三十三話 しつけをしよう
「追いついたわ!」
サキュバス大車輪が、汽車に追いついた。
高速回転する都合で、サキュバス大車輪は急には止まれない。
少し汽車を追い越したところで魔法を止める。
サキュバス達はすぐにバラバラになって、汽車の屋根に着地した。
「わ、っとと……」
「きゃっ!」
三人ほど、着地に失敗して線路に落ち、あっという間に見えなくなる。
「ヒルシャ! キッシ! マグーリエ!」
≪大丈夫! 轢かれてない、無事よ!≫
≪サーノの姿が見えたら、念話で報告して逃げるわ!≫
≪りょ、了解! くれぐれも無茶はしないで!≫
サキュバス達は車内へと入っていく。
≪客車には誰もいないわ≫
≪この用途不明の車両には入れないみたい≫
≪倉庫も……パッと見人影はないわね≫
≪う、ぐああっ!≫
運転室に入った仲間から、悲鳴のような念話が入ってきた。
≪な、何!? どうしたの!≫
≪だ、駄目だ! 運転席には来るな! 魔力を搾られでご、殺ざれっ……≫
≪ギネーッ!!≫
≪や、やだやだやめて、そんな、あ、ぎゃああ!!≫
≪ひいい! う、腕は、そっちには、曲がら、なっ……が≫
汽車が急加速する。
魔力が搾られる、という報告や、先に潜入していたはずの仲間の姿がないこともあって、
≪……う、運転室には入らないで! みんなそこの何かに殺されたのよ!≫
そう結論付けた。
≪く、くうう……こうまで仲間を何人も殺されるなんて……っ!≫
≪令嬢の身の回りって、なんでこんな即死トラップだらけなの!? イカレてんじゃあないのかしら!!≫
サキュバス達の心中で、オリヴィアへの怒りは募っていく。
とはいえ、サキュバス大車輪で消耗も激しかった一行は、ひとまず文字通りの「羽休め」をするのだった。
「もっともっとブッ飛ばしますわよ! しっかりお掴まりになっていて!」
「や、屋根とかある車にできなかったのぉぉ!?」
岩山の線路を爆走するオープンカーが一台。
ガタンガタンと飛び跳ねながら、カーブを曲がる。
浮き上がる車体。片側タイヤだけで走りながら、驚異的なドライビングテクニックで転落もせず曲がり切った。
「あはははは!! 風が気持ちいいですわ!!」
オリヴィアはハンドルを握ると人が変わるタイプだった。
同乗者は生きた心地がしていない。
「ひ、姫さん! もっとスピード落としたりできねぇの!? ペペが三分置きにゲロ吐いてて死にそうだぜ!!」
「サーノ! 回復魔法! そんなスットロいこと言ってたら、爆進さんに追いつけませんわ!!」
「くそう、何でもできてゴメンよペペ! 死ぬな! 耐えろ!」
ペペを治療しつつ、サーノはオリヴィアを問いただす。
「姫さんなら、別の汽車で旅行続行とかできただろ! なんであの汽車にこだわるんだ!?」
「爆進さんが暴走状態のまま次の駅で停まって、無関係な人々に見られたら面倒でしょう!?」
「そりゃごもっともだなぁ!」
「あと爆進さんの反抗期! わたくし、爆進さんをそういう風には育てていませんの!」
「多分サキュバスが勝手に燃料になりに行っただけだから! あの心臓悪くねぇって! 不慮の事故!」
サーノはそこで、何かを発見した。
「げっ、視力強化で見たけどよ! なんかサキュバスが線路で三人! 仁王立ちしてるぜ!!」
「委細承知!! 轢き殺しますわね!!」
「躊躇してブレーキに足運ぶとかしないの!?」
「でしたらサーノ!! 飛行魔法でこの車両を飛ばしてくださいまし!!」
「着地ミスったら三人揃って車外に放り出されるぞ!」
「サーノならできます! サーノを信じてくださいまし!!」
「お、おめぇよォ~!!」
サーノは仕方なく、集中をはじめる。
「地獄で文句言うなよてめーっ!」
「地獄で結ばれるなら本望ですわーっ!」
「げ、げろげろ~……」
ちょっと先の地点。
「サーノに対して有効かはわからないけど……これならきっと」
サキュバス三人は、魔法でサーノに不意打ちを行おうとしていた。
本来、サキュバスは物体操作魔法にはそこまで長けていない。普通の亜人並みには扱えるが、エキスパートとは言えない。
だが、陣形魔法「サキュバス三本柱」で物体操作魔法を束ねることにより、今回は頭上の岸壁を砕いて落とそうとしていた。
「サーノめ、刺し違えても貴様を……」
「待って、音がするわ。……何かしら」
サキュバス達は聞き耳を立てる。
それほどの間もなく、オープンカーが姿を現した。
その時見たオリヴィアの満面の笑顔を、サキュバス達は一生忘れられなかったらしい。
「く、車ぁ!?」
「岩石! 岩石落とさないと! 道を塞ぐの!」
「え、ええ!」
練られた魔力が、岩石を破砕した。
ガラガラと線路に岩山が積み上がっていく。
「散開!」
すぐにサキュバス達は崖に身を投げた。
飛行魔法を使い、横から経過を見守る。
「え、えええ!?」
しかしサキュバス達は更に驚くことになった。
オープンカーは線路ではなく、岩壁を走っていた。
地面から垂直に、九十度。
えぐれた崩落跡は加速で飛び越えた。
「無茶苦茶よ!」
「見て、メイドが白目剥いてる!」
「おのれ、オリヴィアにサーノ! あんな小さな子を……」
「待って、それよりも仲間に連絡しなくては!」
「ぜひーっ!」
サーノが息を吐くと、オープンカーは線路に戻った。
バウンドしつつも、オリヴィアの神がかった操縦技術で転落もしなかった。
「ぐおお、も、もうキツイ! ぜひーっ、ぜひーっ」
「ありがとうございます、サーノ! もうひと頑張りですわ!」
「じ、重力魔法はやっぱり使い勝手がいいな! へへっ、ど、どんとこいよ!」
すぐに、見慣れた汽車の最後尾車両が見えてきた。
「見えましたわ!」
「待て、姫さん! 貨物車両の屋根になんかいる!」
貨物車両の上のサキュバスが、ライフルを構えて待ち構えていた。
「作業員の思考を読んだのですね! 隠していた武器を掘り出されたようです!」
「護身用だろ!? 大したこたぁねぇ!」
「それはわたくしの技術力を侮っているということですか!?」
「面倒くせぇなぁ! でも確かにそうだ!」
サーノが防御魔法を展開すると同時に、サキュバスの射撃。
ライフル弾を受け止めた防御魔法に、ヒビが入った。
「うぁ!? な、なんつー威力! やっぱ姫さんタダモノじゃあねぇ!」
「お褒めにあずかり光栄ですわ!」
「くっそー、これじゃあ近寄れねぇ! どうする、姫さん!」
「わたくしが汽車に飛び乗りますわ!」
「駄目だろ!?」
「わたくしの汽車の不始末ですわ! わたくしがケリ着けるのが道理でしょう!?」
「でも姫さんじゃあサキュバスに殺される!」
「サーノが潜入したら、誰がペペを守るのですか!?」
「えっ、あ、そりゃあそうだな!」
再びライフルを撃たれ、防御魔法のヒビが広がった。
魔法で強化されているのか、銃弾の破壊力が大きい。
「ぐっ、確かに、逃げ場がないもんな! け、けどよぉ! あの屋根のやつを倒して……」
「壁を走ってお疲れでしょう!? 防御魔法にキレがありませんわね!!」
「車の運転なんてできねーよぉ!!」
「でしたらペペに運転させますわ!!」
「できるわけねぇだろ!!」
「いいえ、ペペはわたくしの車を動かしたことがあります!! 問題ありませんわ!!」
「ぐ、ぐうう!!」
サーノは唇を噛んで悩んだ。
サキュバスの銃撃は止まない。
「……駄目だ!! 護衛の名折れだぜ!!」
「でしたら、ペペを護衛なさって!」
「ふざけんな!! 隣のおばちゃんの言う事も聞けねぇのかよ、ワガママ娘!!」
「子供の自由くらい尊重してくださいまし!!」
「あっ、待てコラ! まだ納得してねぇぞ!!」
オリヴィアは汽車に接近しつつ、ハンドルから手を放そうとしていた。
「ぐ、ぐううう!! こんの猪突猛進女ァァ! 良いぜ、だったらやってやるーッ!!」
サーノは、防壁を飛ばした。
サキュバスは一度後退し、ヤケクソな反撃はあっさり回避された。
「オリヴィア!! ワープだ!!」
「ワープ?」
「ぐ、ぬ、うっ……おおおおあああーっ!!」
次の瞬間、サーノ達は、オープンカーごと汽車の屋根上にワープしていた。
ただし、オープンカー「だったもの」はボロボロの鉄くずと化していた。
あらゆるパーツの接合が外れ、中身がスカスカになり、焦げ臭い鉄塊。
「きゃんっ」
「おげろっ」
「ぎゃふっ」
三様の声で、客車の屋根に落下した三人。
その背後で、鉄くずの山は風に流され、貨物車両上のサキュバスを巻き込みながら線路に落下していった。
「うう、痛いですわサーノ……いきなり乱暴ですわね」
ペペとサーノの下敷きになったオリヴィアが、文句を言う。
「馬鹿野郎! オリヴィアが単身で亜人集団に向かおうとするから、こんな無茶したんじゃねぇか!! 奴らの実力を侮り過ぎだ!!」
「ひとりで行ったら、これより痛い思いをした、とでも言いたいのですか?」
「わかっててやるなよ!!」
「それしか手はないと思っていましたもの」
「ワープってのは、先の地点の狂気がまっさらじゃあないと、あの車だった鉄くずみたいに狂っちまうんだよ!! 触ったら狂気に蝕まれる、最悪の産業廃棄物なんだ!!」
ボロボロに炭化した義手を見せながら、まくし立てた。
義手だった何かは、風に流され風化していった。
「ふふ、そうまでしてもわたくしを助けてくだったのですね?」
「こ、っ……あ、あのなぁ!! そういう話じゃねぇんだよ!」
「その話でしょう? 環境汚染より、わたくしの命を優先したのですから。ふふふ、サーノったら」
「くぉ、のっ……ば、馬鹿野郎っ……」
反論を必死に考えるサーノの目の前で、槍の穂先が突き出た。




