四十一話 技の名前を考えよう
「どこへ行かれる、客人」
「サーノがいる海にいては、命がいくつあっても足りないわ」
「なるほど、お帰りになるか。では、見送りを」
「必要ない。それよりも、基地の守りを固めたほうがいいわよ」
ベルラはそそくさと、魚人の海底基地を後にした。
「くそっ、サーノめ……またしても我々の邪魔をするのね」
その表情は、屈辱に満ちていた。
「な、何をする気なんですか?」
「へぇ、人間の形をしてるんだな、こいつは。クソジジイの趣味はイカしてんねぇ」
サーノは青い心臓から、デラックスキングオリヴィア号の操作方法を教わっていた。
言葉ではなく、魔力をデータの形に編んで、脊髄に直接流し込ませる。
「……デラックスキングオリヴィア号? なんで娘の名前つけてんだ。子煩悩め。暴力的な点は高評価」
「あの、サーノ様……」
「ペペ、オリヴィアの側についてやってくれ。少し揺れるから」
「ほ、本当にやるんですか? 無事に帰れそうだったのに、藪蛇じゃないですかぁ」
「無事じゃあ駄目だ。お魚さん諸兄に、姫さんの名前でトラウマを覚えてもらうぜ。今後のちょっかいを防ぐためにもな」
「サーノ様も、相当お疲れなハズですよね?」
「雇い主が寝てるってときに、護衛も一緒に寝ててどうすんだ」
「私はこのまま帰ったほうがいいと思います! もうドンパチは十分ですよぉ」
「じゃあ、ペペだけどうにかして陸に帰らしてやるよ」
「ひとりだと不安です~」
「大丈夫大丈夫。英雄様を信じろって」
サーノは眼前を睨んだ。
魔力を通して、カメラの様子が直接脳内に流れ込んでくる。
「う、うおお……視界が広い。虫になったみてぇだ、くらくらする」
「サーノ様!」
ペペが切羽詰まった声を上げた。
レーダーに魚人のミサイルの反応が三つ。
「さぁて、逆ギレの時間だ!」
デラックスキングオリヴィア号が加速する。
「キーング! マイティ瓦割りエクストラーッ!」
手刀が魔力で強化され、青いオーラをまとう。
紙でも裂くかのように、ミサイルが真っ二つになった。
デラックスキングオリヴィア号の背後でミサイルは遅れて爆発し、後光のようにデラックスキングオリヴィア号の身体を照らす。
「クスキン号! あとふたつだぜ!」
デラックスキングオリヴィア号改めクスキン号は、残り二つのミサイルを視界にとらえる。
「凶悪無敵目力魚雷発射!!」
頭部パーツが複雑に変形し、ふたつの魚雷が発射された。
四つの弾頭は互いに激突し、爆発する。
「まだまだやれるよなぁ!? クスキン号!」
闘志を燃やすサーノとクスキン号の前に、爆風をかき消しながら、巨大なクジラが姿を現した。
リヴァイアサン四世である。
「ほう? こいつが姫さんに危害を加えた暴れん坊か!」
青い心臓から得た情報で、サーノは眼前の敵を「そこそこの強敵」だと認識した。
「と来りゃぁ、ペペ! 今夜は鯨肉だ!」
「む、無理です! しばらくお魚は無理ですよぉ!! 夢に出ます!」
悲鳴を上げるペペは無視して、サーノはリヴァイアサン四世に突っ込んでいく。
「どぉりゃあぁぁぁエレクトリカルショッキング肘頂ッ!」
眩い青の閃光が、肘に集まった。
魔力を込めた一撃が、リヴァイアサン四世の額にめり込んだ。
火山の噴火のような轟音と衝撃。リヴァイアサン四世はきりもみ回転しながら吹っ飛び、海底を滑っていく。
「ごおおぉぉぉぉ!!」
「防音!」
コックピットが魔法バリアで守られ、リヴァイアサン四世の咆哮を防いだ。
「飛べ、腕ェェエーッ!!」
腕部内臓の魚雷が自爆し、余波で右腕が吹っ飛んだ。
魔法による加速もあって、まっすぐに飛ぶ右腕。
「ノスタルジックはちゃめちゃ衝撃的パーンチ!!」
「がごああああっ!!」
リヴァイアサン四世の腹に、右拳がキレイに入った。
右腕はドリルのような回転を見せ、リヴァイアサン四世は海底にどんどんめり込んでいく。
「サーノ様……」
「なんだ、ペペ? 酔ったか?」
「もっと技の名前、いいの考えられませんか?」
「じゃあペペが名付けてくれよ。一世一代の大技、ギガントマキシマム九十九式膝を今から放つから」
「普通にキック、パンチじゃあ駄目なんですか?」
「長いほうがかっこいいじゃん」
「そうでしょうか……?」
万感の思いを込めたペペの疑問符は、サーノには届かなかった。
「じゃあ行くぜ! とどめのギガン……どわぁっ!?」
突然、クスキン号が揺れた。
どこからか砲撃が飛んできたのだ。
「またミサイルか! 魚め、こしゃくな真似を!」
サーノは索敵を行う。カメラを用いた目視である。
「姫さんの食い残しだって? 海は広いし大きいんだ、こぼしもする」
青い心臓からオリヴィアの戦闘記録を得たサーノは、クスキン号の姿勢を変える。
正面から見ると大の字に、腕と脚を広げさせた。
「絨毯爆撃だぜ! ペペ、技名!」
「ええっ!? め、メイドボンバー!!」
全身から大量の魚雷が発射された。
サイズ的に入らなそうな脚部や腕部からも、ハッチが開いて魚雷が吐き出された。
海底を蹂躙する爆風の嵐。
「……なんでメイドなんだよ」
「かわいいじゃあないですか! メイドですよ!?」
「やっぱペペじゃあ駄目だな。今のはミサイル雨あられボッコボコスペシャルと名付ける」
「どちらも失格ですわ……」
「姫さん!」
オリヴィアの声がして、サーノは振り返った。
オリヴィアは頭痛でもするのか、かぶりを振っていた。
「単に魚雷でいいでしょう、魚雷で」
「短くてダサい」
「かわいくないです」
「兵器にかっこよさもかわいさも必要ないでしょうに。機能的であれ、ですわ」
「やれやれ……そうやって効率優先でワビサビを殺していくんだな」
「魚雷っていうのも堅い感じですよね。今度からパチパチお魚さんアタックって呼びましょう」
「あの、なんでわたくしが劣勢なのでしょうか? やはりふたりで何かいかがわしいことをして絆が芽生え……」
「ひっ。ご、誤解ですよぉオリヴィア様。シンプルが一番ですよね!」
「神に誓って何もしてないからな」
「ええ、信じますわ。臆病者とヘタレですもの」
「言い方にトゲがあるなぁ」
「武器の話はいいです。それより、今の……」
状況について聞こうとしたオリヴィアは、自分の身体にテーブルクロスがかかっていることに気が付いた。
「……なんでわたくしの身体にテーブルクロスがかけられてたんですの?」
「冷えるかなって」
「高いんですのよ」
「耳がヤバいって聞いたけど」
「ああ、それは大丈夫みたいですわ。サーノ、回復魔法をかけてくださったのですね」
「今回のはサービスな」
「それで、何をなさっていたのです?」
「姫さんの仇を討とうとしてた」
「そうですか。気は済みましたか?」
「こんだけ魚雷を降らせてやったんだ、向こうも参ったろ。なんだかしらけちまった」
「や、やっと帰れるんですね……」
『逃がすものか!』
拡声器を使った声。
クスキン号が声の方向に目線を向けると、そこには、
『メカリヴァイアサン八号機、推参!! 住処を荒らされた恨みを返す!』
巨大ロボットがいた。
クスキン号より大きいメカマグロに、人間の腕が付いた形状である。手には巨大な槍を構えていた。
「……延長戦、やってもいい?」
「いいでしょう。わたくしの領地ですもの、追い出しておやりなさい」
「合点!」
クスキン号は加速し、拳を振りかぶってマグロロボに殴りかかった。
『馬鹿め! 水中における肉弾戦は、完成されしこの姿が最強!!』
対するマグロロボは、槍の切っ先をクスキン号に向ける。
その刃先が、いきなり射出された。
「!?」
「サーノ、回避を!」
「言わんでもっ!」
深く潜って、飛んできた刃先を回避するクスキン号。
しかし、刃先は持ち手とワイヤーで繋がっていた。
「えっ、あ、おい!」
器用に軌道を変えた刃先が、ぐるぐるとクスキン号の周囲を旋回する。
「しまった、こりゃあ汽車の屋根でやった手だ!」
『動きを止めれば、こちらのものだ!』
クスキン号は、あっという間にワイヤーで縛り上げられてしまった。
「ええい、放せこの野郎!」
「魚雷の発射口が塞がれていますわ!」
『珍妙な潜水艦の動きは止めた! 次は中身を焼いてくれる!」
「や、焼くって……どうやって!?」
「サーノ! 絶縁!!」
次の手を読めなかったサーノと、次の一撃が何か理解したオリヴィア。
しかし、サーノが意味を理解するよりはやく、攻撃がはじまった。
『超高圧電流、スイッチオン!!』
「っぐがぁぁ!?」
サーノの全身が痺れた。
バチバチと、痛覚を直接異物が走る感覚。
手足が硬直し、立っていられなかったサーノは、前のめりに倒れる。
「くぁああっあうっ、ああっ!」
「ひぐうう!?」
サーノの背後から、オリヴィア達の悲鳴が聞こえた。青い心臓の苦痛も魔力を通して感じられる。
クスキン号全体を電流が走っているようだった。
(ぜぜぜぜっ、絶縁んんっ!? そういうことかっ、ががががっ!!)
「あ、あばばばばっ!! ふんぐぬうううっ!!」
サーノは床に広がる青い血管を根性で掴むと、自身の額に突き刺した。
魔力の狂気で痛みを誤魔化す。
「ううおおおがああっ!!」
コックピットにバリアが張られる。雷に対する防御力を高めた仕様だ。
「おおっ、ぐ、うう……ふうっ、大丈夫か!?」
サーノは寝ている場合ではないとばかりに飛び起き、オリヴィア達に振り返った。
「し、しびびびびびっ、痺れまひら……」
「うう……口から煙が出るなんてはじめてですわ」
まだ痙攣しているペペと、こほこほと咳き込むオリヴィア。
「どうにか無事だな……まったく、とんでもない武器を使ってきやがった」
「ええ、パイロットを直接攻撃するなんて、全くエレガントではありませんわね。サーノ、反撃は?」
「ばっちり、任せとけ!」
サーノが拳を手のひらに打ち付けると、クスキン号の頭部パーツが吹き飛んだ。
「姫さん、命名!」
「目くらまし」
「地味!」
頭部パーツが、白く発光した。
海底を照らすライトが、マグロロボのカメラを潰す。
『ぐあああっ!? 目がやられたっ!』
「続いて頭突き」
「遊び心がないなぁ!」
頭部パーツが、マグロロボの脳天目掛けて一直線に突き進む。
視界を奪われたマグロロボは、脳天を襲った衝撃を防御できなかった。
『ぎゃああっ!?』
マグロロボが、勢いのままに縦回転する。
槍が手放された。
「開放された!」
「今こそパンチですわ」
「デラックス鉄拳アッパーッ!」
縦に撹拌されるマグロロボのアゴに、クスキン号の左腕が肘までめり込んだ。
「魚雷発射」
「あったかしびれマグナム、大炎上!!」
「パチパチお魚さんアタックスペシャル拡大版!!」
ペペまで加わり、三者三様の技名を叫ぶ。
クスキン号のめり込んだ腕部から魚雷が発射され、マグロロボは内側から大爆発した。
『ぎゃああああ!!』
「……両腕無くなっちまった」
「命があっただけ幸いですわ」
爆発を背に、クスキン号はかっこいいポーズを決めるのだった。