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三十二話 汽車を追いかけよう

「姫さん、サキュバスは空を飛べる」


「はい」


「直接襲い掛かってきたら、眼を閉じろ。アイコンタクトはサキュバスの最大の武器だ」


「魔法か何かですか?」


「表情とか見たほうが、心を読みやすいのさ。あと、姫さんみたいに、反応を楽しむところがある」


「そうですか。理解できましたわ」


「ペペもだぞ。廃人になりたくなかったら、眼を閉じるんだ」


「は、はいっ! 任せてください!」


「いい子だ、そろそろこっちから仕掛けるぜ!」


 サーノは店先のバゲットを籠ごと引っ掴んだ。

 バゲット籠が、青い光に包まれる。


「小麦粉煙幕を食らえぇい!」


 サーノの宣言と同時に、ガトリング砲よろしくバゲットが射出された。

 一直線に路地裏へ消える何本ものバゲット。

 一呼吸遅れて、路地裏から青い閃光と悲鳴。


「パンを小麦粉に戻してやったぜ! 姫さん、金!」


「合点承知の助ですわ」


 サーノはオリヴィアに空の籠を投げ渡した。

 オリヴィアは籠に札束を突っ込んで元に戻した。

 しっかりお金を払っている間に、白い煙と共に、四人程の女性が路地裏から姿を現した。

 全員に、黒い尻尾と小さな蝙蝠っぽい羽根が付いている。


「ビンゴ! けど街中では殺人はできねぇ!」


「ご心配なくサーノ。わたくしが揉み消しますわ」


「周囲の一般人メンタルへの悪影響をノータイムで無視すんな!!」


 咳込むサキュバス達に、サーノは殴りかかる。

 煙幕でペースを握られたサキュバス達は、数の優位を生かす間もなくサーノに気絶させられた。


「ペペ、捕縛!」


「えええ!? 縛るなんて、したことないですよぉ!」


「荷物とかまとめるのと同じ要領でいいよ!」


「サーノ、わたくしが縛りますわ」


「教育に悪いって予測できるからじっとしてろ!」


「うう、わ、わかりましたぁ。は、廃人にならないよう見守っててくださいね!?」


 サーノが襲撃を警戒し、ペペがサキュバスを拘束している間、オリヴィアは野次馬達に事情を説明していた。


「今、この街は魔王軍の手先が潜り込んでいるようです。皆様、速やかな避難を」


「魔王軍だって!?」


「こうしちゃあいられねぇ、通報だ通報!」


 ドタバタと慌てながら、市民は散っていった。


「人払いは済みましたわ」


「でかした姫さん。次は連中、きっと飛ぶぜ。いよいよ姿隠しつつの監視も無理そうだってな」


「そこをどのようにお料理いたしますの?」


「サキュバスミサイルで撃ち落とす」







「隠れていた場所まで気づかれるなんて! サーノ、どこまで化け物なの!?」


 複数の念話が途絶えたことで、いよいよサキュバス達も後が無くなってきた。


「もういいわ、麓まで撤退! 飛ぶわよ!」


「仕方ないわね、そうしましょう!」


 サキュバス達は翼を広げる。

 長い歴史の中で退化し、今やお飾りでしかない小さな羽根だが、飛行するイメージの助けにはなる。

 サキュバス達は魔法で飛行するのだ。


「サーノも飛んでくるかもだけど、そうなったら『無意識で飛べる』私たちのほうが有利よ! 武器を構えて!」


 路地裏や屋根上等、様々な場所から一斉にサキュバス達が飛び上がった。

 その数、三十以上。

 カラスの群れを思わせる黒い大群が、赤い空にひしめく。


「ぶげっ!?」


 しかし、突如飛来した「何か」に、しんがりのひとりが叩き落とされた。


「ノミエリーッ!」


「何!? 何が飛んできたの!?」


 一斉に振り返るサキュバス群。

 その目に飛び込んできた(比喩ではない)のは。


「ごばっ!?」


 簀巻きにされた仲間の身体の弾丸だった。







「出ましたわね! サーノの得意技、死体弾!」


「やめろよ、その名前……なんか、バチ当たりそうで嫌だ。今回は殺してないし」


「でもあの高さから落ちたら、普通は死にますわ」


「亜人だし骨折で済むだろ」


 気絶したサキュバスの魔法で身体を急加速させ、ぶつける。

 魔力が伝導しやすい亜人の肉体を利用したいつもの戦法だ。


「ペペ、次弾」


「うう、ナンマンダブ~ナンマンダブ~……」


 とはいえ、気絶させたサキュバスは四人だけ。

 つまり、死んでない死体弾も四発しか撃てない。


「あとは逃がすことになるが……別にいいよな、姫さん」


「ええ、また襲ってきたらサーノがなんとかしますもの」


「そうだな、清々しいくらい頼り切りで逆に気持ちいいよ」


「護衛ですもの、そういうお仕事でしょう?」


「それもそうだが……よっ、と!」


 最後のひとりが発射される。

 ブーメランのように横回転するサキュバスは、あっという間に数人のサキュバスを薙ぎ倒して、そのまま放物線を描き消えていった。


「……野生動物とかに見つかる前に目ェ覚ませよー」


「さ、サーノ様って、本当にすごいお方だったんですね。あっお靴お磨きいたしましょうか」


 ペペは若干の畏怖の念をサーノに抱いたようだった。


「こっちも清々しいくらいに正直な保身、ほんと名コンビだよ姫さん達」


「それほどでもありますわ」


「面倒見甲斐があるから感謝してるんだぜ。さ、駅に行こう……って、ん?」


 サーノはサキュバス達の違和感に気が付いた。

 散開して逃げもしなければ、転身して襲ってもこない。

 何故か、一直線に駅を目指している。


「……?」


 サーノは首を傾げる。

 その時、汽笛が響いた。


「ん? これって……どっかの汽車に乗って逃げるつもりか?」


「違いますわサーノ! この音はわたくしの汽車の音です!」


「へ? そうなの? よくわかるな、流石持ち主」


「メンテナンスの一環で鳴らしたりしないんですか?」


「これは走り出した時の音ですわ! サーノ、わたくしの汽車が暴走をはじめたようです!」


「……姫さんの乱暴な対応についていけなくなったんじゃあねぇの、あの心臓」


「だとしたらなおのこと、誰が主人かを再びはっきりわからせる必要がありますわ」


「あー、うん。その辺は任せるけど、もうちょい優しくしてやってくれ……」


「急ぎましょう、サーノ! 何者かが運転席に侵入したのかもしれませんわ!」







「テメーゼ、ジョキミー、ニデスタイ、アルフレッド……みんな、この仇は今は討てないけど、魔王軍の戦闘部隊が必ず……!」


 墜落した仲間たちを悼むサキュバス達。


「死んではいないでしょうけど、仇は必ず……」


「死ぬほど痛いだろうけど、絶対仇を……!」


 仲間を見捨てていくことにたまらない心の痛みを覚えながらも、サキュバス達は手を繋ぎ、輪になって飛ぶ。

 サキュバスの飛行スピードは、決してはやくはない。

 静穏性には見るべき部分もあるが、加速は魔法頼みだ。


「トベラ達も、返事がない……無事でいて」


「赤い汽車に追いつくわ! みんな、サキュバス大車輪よ!」


『はいっ!』


 繋いだ手を通し、お互いに加速魔法を循環させることで、凄まじい加速を得る陣形魔法。

 それが「サキュバス大車輪」だ。

 違いの五感を部分的に麻痺させる精神感応で、酔ったり吐いたりすることはない。サキュバスだからこそできる芸当である。

 円になったサキュバス達は、超高速で回転し、空を駆ける車輪となって汽車を追いかける。







 サーノ達が駅に着いた時、オリヴィアの汽車の姿はどこにもなかった。


「やられましたわね……!」


「す、すみませんご令嬢。我々が不甲斐ないばかりに」


「人質にされなかっただけでも幸いですわ。あとはサーノがなんとかしますから、皆は家族を守ってさしあげてくださいまし」


「わかりました! どうかご無事で……!」


 オリヴィアは作業員達を帰らせる。


「……護衛だしな。なんとかしてやるとも、勿論」


「当然、特別手当を弾みますわ。それよりサーノ、少し待っていてください」


「何をする気だ?」


「汽車を追いかけるための車を用意しますわ」


「は?」


 オリヴィアは返事も聞かずに、駅を出ていった。


「……待て、かぁ……こうしてる間にも、汽車はどんどん離れてるんだよな?」


「そうですよね……ううう、私たち、どうなっちゃうんでしょうか」


 駅構内のベンチで、サーノとペペは座って待つ。


「どうなるか、ねぇ……本当にな」


 サーノは考える。


「でも、本当にどうなってるんだ……姫さん、魔王軍に直接狙われるほど恨まれてたのか……」


「今まではこんなこと、一度もありませんでしたよね……サーノ様は、心当たりは?」


「今まで魔王軍もそうでないのも何十人もボコボコにしちゃあいるから、心当たりはあるともないとも言えんが……サキュバスの群れに喧嘩売ったことはねぇな。多分。ボケてなけりゃ」


「やっぱり、ここに来るまでにノしてきた亜人さん達の恨み辛みが……」


「そいつはわからん。でも、さっきサキュバス達はこの駅を目指してた。降りてくるわけでもなく、サキュバス大車輪で向こうに行っちまった。ひょっとして、サキュバスが汽車に潜入していて……」


「……サキュバス大車輪ってなんですか?」


「サキュバス大車輪はサキュバス大車輪だろ。なんだペペ、知らないのか」


「はい、知りません」


「円陣組んでエンジンになる魔法だよ」


「意味がわからないですよぉ……」


 その時、一台のオープンカーが、改札を破壊しながら駅のホームに飛び込んできた。


「おわああ!?」


「きゃああああ!?」


 びっくりするサーノとペペ。

 火炎のペイントのオープンカーは、ホームから落ちるギリギリに横滑りで停車した。

 運転手がサーノ達を手招きする。


「サーノ! ペペ! これで追いますわ!」


 運転席のオリヴィアは、いつの間にかサングラスをかけていた。


「ひ、姫さん!? どこから買ってきたんだそれ!」


「作業員の私物を、向こうの言い値で買い叩いてきましたの! はやくお乗りになってくださいまし!!」


「お、おう。行くぜペペ」


「え、あ、はい」


 サーノは放心しているペペを担ぎ、オープンカーに飛び乗った。


「よし、出してくれ。今日の姫さんはやけにアクティブだな」


「わたくし、今日ばかりはトサカに来てますの。爆進さんの反抗期に」 


 アクセルが限界まで踏み込まれた。

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