二十五話 気を確かに持とう
「ベニットス流格闘術、地術の五百五十五ォ! 掘削の型!」
短剣で強化された腕で、砂地をえぐるキリミ。
衝撃波が走り、砂礫を巻き上げてレールを露出させる。
「まだまだ開通が足りない! もう何人か手を貸しとくれよ!」
「手一杯だよぅ!」
手のひらサイズの妖精が砂漠イノシシの牙を避けながら、悲鳴を上げる。
「や、やっぱり無理だよぉ、並走して道作るなんて。汽車ってはやいんだよぉ!?」
「それに、もうターニャの緑化は限界みたいだぞ」
砂漠イノシシをサイコロ状に切り刻みながら、アラクネが六本脚でのしのしと現れる。
「見ろ、あそこから先には行けないらしい」
アラクネの指差したところでは、草地は生える速度が枯れるスピードに追い付いていない。
これ以上は線路を掘り起こすことができないようだ。
「ターニャに無理をさせる前に、後退させよう。ご令嬢とあらば、危険を冒させぬことも……」
「んだよ、ギブかてめぇら!」
手の止まった三人に、サーノが叫ぶ。
彼女は緑化の終端に仁王立ちしていた。
「何をするつもりだ、あのダークエルフは」
「無茶をする気に決まってるじゃあないか」
キリミはニヤリと歯茎を見せて笑った。
「不甲斐ねぇな、若いくせに! サボっててもいいが、だったらそこ退いてろ!」
サーノはおもむろに砂礫弾を放った。
明後日の方向に飛んで行った砂礫弾は、ウサギの獣人と戦っていた砂漠ゴーレムにヒットする。
「! 何を馬鹿な! 逃げろ!」
「それは砂漠スライム! 侵略種の中でも特に最悪な部類なんだよぅ!」
アラクネと妖精の悲鳴のような叫びも意に介さず、サーノは形が崩れ始めた砂漠ゴーレムを挑発的に睨んだ。
厳密には、砂漠ゴーレムという魔物は存在しない。一方で砂漠の砂をコアで操る『砂漠スライム』という魔物は存在する。昔は別の種だと考えられていたこともあったが、砂漠ゴーレムとは、砂漠スライムが固形による戦闘力を得るための形態である。
砂漠ゴーレムは直接的な肉弾戦を行うことができ、砂漠ゴリラとそこまで脅威度は変わらない。
砂漠スライムは直接攻撃のバリエーションは乏しく、通常のスライムの持つ消化能力は持たないが、砂礫に紛れることができ、隠密性が驚異的だ。
そして、B.G.Fの面々は、突然足元から現れる砂漠スライムをとても危険な存在だと考えている。
「逃げろ!」
「やだね。思い付きを試す機会だ」
音もなく、姿もなく、しかし恐ろしいスピードでサーノに近づく砂漠スライム。
一瞬でサーノの足元から、噴水のように砂の柱が巻き上がった。
「うぉっ、思ったよりはやっ……ぐむ!?」
砂漠スライムの主な攻撃手段は、砂粒での『やすりがけ』である。
包み込んだ獲物をざりざりと削り、血肉を自身の身体にまぶすのだ。
「言わんこっちゃあ!」
妖精が目を覆った。
哀れな無謀者がぞりゅぞりゅと挽かれていくのを想像しているのだろう。
「あれでは骨すら残らない……」
「……いや、彼女にはまだ策があるようだね!」
砂漠スライムの頭頂から、腕が突き出た。
褐色の、細い少女の腕。
「──盗ったぜッ!」
サーノの勇ましい声が響いた次の瞬間、砂漠が弾けた。
「おわっ、おわわーっ!?」
妖精がキリミの影に隠れた。
キリミは砂のしぶきを浴びながら、サーノを冷や汗混じりに見つめた。
「……さ、策というより、ゴリ押しじゃあないか、あれでは……」
サーノの義手からは、大量の砂が滝のように流れ落ちていた。
当人の表情はまだまだ戦意に満ちているものの、眼がぐるぐると酔っぱらったように定まっておらず、脂汗が絶えていない。
「砂漠スライムのコアを取り込んで、操作するつもりだって言うのか!?」
「うるせぇ! 精密動作に期待すんなよっ!」
サーノが義手を振り回すと、砂漠が盛り上がって巨大な拳になった。
砂の鉄拳は、味方はすり抜け、敵を弾き飛ばす。
「これで線路を発掘する! あとはサポート頼んだ!」
ちょうどその時、汽車が砂漠に飛び出ようとしていた。
『サーノ、特等席をお持ちしましたわ』
「いいねぇ、屋根から観光と洒落こむか!」
サーノが垂直に飛び上がると、タイミングを計ったように汽車が草壁から現れた。
着地成功を見届けることもなく、キリミは襲い掛かってきた砂漠ウサギを蹴り飛ばして、声を張り上げる。
「よォォーっし!! もうひと踏ん張りだッ!」
汽車は青い血管と腕の代わりになる砂漠で、立ちはだかる魔物を蹴散らしていく。
「があぁっ、ぐ! ひ、姫さん! ちょっと頼まれちゃくれねーかな!?」
全身を力ませるサーノは、車内のオリヴィアに声をかけた。
『はい、頼まれますわ』
「う、後ろにいて、たまに声とか、かけてくれぇっ! 精神が持ってかれそうだ!」
『お安い御用ですわね。特等席から悲鳴を聞かせてくださいまし』
「そういう意味じゃあねぇんだけどもいいや、この際!」
歯を食いしばって砂漠の操作に専念するサーノ。
オリヴィアは屋根に登ると、サーノの肩を揉み始めた。
「のああああ! き、気が散るっ!」
「当然ですわ。気を多くせず、わたくしだけ見ていてくださいまし」
「そ、そういう状況じゃあねぇんだよぉ! 真面目に!」
「うふふ、頼みますわね。あらゆる困難に負けないでくださいな」
「想定外の困難は姫さんが与えてくるんだよ! もういいからじっとしてて……このお転婆つむじ押すんじゃねえええッ!!」
じゃれあうダークエルフと令嬢、大きくカーブする汽車を、キリミは見なかったことにした。
「スキンシップのついでのように、魔物を狩られるのは、ちょっとプライドにクるねぇ……」
哀愁漂うラリアットが、砂漠トカゲを昏倒させた。
「はぁっ、はぁ……つ、次はっ!」
ザミーラは斧を構えて周囲を見渡す。
すでに多くの魔物を倒してはいるが、周囲の味方は疲労が濃く、そろそろ退却してもいい頃合いだ。
砂漠の魔物は強く、例え歴戦の亜人でも油断すればすぐ殺されてしまう。
被害を抑えるためにも、『緑化』は常に万全の状態で進めなければならない。
「ご令嬢は!? 今どこに!?」
ザミーラは視力を強化し、砂嵐の向こう側を見る。
汽車が砂の腕を振り回しながら、目的のポイントへ順調に進んでいくのを見て、安心すると同時に、既にここにいるメンバーでは助けに向かうのは厳しいと結論付けた。
「よし、あとはキリミさんたちが帰ってくるまでここを守りましょう!」
周囲のメンバーに防戦に転じることを告げる。
その時、ザミーラの足元が盛り上がった。
「……え?」
砂地が噴火した。
間欠泉のように破裂した地面によって、ザミーラは一気に空中に吹き飛ばされる。
地上を見れば、周囲のメンバーは何とか回避したようだが、
「──ぐうっ!?」
地中から現れた『それ』を見て、ザミーラは血の気が引いた。
タコの足だった。
「さ、砂漠オクトパ──」
視認した次の瞬間には、ザミーラはタコの足に絡めとられ、一瞬で地中に連れ込まれてしまった。
汽車の屋根の上で、魔物の襲撃が減ったことを感じ、サーノはオリヴィアに聞いた。
「あ、あとどのくらい!?」
「それほど遠くはありませんわ」
オリヴィアは後方へ拡声器を使って呼びかける。
『そういうわけですので、皆さまここまでご足労様でした。あとはわたくしどもでなんとかなりますので、お気をつけてお帰りくださいまし』
『わかった! 気を付けて行くんだよ!』
キリミの大声が帰ってくる。魔法で拡声しているようだった。
「それでは、あとはサーノへのサプライズを……」
「待った! 何か下を通って……」
サーノは操っている砂漠スライムを通して、地中を何かが動いているのを感じ取っていた。
「……ま、曲がれぇっ!」
砂礫を固めて、線路にするサーノ。
汽車が逸れた線路の先で、何か巨大なものが地中から飛び出してきた。
「まあ、あれはちょっと……悪趣味ですわね」
「な、なんだありゃあ!?」
サーノとオリヴィアの目の前に現れたのは、巨大なタコの頭。
侵略種、砂漠オクトパスである。




