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二十六話 タコを焼こう

「タコだ! タコだよ姫さん!!」


「はい、タコさんですわね」


 砂漠オクトパス。

 巨体は成熟したドラゴンにも匹敵するほどで、足の太さは汽車を四台束ねても足りない。

 タコらしく足には吸盤がついているが、この大きさでものを掴むのは吸着力ではない。吸盤の内側には歯が生えており、これで噛みつかれれば凶暴化したドラゴンでも振りほどけはしない。

 口はひとつでも戦車を丸吞みして咀嚼し磨り潰せる大きさ。それがびっしりと足についているのだ。


「お前噛み切れないから好かねぇんだよ!!」


 サーノは砂漠を固めて殴り潰そうとしたが、


「……って、ありゃあフォレストエルフの嬢ちゃんじゃねーか!?」


 タコの足の一本が血塗れの人影を締め付けているのを発見し、踏みとどまった。


「まあ、あれはお気の毒様ですわね」


 単眼鏡でザミーラを視認したオリヴィアに、視力強化で見ていたサーノは提案する。


「まだ生きてるし助けるぞ!」


「近しい種族ですから、サーノならそう言うと思いましたわ」


「行くぜ、進路変更!」


 砂の線路が、砂漠オクトパスへと続いていく。


「ところでサーノ」


「なんだよ、本当に今は姫さんかまう余裕ねぇぞ!」


「砂漠オクトパスには攻撃の予備動作や鳴き声などありませんので、十分ご注意くださいな」


 オリヴィアの助言が終わると同時、無造作に砂漠オクトパスの足が振り下ろされた。


「うおおおおっ!?」


 青い血管がムチのようにしなって足を叩いたことで、狙いは逸れた。

 しかし、地面に振り下ろされた足は隕石でも降ってきたような轟音と衝撃で、汽車を吹き飛ばした。


「ひょええっ! ひ、姫さんっ!?」


 サーノはオリヴィアの腕を掴み、砂のベルトで屋根に自分ごと縛り付けて固定する。

 ぐるぐると回転する視界。落下しているのか、まだ浮いているのかも定かではない。


「んなくそぉぉぉっ!!」


 サーノは地面から砂の板を盛り上がらせ、表面に線路を彫り込んだ。

 汽車は斜め八十度くらいに傾いたレールに無理やり着地し、衝撃に車輪を軋ませながら再び走り始める。


「はぁ、はぁっ……!」


「ふふ、スリリングでエキサイティングですわね。サーノ、まだ大丈夫でしょう?」


「だっ、誰に、言ってやがるっ!」


 サーノは強がっているが、顔面は危険な程に紅潮し、鼻血が垂れている。瞳孔が痙攣しているように収縮を繰り返す。


「と、とは言うがっ、でももう目が、目が見えねぇ……ナビゲート頼んだ!」


「喜んで頼まれますわ、サーノ」


 オリヴィアはいつもの柔和な微笑みで砂漠オクトパスを見つめた。


「では、このままカーブして砂漠オクトパスに突っ込みましょう」


「正気かよ!?」


「だって、目的のポイントはタコさんの向こう側ですもの」


「迂回も考えず、ほんと、ナビが不安過ぎるんだよっ!」


 砂の線路が傾斜し、汽車がジャンプした。

 宙を舞う無防備な車体を、横殴りの足が襲う。


「左ですわ」


「砂漠キィィィック!!」


 砂漠が盛り上がり、巨大な人の足になる。

 真下から蹴り上げられた足はまたしても狙いを逸らされる。


「爆進さんもお仕事してくださいな」


 血管が砂漠オクトパスの足に突き刺さった。

 流石にサイズの差があってか、吸えるエネルギー量は知れている。

 しかしそれを嫌がって足が暴れた。遠心力で引き抜こうと振り回す。

 ぶら下がる形となった汽車は、途中で血管を抜いた。

 放物線を描き、横滑りで着地した汽車は、再び砂漠オクトパスに向き直り、更に加速した。


「生きのいいタコさんパワーで、爆進さんもご機嫌ですわね」


「で、どうやってフォレストエルフの嬢ちゃんを助ける!?」


 ずっと砂ベルトで屋根上にいる以上、車内にいるよりもダイレクトに魔物の暴力の恐怖に晒されているはずなのだが、オリヴィアは平常通りだ。

 サーノにはそれが頼もしく感じる。自分が取り乱したり、カッコつけている場合ではないと思える。


「まごついてたら食われるぜ、あの子!」


「砂漠オクトパスの頭を破壊しますわ」


「……頭?」


 サーノは砂漠オクトパスの巨大な頭を思い出す。


「ちょっとした村くらいのデカさだったような……」


「魔物の動きを止めれば、当然助かるでしょう?」


「簡単に言うがなぁ!」


「簡単でしょう? サーノですもの」


 サーノの義手に何かが接続された感覚がした。


「……はいはい、無理でも文句言うなよっ!」


 砂漠オクトパスの口がもごもごと蠢いた。


「あ、砂漠オクトパスの『墨』ですわ」


「墨?」


「爆心さん、加速です」


 砂漠オクトパスが、口から砂を吐いた。

 砂の濁流だ。

 指向性をもった砂雪崩が、数瞬前まで汽車がいた地点に山を産んだ。


「な、なんだぁ!? 何が起きてる!?」


「サーノ、汽車を槍に」


「槍ィ!?」


 汽車は更にスピードを上げる。

 前面に砂が集まり、円錐状の大きな棘、まさしく「槍」を形成した。

 加速が激しく形成されるそばから砂が散り、汽車全体が砂の膜をまとったようだ。


「ええい、タコ串だオラァァァ!!」


 砂の線路を破壊しつつ、タコ足が汽車の眼前に立ちはだかった。

 レールが傾斜し、汽車がまたジャンプする。

 砂の槍に溝が刻まれ、ドリルのように変わる。

 血管がタコ足に絡まり、車体を一気に引き寄せる。


「てーい、サーノドリルですわ」


「気の抜ける名前つけんじゃねぇ!!」


 汽車が足に突き刺さった。

 高速回転する砂ドリルで、タコ足を掘り進む。

 食道とも血管ともわからないエリアを、先端目掛けて駆け上がっていく汽車。


「サーノ、あとはスーパーサーノバズーカの準備を」


「なんだよそのスーパーサーノバズーカって!?」


 タコ足の先端から汽車が飛び出した。

 勢いのまま飛び上がった汽車の角度は、地面からまっすぐ垂直。

 足を潰されもがく砂漠オクトパス。


「すっごいビームですわ」


 自由落下をはじめる前に、屋根に縛られたままのオリヴィアが、既に身体も満足に動かないサーノの義手を砂漠オクトパスに向ける。

 義手には青い血管が繋がっていた。


「爆進さんのエネルギーを受け取って、それで魔法を撃つのです。タコ焼きですわ」


「タコだけを消し飛ばすイメージだな……!」


 サーノの義手が光りはじめた。


「シュートです」


「シュートだ!」


 次の瞬間、サーノの義手から極太のビームが放たれた。

 砂漠オクトパスの足よりさらに数倍は太い熱線は、とっさに壁にされかけたザミーラだけをすり抜ける。

 砂漠が閃光に包まれた。







 極太ビームは、森との境界線まで後退したキリミ達にもはっきり視認できた。


「……ザミーラさん死にましたよね、あれは」


「生きてるに今晩のスープ一杯賭けるよぉ」


 ターニャと妖精はのん気なものだった。


「つまり、根性の勝ちだね!」


 訳知り顔でキリミは頷いているが、別に何が起きたのか理解しているわけではない。







 熱線の反動で大きく吹き飛んだ汽車は、バラバラになってドサドサと落ちるタコ足を掻い潜り、砂の線路に着地した。


「爆進さん、最後のもうひと加速ですわ」


 タコ足の衝撃をかわしながら、汽車は全身をガタガタと軋ませながら走る。

 そのまま一緒に落下してきたザミーラを屋根上で受け止めると、そのまま通常のレールに戻ったのだった。


「……すまん、もう意識……が……持たねぇ……」


 路線は既に終端までが戦闘の余波で掘り起こされており、無理せずサーノはそのまま気絶した。


「ふう……サーノったら、まったくもう。悲鳴ひとつあげないなんて」


 熱線や砂ぼこりで満身創痍のオリヴィアだが、不満そうにサーノの頬を撫でる姿は平常運転である。


「それに、サプライズも見ないまま昏倒するだなんて」


 オリヴィアは線路の先に姿を現した『それ』を見る。

 砂漠オクトパスのさらに数十倍は大きい影。

 全容はとても見渡せないが、見る人が見れば体表や口の特徴でわかる。

 ミミズのような身体の先端に強烈な口のある警戒種、砂漠サンドワームである。


「こんにちわ、サンドワームさん。お口を開けてくださいまし」


 線路はそのまま、サンドワームの口の中へ、奥へと続いていた。


「サンドワーム胎内鉄道へようこそ、サーノ」


 意識のないサーノやザミーラも乗せて、オリヴィアの汽車はサンドワームの口に入っていった。

 汽車の姿が見えなくなると、サンドワームは大きな口を閉じて、再び砂漠の中へと潜っていく。

 砂しぶきを残し、あとにはタコの足が散乱するだけの静寂が残った。

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