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四十話 合流しよう

「ペペ、ひとつ気づいたことがある」


「私もひとつ気付きました、サーノ様」


 ふたりはひそひそと会話していた。

 場所は牢屋を出てすぐの曲がり角。


「よし、ペペ君から言いたまえ」


「義手で仲間じゃないってバレません?」


「それは問題ないだろ。こんだけ姫さんの研究車みたいな……」


 サーノは通路の天井を這うパイプ類や、壁のスリットを走る光を見回す。


「怪しい技術使ってる連中だぜ。義手のひとつふたつは不自然でもあるまいさ」


「そういうものですかね……サーノ様は何に気が付いたんですか?」


「マスク付けてたら、マーメイドじゃないってバレるよな? 奴ら水中で普通に呼吸できるし」


「……」


「あと泳ぎづらい。動きにくい」


「マスク取ったとして、魔法でなんとかできないんですか?」


「ダークエルフの場合、呼吸は短時間ならできなくもない。会話は難しい。泳ぎはほぼ無理」


「えー……じゃあ私、死体を弄り損ですか?」


「いや、そうでもない。ちょっとペペには危ない仕事かもしれないけど、頼めるかな」


「嫌って言っても、やらなくっちゃ死ぬんですよね? 覚悟決めますよ、私だって!」


「おお、いい返事だ! じゃあ、さっきマーマンが使ってたその武器」


「この三又の鉾ですか?」


「そいつをこうして、こっちに向けるんだ」


「こうですか?」


 ペペは鉾の刃を、サーノに突き付けた。


「あとは、姫さんの雇った護衛を信じてくれ」







 マスクを外したサーノは、両手を挙げ、通路を泳ぐ。

 彼女の背中には、鉾がギリギリ触れる程度に突き付けられていた。

 というよりちょっと刺さっていた。

 鉾を持って進んでいるのはペペなのだが、鉾の先端とサーノの背中には、極薄の魔法バリアが張られていた。

 ペペがちょっと押しただけで、サーノの身体は前に進む。

 バリアが極薄なのは、海水の魔力の干渉で、強いバリアは張れないからだ。少し刺さったくらいでなんとか、というのが精いっぱいのレベル。

 それでもなお、毎秒バリアを張りなおす必要がある。


「……」


 サーノは水中マスクを外しているので、喋れない。無言である。

 ペペに意思疎通する手段が殆ど無い、ということでもある。

 顔や身体には余った鱗等を貼り付け、極力マーメイドになりきっていた。


「ほ、本当に騙されるんでしょうか……私でも偽物だってわかりますよぉ」


 何度目かわからない質問をペペが投げてきたが、サーノは返事ができない状況であった。


(魚人の文化がよくわからないから断言はできないけど、そこまで顔とか気にしないと思う。産めよ増やせよ、数で押せ、みたいな)


 サーノは考えていた。

 魚人の生存戦略が、知識と数である以上、個々の差に意識を払うことは少ない……ハズ。


(そういう全体主義的な考え方の場合、最悪では人質ごと攻撃されそうだが……その場合は、この身を肉の盾にしてやるさ)


 自己犠牲的な計算は、ペペには話していなかった。


(体内の魔力を暴走させて時間稼ぎ、か……行き当たりばったりだよなぁ。ペペがどこまで逃げられるかが問題だぜ。信じてるぞ)


 ふと、サーノはオリヴィアの顔を思い出した。


(……あー、その場合、姫さんカンカンだろうなぁ。護衛の仕事放棄したら……もうちょっと、友人の娘の成長を眺めていたかったんだけど……けどペペもほっとけないんだ、許せ)


「止まれ!」


 サーノの思考は、新しい声で中断された。

 魚人達が、武器を構えて通路を塞いでいた。

 数は十人(十匹?)はいるだろうか。


「ひっ!」


「……」


「人間ひとりか。仲間のダークエルフはどうした」


(騙されてくれたか)


 サーノはほっとした。

 サーノは知らないことだが、魚人は眼が良くない。今はまだ、サーノとペペの姿はぼんやりとしか見えていなかった。


「かっ、海岸まで逃げたいのでっ! 見逃してください!」


 ペペがほとんど懇願に近い要求を伝えた。


「お願いします!! 死にたくないです!! 二度と海には近寄りません!」


「……」


 魚人達の表情は読めない。

 ペペの要求をとりあえず聞こうというのか、あるいは何か別の手があるのか。


(けど、これで射程距離だ)


 サーノには、魚人達の思惑はどうでもよかった。

 ペペに意識が向いているうちに、義手のスクリューを盛大に逆回転させて、魚人達をまとめて吹き飛ばすのだ。


(そんで、奴らの武器を奪う。マーメイド下半身もどきを脱いで、全力で泳ぐ!)


 サーノが義手を魚人の群れに向けようとしたとき、彼らの背後に人影が現れた。


「何よ、何事……ぶふぉっ!?」


 ベルラだった。

 オリヴィアの潜水艦が暴れたので、それが鎮まるまで建物内に退避していたのだ。


「どうされた、客人」


「で、で、出たぁ!?」


 ベルラは腰を抜かしてしまった。


(なんか聞き覚えのある声がするような……)


 サーノには、魚人の群れの向こうにいるベルラの姿は見えなかった。


「そそそ、総員退避!! 逃げて、月を振り回す女よ!」


「月を……?」


(……あ、なんだっけ、どこかの街で……メドゥーサに食われた奴だったかな……)


 魔力節約のために酸欠ギリギリなサーノの脳みそでは、余計なことを思い出す余裕はなかった。


「くそっ、なんてこと! 何故サーノがここにいるの!?」


「えっ、サーノ様のお知り合いですか?」


(話しかけるなペペ!)


 動かなくては。

 サーノは義手を展開させ、魚人達へ向けた。

 ちょうどその瞬間、天井が崩れた。


『!?』


 その場の全員にとって予想外のアクシデントだった。


(ペペ! 危ねぇ!)


 サーノは全力で泳いでペペを抱えた。


「ひ、ひいい!?」


 サーノの背中に瓦礫が迫る。


『見つけましたわ!!』


 聞き覚えのある声と共に、サーノ達の上方に壁が入り込んできた。

 降り注ぐ瓦礫を防いだのは、デラックスキングオリヴィア号の手のひらだった。


「きょ、巨大な手!? なんですかこれ!?」


(いいからマスク! マスクよこせペペ!)


 サーノは必死にペペの身体をまさぐっており、事態の変化に意識を払えていなかった。


「うひぃ!? さ、サーノ様そこは駄目です! ふしだらです!」


『ちょっとサーノ!? ペペに何をしてらっしゃるの!?』


(オリヴィアの声……?)


「お、重っ!? サーノ様、自分で泳いで──」


(い、いいからっ……、ま、マス、く)


 そこで呼吸が限界に達したサーノは、意識を失った。







「……ん」


 意識を取り戻したサーノは、潜水艦もといデラックスキングオリヴィア号のコックピットにいた。

 サーノの腕の中では、オリヴィアが安らかな表情で寝息を立てている。


「すぅ……すぅ……まだ曲がりますわ……」


「何が?」


 寝言に条件反射でツッコミを入れてから、サーノはぼやけた頭で周囲を見回す。


「なんだろう、ここは」


「潜水艦だそうです」


 ペペは青い心臓にマッサージを施していた。

 ペペが肩を揉むように手入れをしてやると、とても心地よさそうに震えた。


「ペペ、無事だったか」


「なんとか……死ぬかと思いました」


「さっきの魚人達は?」


「潜水艦が魚雷で蹴散らしました」


「そいつは助かった。今回ばかりは駄目かと思ったぜ」


「……すやすや……まだ左が動きますわね……ふふ」


「なんで姫さん抱いて寝てたんだろう」


 サーノは寝言より先に現状を確認することにした。


「なんだか、誤解してたみたいです。サーノ様が私に手を出したって」


「何故そうなる?」


「サーノ様と私がずっと近い距離にいたのを、勘違いしたんでしょうね」


「……なんでずっとくっついて動いてたって知ってたんだ」


「水着に発信機が」


「ひえっ」


 サーノは自分の水着を引っ張って確認したが、特に不審なものは見つけられなかった。


「オリヴィア様、けっこう嫉妬深いですからね……こういう事態も見越してたんだと思います。大目に見てあげてください」


「まあ、今回は助けてくれたからいいけど……次からはやめてほしいなぁ。結構怖い」


「それで、誤解だって知ったオリヴィア様、サーノ様を泣きながら放さなくなっちゃって」


「姫さんが? 泣いた? ペペ、ジョークのセンスが壊滅的だぜ」


「いやいや、本当に泣いてたんですよ。不安で仕方なかったみたいで。オリヴィア様、失神したサーノ様にずっと抱き着いてるうちに、疲れて寝ちゃったんです」


「うわ、そんな殊勝な姫さん存在すんの?」


サーノは天然記念物を見る目でオリヴィアに視線を落とした。

寝顔は整っていて、それでいて無防備だ。

サーノはなんとなく、オリヴィアのアゴの下を撫ででみた。


「んっ、んふふ……」


「んー……でも確かに、帰りが遅くて心配かけたかな。こうして潜水艦で助けに来たくらいだし」


「それに加えて、お耳が聞こえなくなってたのもあったみたいですね」


「……は?」


 サーノの手が止まった。胸の中のオリヴィアを、改めて見る。


「すや……すぴー」


「なんだか、おっきなクジラの鳴き声で鼓膜がどうにかなっちゃったみたいです。それでサーノ様の声が聞こえないって、ずっと心臓に耳を押し当ててました」


「……」


 サーノはオリヴィアをそっと椅子に寝かせると、毛布代わりにテーブルクロスをかけた。


「ええ……それは見栄えがよくないし、寒いと思います」


「じゃあペペが毛布かけといてくれよ」


 サーノは青い心臓に歩み寄る。


「今、潜水艦は陸に向かってるみたいです。いやぁ、疲れましたね。魚人間の皆さんも追ってこないですし」


「この心臓が動かしてるのか?」


「はい、そうみたいです。偉いですね、よしよーし」


 ペペは青い心臓を撫でた。


「じゃあ、魔力で動かせるんだな」


「原理はよくわからないですけど、そういうことじゃあないでしょうか?」


「よし、ならワンモアセットだ」


 サーノは青い心臓の血管をひとつ手に取って、自身の首元に思いっきり差し込んだ。


「ひえっ!? な、何してるんですかサーノ様!?」


「まだだろ。ペペのメイドの誇りとか、オリヴィアの聴力とか、領地を勝手に使われたりとか、そういったものの落とし前がまだ済んでない。舐められたまんまだ」


 どくん、どくん、と青い血管が波打つ。

 サーノは獰猛な笑みを浮かべた。


「スティンバーグ社爵令嬢と愉快な仲間たちの、煮えたぎる怒りを明確な暴力で表現するのが、傭兵様の仕事だぜ」

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