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二十七話 魔法の話をしよう

 サンドワーム胎内鉄道。

 危険で広大な砂漠を横断しての列車旅行や物資輸送等を目的として、サンドワームの身体の中を改造し、砂漠での移動の中継地点として利用している。

 作り出したのはオリヴィアの父親だ。







 サンドワーム胎内鉄道の中心部には、街がある。

 蠢く体内という最悪に近い景観を除けば、至って何の変哲もない街だ。

 地面はコケのようなもので舗装されていて、それが臭いを吸収してくれているのだが、かわりに少し滑りやすく、普通の靴はすぐにぐっしょりと濡れてしまう。

 なお、長靴が駅でレンタルされているので、準備を忘れても気にすることはない。

 全盛期であればそれでもレンタル在庫切れの可能性があったのだが、


「今は魔王軍や、『魔王の血』で活発化している魔物の影響もあって、けっこう寂れ気味なんですよね」


 ザミーラは包帯で棒のようになっている腕で、器用にカップを掴むと、コーヒーを一気に飲み干した。


「そうなんですね……」


 少々食欲が失せ気味のペペは、ザミーラの向かいに座って気のない返事をした。

 場所はサンドワーム胎内鉄道中継駅街の商店街の喫茶店。サンドワームの胃液でじっくり発酵させたコーヒー豆が特徴。


「ペペちゃんは、怪我とかなかったんですか?」


「隠れてましたから、無傷です。メイドは戦わないので……」


「なるほど」


「……」


「……」


 会話が続かないことは、突然化け物の身体の中で過ごすことになったペペの心中を思えば責められはしないだろう。

 それでもザミーラは健気に会話を続けようとする。


「そ、それにしてもご令嬢達、大きな怪我はなくてよかったですね」


 今、オリヴィア達はサンドワーム胎内病院にて治療を受けている。


「ご令嬢はともかく、サーノさんは強い魔力中毒を起こしていて、回復まで時間がかかるそうです。ここでの暮らしにも慣れなくては……」


「……あ、そうです。魔力中毒」


 ペペは思い付いたようにつぶやいた。


「魔力中毒って何ですか? 私、魔法のことって全然詳しくなくって。サーノ様、苦しそうだったけど……」


「ああ、それは……ちょっと長い話になりますが、喜んで説明しますよ」


 やっと向こうから話題を投げてくれたので、ザミーラは応じる。


「説明のためには、まず魔力って何なのかということなんですが……わかりますか?」


「魔法のために必要なエネルギーですよね」


「間違ってはいないんですが……ええと、魔界って知ってますか?」


「魔界? 絵本でお姫様がさらわれるところですよね」


「ええ、まあ、それも間違いではないんですけど……まずですね、魔界では不可能なことはないんです」


「絵本では、勇者様が大きくなったり、金色に光ったりしてました。そういうことですか?」


「もっと直接的に、目の前の人間の存在を抹消するとか、そういうダイレクトなことも……」


 人間を抹消、という言葉が良くなかったのか、ペペは少し怯えてテーブルから椅子を放した。


「……え、ええっと、とにかく何でもありです。思えば即実現。それが魔界の法律であり法則」


「つまり、魔法ですか?」


「そうです。魔法です」


「……でも、ここは魔界じゃないですよ?」


「そうですね、ここは魔界ではありません。でも、同時に魔界でもあります」


「???」


「ん゛っ」


 小首を傾げるペペに小動物的な愛らしさを見出したザミーラだが、咳払いをして気を持ち直した。


「……こほん。魔界というのは、精神界に近しい位置に存在する次元で、現実世界にも隣り合っている……全人類に均等に未知のエリアなんです。何のために使う領域なのかわからないけど、みんながそこへのアクセス権を持っていて……」


「なんだか胡散臭い話になってきましたけど、宗教の勧誘ですか?」


「う、う~ん……あんまり否定できないんですよね……」


 ザミーラはばつが悪そうに目を逸らした。


「事実、人間や魔法の扱いが苦手な亜人は、薬物でトリップしたり、怪しい集会で全裸で踊ったり、生け贄を何百と用意したり……そうやって意識を追い詰めて極限まで自分を壊さないといけないんですよ」


「……全裸?」


「や、やってませんよ私は!? 多分サーノさんも。エルフの一族は比較的魔界の空気に強いので」


「魔界の空気?」


「魔界の法則を現実で適用するためには、自我を包む殻を破壊して魔界の大気、つまり魔力を取り込まないといけないんですが、魔界の空気には強烈な狂気が浸透しているんです」


「…………???」


「下手に健康な精神が魔界の大気を取り入れてしまうと、揺り戻しでいろいろと爆発して、結果的に街が吹き飛んだりします。だから、念のため心を壊して、狂気を受け流すか受け止める下地を作るんです。常識がトラップになるんですよね」


「ひっ……こ、怖いですね。なんでそんなもの使おうとするんですか」


「便利ですから、つい頼っちゃいますよ。無論、私たちも含めて、魔界の狂気に触れ過ぎると、発狂や精神崩壊で廃人になる可能性があります。無理な使用はしないよう心掛けているんです」


「そ、それじゃあサーノ様は……」


「ギリギリの一線をいくらか越えたみたいなので、しばらく寝込むでしょうね。今までもかなり無茶な魔力の使い方をしていたようなので、その反動もあるのかもしれません」


「は、廃人には、ならないんでしょうか」


「……はっきりとは言えませんが、多分大丈夫ですよ」


「よ、よかったぁ……」


 ペペはほっと胸を撫で下ろした。


「でもなんなんですか、砂漠の魔物の魂をジャックするなんて!? あんな危険な真似、倒れて当然ですよ!」


「そ、そんなに危険だったんですか?」


 凄まじい剣幕のザミーラは頷く。


「ちょっと乱暴な表現ですが、砂漠は魔界とかなり距離が近いんです。だから魔法は狂気で薄められて上手く伝わらないし、生身で魔力を取り込むのも、自我のコアに近い部分で蓄えることになって危険です」


「な、なんかまた胡散臭い話に……」


「すみません、でも実際凄く危険なんですよ。魔物は狂気の塊、魔界の侵略兵器。それと同調すれば、下手すれば魔物そのものに精神がそっくり入れ替わるかもしれないんです」


「そ、そんな危ないやり方、なんでサーノ様は耐えちゃったんですか?」


「長生きしてますから。……いや、そんな疑いの目で見られても。長く生きれば、自然の魔力を食事や呼吸で少しづつ蓄積できますから」


「あ、『魔王の血』の魔力の循環って、そういうことだったんですね」


「おお、そうですそうです。他の生き物や植物の精神に希釈した魔力が死体や排泄物とともに大地に還って、もう一度雨として降り注ぐ。これを延々繰り返して、魔力は巡っているんですよ」


「……やっぱり胡散臭いです」


「で、ですよね……まあ、メイドさんは戦わない以上、そこまで気にすることもないでしょう。人間が蓄積できる魔力は微々たるものですし」


「それじゃあ、私は魔法は使えないんですね」


「残念ながら……って顔でもないですね……」


「はい。なんだか非常に危ない世界だってわかったので! 絶対魔法は使いません!」


「お、おお。頑張ってください……?」


 気持ちよく言い切ったペペに、ザミーラは何となく拍手しておいた。







「はい、あーん」


「あーん……」


 サーノはオリヴィアにお粥を食べさせられていた。

 入院初日に自力で身の回りのことをしようとしたので、今では頭から足先までを包帯でびっしりと巻かれて身動き不可能になっている。

 見た目はほぼミイラ。

 口と鼻の周りだけ自由で、そこからオリヴィアがふぅふぅと冷ましたお粥を流し込まれる。


「んむ……やっぱ味がしない」


「まだまだ砂漠スライムの意識が消えていませんわね」


 サンドワーム胎内駅に着いた直後、汽車を降りようとしたサーノは砂漠スライムの移動方法を無意識に行い、自分で全身の骨を粉砕しつつコンクリートの床に顔面からダイブしたのだ。

 魔物の精神ジャックという荒業がいかに危険なものなのか、サーノは自分の身で思い知ったのだった。

 制御しきれなかった部分の砂漠スライムの意識が、こうして味覚という形でも表れている。

 ちなみにお粥は紫とオレンジのマーブル模様で、健康にはよさそうだが身体が拒否しそうな臭いが病室に充満していたりする。お粥を味見したオリヴィアはげぇげぇと十五分程えずいていた。


「栄養以外の要素を切り捨てたクソ不味いお粥でも素直に飲み込んでくれますから、そこは回復だけ考えられるとして喜んでおきますわ」


「待て、安全面は? 安全面は気にしてないのか?」


「ふふ、わたくしがサーノの安全を気にかけないと思いますの?」


「気にはかけるだろうけど、姫さんにはそれ以上に重要な価値基準がたくさんあるだろうから言ってるんだよ」


「はい、あーん。食べないと良くなりませんわ」


「……あーん」


 サーノのミイラは、お粥を飲み込む以外やれることはなかった。

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