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三十六話 海だしはしゃごう

 海水浴場は、オリヴィアの父親が整備したものであり、ほぼオリヴィアの私有地である。12歳の誕生日プレゼントだったらしい。

 普段は賑わっているのだが、現在は『魔王の血』の影響で営業停止状態。

 つまり貸し切りである。


「海だー」


 サーノはやる気なく喜んでみせた。

 上下とも真っピンクなフリル付きの、女児用ビキニ水着姿である。

 オリヴィアが屋根で縫っていたのは、この水着だったらしい。


「えっと、なんで?」


「その、なんで? とは、何に対するものでしょうか?」


 サーノの疑問に答えたのは、こちらも水着姿のオリヴィア。

 南国柄の腰パレオが、オトナでありつつ煽情的過ぎないバランスを保っている。

 こちらは高級な生地の既製品らしい。


「ああ、焼きそば屋台に並ぶおこづかいが必要でしたか?」


「やったー、って違わい。なんで、わざわざ女児用水着を二着も手作りしたのかってことだよ」


 サーノはのそのそと気怠そうに砂の城を作る。


「あら、不気味でしたか?」


「正直、かなり。そんな仲になった覚えはない」


「うふふ。これからなるのですよ」


「え、なにそれ。姫さん熱中症か?」


 サーノの不審者を見る目を、オリヴィアは涼しげに受け流した。


「オリヴィア様~! カニ獲れましたぁ!」


 海中からしぶきをはね散らかし姿を現したのは、シュノーケルを装着し銛を手にしたペペ。

 由緒正しい、紺色のワンピース水着である。オリヴィア曰く「スクール水着」。

 ただし、ペペ本人の希望で、メイドっぽいエプロン飾りがついてたりする。

 これもオリヴィアが夜なべして完成させたらしい。


「まあ、素晴らしいですわ。エビも獲れますか?」


「任せてください! 食材調達はメイドのお仕事です!」


 ザブンと素潜りするペペに、オリヴィアは声をかけた。


「飲まないように気を付けてくださいねー。狂気の水ですから」


「聞いちゃいないと思うぜ」


 真っ赤な海をちらりと見たサーノは、ため息をついた。


「青い海なら歓迎だったんだがな……」


「そんなにお嫌いですか? 赤い海」


「嫌いっていうか……テンション上がんねー……。もっとこう、日差し! 白く輝く砂浜! 青い海! って感じの海水浴がしたい。どうせなら」


「確かに、はしゃぐサーノをじっくり眺められないのは残念ですわね」


 オリヴィアは畳まれたビーチパラソルとサマーベッドを残念そうに見た。

 用意したはいいが、結局誰も使っていない。

 日差しは曇天で遮られているので、わざわざ日陰を作らずとも問題なかった。


「ていうかよ。なんか、空模様が今にも時化りそうで、見るからに寒い」


「それは同感ですわね」


「これがペペの初体験か……ちょっと可哀そうじゃね?」


「でしたら、もう一回来ましょう。お父様が『魔王の血』を収めて、海が元通りになったら」


「帰りも護衛で雇うってのか?」


「いくらで雇われてくださいます?」


「行きと同じ料金でいいよ。どうせ義手のテストもまだやりたいだろうし」


「交渉成立ですわね」


「あとでちゃんとした契約はしような」


 サーノは砂の「ひっくり返したお椀」を完成させ、満足げにうなずいた。


「よっしゃ、城完成」


「……城……?」


「旗が必要だな」


「待ってくださいまし。それはなんですの?」


「どこの城かってことか?」


「ああ、はい、そういうことで構いませんわ」


「モチーフなんてねーよ。城ってだいたいこんなもんだろ」


「だいたいが過ぎますわね」


「姫さん、旗持ってない?」


「あそこの、誰も使っていないビーチパラソルを刺してはいかがでしょうか」


 オリヴィアの投げやりな提案を、サーノは嬉しそうに受け入れた。


「いいね、イカしてる! 立派な城は大抵、旗がデカイ」


「……旗だけあっても、城と呼べるのでしょうか……」


 サーノは、嬉々として砂のお椀に、畳んだパラソルを先端から刺した。


「逆では?」


「下から刺したら、城が崩れるじゃん。まるでただの土台みたいになっちまう」


「そうでしょうか……?」


 万感の思いを込めたオリヴィアの疑問符に、サーノは気付かなかった。


「しかし、ペペ遅いな。溺れてるのか?」


「確かに、浮き上がってきませんわね」


「少し様子見てくる」


 サーノは水中ゴーグルをつけると、ざぶざぶと海に潜っていった。


「……サーノ……わたくしは、センスが独特なのも、お茶目でかわいいかしら、と思えますので」


 オリヴィアの我慢できなかったフォローは、誰の耳に入ることもなかった。







(なんで海中には、魔物がいないんだろうな)


 海中を泳ぐサーノは、そんなことを考えていた。


(砂漠と条件は似通ってるのにな。そもそも魔物ってなんだ? 別世界からの侵略兵器ってことは知ってるが、なんでこっちの世界の生物を真似てるんだろう)


 鮮やかな熱帯魚の群れと並行して泳ぎながら、深紅の海を見渡す。


姫さんの父親クソジジイなら、何か知ってたのかもしれないけど……あいつは慢性的な難聴だし、詳しい話聞こうとすると毎回何故か邪魔が入るし、聞けても誤魔化されたし……深入りしても命足りなそうだったし……)


 サーノは、かつてオリヴィアの父親を含む何人かの仲間と共に、大陸中を旅した頃のことを思い出していた。


(図体のデカイ山賊上がり……クソジジイの幼馴染……どっかの教会の僧侶……眼鏡……うーむ、思い出してもとりとめのないパーティだったな)


 パーティを抜けたのは、いつだったか。サーノの記憶はおぼろ気だ。


(クソジジイに再会したときには、まさか幼馴染が死んで、どこかで拾った記憶喪失の娘とやらと結婚したと聞いて面食らったもんだ。人間の命は儚い……)


 やけに人見知り、というよりも対人恐怖症の感すらあった記憶喪失娘の顔を思い出そうとしたが、眼前に小魚の魚群が見えて、そちらの顔に思い出が引っ張られた。

 今、サーノの脳内での記憶喪失娘は小魚の顔をしている。


(……思い出せない。姫さんの母親って印象のある女の子ではなかったような、そういう覚えはあるんだけど……でも血縁は確かだったな、輸血を手伝ったときは)


 サーノは自身の記憶が歯抜けなことに若干の危機感を覚えたが、


(んー……まあ年だしな。ちょっと物忘れするくらいは普通だ普通)


 あまり深く考えず、ペペの捜索に意識を戻した。


(そこまで遠くには行ってないハズ。内陸育ちだし海中は落ち着かないだろう……いや、内陸育ちにしてはずいぶん泳ぎが上手かったな……)


 その時、海底にキラリと光るものを見つけた。


(……? あれは……)


 イソギンチャクの群れの、開けたところに、宝石のようなものが落ちている。


(……遺失物かな。姫さんに届けてやろう)


 サーノは深く潜っていく。

 宝石に手が掠めた瞬間。


「ッ!?」


 突如として、イソギンチャクの触手が伸び、サーノの手首に巻き付いたのだ。


(き、気持ち悪ィ!)


 反射的に魔法で切断しようとしたが、魔力が拡散されてかすり傷にしかならなかった。


(し、しまった! 砂漠と環境は似てるんだったっ!)


 引きちぎろうともがくサーノだったが、海中では力がうまく入らず、あっという間に四肢を絡めとられてしまった。


(ひ、ひいい……ペペもこいつに捕まったのか!?)


 うぞうぞ肌を這う触手に、嫌悪感を隠そうともしないサーノ。


「海の平和を脅かす者よ!」


 身動きの封じられたサーノの目の前に、無数の人影が現れた。

 人間の女性の上半身に、魚の下半身。

 雌の海中亜人・マーメイドの群れである。


「洞窟の長耳よ! 海の宝を持ち帰ることは許されない!」


 マーメイドの糾弾と共に、宝石から手足が生えた。


(うげっ!?)


「彼は海中の愚行を咎める罠である! 我らが友人、宝石ヤドカリの一族の勇気に喝采を!」


 宝石に住むヤドカリがそそくさと岩間に逃げ去っていく。

 マーメイド達は、ヤドカリを見つめながら一斉に両手を合わせて頭上へ突き出した。

 海中に住む亜人流の敬礼である。


「洞窟の長耳よ! 海中で盗みを働こうとした罪、言い分があれば語るがよい!」


 マーメイドがふたり、未だに動けないサーノの口にマスクのようなものを取り付けた。


「うっ!? な、何しやがっ……あっ息が楽だ!」


「窃盗への申し開き以外の発言は許可しない! 海中における警告は三度まで!」


「ほ、宝石落ちてたから、遺失物だと思ったんだよ! 落とし物は届けなきゃだろ!?」


「ふむ、それは一理ある! だが海中に投棄されたものは、すべて我ら海中の亜人のものである!」


「捨てたんじゃあなくって落としたかもって話にならねぇの!?」


「ならん! 海中に貴重品を持ち込むなど、海に対する畏怖が足らない証左である!」


「め、めんどくせーっ! わかった、わかったそれでいいよもう! それより、人間を見なかったか!?」


「人間?」


「紺色の水着着た、ちっこい人間!」


「貴様と同じ罪で投獄した! 言い分も貴様と同じであった!」


「馬鹿野郎!? そいつは無罪! 濡れ衣!」


「なるほど、仲間か! こいつも投獄だ!」


「しゅ、種族間の抗争になるぞーっ!」


「我らには魔王軍の加護がある! 陸にしか生きられぬ貴様らなど恐るるに足らぬわ!」


「ち、畜生ー! 傲岸不遜過ぎだぜ!」


 叫んだ直後、サーノの身体はイソギンチャクの群れに引きずり込まれ、意識を失った。

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