表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/66

三十話 サキュバスに狙われよう

 コルコ断崖東駅。


「あれが……ベルラ殿を追い詰めたという、手練れのダークエルフね」


 魔王軍のサキュバス・ニフスは、サーノとオリヴィアを監視していた。

 ダークエルフの少女と妙齢の女性というふたり組は、人影の多い断崖東駅でもそこそこ目立っていた。


「あれがスティンバーグ社爵令嬢……で、手前を歩くちっこいメイドの情報は無し……」


 ニフスは人混みに紛れ、三人を尾行する。







「それでっ、オリヴィア様! あとは何を買うんですかっ?」


「ほんっとテンション高ぇなペペ」


 張り切って荷物を持つペペを、サーノが呆れ気味に見つめる。


「ていうか、よく考えたらまともに買い出しするの、三人でははじめてだよな」


「いつものペペは、居残った車内で清掃をしているんですのよ」


「今回はいいのか。砂漠の砂とか入ってねぇの?」


「サーノ様が入院している間に、車内を徹底的にお掃除しましたから。カーテンも絨毯も変えたんですよ」


「マジか。気づかなかった」


 雑談しつつ、三人は買い物を続ける。

 その後を歩くニフスは、テレパシーで仲間と連絡を取った。


≪シュンシー、小さいメイドの名前はペペ。戦闘要員には見えないけど、一応メモ≫


≪おっけー、お姉さま。いざとなったら人質ね≫


 サキュバスの能力は精神感応。他人の精神を覗き見ることを得意としている。

 「野性的な欲望」という分野において、彼女達は特に秀でた種族とされている。洗脳じみた精神操作すら可能としているのが、サキュバスの特徴だ。

 ニフスや隠れている仲間たちも例に漏れず、サキュバスの能力を見込まれての偵察を目的としていた。

 つまり、今回戦闘は想定されておらず、シュンシーの発言は気が早いものである。


≪ダメよ、シュンシー。まだ見つかってもいないもの、私たち≫


≪でもお姉さま、サーノってとんでもない実力なんでしょ? 気づかれていないうちにどうにかしちゃったほうがよくない?≫


≪ベルラが遭遇した街から見て、魔王山を更に離れているのよ。もしかしたら、計画の邪魔にはならないかも≫


≪危ない橋は渡らず、放置も視野?≫


≪そういうこと。先走らないのよ、シュンシー≫


≪はーい≫


 念話しつつも、ニフスはオリヴィア達の監視を続けている。


「にしても、姫さんも物好きだよなぁ。砂漠に続いて、断崖絶壁だぜ。スリルがお好きで?」


「ペペが良い悲鳴をあげそうではありませんか?」


「酷いです。紅茶にサラダ油入れますよ」


 オリヴィア達の目的地は、コルコ断崖の向こうにあるらしい。

 一方で、目的地次第では、わざわざ特に険しいこのルートを選ぶ理由もない。

 コルコ断崖は、切り立った岩山の中腹外周に無理やり路線を通したものだ。

 安全を考えたら、麓の平坦な道を遠回りする路線を選んだ方が良い。


≪つまり、何か急ぎの目的なのかしら≫


≪腕利きの護衛がいることからも、その可能性はある≫


≪ニフス! 汽車に潜入したわよ≫


 別行動していた仲間からの連絡が入った。


≪特に苦も無く、あっさり入れたわ。整備士たち、腕はともかく警戒心はゼロね≫


≪何か目的を知る手がかりを探して≫


≪わかったわ。十分後に≫


 念話する亜人の存在も知らず、オリヴィア達の雑談は続く。


「コルコ断崖では落石にご注意を。上から降ることもありますし、足場が落ちることもあります」


「引き返そう。うん、そうすべきだ」


「サーノなら汽車くらい支えられますわよね?」


「めちゃくちゃ疲れるからやりたくない」


≪……いや、もしかして……この道を通ることに、そこまで深い考えはないのかも……≫


 会話の様子に、ニフスは思わず「本当にただの旅行なのでは?」と思いはじめた。


≪単純に、スティンバーグ社爵令嬢が世間知らずで無鉄砲なだけなのかもしれないわ……≫


≪一度、中を覗いてみたら?≫


 別のサキュバスが提案する。

 中を覗く、とは、サキュバスの読心能力のことだ。


≪もう? せっかちね、トンピーユ。覗きにサーノが気づかないと思う?≫


 サキュバス方式の読心は、相手の精神をかき乱して得たい情報を探る必要がある。

 そのため、熟練の魔法使いには「あ、今心読まれてるな」というのが、感覚でハッキリわかってしまう。

 しかも相手の精神に上がり込んでの家探し同然なので、地の利は「踏み入られた側」にある。

 サーノレベルの魔法使いが相手だと、取り込まれる可能性は非情に高いのだ。


≪気づかれたら、気づかれたで、よ。出方を探れるわ≫


≪ようするに、ちょっかいかけたいだけ? 焦れてる?≫


≪……そうかも。じゃあ、人間ふたりを≫


≪どちらからにする?≫


 サキュバス達は話し合いをはじめ、すぐに方針を定めた。


≪令嬢からにしましょう。メイドよりも情報は確かなハズよ≫


≪何らかの対精神魔法の訓練を受けているかも≫


≪メイドだってその危険は同じ。だったら、より確実なほうを選びましょう≫


 念話を終えて、ニフスは集中する。

 心を読むには、異物であってはならない。

 心を読む対象に、精神状態を近づける。


「……オリヴィア、貴女の悲鳴を聞かせて頂戴」


 ニフスはオリヴィアの精神にダイブした。







 次の瞬間、ニフスの精神はオリヴィアの 縺ゅ∪繧翫↓繧(あまりにも)ょクク霆後r騾(常軌を逸)ク縺励※谿玖剞(して残虐) な精神に触れて、跡形もなく弾け飛んだ。







 がやがやと、商店街の一角が騒がしくなった。

 悲鳴が聞こえる。


「お、姫さん悲鳴だぜ。見に行かねぇの?」


「サーノ、この岩石芋バターというもの、なかなか美味しいですわ。ひと口いかが?」


「あーん……あっつ!! 熱い! でも美味い!」


「喧嘩でしょうか? なんか、治安の悪いところみたいですねー」


 ペペが人だかりを気にしながら、荷物をまとめる。


「いえ、治安はむしろいいのですよ、ペペ。王領護警団のコルコ訓練場が、山中にありますもの。常に王都の目が光っているようなものです」


「へー。じゃあ、この喧噪は?」


「……なんか様子がおかしいな? 喧嘩してるような音もしないし……ちょっと見てくる」


 サーノは不審に思って、人混みに向かう。

 小さい身体のおかげで、それほど苦労せず潜り込めた。


「通してくれ、通して……、っ!?」


 中心まで来て、サーノは絶句した。

 両目と両耳と鼻、そして口から血を垂れ流すサキュバスの死体が、無造作に転がっていた。







「お姉さま!? お姉さま! 返事をして!」


「シュンシー、落ち着け!」


 シュンシーは取り乱し、路地裏から人混みに駆け寄ろうとした。

 それを仲間のサキュバス達がおさえる。


≪一体何があった!?≫


≪わからない、ニフスが突然死んだ! スティンバーグ社爵令嬢は凄まじい精神防御を持っているようだ、撤退しよう!≫


≪ニフスちゃんを殺されて、黙って帰るつもり!?≫


≪復讐は戦闘に長けた魔王軍の仲間が必ず成し遂げてくれる!≫


≪奴らの目的もわからないのに、魔王軍が動くわけないでしょう!?≫


 サキュバス達は動揺して念話で言い争う。


≪待て、スティンバーグ社爵令嬢の様子がおかしい!≫


 サキュバスのひとりが気づき、呼びかけた。


「ねえ、サーノ。何がありました?」


「亜人が死んでた。サキュバスだな、尻尾がそうだった。訓練場か何かを探りに来たのかね」


「亜人が!? 死んでたんですか!? ひ、ひええ」


「魔王軍かしら……厄介事に巻き込まれる前に出発しましょうか。またゲレプテンのときのようになるのも困りますし。それにしても、何故死んでいらっしゃったのでしょう?」


「わかんねぇ……顔面の穴全部から血が出てた」


「……それは……どういう死因なのでしょうか」


「顔面殴られてたわけでもなかったし……持病か何かかなぁ」


「そんな病気、聞いたこともありませんわ」


 困惑するオリヴィアの表情に、嘘は見られなかった。


≪……自分が殺したことに気が付いてない?≫


≪ニフスを一瞬で消せるような精神よ、演技くらいできるでしょう≫


≪護衛相手に演技する必要はないですよね……≫


≪……≫


≪……す、スティンバーグ社爵令嬢の精神に侵入するのはやめよう。何が起こるのか全くわからない≫


≪人間相手に、屈辱だわ……!≫


 シュンシーは、仲間の制止を振り切った。


≪あっ、待ってシュンシー!≫


≪お姉さまの仇ーっ!≫


 シュンシーがオリヴィアの魂に触れる。

 五秒もせずに、シュンシーの両目両耳鼻及び口から鮮血の滝が流れ、ぴくりとも動かなくなった。


≪……駄目だ! これは駄目だ……スティンバーグ社爵令嬢の心には絶対に触れないで! 覗くと死ぬわよ!!≫


≪りょ、了解!≫


≪くそぅ、ならばせめてサーノかメイドの心をっ!≫


≪待て!≫


 サキュバスは仲間意識が強い。

 「どうにかして一矢報いたい」という気持ちが先走りがちなように、感情的な部分が多い亜人なのだ。


≪っぐぅ!?≫


≪大丈夫、スクゥグ!?≫


≪だ、大丈夫……サーノの精神、魔力中毒でとても読めたものではないわ! 砂嵐だらけで、解読するだけでもダメージ受けそう……!≫


≪魔力中毒による狂気の霧か……≫


≪にもかかわらずピンピンして、元気に動いているとは。なんて化け物だ≫


≪さすがは英雄サーノ……規格外ね≫


≪……サーノが規格外なら、スティンバーグ社爵令嬢は……?≫


≪あれはもう忘れましょう、サキュバス程度でどうにかできそうにないもの≫


≪なんでダークエルフより人間のほうが反撃力あるのよ……納得いかないわ……≫


 サキュバス達は、結局ペペの精神を覗くことにしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ