笑する生徒。

 雪は暖房魔法で溶け、風雨避けの魔法で敷地外へ流れていく。


「平和な景色だ。最近、こういうまっとうにのんびりした風景見てなかったなぁ」


「それで、オリヴィア様。学校になんのご用事ですか?」


「宿も学生の経営でして。窓口が校内にあるのですよ」


「姫さんが素性の知れない宿に泊まるなんて、珍しいな。雪が降るぜ」


「外でとっくに積もってますわ。というより、わたくしはこの学校の最高責任者の娘ですもの。トップクラスのもてなしが期待できますし、されなければ校舎取り壊しも辞しません」


「ああ、不満なら八つ当たりしても問題ないってことね……くわばらくわばら」


 サーノ達三人は、学生たちの間を歩いていく。

 学生たちは、奇妙な取り合わせの三人に自然と注目する。

 まずは、全身から気品を溢れさせるオリヴィア。


「見ろよ、でっけぇ」


「カジュアルに見えるけど高級な仕立てですね。相当な地位のお嬢様でしょう」


「うわ、一歩ごとに揺れてる……」


「きゃー、こっちに手を振ったわ! すっごいキレイ!!」


「なんだあれスイカかよ」


 にこやかな対応をするオリヴィアの印象は上々だった。

 続いて、人混みをおどおどと歩むペペ。段ボールを抱えてよろよろ歩いている。


「かわいい……」


「ちっちゃい……」


「メイドさんの真似かな?」


「ちょっとメイドの真似ってなんですか本物むぐっ」


「おっとっとペペ君、頼むから揉め事は起こさんでくれ。駅員が悲しむ」


 サーノがペペの口をふさいだことで、辛うじて諍いは防がれた。

 最後はそのサーノ。


「洞窟エルフの……純潔?」


「なんでキレイなお嬢様と一緒にいるんだろう……」


「迷子かなぁ。かわいい」


「誰が迷子だこのガキャむぐっ」


「どうどう、サーノ様抑えて」


 ペペはサーノの口に段ボールを押し付けて、無理やり口論を封じた。


「うふふ。やはりどちらもまだまだお子様に見られるようですわね」


「ちくしょう、卑怯だぞ姫さんだけ」


「そうですよ、精神年齢は一番下かもしれないのに」


「誰が心がうら若い乙女ですって?」


「言ってねぇよ」


「言ってません」


「あら、お客様かしら?」


 会話する三人の前に立ちはだかったのは、燃え上がるような赤髪ツインテールの女子生徒だった。

 勝気な瞳、自信に溢れた仁王立ち。


「この神聖なる学び舎に、どのようなご用事かしら? そのような小汚い恰好で」


 その挑発的な視線はサーノに向いていた。


「……き、汚い? マジ? オリヴィア、ペペ、どうよ。なんか臭う?」


 ショックを受けたサーノは、服の裾を持ち上げてペペの鼻に近づけた。


「ひええ、おへそ見えちゃいますよ」


「避けるってことはマジになんか異臭してる!? 毎日洗濯してるんだけど、血の臭い!? うわー落ち込むわ……」


「い、いえ、臭いはしませんけど、周囲の目線がですね」


「……まあ、高級品ではありませんわね。手入れはしてあるのでしょうけれど」


 ラフで飾り気の少ないサーノの着衣と、端々から入念な手入れがされているであろう赤髪生徒の制服を、オリヴィアは見比べた。


「それで、どういう臭いだった、学生さん?」


「……貧乏人は鼻が曲がっているのかしら。染みついた極貧の臭いがうつると言ってるのよ」


 赤髪の生徒は、律儀に嫌味だったと解説してくれた。


「なんだとテメーコラ!! 馬鹿にしてんのか!?」


「今さら気付いたのですか?」


 オリヴィアが憐れむような、それでいて愛おし気な視線をサーノに送った。


「姫さんも怒れよ! こういう迂遠な言い回しで貶してくるようなの、大好きなダークエルフちゃんが馬鹿にされたってキレろよ!」


「清々しいほど潔く、虎の威を借りようとしますわね……」


「サーノ様って、基本的に根性がチンピラですよね……」


「うがーっ! お前らどっちの味方!?」


「それはもちろんサーノの味方ですが、まあ立場ってものもありますので」


「ちょっと、貧乏人の分際で、このリドレア・フレイムドランクを無視するの? いい度胸じゃない」


 赤髪の生徒ことリドレア嬢は、放置されて口論をはじめられて、痺れを切らし口を挟んできた。


「立場ってものを、わからせてやる必要があるわね?」


 得意そうに鼻で笑ったリドレア嬢は、指をパチンと鳴らした。

 突然、サーノの目の前で火花が弾けた。


「うひょうっ!?」


 唐突に鼻先が発火し、サーノは驚いて尻もちをつく。

 周囲の生徒たちがざわめきだした。


「お、おい、見ろよ。またリドレア嬢が新参者に喧嘩売ってやがる」


「ひえー、ほんとキツイ性格してるよな」


「実力が確かだから、誰も何も言えないんだけどな」


「今、誰か私の悪口を言ったわね!」


 再び指を弾くリドレア嬢。

 聴衆の一角が燃え上がった。


「ぐわーっ!?」


「うおっ、消火! 消火しろー!」


 大騒ぎになる学生たち。


「ふふふ、さあ貧乏人。これでどちらが上か、思い知ったかしら?」


「え、へ……あ、ああ」


 呆然と座り込んでいたサーノは、呆けた顔でリドレア嬢を見上げる。


「び、びびった……なんだよ、今時の学生は暴力的だな」


「……まだ理解してないようね。馴れ馴れしい口調。ちっ」


 リドレア嬢が苛立たしく舌打ちした。


「あ、あわわわ、どうしましょうオリヴィア様。サーノ様がなんか劣勢です」


「そうでしょうか? そこまで切羽詰まってないようですが」


「サーノ、と言うのね。無礼な口を聞いた謝罪を──」


「言葉には言葉、暴力には暴力!」


 何の前触れもなく、リドレア嬢を中心に凄まじい閃光が発生した。


「のわーっ!?」


「ぎゃああ、何の光だぁ!?」


 聴衆の目が眩む。

 生徒たちの目が回復すると、先ほどまでリドレア嬢がいた場所は地面が抉れていて、誰もいなかった。


「え……」


「け、消し飛んだ……?」


「いや、あそこにいる!」


 生徒のひとりが指差した先。

 屋上の時計塔に、リドレア嬢が大の字でめり込んでいた。

 遠目にも、白目を剥いて気絶しているのがわかった。


「……あ、ついカッとなって……姫さん、責任問題になるかな、これ」


「今回は向こうから因縁を吹っかけてきたので、よしとしましょう」


 ざわざわと生徒たちに動揺が広がる。


「な、何だったんだ……今のは」


「桁違いの魔力だった……」


「な、何をしたんですか、サーノ様?」


 ペペの疑問に、サーノは事も無げに答える。


「向こうが鼻先を燃やしてきたから、同じことをした」


「えええ……サーノ様はちょっと焦げたくらいなのに、あんな大爆発で返すなんて……」


「傭兵は常に身軽なんだよ。殴られた頬と同じ場所を、同じくらいの加減で殴り返して、それで因縁はチャラ」


「相手は学生さんですよね……」


「でも馬鹿にされたんだぞ。腹立つじゃねーか」


「それは……そうですよね……」


 何か言いたそうなペペだったが、結局何も言わなかった。


「あ、思い出しましたわ」


「姫さん、どうした」


「今のはフレイムドランク家の五十七女、リドレアちゃんですわね」


「ご、五十七女?」


「サキュバスのフレイムドランク女爵の五十七番目の愛娘ですわ。人間とのハーフサキュバスだそうです」


「ふーん。そのなんとか女爵、有名なのかな」


「サキュバスの六十%は痴情のもつれで五十年以内に死ぬそうですから、何百と子を作り貴族にまでなった女爵は有名ですわね」


「へー」


「子供たちは皆、火炎を扱う魔法に素晴らしい適正を持って生まれるとのことでして……」


「あのあの、オリヴィア様ぁ。なんだか注目されちゃってます、はやく行きましょうよ」


 一瞬で学校のパワーバランスを揺るがしたサーノと、それを従えるオリヴィアは、好奇の視線を浴びていた。


「……こほん。それでは、宿を取りましょう」







 生徒会長は、教育委員会の娘らしい。

 サーノは「セートカイチョ」や「キョーイクインカイ」なるものがよくわからなかったので、すぐにその情報は忘れた。


「な、なんと、あのスティンバーグ社爵令嬢!? これはこれは、当学園にお越しいただきありがとうございます」


 ペペより背丈が小さいが自信に溢れていた、長くて可憐だけど発音しにくい名前の生徒会長は、オリヴィアの身分を聞くなり、持っていた扇子を投げ捨てへりくだり始めた。

 手揉みなんぞしながら、愛想笑いをする生徒会長の姿は、学生たちの目には天変地異の前触れとでも映ったらしく、


「か、会長がご乱心だ!!」


「日頃の激務でついに精神崩壊を!?」


「寝るとき抱いてるゲテモノマスコットの抱き枕をはやく持ってこい!」


 大騒ぎであった。


「二度と会うような身分でもない方の、今後必要なさそうな情報ばかり増えますね……」


「すぐ忘れる、これ傭兵の特技。メイドは?」


「お仕えする方の代わりに暗記するのも、お仕事のひとつなので……」


「大変なんだなぁ」


 サーノとペペには、どこまでも他人事だった。


「それで、本日はどのようなご用件で?」


 額の汗をピンクのハンカチで拭う生徒会長に、オリヴィアは答える。


「宿の手配をお願いしますわ。ここへは別荘への旅行中に立ち寄っただけなので、一週間程度で発ちます」


「そ、そうですか。すぐに特上のホテルの手配を」


「ああ、そこまでしなくとも構いませんことよ。学生たちのサービス技術も見ておきたいですし、平均レベルの宿で」


「おお、生徒の研鑽を直に見たいとは、素晴らしいお考えです! すぐに特上の平均的な宿の手配を」


「ふふ、期待していますわ」


「……サーノ様、なんで今日のオリヴィア様はとびきりのベッドで寝たがらないんですか?」


 ペペがサーノにこそこそと質問した。


「多分、身分を知って慌てる学生をいびりたいんだと思う」


「ああ、腐った性根しょうねしてますねー」


「お前、自分の雇い主のことクサレとか呼んでいいの? メイドとして」


「メイドでも目を背けられない現実はありますから……」


「ほんとペペって姫さんにお似合いだよな……」

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