四十二話 北へ向かおう
『馬鹿め! 逃がすわけがないだろう!!』
勝利の余韻もつかの間。
クスキン号は、いつの間にか周囲に現れていた大量のマグロロボに囲まれていた。
「……どこにこんな大量の兵器を隠してたんだ」
『いざとなったときのための最終戦力を全て投入したのだ! これで貴様らを討てなくば、魚人は死んだも同然!』
「最後っ屁ってわけね」
サーノは呆れ、額の血管を引き抜いた。
「サーノ様、オリヴィア様、これって……どうすれば?」
「詰みですわね」
「そうだな、詰みだ」
「ちょっとぉ!?」
「こっちはヘトヘトでボロボロなんだ、んで向こうは殺気立ってる。あとはもう逃げるしかない」
「ええ、逃げましょう」
「逃げるって、どこに!?」
その時、海底に咆哮が響いた。
「ごおおおおっ!!」
「っ!」
『おお、リヴァイアサン四世!! 我々に力を貸してくださるのか!!』
なんと、満身創痍のクジラが、起き上がってマグロロボ軍団の背後に控えている。
「ごぉぉぉ……」
『く、くはははは!! 不埒な人間め、我々が正義だ! リヴァイアサン四世が味方したのだ!! もはや敗北はない、我々の大逆転だなぁ!!』
「うーん……どうするよ姫さん」
「決まっています」
オリヴィアの眼は据わっていた。
「クジラの悲鳴を聞かずには帰れませんわ」
「……筋金入りだぜ、ホント」
「鼓膜を鍛えねばなりませんね」
「我慢強さを鍛えるほうが先じゃないか?」
言いつつ、サーノはクスキン号の状態を確認する。
「腕はないが……魚雷ハッチの開閉でどうにかものは掴める」
「お父さん、お母さん……私は前世で何か悪いことでもしたんでしょうか……なんで海の底で変な名前の潜水艦に乗って、牢屋に入れられたり痺れたり死にかけてるんですか? 誰か助けてください……命だけでも……」
ペペが泣きながら天に祈っているのは、サーノもオリヴィアも無視した。
「よーし、じゃあ姫さん。堪能しろよ、怪物の断末魔」
クスキン号の脚部が爆発する。
魚雷を自爆させての、強引な加速。
『向かってくるか、馬鹿者め!!』
『串刺しにしてやれ!!』
マグロロボの集団が、手持ちの槍をクスキン号へ向けた。
「ごぉぉぉああああっ!!」
しかし、そのマグロロボの集団を、リヴァイアサン四世がしっぽで薙ぎ払った。
『ぐわあああっ!?』
『な、何を、リヴァイアサン四世-ッ!! のわああ!!』
「うおっ、やる気十分だな!」
一撃で粉砕されるマグロロボ達。
リヴァイアサン四世の視線は、クスキン号に向いていた。
口元が、闘争の悦びで歪んでいる。
「……な、なんですか、こっち見てますよ」
「好敵手認定ですわね。おめでとうございます、サーノ」
「こいつは俺の獲物だ! みたいな感じですか? サーノ様、モテますねぇ」
オリヴィア達は他人事のように殺気のこもったクジラの視線を受け流していたが、
「……腹立つな、コノヤロー」
真正面から受け止めたサーノはうんざりしていた。
「てめーみたいに勝手にライバル認定してくるヤツが一番めんどくせぇ。利害関係を平気で踏み潰すしてきやがる。お互い長生きしようぜなんて言っても聞く耳持たねぇ!」
クスキン号の右肘が、魚雷ハッチでリヴァイアサン四世のしっぽを挟んだ。
「迷惑なんだよ、喧嘩しか生き甲斐ないヤツって、心底さぁ!! 趣味探せよ!!」
そのまま、クスキン号は横回転。
リヴァイアサン四世をジャイアントスイングで振り回した。
『ぎああああっ!!』
『貴様ァァァ!!』
リヴァイアサン四世を叩き付けられたマグロロボが次々と破壊され、海底のそこかしこが爆発し続ける。
「があああああ!!」
「姫さん、どう?」
「ん~……偉大なる慢心と誇りが破壊された、渋みある音ですわ。芳醇で濃厚、熟成具合が素晴らしい!」
「あ、そ。もう満足?」
「録音は済みましたわ。あっ、あと三秒、多分悲鳴が一オクターブ高く……」
「……あいよ」
その後、クスキン号はたっぷり一分は回転し続けた。
マグロロボは余波で全滅、魚人の海底基地はほぼ壊滅し、リヴァイアサン四世は意識を失っていた。
「う、おええ」
大暴れの影響は味方にも及んでいた。
ペペがカメラの景色で酔った。
隅っこのごみ箱に顔を突っ込んだまま、ときおり苦しそうにうめくばかりで微動だにしない。
「げえ。吐くなよ密閉空間で……」
「あはぁ……うっ」
オリヴィアは恍惚とした表情で呆けていた。
「……楽しかったかよ、変態」
「ええ、それはもう、大変な歴史の重みと言いますか……大海のロマンが詰まった、最高級の悲鳴でしたわ」
「あ、うん……じゃ、今度こそ帰ろうか」
「あ、よろしくですわ~」
すっかり溶けたオリヴィアの指示に従い、クスキン号はリヴァイアサン四世を手放した。
遠心力で、気絶したリヴァイアサン四世は吹っ飛んでいった。
「あっ、一応追撃や再建も封じとこうか」
クスキン号は続けて、手足の残骸をパージした。
追い打ちのように大爆発し、海底を更地にしたパーツを背に、潜水艦は海面へ上昇していく。
「ふう、なんとか逃げ切れたようだ……」
ベルラは海岸を歩いていた。
頭痛を抱えながら。
「……だ、だが、サーノの仕業で魚人の兵器はある分しか使えん……今頃魚人の基地は壊滅しているだろうから。このことは魔王山の仲間にも伝えねば……」
どう報告すればいいかを考えると、ベルラの頭痛はひどくなった。
信じてもらえる気がしない。
「……たったひとりのダークエルフのせいで、などと口が裂けても言えるか……!」
途方に暮れたベルラは天を仰いだ。
そこでベルラは見たのだ。
「…………え?」
空を飛ぶ潜水艦を。
どばしゃあ、と、滝のような透明の海水が、ベルラを叩き潰した。
「がぼっ、ごぼぼぼっ!? ばぼばーっ!!」
ベルラは海水と共に、海へ流れていった。
大きな水しぶきを上げて海面に飛び出た潜水艦は、勢いそのままに空中へ飛び上がった。
「イヤッホーッ!!」
「爆進さん、水流ジェット最大出力」
「ひいい!! た、たたたた高いぃぃぃ!!」
魔法で無理やり推進力を得た潜水艦は、宙を舞った。
魔力は海水から得て、海水の噴射で運動エネルギーを産み、同時に排水。
飛べば飛ぶほど、潜水艦は軽やかになっていく。
「ひょー、こいつはとんでもないな! 窓から眺める空ってのもオツなもんだ!」
「ペペ、下を見てみませんか? 街があんなに小さいですわ」
「い、嫌です!! 怖いですーっ!!」
「やれやれ、好奇心の足りない子供だ」
サーノとオリヴィアは窓から顔を離した。
「では、汽車に移動しましょうか」
「ここから三人仲良く飛び降りるわけ?」
「ふふ、ちょっと違いますわね。こちらへどうぞ」
オリヴィアは青い心臓を抱っこすると、コックピットを出た。
サーノとペペも後をついていく。
「……おおー」
「えええ……」
潜水艦の中に、汽車が丸ごと収まっていた。
完璧に整備され、いつでも走り出せそうな、乗りなれた赤い汽車である。
「ずっと大事に抱えてたのか……」
「ふふふ、びっくりしました? それでは、汽車ごと飛び降りましょうね」
「考えることが最高にアホだ。気に入った」
「オリヴィア様、私この先着いていけるんでしょうか……」
三人と心臓ひとつが、汽車に入っていく。
空飛ぶ潜水艦は突然大爆発した。
真昼の花火とばかりに、色とりどりの火花を散らし、盛大な爆発音を響かせて。
爆風の中から、細長いものが落下する。
赤い車体に金の装飾の汽車。
汽車は地面を何度もバウンドしつつ、車輪で線路に必死に食いついた。
やがて、汽車はレールに落ち着き、順調な走行をはじめたのだった。
「さあ、参りましょう。目的地は近いですわよ」
花火を背に、汽車は北へと加速する。




