四十四話 学術都市を知ろう
ニーバは亜人のハーフである。
父親はサンタ、母親はニンジャ。
サンタは人間とほとんど見分けがつかない容姿で、無意識に存在感を希薄にする魔法を身にまとっている。
古くから伝承に度々登場してきた種族であり、実在を巧妙に隠しながら「施し」を行っていく。「施し」を行うことを至上の善意としている。
一方でニンジャは、世界でも珍しい「正しい意味での亜人」である。
亜人が「ヒトの亜種」と呼ばれるのは、人間が一番大陸中に散らばって生活しているからだ。社会や記録の中心に自然と人間が据えられることから来る便宜的なもので、そもそも生物として成り立ちが違う。猿と猫くらい違う。
そんな中で、ニンジャは人間が己を鍛え上げた結果人間を外れた、まさしく「ヒトの亜種」なのだ。
隠れ住む種族の間に生まれ、生まれながらに隠密のエキスパートだった彼女は、しかし現在、学術都市アリコーにて絶賛思春期の学生なのである。
「はあ……いいなあ」
ニーバは、大きな魔法光掲示板に映された、煌びやかなステージを見上げ、ため息を吐いた。
画面のステージでは、色とりどりの衣装を着た少女が、歌い踊っている。
センターの少女のウィンクに合わせ、ニーバはまたため息。
「わたしも、ああいう風になりたいなぁ」
学術都市アリコーは、オリヴィアの父親が作り上げた、学生の街である。
今この街は、空前のアイドルブームだ。
「去年はトレーディングカードゲームでした」
駅員兼門番が、疲れた表情でそう告げた。
改札口での厳重な身体チェックを終えたオリヴィア一行は、アリコーの現状についての説明を受けていた。
「そうなんですか」
オリヴィアはにこやかにあいづちを返すが、納得はいってない顔である。
「いえね、こんなことをスティンバーグ社爵令嬢に言っても、何にもならないでしょうから、かえって気楽に話せるんですが」
学術都市アリコーは、将来有望な若者を育成する機関都市であり、大半の都市機能を学生が行っている。
生産、加工、流通。
学術都市というからには学校があり、街の面積の約八五%が学校の敷地である。そこで働く教師もまた、この街で「永久就職」を望んだ者であり、身分的には学生だ。学生は全人口の九五%以上である。
教師だけでなく、政治も研究の一環として学生が取り仕切っている。
そして、外敵から街を守る軍事力も学生が主体だ。
「というのは建前なのですよ、サーノ」
「ふーん」
あまり興味ないサーノは、オリヴィアの補足に適当な返事をした。
「学生たちの、活発でエネルギッシュで、時として激しく暴走する、極めて情熱的なエネルギーは、簡単にあらぬ方向へ向かいます。すべてを自分たちの権限で行えるので、なおさらですわ」
「その活動の方向性が国家への害となる場合、全力で我々の介入が行われます」
駅員兼門番も、誇らしげに頷いた。
「我々は、未来ある若者が五体満足で巣立てるよう、日夜サポートしているのです」
「へー。偉いじゃん」
「はい、偉いんです。すごく」
キラキラとした顔で言い切った駅員兼門番は、しかしすぐに疲れた表情に戻った。
「本当に、偉くて大変なんです……」
「何が大変だって? 間近で生々しい青春を延々と見てるのが辛いのか?」
「……彼ら彼女らは、とてもパワフルなんです」
「こんな辺鄙な場所の学校に来るくらいですから、行動力は凄まじいものでしょうね」
「想像してみてください。片や未来に展望があって、野望があって、それを実行できる体力がある。できてしまう無謀さも持っている少年少女。片や、王都で選ばれた精鋭揃いとは言え平均年齢が三十路の集団……」
「……しかも、国の軍人ですから、国家の未来を担った若者は無傷で無力化しなくてはならないわけです」
オリヴィアの補足で、サーノはやっと合点がいった。
「ああ、一方の子供たちにとっては、必ずしもあんたらは『怪我させたらいけない存在』ではないってことか」
「はい……ノイローゼになって辞めた同僚が先月もいました……」
「そいつは……大変なんだな……」
生々しい身の上話をされて、サーノは反応に困った。
「彼は故郷では札付きのワルだったそうですが、『ここでの仕事を通じてどれだけ俺が親不孝だったか理解できた』と言い残し……今では両親の畑を手伝って、人生を満喫しているそうです。これ彼から送られてきたジャガイモです。よろしければどうぞ」
「あ、どうも」
ペペが段ボールいっぱいのジャガイモを受け取った。
「不良が病むレベルの大規模な反抗期が、年二回ペースで起きます」
「治安最悪だな……」
「世紀末ですわね……」
サーノとオリヴィアの意見が一致してしまった。
「オトナは何もわかってないと言われようと、一方的に耐えるしかない我々は、己の現状をかえりみて『何もできてない』と自己嫌悪したり……わたしも、六年前の謀反で、人形を操る薄幸の美少女とか、炎を操るお嬢様とかに肉体的にも精神的にも追い詰められて、三途の川を垣間見ました。ふたりとも彼氏持ちでした」
「姫さん、こいつどうにかしてやれよ。一応姫さんの街でもあるだろ……見てらんねぇよ……」
「どうにか、と言われましても……」
「ですので、今年はアイドルブームです」
「はい」
「年々減り続ける同僚で、子供の生の暴力を受け止めるのは限界があります。そこで我々は、学生たちの力の行使を、安全な手段に絞ることでなんとかできないか、と考えました」
「涙ぐましい努力ですわ」
「それとなく学生の間にブームを巻き起こすんです。『王都では今、メンコがブーム』とか吹き込んだり、『料理は芸術』ってチラシをばらまいたり」
「効果あった?」
「ありましたよ。例えば、去年のカードゲーム。学生たちが凄まじく複雑なのにとっつきやすいルールのカードゲームを考案して、それが爆発的に流行しました。街中での争いの大半がカードゲームで片付く程に。王都にも輸出されて一大産業になりました」
「そいつはよかったじゃんか」
「やがてカード内のモンスターを現実世界に呼び出すマシンが開発され、カードに呪術的な効果を付与する方法が編み出され、最終的にカードゲームの勝敗で世界が滅びかけました」
「なんで関与できない部分で世界が危険になってんだよ、怖いなぁ」
「あとカードゲームやり過ぎて破産した学生もそこそこ……」
「……それは……よく収拾をつけましたわね。給料上げますわ」
「ありがとうございます……とにかく、何を流行らせても、世界が滅びかけるんです! 料理で外宇宙の神様を撃退した年は感動すら覚えましたし、メンコごときでよくも世界戦争が起きてる並行世界相手に互角以上に渡り合えたなと自分で自分を褒めたいくらいです……」
「学生の行動力の結果と考えると、凄まじいですわね……」
「学生は宝ですし、たくましく長生きしてほしいですが、それはそれとして死にかけるのはもう嫌です……せめて、せめて今年のアイドルブームは平穏無事に終わっていただきたい」
「アイドルは別に戦う要素ないし、まあ平和に終わるっしょ……今までお疲れさん。最高責任者の姫さんが来たから、今夜は安心して寝るといい」
「ありがとうございます……ありがとうございます……」
「今度新曲出しまーす。よろしくお願いしまーす」
「お、おう」
駅を出てすぐ、サーノはポケットティッシュを押し付けられた。
ティッシュを渡した少女は、赤基調のミニスカート衣装。緑色の葉っぱヘアクリップが印象的だった。
彼女はサーノ達が返事をするとすぐに、また別の通行人へポケットティッシュを渡しに走っていった。
「……なんだこれ。袋入り紙屑の束?」
「チラシが入っていますわ。……『りんご隊、ツアーライブ決定』……」
サーノとオリヴィアが見慣れない粗品に首を傾げる。
その横で、ペペは往来の巨大な魔力光掲示板を見上げていた。
「あれって、オリヴィア様が連絡用に使ってる石板の、でっかいバージョンですよね?」
「あら。ペペ、よくわかりましたわね。ついでに動力も魔力のようですわ」
「えへへー。使い慣れてますから、すぐわかりましたよ!」
「板の中で人間が踊ってる……なんだありゃあ」
サーノは魔力光掲示板の中の極彩色の景色に呆然としていた。
「……サーノは、映像式の通信装置を利用したことは?」
「あるけど……あれがそれだって? くっきりはっきり過ぎるぜ。あのサイズであの解像度、五十年は先の映像だ」
ウィンクを投げかける、画面の中の可憐な衣装の少女たち。
「けどよ、あれだな」
「ええ、あれですわね」
「はい、あれです」
三人の、アイドルの実物を目にした感想は同じだった。
『冬場なのに薄着過ぎる』
ミニスカートならまだしも、肩もへそも大胆にさらけ出した衣装。
上着をしっかり着込んだ三人は、そそくさと巨大魔力光掲示板の往来をあとにした。
とても寒そうにしながら、積もった雪に足跡をつけて。
「そういえば、雪は白いんですね。雲は赤いのに」
「大自然の神秘ですわね。そういう理由も、ここで研究されていますのよ。逆に言えば、まだまだ世界には謎が多い、ということですわ」




