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三十四話 生きるための取引をしよう

 槍は客車から、屋根を突き破って生えた。

 屋根上で喧嘩していたのがバレたか、落下したサキュバスの念話か。

 サキュバスの攻撃だ。


「姫さん、研究車に!」


「ええ、ペペを持って!」


 サーノはペペを担いだ。

 ザクザクと、タケノコのように槍が突き出される。

 絶え間ない刺突をかわすサーノとオリヴィア。


「く、うおっ、ちいっ!」


「おお、っと……あ、とと」


 しかし、サキュバスは数人がかりで、サーノ達を屋根から降ろすまいと何度も槍を突き上げてくる。

 加えて、車両の前後から、サーノ達を囲むように槍が迫ってきた。

 大技の魔法を何度も使ったあとのサーノは、集中する暇もない。

 ダンスでもさせられているように回避し続けるふたり。


「これは、あっ、ふ……流石に、マズイのでは?」


「姫さんひとりならもっとうまくやれたとでも!?」


「うーむ、どうでしょうか、っく!」


 真正面に現れた切っ先が、オリヴィアの鼻先をかすめた。


「お、オリヴィアッ!」


「も、もう! 魔王軍の方々は、本当にせっかちですわね!」


 破れたスカートを縛りながら、オリヴィアは怒って見せた。


「やっぱ姫さんに拘束任せなくってよかった」


「手慣れてるのがご不満ですか?」


「今それどころじゃないからいいよ! それより怪我は?」


「回復魔法ですか? その集中力はサキュバス相手にブッ放してくださいまし」


「それはそうしたいいいっ!!」


 サーノの右足が貫かれた。


「い、っぐ、おおおっ!」


 サーノは痛みを気合いで無視し、すかさず槍伝いに電流魔法を流した。

 槍が手放される感触。サーノは切断魔法で槍の穂先を刈り取り、右足を引き抜いた。

 勢いで屋根に転ぶサーノに、オリヴィアが手を差し伸べる。


「サーノ!」


「痛い! めちゃくちゃ痛いよ! 満足かよ喜色満面で!?」


「はい!! 素晴らしいですわ、サーノの不意をついただなんて!!」


 うっとりとサーノの右足を撫でようとするオリヴィア。

 サーノは手を払いのけた。


「ええい、ほんっと姫さんはマイペースだなぁ!! 生きるか死ぬかって時に!!」


「あらまあ、サーノの悲鳴はわたくしの生きる理由でしてよ。まだまだ長生きできそうですわ」


「そいつは何より! 殺しても死にそうにねぇなぁ!!」


 そこでふたりは気が付く。


「……あ、あれ? ペペは!?」


 サーノが肩に担いでいたはずのペペの姿が消えていた。


「先ほど、サーノが転んだときに、線路に落ちたのでしょうか……」


「じょ、冗談じゃあねぇ!! ペペ! ペペーッ!」


 サーノが叫ぶと同時、汽車が急に減速した。


「きゃっ」


「おおおっ!?」


 慣性にしたがって、サーノ達はごろごろと転がる。

 ふたりはそのまま客車と最前車両を繋ぐ通路に落下した。


「ぐぶっ」


 下敷きになったオリヴィアの腹に、偶然サーノの膝が入った。


「あっ、わ、悪い姫さん」


「い、いえ……も、問題ありませんわ」


 よろめきながら立ち上がるふたりの前で、運転席の扉が開く。


「だ、大丈夫ですか!?」


「ぺ、ペペ!」


 そこには、落ち着いた鼓動を繰り返す青い心臓と、注射器を抱いたペペがいた。


「よ、よかったぁ。すみません、目を覚ましたらふたりとも槍に踊らされてて、私は逃げたいけどサーノ様が米俵みたいに私をがっちりと」


「皆まで言わんでいい! よく逃げてくれた。やっぱ亜人でもぺぺの逃げ足の理屈はわかんねぇし、最高のジョーカーだ!」


「あとでたっぷりおいしいものご馳走して差し上げますわ! サーノ、運転席に逃げますわよ!」


 そそくさと三人は運転席に入り、扉を閉めた。

 息つく暇も惜しんで作戦会議である。


「さて、サーノ。客車のサキュバスを乗せたまま、次の駅には入れませんわ」


「そいつは同意だ」


「ど、どうやって追い出すんですか?」


「多分貨物車にもいるんだよな。姫さん、毒ガスとか撒けない?」


「緊急時のためにその機能はありますわ」


「あるのかよ。冗談のつもりだったのに、おっかねぇ」


「で、でも、仮にサキュバスさん達、大人しく毒ガス吸って待ってるでしょうか」


「うーむ、それもそうですわね。異変に気付けばすぐに逃げ出しますわ」


「逃げてもらえるなら御の字じゃねぇかな」


「やぶれかぶれで運転席まで攻めてこられては、もっとキツイお仕置きを爆進さんに与えなければならなくなりますわね。ペペやわたくしはともかく、爆進さんにサーノを区別する能力はありませんもの」


「マジかよ。こうして隠れてるけど大丈夫なんだろうな?」


「わたくしが命令すれば、すぐ無差別に攻撃を加えますわ」


「つまり、どうにかしてサーノ様は安全なところにいないといけないんですね」


「運転席以外ではサキュバスの置き土産的な攻撃が飛んできそうだなぁ……」


「……ふむ。閃きましたわ」


 オリヴィアはごそごそと床板を外し、おもむろに縄を取り出した。


「ペペ、わたくしを縛ってくださいな」


「なんでそんなとこに縄隠してた?」


「ふふ、乙女の秘密ですわ」







「くうっ! き、急に減速するなんて!」


「屋根上に気配を感じない! サーノ達はどこへ!?」


 客車のサキュバス達は騒然としていた。


「……う、運転席! 気配が四つに増えたわ」


「くっ、化け物の潜む最前車両に逃げたか……これでは追えない」


「……いえ、これはチャンスよ。最前車両には食料も何もない。こちらは貨物車を抑えた。減速し、停車したら、それこそ向こうは追い込まれることになる」


「兵糧責めか」


「しばらく駅はなかったわね、確かに。それに、マクエがサーノを刺してくれた」


 サーノを刺したサキュバスは、電流で昏倒して座席に寝かされていた。


「回復魔法で回復されるんじゃあ……」


「サーノはこの短時間で、強力な魔法を何十回も使いっぱなし。そろそろ脳が焼き切れるような集中力の欠如を感じているはず」


「休息するだけ、向こうの不利ってことね」


「わかってるじゃあねぇか!」


 その時、バン! と、前方扉が開け放たれた。


「さ、サーノ!」


「よう。姫さんが『わたくしをどうしても良いです、ふたりは見逃して』だとよ、サキュバスちゃんら」


 片腕のサーノはずかずかと客車に踏み込んでくる。

 肩には、ぐるぐると縛られたオリヴィアが担がれていた。


「……なんのつもり?」


「姫さんは死なないでほしいらしいし、こっちも護衛で死ぬのはまっぴらゴメンよ。取引しようぜ」


 サーノは無造作に、縛られたオリヴィアを投げた。

 どさり、と床を転がるオリヴィアは、白目を剥いて気絶していた。


「姫さんをやる。洗脳でもなんでも好きにしな。代わりにダークエルフをひとり、見逃してくれ」


「……」


「……わ、罠じゃあないの?」


 サキュバス達は動揺していた。

 サーノの精神にはアクセスできないため、考えていることは読めない。

 敵地に堂々と現れ、雇い主を差し出し、命乞いをされた。

 ここまでのオリヴィアの(不可抗力的な)陰湿なトラップじみた反撃に、サキュバス達は疑心暗鬼になっていた。


「そう言って、オリヴィアが実は人型爆弾で、サーノあなたが逃げ出した途端大爆発したり……」


「なんでそこまで怖がられてんだよ、姫さん……」


「し、信用できないわ!」


「そんなに不安なら、気絶してる姫さんの中身除いてみろよ」


 サーノは深い意味もなくそう言ったのだが、サキュバス達がなぜオリヴィアの脳内を読み取れないのか知らないのだ。

 事情を知っているサキュバス達は、その一言に大きく動揺していた。


「え、え……あ、いや」


「う、そ、それは……うん、そうよね、そうするべきよね」


「洗脳でもなんでもしなよ。商品確認は当然の権利だろ?」


「え、ええ、それは……あ、あとでするわ」


「???」


 サーノは本気で「なんでそんなに警戒するんだ?」と考えていたが、お互いの事情は知る由もない。


「まあ、遠慮しとくってんなら別にそれでもいいけどよ……それで? 見逃してくれる?」


「サーノ、あなたを逃がすかどうかは、質問に答えてからにしてちょうだい」


「質問?」


「ええ。スティンバーグ社爵令嬢は、何のために、こんな険しい岩山を通ってまで、どこを目指しているの?」


「ああ、そんなこと? 単に旅行だよ。北国の別荘を目指してたんだとさ」


「本当のところはどうなの? 隠したらどうなるか、わかっているでしょう」


「本当に、ただの旅行なんだけどな……なんだ? 何が言いたい?」


「とぼけないで」


 槍や剣が、一斉にサーノに向けられた。


「お、おいおいおいおい……こいつは穏やかじゃあないねぇ」


「用途不明の車両、デミスン様達の作戦を妨害、あなたたちふたりに施された精神防御……どう見ても、何か大きな目的があるわ」


「……デミスン? 誰だっけ?」


「貴様、侮辱も大概にしろ!」


「いや、マジに誰だか……どこかの偉い人?」


 サーノの顔は、煽るようでもなく困惑一色だった。


「……よ、用途不明の車両の正体は?」


「姫さんの研究車。姫さんしか使い方も鍵の開け方もしらない。そいつに関しては何も言えないぜ」


「何よ、なにも言えないの!? 護衛なのに!?」


「いやあ、知ってることなら嘘偽りなく言ったんだけどなぁ……何をそんなに疑ってるのやら。こっちからすれば、そこが不可解だ」


「ま、魔王軍を妨害しようとしているんじゃあないの!?」


「何を?」


「え、あ、いや、う……」


「姫さんのクソ親父が出張だから、別荘でしばらく暇を潰そうってのが、姫さんの旅行の目的だぜ。姫さんの前に現れなけりゃあ、こっちも手出ししねぇよ、討伐は王様の軍隊の仕事だし」


「……ほ、本当?」


「悪いね、何を期待してたか知らんが、こんなくだらない理由でよ」


 サーノは槍の先をつつくと、ため息をついた。


「そんで、なんか他に用事ある?」


「……ぐ」


「ないなら逃げていいよな?」


「う、ぐぐぐ……」


「え? どうなんだ? おい、サキュバスちゃんよォ」


「ぐぐ、ぐががっ、が、はっ!」


 サキュバス達がバタバタと倒れていく。


「ああ? 泡吹いてないで答えろよ、魔王軍!」


「ぐべは、っろろろ……」


「ったく、恐ろしい毒ガスだぜ」


 サーノは呆れながら、オリヴィアを担ぎ上げた。


「じゃあ、予防薬が効いてるうちに逃げさしてもらうぜ。しばらく寝てな」


 サキュバスを足蹴にしながら、サーノは客車を出て行った。







 運転席に入るなり、サーノはどさりと倒れた。


「さ、サーノ様!」


「へ、へへ……ペペ、今日のお前は働き者だ。時間稼いでるうちに、じわじわ毒ガスを流すなんて芸当、練習もなしによくやった……ごほっ、ごほっ!!」


「しっかり、サーノ様!」


「か、貨物車両は?」


「サキュバスさん達は逃げたみたいでした!」


 サーノ達にとって問題だったのは、客車のサキュバス達の逆襲だった。最後尾の貨物車両にもいるかもしれないサキュバスは、研究車が閉まっている以上、屋根伝いに最前車両まで来るしかない。

 その場合を考えて、研究車屋根上では自動迎撃の銃座を起動していた。改良されているので上空も狙える。

 今、襲ってこようとしないということは、撃たれたか、ペペの言う通り逃げたのだろう。


「待ってください、解毒剤を打ちます!」


「馬鹿野郎、ダークエルフより普通の人間の姫さんが先だろう!」


 縛られたオリヴィアは不規則な呼吸を繰り返していた。


「は、はい! ごめんなさいごめんなさいオリヴィア様!」


「ああ、くそっ……頭が痛ぇ。息をする度、肺も苦しい……滅茶苦茶だよ、ホント」


「サーノ様の抗毒魔法でも防ぎきれなかったんですか?」


「そうみたいだな……サキュバス達にあんな短時間で効果があったんだ、バレない程度の抗毒ではこんなもんだろ、う、ごほっ!」


「ひええ、さ、サーノ様ぁ!」


「……ふふふ、サーノ」


 オリヴィアがうっすらと目を開いた。


「姫さん! よかった、無事だな!」


「ええ、すこし内臓にダメージがあるようですが、そこはわたくしの開発能力の……げっほ、げほっ!!」


「ま、待て! しゃべるな、回復魔法を使うから!」


「お、お願いします。さすがに苦痛の声を上げられないのはもったいないので……」


「よし、いつもの姫さんだ! じゃあ片手間で説教するが、二度とあんなこと言うなよ!!」


 回復魔法をかけるサーノの表情は、心配と怒りが半分ずつ、といったところだ。


「あんなこと?」


「自分が単独で潜入するとかいう真似! もっと護衛をこき使うんだよ、嫌だって言われても!」


「ふふ、サーノったら……過保護ですわね」


「なんのための用心棒だ、高い金払ってるんだからもっと信じてデンと構えてろ! いいな!」


「ええ、承知しましたわ。これからもよろしくお願いいたします」


「サーノ様、チクっとしますよ」


 ペペの唐突な投薬に、サーノは飛び上がった。


「ひいってぇぇ! い、いきなり注射すんなよ」


「ああもう、じっとしててください」


「あ、そういえば。ペペ?」


 オリヴィアは思い出したように、ペペに窓際を示した。


「はい、なんですか?」


「ペペをびっくりさせようと思っていましたの。外をご覧になってくださいまし」


「外? ……あっ、うわぁー!!」


 外を見たペペが感動の声を上げたので、サーノも気になって窓を覗いてみた。


「おっ、これは……」


「うふふ、ペペをどっきりさせようとしてましたの。サラダ油は許してくださいますわよね?」


「ええ、はい! もちろんです!」


 窓の外には、海が広がっていた。

 岩山の道をしばらく行くと、標高と地形の関係で、片方の窓からは海以外に何も見えなくなる区間が存在するのだ。

 ペペは窓に顔面を押し付け、曇天に広がる水平線をむさぼるように眺めていた。


「あっ、波! 私知ってます、あれビッグウェーブって言うんですよね! 実在したんだ、絵本の中だけだと思ってました!」


「なあ姫さん。ペペは海を見るの、はじめてなのか?」


 サーノはまだ縛られたままのオリヴィアの隣に座り、オリヴィアの髪を無意識にすきながら問いかける。


「ええ、ペペは内陸の育ちですから」


「ふーん」


 サーノは複雑な表情だった。


「そっか。ペペは赤い海でも喜べるんだな」


 『魔王の血』の真っ赤な曇天を映した大海原は、どこまでも赤かった。

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