表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/66

十六話 極悪令嬢を助けよう

「シャアアアァァ!?」


 巨大な蛇が悲鳴を上げてのたうち回る。一発一発が必殺の弾丸を、秒間何百と撃ち込まれて、血だまりが駅に広がっていった。

 びったんびったんと跳ねて悶える巨大蛇。


「ぐえっ!? おごはっ!」


 サーノは蛇の締め付けからは解放されたものの、その場に落とされた上に、暴れるついでのように何度か蛇の身体で叩き潰された。全身を回復し続けることでどうにかやり過ごしているが、嵐のど真ん中にいるような状態であり身動きが取れない。

 蛇は暴れ狂いながら、オリヴィアを睨み、咆哮した。


「……あら、意外とセクシーなお顔ですこと」


 弾を撃ち尽くしたオリヴィアは、目が合ったのでとりあえず褒めておいた。


「シャアアァァア!!」


 当然言葉は通じず、蛇はオリヴィア目掛けて猛スピードで飛び掛かる。


「っ、オリヴィア避けろ!!」


 辛うじて立ち上がったサーノの目の前で、オリヴィアは頭から巨大蛇に丸吞みされてしまった。


「お、オリヴィアーッ!!」


『ご心配なくサーノ』


 絶望して叫んだサーノに、オリヴィアは蛇の喉からくぐもった声で返答してきた。


「オリヴィア! 大丈夫か!? 生きてるか!?」


『生きてますが大丈夫ではありませんわね、このままだと消化されますわ。ドレスちょっと溶けてきましたもの』


「な、なんだってぇ!? くそ、今腹を割いて助ける!」


 サーノは焦り任せに魔力を駅全体に放射した。精彩を欠いた魔力は赤みが強い紫で、巨大蛇にはあっさり弾かれた。

 一方で妙に冷静なオリヴィアは、


『それにしても、意外と臭くはありませんわね。生まれたてかしら? 蠕動が弱いような』


「ちょっとは焦んねぇのかよ!!」


『わたくし普通の人間ですから、こんなおっきな蛇さんの内側から、どうこうできることなんて何もありませんし……』


「諦めがはやいな!? ちったァ怖がったりしろよ!! なんでそんな平常心なんだ!?」


『何故、と問われましても……』


 困惑したようにオリヴィアは聞き返してきた。


『肝心なところの前で、サーノが助けてくださるのでしょう?』


「……!」


 全幅の信頼。まるで幼子がサンタクロースを信じるような、妄信と紙一重の確信。

 蛇の腹越しではあるが、オリヴィアが心から信じきっているらしいことを、サーノは感じた。


「……畜生。そう言われちまったら、やるしかなくなるじゃねぇか!」


 サーノの心は、奇妙なほどに晴々としていた。

 信じられている、頼られているという手応え。

 何でもやれる、という全能感。気分は止めどなく高揚しているのに、思考はスッキリと聡明だ。


「そんなふうに頼られちゃ、応えないわけにもいかねぇもんな、くそったれ!」


 浮ついた気持ちを誤魔化すように毒づく。

 そんなサーノに、巨大蛇は消化毒を吹いた。


「詰所の壁を溶かしたのもそれかよ! ちゃちいぜ!」


 サーノは魔法の防壁を張った。

 そのまま消化毒に自ら飛び込み、突っ切って巨大蛇の眼前に躍り出る。


「どああぁぁあああっ!!」


 魔法の防壁を一瞬で魔力に分解すると、両手を組んだ拳骨に集める。


「シャアッ!?」


「口閉じてろッ!」


 サーノは勢い任せに、拳骨を蛇の鼻柱にぶつけた。

 その一瞬で、蛇の身体に膨大な量の魔力が雪崩れ込んでいく。

 しかし蛇の身体は大きく、全身に魔力を行き渡らせるにはもっと接触する時間が必要だ。

 サーノは噛みつかれないように、蛇の鼻先を蹴って後退した。


「グブブゥ!」


「まずは毒を封じた!」


 蛇は追撃もせずに苦痛に悶えている。


「てめぇの毒素を半分くらい解毒剤にしてやったぜ!! 自身の抗体で無力化されちまいな!」


 一瞬の接触でも十分な効果を得るために、サーノは魔力を蛇の毒腺のみに流し込んだ。

 蛇の身体は分厚く長いが、毒腺の流れに沿って細く鋭く魔力を通すなら、ピンポイントな分ずっとはやい。

 必要分を置換すれば、あとは勝手に内側から毒を失う。


「次は姫さんを助ける! どこだ姫さん!」


『……ふあぁ、んむ……ごめんなさい、なんだか胎内回帰したような心地良さで、うとうとしてしまいました』


「ほんっと余裕だな!?」


『泣き叫んだところで、それを自分で聞くことは出来ませんし。勿体ないですわ』


「それを勿体ないと感じられるの姫さんだけだよ。筋金入りの変態だぜ、まったく」


 サーノはオリヴィアの声を頼りに、蛇の背に飛び乗った。

 すかさず蛇は、サーノをもう一度締め付けようと身体を丸める。


『あっ、待ってくださいまし、人体はそっちには曲がらな、あ痛』


「やっぱりギリギリじゃねーか!?」


 オリヴィアの実況を聞きながら、サーノは再び魔力を固めて防壁にした。

 ぎりぎりと滑る蛇の身体が、球状の防壁を包んで潰そうとしてくるが、


「一度手放したのが運のツキだったな」


 ヒビひとつ入らず、軋む音も全くしない。サーノの魔力防壁がいかにけた外れな防御力を持っているのかを、巨大蛇はその身で味わっていた。


「タイマンの魔法使いは奇襲で殺せ! 鉄板だぜ。五秒あれば逆転できるからな。こんな風に……!」


 サーノは両手で手刀を振り下ろした。


「姫さん、丸まってろ!」


 魔力の刃が、両手から放たれる。

 刃は防壁をすり抜け、蛇の胴体をぶつ切りにした。


「シャアアアアァァァ!!」


「きゃんっ」


 激痛で悶える蛇の断面から、オリヴィアが落ちた。

 がむしゃらに叩きつけられる蛇の身体から守るように、すぐにサーノはオリヴィアの傍らに寄り添った。


「……うわ、べとべとじゃねーか」


「あらやだ、ドレスが思ったよりボロボロですわ。はしたない、はしたない……」


 顔を赤らめてもじもじと恥ずかしがるオリヴィア。

 サーノはしばらく黙って、新鮮な印象のオリヴィアを眺めていた。


「……どうしましたの、サーノ? わたくしの身体に見惚れていましたか?」


 視線に気づいたオリヴィアが、いたずらっぽく笑って、サーノの頬を突いた。


「うわきったねぇ。触る前に許可取りやがれ」


 サーノは嫌そうに頬を拭う。


「き、汚い? 全身浸されていたわたくしの身にもなってくださいまし」


「どうせ逆の立場だったら最高だったのになー、とか思ってたんだろ」


「それはちらりとしか考えてませんわ。我が身はそれなりに大事ですもの」


「考えはしたんじゃねーか。けど、まああれだな」


 サーノはふんわりと微笑むと、オリヴィアの頭を撫でた。

 蛇の胃液でぐちゃぐちゃとかき混ぜられる金髪を、懐かしそうに眺めている。


「いつものゴテゴテしたドレス姿よりも、これくらい野性的な姿のほうが、シンプルで好きだな」


「……~~~!?!?」


 ボンッ、と、オリヴィアの顔面がマグマのように真っ赤に熱くなった。


「姫さんもガキの頃は、このくらいやんちゃな服装してたんだけどなぁ。木登りしてたら落っこちてギャンギャン泣いてよ、こうやって頭撫でてやるとすーっと落ち着いたもんだ……」


 対するサーノは、ノスタルジーから来る優しい表情だった。粘着質な音を立てる金髪を、飽きもせずくしけずっている。


「あ、あわ、あわわわわ……サーノがえっちなことを言い出しましたわ……」


 ぺたんと地べたに女の子座りするオリヴィアは、すっかり口がふにゃふにゃと緩んで、正気ではなかった。


「えっちってなぁ、洞窟生まれ洞窟育ちの感性だから仕方ねぇだろ……ってか、うん? どうした姫さん、毒でも回ったか。顔真っ赤だぜ」


 オリヴィアの様子がおかしいことにようやく気付いたサーノの頭上に、蛇の胴が振り下ろされた。

 硬質な反射音と共に、防壁に弾かれた蛇の胴は、狙いが逸れて客車を直撃した。


「あ」


「あ」


 バキバキと音を立てて真っ二つになる客車を、ふたりはぽかんと眺めていた。


「……ああもう、無粋な蛇さんですこと! サーノ、さっさと退治してしまってくださいまし」


 ぷんすか怒るオリヴィア。


「へいへい、任せときなさいって」


 サーノは頭を切り替えて、蛇を睨みつけた。

 巨大蛇はすっかり我を忘れて、血しぶきをまき散らしながら断末魔の悲鳴を上げていた。


「ひ、ひええ……ヘレン! ヘレンどうしようこれ!」


「し、知らないわよ! どうなってるのこれ!」


 きゃいきゃいと、客車の残骸からふたつの人影が這い出てきた。


「……あ、荷物持ちのふたりか。姫さん、なんで帰さなかったんだ?」


「おかわりする姿が清々しかったので」


「身体は弱くても精神は鋼かよ」


 オリヴィアをおぶさったサーノは、兵士ふたりのそばに近寄った。


「あ、ああ!? なんてひどいお姿に……!」


「ふたりとも、軍人として最低限のことはできるよな?」


 オリヴィアを降ろしつつ、サーノは兵士から拳銃を一本奪った。


「あっ、な、何を!?」


「三十秒だけ、オリヴィアを守ってくれ。頼んだぜ」


 ウィンクひとつ、くるくると拳銃を回しながら、サーノは再び蛇に対峙した。


「さてと……大物だな。ボーナスの塊だ、こいつぁ」


 ぐぐぐ、と、拳銃を振りかぶる。片足を上げて一本足に。


「だがオリヴィアを食った以上、今日は命で思い知ってもらうぜ! 誰にケンカ売ったのかをなァ!」


 ダン! と地面を踏みしめ、


「シャアア!」


 蛇が敵を認識して目を合わせたと同時に、


「叩き込ォむ!!」


 拳銃を投げた。

 ブーメランのように回転する拳銃は、蛇の口の中に吸い込まれるように直進した。


「……脳天ダイレクト」


 投てき後のだらりと下げた腕で、指をパチンと弾く。

 次の瞬間、喉奥の拳銃のトリガーが魔力で引かれ、巨大蛇の頭頂が破裂した。

 ただの拳銃の弾でも、魔力で強化されていれば必殺の威力になり得るのだ。

 噴火したように血が吹き飛ぶ。


「グシャアァァ……」


 最期の声を上げて、巨大蛇はどさりと線路上に崩れ落ち、動かなくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ