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二話 紅茶を飲んでみよう

 サーノは紅茶に胡椒をたっぷり入れた。


「……あの」


 メイドのペペが、遠慮がちに声をかけた。小柄な体躯は小動物をほうふつとさせ、栗色のポニーテールが不安そうに揺れている。


「なんだよ」


「えっと……紅茶に胡椒は……あんまり……」


「高級品に高級品ぶち込んだら超高級品になるだろ。金がかかったもんは美味いんだ」


「は、はあ……その、飲み物の趣味は人それぞれですよね……えへへ……」


 愛想笑いをしつつ、「ご、ごゆっくり……」とだけ言い残して、ペペは離れた。


「……行儀の悪いダークエルフですこと」


 呆れたような目でオリヴィアが見ている。

 純白のテーブルクロスを挟んで、サーノの向かいに座る姿はとても絵になる壮麗さだ。


「アメニティグッズは使い切る派なんでね」


「呆れた、マナーもなってないのですね。迷惑ですからやめた方がよいですよ、それは」


「冗談もわからねぇのか、姫さんは。傭兵ジョークだよ傭兵ジョーク」


「ここは実質わたくしの屋敷ですのよ、笑いどころのない冗句はおよしになって」


 オリヴィアは、繊細な指で角砂糖をひとつつまむと、紅茶にとぷんと落とした。こういった所作のひとつひとつに至るまでが優雅で、サーノにはどうも鼻につく。


「うげぇ、砂糖なんて入れた飲み物飲んで正気かよ?」


「香辛料をあるだけ入れるよりは一般的でしてよ」


「甘くてだれるだろ……」


 文句を言いつつ、サーノは自らの紅茶を一気に飲み干した。


「……んぐ、げっほ! がはっ、げーっ」


 胡椒でむせた。


「言わんこっちゃない……」


 オリヴィアは心底軽蔑したようにサーノを眺めつつ、紅茶の香りを楽しみながら一口飲んだ。


「あ、あの……大丈夫ですか……?」


 ペペが心配そうにナプキンを持ってきた。


「げほげほ……くそっ、高級なだけかよ」


「香辛料なんて入れたらそうなりますよ……」


「口直しにもう一杯、大将おかわり」


 カップをぐいっと差し出されて、ペペはびくっと後退った。


「ひっ、さ、酒場じゃないんですから……ととっ」


 ガタン、と車両が揺れた。ポットを取り落としそうになったペペを、サーノが支える。


「わ、わわっ……ご、ごめんなさい」


「危なっかしいなぁ。やっぱ汽車でお茶ってのは無理があると思うぞ」


 サーノはオリヴィアに苦言を呈した。

 すぐ隣には窓があって、景色が線のように流れていた。空は真っ赤で、緑の平野はどこまでも続いている。


「滅茶苦茶揺れるもん」


「何度も言わせないでくださいますか? ここはわたくしの屋敷。この時間はティータイムと決まっていますの」


「こりゃ几帳面かつ強情なことで……」


 サーノはティーカップに再び注がれた紅茶に目を落とす。


「……ものは試し、だな」


 傍らのシュガーポットを掴むと、蓋を開けてカップの真上で逆さまにした。

 どぼどぼと角砂糖が紅茶に積み上がっていく。


「サーノ……貴女、極端が過ぎましてよ」


「姫さんの流儀に合わせてやってんだよ。そっちこそいつになく辛辣だな?」


「わたくし、ティータイムには誇りを持って臨んでいますの。護衛にも作法を覚えていただかなくてはなりませんわ」


「あ、そう。好きでやってんなら、好きにすればいいだろうさ」


 サーノは紅茶に漬かり切らなかった角砂糖をひとつ、指で弾いた。

 角砂糖は吸い込まれるようにオリヴィアのカップに入って、すぐ溶けた。


「あら、ありがとう。気が利きますわね」


「どういたまして。気が利くんでね」


 ふたりは同時に紅茶を口に運び、同時に顔をしかめた。


『甘い……』






 紅茶をポットから直接がぶ飲みしつつ、サーノは窓の外を眺めていた。


「……そ、それ、そういう使い方するものではないんですけど……」


 ペペがおずおずと話しかけてくる。


「口寂しいし、甘ったるいもん飲み干したからな」


「自業自得だと思いますよ、甘い物は……」


「まあ座んな、ペペ。今、オリヴィアは研究車でお取込み中だ、暇だから話し相手になれよ」


「えっ、で、でも」


 目線を泳がせ逡巡していたペペだが、


「いいからいいから」


 ぽんぽんと机を叩き続けると、根負けしたのか、サーノの前の席に腰かけた。


「失礼します……」


「紅茶飲むか?」


「いえ、どうぞサーノ様だけで飲んでください……」


「そ、悪ぃな」


 まったく遠慮のない仕草で、サーノはポットの紅茶を喉に流し込んだ。


「げぷ。いやぁしかしよ、『魔王の血』なんて大仰な名前、誰がつけたんだろうな」


「え? それは……」


 ペペは空を覆う、厚くて赤い雲を見る。

 空一杯に広がるそれは、ペペにとっては子供のころから見慣れたものだろうか。


「……誰なんでしょうか?」


「あれが全部、魔王山で気化した魔力だってのは知ってるか?」


「あ、はい、おばあちゃんが言ってました」


「本当なら、五年くらいで地上に全部落ちて、晴れ空が戻るんだがな……今回はもう十年以上か」


 大地に赤い雨となって染み込んだ魔力は、地上に様々な恵みを与えながら地脈を流れ、数十年かけて再び魔王山に循環する。


「ペペ、お前いくつだっけ」


「年齢、ですか? 今年で十一になります」


「じゃあひょっとしたら、青い空は見たことないんだな」


「はい、話でしか聞いたことはないです」


「姫さんの親父がさっさと魔王退治してくれりゃあ、毎日見れるようになるぜ」


「あの、それなんですけど……」


 ペペは前から不思議に思っていたことを聞いてみる。


「魔王は本当はいないってオリヴィア様はおっしゃるんですが、嘘ですよね?」


「いるわけないだろ、メルヘンだな」


 あっさりサーノは切り捨てた。


「で、でも、親父様は勇者様のパーティーに誘われて、魔王山へ向かったんですよね? 魔王討伐の使命があるって、勇者様言ってましたよ」


「『魔王の血』があまりに長すぎるんで、原因解明の調査チームが組まれたんだよ。その勇者様は、ペペが子供だからからかったんじゃあないか?」


「えっ……そ、そんな……私、勇者様に恋文渡しちゃいました……」


 ショックを受けて青ざめるペペ。


「こ、恋文って……昨今の子供はまた早熟というか……行動がはやいなぁ」


「魔王を無事倒せたら、結婚しましょうって……どうか死なないでって」


「多分ただの学者だと思うけどな、その勇者様……」


 実際危険性は未知数な事態ではあるのだが、別に倒す相手なんていないから、事故でも起きない限りは死ぬ要素はない。


(あるいは魔王軍が何かする可能性もあるか……? ただのモンスターくずれが、クソジジイに敵うわけもないがね)


 サーノは先日倒したオークの群れを思い出した。しかし思い出す程苦戦した要素がなかったので、すぐペペの相手に戻った。


「ま、まあ、ペペのそのいざって時の押しの強さはさ、いつか絶対役に立つから。な?」


「やだ、恥ずかしい~……わ、私ったら、なんて幼い真似を……」


 火照る顔を隠していたペペだが、別の疑問がまた湧いてきたようで、


「……あれ? じゃあ親父様は何故そのパーティに誘われたんでしょう? 親父様、もうすっかり腰を悪くされてて、アウトドアは無理だっていつも言ってたんですけど……」


「あー、あのじいさんはなんというか……学術的興味で、王都に以前から『チームに加えろ』ってしつこく言ってたらしくてな……」


「へぇ。結構パワフルなんですね、親父様って」


 無邪気なペペの発言に、サーノは一瞬虚をつかれたが、すぐにくつくつと笑いだした。


「え、えっと、何かおかしなこと言いましたか?」


「クク……結構だなんてもんじゃねぇんだよなぁ」


「そ、そうなんですか」


「いやぁ、ペペちゃんよォ。お前にあのクソジジイが若い頃やらかした無茶苦茶の数々を教えてやりたいもんだ」


「わ、若い頃って……サーノ様、おいくつなんですか? ダークエルフなんですよね? すごく年上なんだろうな、とは思うんですけど……親父様といつからお知り合いなんです?」


「年齢、ね……旅は始まったばかりだぜ。失言を集めて当てて見な」


「え、ええ~? 私、あんまり頭よくないです、推理とかできませんよ~」


 困ったようにすがりついてくるペペを、サーノはなだめるように席に戻した。


「エルフってのは人間の暦感覚がどうも理解しきれなくてね。だから実のところ、エルフの年齢なんてのは誰も、本人すらも知らないんだ」


「そうなんですか? てっきり、エルフの皆さんはみんなとっても賢いものとばかり……」


「そりゃ人間基準だ。暦を作って年齢を気にするのは、短命だからだよ」


 車両を移る扉の上にかかった小さな柱時計を見ながら、サーノは続ける。


「人間は、無駄なく発展するために、上手にスケジュール管理する必要があるわけだ。逆にエルフは、ぼーっと生きててもそれなりに発展できちまうんでね。カレンダー要らずだな」


「じゃあ、誕生日とか結婚記念日とか、お祝いできないんですね……」


 ペペは何故かしゅんとなってしまった。


「んな区切りなくても美味いもん食えるしな」


「でもでも、プレゼントとか欲しくないんですか?」


「なんだ、ペペは欲しいのか?」


「はい!」


 大変強く言い切ったペペに、サーノは苦笑するばかりだった。


「じゃあカレンダーに丸つけとけよ、覚えてたらなんかやるから」


「わー、いいんですか? 言ってみるものですね~こういうの」


 ペペはうきうきと、卓上カレンダーをめくり始めた。

 上機嫌に揺れる栗色のポニーテールを眺めつつ、


「……ずいぶん猫被ったもんだなクソジジイ……」


 今頃遠くで馬車に揺られているだろう『親父様』に、関心したような、呆れたような言葉をつぶやくサーノだった。

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