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二十四話 砂漠に飛び出そう

「滝ですか? 少し興味はありますわ」


 サーノを手術台に寝かせたオリヴィアの言葉。


「興味あるのは、滝にか弱い他人を放り込んで、寒い寒いって震えてるとこを眺めたいってんだろうが」


 サーノは足りない言葉を付け足しておいた。


「あらあら、サーノもわたくしの趣味に理解を示すようになってきましたわね」


「永遠にわかりたくねぇよ……それで? 出来上がったブツは?」


「人差し指で、親指の付け根にあるボタンを押すと、砂礫弾を撃てます」


「砂礫弾?」


「砂嵐や砂ぼこりで自然と舞う砂を、こっそり吸って固めて銃弾にしますの」


「へぇ、飛び道具か。いいじゃん」


「少々生成には時間がかかりますが、再使用をしばらく我慢すれば、砂鉄を利用しての粗鉄弾にグレードアップしますわ。すぐに要り様な場合、砂地に肘までを突っ込んでくださいまし」


「おっけ。じゃ、少し素振りしてくるわ」


 手術台を降りたサーノに、オリヴィアは声をかけた。


「なんだか気分が優れないように見えますわ」


「……できたらもうちょい火力のあるものが欲しかった」


「うふふ、それなら追加で何か作っておきましょう。サーノ、無理はなさらないでくださいな」


 サーノは無言で手をひらひら振って、研究車から降りた。







「なんか見透かされたみたいで、どうにも情けないよなぁ……」


 広場とは離れた場所で、サーノは木の枝で地面に絵を描いて遊んでいた。

 試運転を方便に逃げ出した格好だ。


「……手持ちの札。魔法、義手、そこそこの格闘技術……」


 地面に今できることをリストアップしてから、棒線で消していく。


「魔法は体内でしか使えないし、接近戦はいっつも魔法で何とかしてたし……やっぱり姫さんの開発力に頼るしかないのかな」


 赤い雲が広がる空を見上げて、ため息をついた。


「頼られてんのに、頼るしかないなんて……だっせぇよなぁ」


 義手を握ったり開いたりしてみたが、鉄の腕に頼らなければどうにもならないという事実に、ただ惨めさがつのるだけだった。


「はぁ……長生きしてても、どうにもなんねぇことってあるよな。身の丈を知るなんて、永遠にできっこないんだろうか……」


 地面の絵の上を、虫が歩いている。

 『魔法』の文字のくぼみを、何かを探すようにうろうろしている。


「……うん? 生きているなら魔法は扱えるっていうのは、精神が動いてるってことで……つまりこの虫も魔力は持っていて……」


 ぶつくさと呟いて、思考をまとめるサーノ。

 彼女の脳内には、ひとつの仮説が産まれていた。


「……分身の応用? そこに変化の手法も加えて……試してみるか?」


 サーノは棒切れを投げ捨てて、右手で虫をつまむ。


「失敗すればアイデンティティが溶けて自我が消えるけど、成功すればまだまだオリヴィアを守れる」


 立ち上がって、虫に意識を集中させる。


「誰があの変態を守るんだって言ったら、誰もやりたがらねぇ。リスクを呑み込めるだけの度胸がある以上は、守ってやらにゃならんだろうが」


 次の瞬間、虫が爆発し、森が光に満ちた。







 砂漠ネズミは、あせた黄色のまんじゅうがふたつくっついたような姿をしている。

 重要な器官や手足は前の頭つきまんじゅうに集約されており、しっぽのある後ろまんじゅうは栄養袋だ。


「ぴぎぃ」


「ぴぎぃ」


 警戒の鳴き声を響かせながら、数十体の砂漠ネズミが砂地を走っていた。

 かさかさと栄養袋を引きずりながら逃げ回る砂漠ネズミの背後から、大きな影が姿を見せる。

 砂嵐に浮かぶシルエットは四足の獣のそれ。


「ガァアアッ!」


 雄たけびを上げ、砂嵐を突っ切って姿を現したのは、砂漠ライオンだ。

 一般的なオスライオンとそこまで姿は変わらないが、ひとつ大きな武器を持っている。


「ぴぎっ」


 砂漠ライオンの前足が、砂漠ネズミの後ろまんじゅうを捉えた。

 地面に押さえつけられ、砂漠ネズミは懸命にもがくが、砂漠ライオンの脚力を振り切ることはできない。

 いつの間にか、哀れな一匹の他の砂漠ネズミたちは、砂嵐に紛れて消えていた。

 非情ではあるが、これが砂漠の生態系なのだ。


「ガアア!!」


 砂漠ライオンのたてがみが、丸ノコギリのように回転をはじめた。

 一本一本が刃となっているたてがみは、高速で回ることで驚異的な切断力を得る。

 亜人相手にも恐ろしい武器となる回転たてがみは、砂漠ネズミ相手には別の使い方をする。


「ゴガァ!」


「ぴっ」


 チュインッ! と甲高い切断音。

 砂漠ネズミは、ふたつのまんじゅうに切り分けられてしまった。

 勢いのまま跳ね飛ぶ前まんじゅうは、三度地面をバウンドすると、


「ぴぎ、ぴぎ」


 華麗に着地し、カサカサと猛スピードで逃げ出した。

 砂漠ライオンは、あっという間に砂嵐に消えた獲物には目もくれず、栄養の詰まった後ろまんじゅうを食い千切り、食事をはじめたのだった。







「何あれ」


 サーノはターニャに説明を求めた。


「砂漠の魔物にはみっつの役割があります。生態系を整える『保守種』、砂漠を動き回って侵入者を排除する『警戒種』、砂漠の領地を広げるための『侵略種』。砂漠ネズミは活動のためのエネルギーを配分する保守種、砂漠ライオンは警戒種です」


「今からあの回るたてがみを攻略しろっていうのかよ。おっかねぇ」


 今、サーノとB.G.Fの戦闘メンバーは、森と砂漠の境界線に立っていた。

 森から伸びた汽車のレールは、砂に埋まって見えなくなっている。


「しかも線路がないんだけど」


「私たちの仕事はふたつです。警戒種の魔物を排除することと、線路を掘り起こすこと。しかも、砂嵐でレールはすぐ埋まります」


「走る汽車の道を開けながら、敵を倒せ……か。こいつは辛そうだな」


「じゃ、あんたも汽車に乗って守られるかい?」


 キリミの挑発を、サーノは笑って受け流した。


「ハッ。そいつは姫さんの仕事だぜ。盗るもんか」


 砂漠ライオンがサーノ達に気づいた。遠吠えをして、警戒種たちを呼び寄せる。


「それでは各自、身の安全を第一に頑張りましょう」


 ターニャが草笛を吹いた。


「戦闘開始です」







「せーいっ!」


 ザミーラの振り下ろした斧は、砂漠ライオンの頭をかち割った。


「てえーい!」


 別の手に持っていたもう一本の斧を投げると、数匹の砂漠ゴリラを切り裂いてブーメランのように帰ってきた。


「回っちゃいますよーっ!」


 片手で戻ってきた斧をぱしっと受け止め、勢いのまま両腕を広げて回転。

 砂嵐の竜巻をまとったまま前進し、警戒種の群れを薙ぎ倒す。


「今どきのフォレストエルフはおっかねぇな……」


 サーノはザミーラの戦法を見て時代を感じた。


「こっちは悪いね、枯れた婆さんが相手でよ」


 呟くサーノ。飛び掛かってきた砂漠ウサギに裏拳をぶち込む。

 叩き落とされた砂漠ウサギに、砂礫弾で追い打ちをかけ、確実に倒す。


「砂でも固めりゃ、肉に穴開けるくらいはできるんだな」


 遠くで砂漠トカゲと交戦しているB.G.Fのワーウルフを確認し、おもむろに粗鉄弾を撃った。

 しっぽの根本を撃ち抜かれ、動きが鈍った砂漠トカゲは、すぐにワーウルフの爪で首をはねられた。


「射程も文句なし。流石は姫さんだぜ」


 気分よく義手を撫でるサーノは、背後から殴りかかってきた砂漠ゴリラを後ろ蹴りで処理した。






「ふぬああぁぁぁっ!」


 少し離れた地点。線路が埋まった道を、キリミが守っていた。

 砂漠ライオンの噛みつきに対して、開いた口に手刀を突っ込んで頭を破壊し防ぐ。


「ぬうぉおおああっ!!」


 肘まで喉に入った腕に、いきなり短剣を刺すキリミ。


「ぐぬううああああ!!」


 短剣の腹に描かれた複雑な文様に魔力が流れ、血管を通してひとつの魔法を生成する。


「ベニットス流格闘術、投げの百八ィ! 屍砲の型ァ!」


 喉奥で放たれたデコピンが、砂漠ライオンを弾丸のように吹き飛ばした。

 無数の警戒種を巻き込んで吹き飛んでいく砂漠ライオンの死体は、砂嵐の向こうに消えるまで勢いを保っていた。


「なるほど、キリミの種族は魔法の扱いが苦手と聞いてたが、ああして魔力を無理やり起こしてるんだな。いやでももっと他にまともなやり方ねぇのかよ」


 キリミの技を見て、サーノは呆れた。


「そいでよォ、ターニャ! いいんじゃねぇのそろそろ!?」


 サーノは、森の境界線から戦場を見守るターニャへ叫ぶ。


「では発車します!」


 ターニャが地面に両手を叩きつけた。

 手のひらからツタが生え、血管のように境界線を走っていく。

 ツタは境界線の一か所、線路が砂漠で途切れているところに集まり、砂漠側へ草むらを生やしていく。

 緑色の道がぐんぐん伸びていく。砂嵐が茂る道を砂漠に戻していくが、埋まったそばから緑地は増える。


「せい」


 ターニャが気合を入れると、草むらが盛り上がり、線路を覆っていた砂礫を根っこで掴んで取り除いた。

 草むらはそのまま線路の両脇に、壁のように垂直に固まる。

 さながら神が海を割ったという神話のように、レールの通路が開けていく。


「ご令嬢、今です! ご健勝を!」


 ターニャは境界線を守らなければならないため、砂漠に入っての戦闘はできない。オリヴィアを送り出す言葉をかける。

 森の奥で、汽車のヘッドライトが光った。

 獲物を狙う獣の眼光のような光。


『この恩、寄付で報いますわ』


 拡声器からオリヴィアの声。

 汽車は防壁代わりの木々を薙ぎ倒しながら加速し、砂漠に飛び出た。

 倒木で車輪が浮き、小さく跳ねながら、その赤い車体を砂漠に晒す。


「ごあああっ!」


 そこへ壁を跳び越して現れたのは砂漠ゴリラ。

 景気付けのドラミングもそこそこに、がっしりと汽車の頭を抱え込み、急ブレーキをかける。


『爆進さん、今日は食べ放題ですわね』


「ごごがああ……がっ?」


 ちくりと、砂漠ゴリラの手のひらに痛みが走る。

 青い血管が、運転席の窓から車体を這って、砂漠ゴリラの手のひらに潜り込んで刺さったのだ。

 ごきゅんっ! と、ひと吸いで体内のあらゆるエネルギーをごっそり奪われた砂漠ゴリラ。


「ごかぅっ……こ」


 一瞬で干物のように細く干からびた砂漠ゴリラは、そのまま線路と汽車の車輪に挟まれ、血も出さずに細切れになった。


『いざ、砂の大海に悲鳴の帆を!』


 汽車は草むらの壁の内側を突き進んでいく。

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