表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/66

三十七話 海底の様子を見てみよう

「いかがですか、爆進さん。こんがり小麦色ですか?」


 オリヴィアは、手押し車に青い心臓を乗せて、浜辺をのんびり歩いていた。

 オリヴィアの優しい声音に、心臓は嬉しそうに血管を振って答える。


「うふふ、よかったですわね。サーノが優しくしてやれとおっしゃっていましたから、特別ですよ」


 ニコニコと語りかけるオリヴィア。

 そのまま歩き続け、桟橋に差し掛かる。


「さて、次は海底探検ですわ」


 桟橋には、巨大な潜水艦が停泊していた。

 赤いボディに、金色のパーツ。


「サーノ達は遅いので、きっとわたくしに内緒で楽しいことをしてらっしゃるのでしょう。迎えに行かなくてはなりませんわね」


 青い心臓はぶるっと震えた。


「お仕事の時間ですわ、爆進さん」







「いい牢屋じゃん」


「よくないですよぉ……ぐすん、前科一犯のメイドなんて前代未聞ですぅ」


 小さな牢屋で、サーノとペペはぷかぷか浮いていた。

 海中の牢獄だけあって、牢屋も海水で満たされていた。

 幸い、水中でも呼吸ができるマスクのおかげで、呼吸は不自由していなかった。


「見ろよ、ベッドが天井に逆さまに備え付けられてるぜ。ははは、浮力で寝ろってことか」


「こんな水吸ったベッドで寝られませんよぉ!」


「生活様式の違う海中亜人では、そこまで頭が回らなかったってことだろうさ」


「うう、ひどい……キレイな身体が自慢だったのに、犯罪者なんてぇ……」


 ペペはぐすぐす泣いていた。涙はすぐ海中に溶けた。


「だが、やるなぁマーメイドの連中も。ペペの逃げ足は、触手とかでがっちり捕まえたら発揮されないってことか。イソギンチャク、なかなかの強敵だぜ」


 サーノは現状を振り返る。

 周囲に特に魔法を抑制するような仕掛けはない。

 海中は砂漠と同じく、狂気で満ちた空間であり、魔法は海中亜人も含めて使用不可能なのだ。

 加えて、海中亜人達には、海中に特化した技術力がある。脱獄されても鎮圧できる自信があるのだろう。


「……マーメイド?」


「ペペも捕まった、下半身魚の亜人だよ。牢屋の前にいるのは……」


 サーノは、牢屋を見張っているマーマンを親指で示す。


「マーマン。マーメイドとは近縁」


「ふむ。つまりメイドなんですね」


「いや、残念ながらメイドではない」


「メイドじゃあないのにメイドを名乗ってるんですか!?」


「メイドじゃあねぇっつってんだろ」


「メイドに対する誇りはないんですか!」


「本人達に聞けよ……」


 ぷんすか怒るペペを捨て置き、サーノは思考に戻った。


「さて、なんでこんなすっからかんの牢屋にぶち込まれたのか……」


「罪状を確認したいか?」


 見張りのマーマンが、無表情に話しかけてくる。


「魚の顔は表情が読めねーなぁ……。宝石盗もうとしたって言いたいんだろ?」


「いかにも、窃盗未遂だ。よって、一時間後に死刑!」


「い、一時間ン!? なんでそんなスピード執行なんだ!」


「海中では一瞬の迷いが命を奪う! 判断の遅れが、同朋の命を奪うのだ!」


「落とし物拾おうとしただけで死刑って、酷過ぎないですか!?」


 流石にペペも抗議に加わった。


「馬鹿者! 海中では我々が正義! 従えぬなら死刑!」


「横暴な刺身め!」


「我らが守り神、リヴァイアサン四世へのささやかなエサとなることで、貴様らの罪は浄化される!」


「やってられるか! ペペ、こうしちゃいらんねぇ! なんか脱出の作戦考えるぞ!」


「はい! メイドを騙る不届き者に裁きを下すんですね!」


「ノリノリだな……まあいいか!」


 ふたりは水を吸った羽毛布団に潜り込み、作戦会議をはじめた。


「それで、どうするんですか!?」


「大前提を確認するぜ。まず、長い間潜ってるわけにはいかない」


「なんでですか? 息はできますよ」


「皮膚から狂気入りの水分が吸収されるんだよ。ダークエルフはどうにか分解できるけど、ペペは人間だからそんなことできない」


「……ど、どのくらい潜ってたらヤバイんですか?」


「さあ……個人差あるからなぁ。でも一時間持たないと思うよ」


「一時間経つと?」


「泣いたり笑ったり以外は何もできなくなる」


「やだあぁぁぁあぁ!!」


「いてっ、こら暴れんな! 狭いベッドなんだから落ち着け!」


「やだやだやだ!! 死にたくない死にたくないーっ!!」


「罪人二名! 騒ぐなら刑が重くなるぞ!」


「死刑をどう重くしようってんだ! どうどうどう、いい子だから落ち着け~なぁ~」


 口を挟んできたマーマンを無視し、サーノはとりあえずペペをなだめることにした。







 魔王軍幹部・ダークエルフのベルラは、海底の魔王軍アジトを訪ねていた。


「ベルラ殿! よくぞ参られた!」


 出迎えのマーメイドに武器を預け、特殊なマスクを装着し、海底を泳ぐ。


「遠路遥々、ご苦労。魔王山で新時代を始める手筈は?」


「順調よ。今は誰を依り代にするか、議論を重ねているところね」


「儀式の日は近い、か。海の平和を脅かす人間共め、今に見ているが良い」


「それで、あの……」


 途中で、ベルラは立ち止まり、言葉を濁した。


「どうされた、同志ベルラ?」


「えっと……ここの、陸地部分の、現在の所有者なのだけれど」


「陸地? 所有者? それは魔王軍のことだろう?」


「い、いえ、そう、では……あるのだけど……」


 ベルラは困っていた。

 海中亜人の開発した武器を受け取りに来たはいいが、まさかビーチがスティンバーグ社爵の土地だとは思わなかったのだ。


(以前は気にしなかったのだけれど、よく見たら、デミスン様の仇の領地……! サキュバスの生き残りの証言で北に向かうとは言ってたけれども、今サーノはどの辺りにいるのかしら。絶対に会いたくないわ……)


 孤鋼石の刀をぐっと握り締め、悔しみを紛らわす。


「……り、陸に、女達はいなかった?」


「女?」


「ええ。それと、子供のようなダークエルフ」


「生憎、陸は我らの管轄ではない。だが、もし見かけたら、ベルラ殿に伝えよう」


「ええ、お願い」


「それで、ここが武器を収めている倉庫の……」


 耳をつんざく轟音。

 ベルラ達の会話に、何らかの駆動音が割って入ってきた。


「!?」


「こ、この音は!?」


 ベルラとマーメイドは上を見上げた。

 潜水艦の腹が見えた。

 逆光で陰にはなっているが、間違いない。

 ベルラには赤い艦底を見間違えようがなかった。


「スティンバーグ社爵の潜水艦だわ!」


「ふむ、しかしどこへ向かっているのだろうな」


「な、なんでのん気なの、そんなに。領域を侵してるじゃない」


「不用意に我らの住処に近づくなら、無論しかるべき痛みを与える。が、そうでないなら……」


「そうでないなら?」


「藪蛇は避けたい」


「そ、それもそうよね……」


 ベルラは少し冷静さを取り戻した。


「そもそも、あれにサーノが乗っているとも限らないわ。うん」


 ベルラはオリヴィアと直接会ったことはない。生き残ったサキュバスの報告も、錯乱しているだけだと思っていた。


(心を読んだら死んだとか、言い訳になってないのよ)


 危険度ではダークエルフとどっこいどっこいな極悪令嬢が、オーパーツじみた潜水艦を動かしているとは、とても想像できなかった。







「面舵いっぱい」


 オリヴィアはにこやかに指示を告げた。


「面舵ってなんなのかよくわからないんですが、なんとなく響きが面白いですわね。ついつい言ってしまいたくなりますわ。ふふ、面舵もういっぱ~い、なんて」


 汽車と同じ、上品な内装の潜水艦。

 オリヴィアは紅茶をひとりで淹れると、窓から水中を眺めた。


「サーノやペペにも見せたいものですわね」


 潜水艦は群れなす魚群と並走していた。


「健気に泳ぐ魚を肴に、紅茶を一杯、取舵もいっぱい。夢一杯、お金も一杯」


 オリヴィアは優雅な所作で、紅茶をすする。


「……うーん……長旅で団体行動に慣れてしまったのでしょうか。独り言に返事がないと、寂しいですわね」


 潜水艦を動かす心臓に視線を動かす。

 早鐘のような鼓動。血管を巧みに動かし、潜水艦を操っている。


「……口くらいは付けてもよかったかもしれませんわ」


 紅茶のカップを片付け、正面のモニターにリモコンを向けた。


「本当、不思議な機械ですこと。お父様はどこで、こんな複雑な仕組みを思いついたのでしょうか」


 リモコンを操作すると、モニターに3Dの図面のようなものが映し出された。

 海底を大雑把にマッピングしたものだ。

 図面の片隅に、小さな赤い光がふたつ。

 サーノとペペの位置を示す光だ。


「……ふたりで身を寄せ合って、何をしているのでしょう」


 オリヴィアが剣呑な目でモニターを見つめてすぐ、変化が起きた。

 ふたつの赤い光が急に離れたのだ。


「あ、これは突き飛ばされたのでしょうか。サーノ、まさかペペに乱暴を?」


 オリヴィアがリモコンをさらに操作すると、天井から注射器が降ってきた。

 注射器は青い心臓へ、綺麗に直立して刺さった。


「爆進さん、こうしてはいられませんわ。さあ、キリキリ走ってくださいまし」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ