十四話 真犯人を追い詰めよう
「作戦中止ですって!?」
ゲレプテンの街から少し離れた山中。
山林に身を潜めていたメドゥーサは、頭部の無数の蛇をわめかせながら叫んだ。
手に持った水晶玉には、フードを目深に被った人影が写っている。
『も、申し訳ありませんデミスン様。ですが、襲撃は極めて危険になりました』
フードの人影は女の声で、重ねて作戦を止めるよう説得してくる。
「……私の可愛い特別な坊やが、スムーズに夜の街に侵入できるよう、あなたは街中で待機する。そういう手筈だったわよね」
『はい。デミスン様必殺のヤマタ・アタック作戦……あまりに準備に時間がかかる上に、一度生まれた個体を移動させるのも難しい……』
「坊やはとっても大きいの。でも生命力はあんまり強くないのよね……」
『故に、私が夜中に閉ざされた街の門を開くべく、中で時を待っていたのですが……』
「説明してちょうだい。何があったの?」
作戦を再確認していくらか頭を冷やしたデミスンは、フードの女に説明を求める。
蛇の下半身はとぐろを巻いて座りなおした。
「あなたは潜入に長けたダークエルフ、そう聞いていたのだけれど」
『それは、勿論。私は魔王軍の勝利こそ、生きる目的だと確信しています故……』
「そのあなたが、やめた方がいいと言うなら、それはかなり切羽詰まった自体なのでしょうね」
『私とは別のダークエルフが現れました』
「あなたのお仲間? それが何故、作戦中止に繋がるの?」
『ダークエルフの名はサーノ。国境侵攻戦で人間に協力していたというダークエルフと、同じ名前です』
「……そのサーノは、まさかあのサーノ!? ドラゴン千匹部隊をたったひとりで壊滅させた……!」
デミスンの頭の蛇たちが、不安で再びわめきだした。
『恐らくは。物質の魔力分解及び生成を、容易く行っていました。それ程の実力があるなら、ドラゴン千匹部隊相手でも十分互角です』
「そこまで魔法を使いこなしておいて、精神を壊していないなんて……」
『いえ、おそらく精神はかなりガタガタです。魔力中毒の傾向が見られました』
「……それはなお危険だわ。いつ破裂するかわからない爆弾じゃない……!」
『ですから、作戦は中止にしてください。すぐにここを離れなくては」
「そうね、私は今すぐここから消える。あなたは? 安全に抜けられるかしら」
『機密事項が頭にたくさん入っていますから、死んでも脱出します。不安でしたら、ヤマタ・アタックを今すぐ決行するというのも……』
「坊やに食われて自殺する、と? フフフ、そこまで言うなら、その覚悟を買うわ。ここでワープゲートを開いて待っていてあげる」
『勿体なきお言葉です。私も永く魔王軍を支えたい、出迎えを頼みます。場所は──』
そこで水晶玉の映像に砂嵐が混じった。
「……どうしたの、ベルラ」
『すみません、今すぐ迎えを! 正体がバレました!』
「! そう、ならすぐ行くわ! 持ちこたえなさい!」
返事を待たずに水晶玉を懐にしまうと、デミスンは木々の影に隠れた巨大な影に話しかけた。
「坊や、起きなさい。急で悪いけど、ディナーパーティの時間よ」
「……」
巨大な影は、無数の大きな瞳を闇夜に光らせた。
サーノが扉を蹴破ると、執務室にはフードを被ったベルラがいた。
窓の外の夜景を背景に、手には水晶玉。
続いて、フィラヒルデを先頭に、銃剣を構えた兵士たちがぞろぞろと入ってくる。
「止まれ! 魔王軍のダークエルフ、ベルラ・ミム! 貴様を拘束する!」
「観念しやがれベルラ。魔法の扱いの差で、どっちの勝ちかわかるだろう?」
勝ち誇った笑いを浮かべたサーノは、倉庫から勝手に持ち出した銃剣を片手で構えてベルラに向けた。
「……油断するな、サーノ殿。どんな手札を隠しているかわからない」
「思っきしブン殴っといて今更『殿』をつけるなデカ乳野郎」
「乳は今関係ないだろう!?」
フィラヒルデは内心コンプレックスだったのか、本気で怒っていた。
サーノは適当に聞き流したが。
「……まさか、とは言わないわよ。他ならぬ英雄サーノだもの、気づいて当然よね」
ベルラは壁に立てかけていた刀を手に取る。
「行き当たりばったりで参謀ぶったのが運の尽き。いざ尋常に、メドゥーサのもとへ案内してもらうぜ」
「案内先が違うわ。地獄行きよ」
「年寄り舐めんなよ、三途の道行きは身体で覚えてんだっ!」
ベルラが鞘を捨てると同時に、サーノは執務机を踏み台に、銃剣で殴りかかった。
「だらぁっ!」
「くっ!」
振り下ろした銃剣は、火花とともに刀の腹に受け止められた。
「今だ、撃て!」
つばぜり合いのまま、サーノが背後に叫ぶ。
「サーノにも当たってしまうぞ!」
フィラヒルデは心配して確認を取ってきた。
「つべこべ言うなよデカ乳の分際で!」
「言ったな!? 総員、ダークエルフは蜂の巣だ!」
遠慮なく銃剣のトリガーを引くフィラヒルデ。
後に続いて、兵士たちも次々引き金を引いていく。
発砲音とマズルフラッシュで、執務室は昼間のような明るさになった。
「地獄の行き方を一回覚えてこい!」
サーノは武器を交えたまま、銃剣を発砲した。
「っ!?」
小さく軽い身体のサーノは反動で後ろに倒れ、そのまま地面に仰向けになった。
サーノの眼前を無数の銃弾が飛び越えていく。
「しっ、シールド!」
ベルラは魔力の防壁を生成しつつ、サーノが魔法ではなく物理法則で弾道から逃げたことに驚いていた。
「魔法に頼りっきりだからだな!」
青く光る防壁が、ベルラを襲う弾を弾いていく。
「けど、初歩的な防御魔法でとっさに鉛玉を防げるなんざ、集中力は侮れねえなぁ!」
ぐぐぐ、とサーノは身体を畳んで力を貯める。
「お次の質量はこいつだ!」
サーノが思い切り執務机を蹴り飛ばした。
一瞬で紫の魔力が机に雪崩れ込み、純粋な運動エネルギーと化して木の机を加速させる。
「っが!?」
ベルラの魔力の盾は執務机を粉々に破壊しつつ防いだが、同時に盾自体も魔力の青い光粒となって割れて消えた。
「何が魔王軍だよ、んなもんのために勉強を中断したのか!?」
サーノは跳ね起きて、魔力を流した銃剣を横に構える。
銃剣の刃が紫の光で補強され、部屋の横幅と同じ長さになっていた。
「伏せろ!」
フィラヒルデが兵士たちに命令を出し、床に飛び込む。
「でなけりゃそんな情けない防御があるかァ!」
サーノは力いっぱい、バットを振る要領で銃剣を横に振った。
「くうぅ!!」
ベルラは刀を縦に構え、刃を受け止めた。
刃と刀がぶつかった瞬間、紫の刃が消え失せた。
「何っ!?」
「っとと!」
フィラヒルデが予想外の事態に声を上げ、サーノは勢いのまま、素の長さに戻った銃剣を空振った。
「しぇああぁぁーっ!!」
鬼神の如き咆哮と共に、ベルラが斬りかかってくる。
「っく、最果ての『孤鋼石』!?」
サーノは銃剣で受け止める。
が、ベルラは勢いのまま、目にも止まらない連撃を繰り出してきた。
「珍しいもん持ってんなぁ!? 魔力の流れを停止させる鉱石! 世界の端っこでしか採掘できないんだってな! しかもそいつを武器に仕立てるとは、いよいよドワーフにも魔王軍堕ちするヤツが出てきたか!」
辛うじて銃剣でいなしつつも、好奇心を抑えきれてないキラキラした表情でサーノは話しかける。
「くぅ! そのような! 人間風情の! 大量生産のっ、武器で! この銘刀を! よくもかわす、流石は英雄っ、ね!」
「はじめて見たぜ実物! ていうかこんなさぁ! 一本の刃物にするとか! 滅茶苦茶な量が必要だったろ孤鋼石! どこから盗んできたんだ?」
「盗んでっ、なぁい! 孤鋼石は、人間風情がっ! 持ってちゃあ! いけないでしょうっ!」
「それを泥棒っつーんだよ!」
「サーノ避けろォッ!」
剣閃を掻い潜って、フィラヒルデが乱入してきた。
その手に握られているのはレイピア。
レイピアと刀がかち合い、金属が軋む音を響かせる。
「ちぃ!」
「ヒュー、でしゃばるねぇ!」
サーノはベルラの足元を掻い潜って、弾痕だらけの壁際に退避した。
「サーノの銃剣では魔力の効かない刀相手に無力だ! 任せておけ!」
「そりゃそうだ、頑張れよ」
サーノは手元の、傷だらけで今にも真っ二つに折れそうな銃剣に目を落とした。
「あーあ、気に入ってたんだけどなぁ。あわよくば、こっそり報酬代わりにもらおうかと思ってたのに」
「貴様のものではないんだぞ!?」
「厚かましいわね! 勝手に持ち出したくせに!」
何故か息を揃えて糾弾してくるフィラヒルデとベルラ。
「まあ、人間のお前でもどうにかはなるかもだがな、フィラヒルデ。けど木の枝みたいな細っこい剣でどうすんだよ」
「人間の技術力は日々進化している! 御覧にいれよう!」
フィラヒルデがレイピアを強く握ると、刃の部分が高速で回転し始めた。
「これが王都の新兵器『ドリルレイピア』だッ!」
回転するレイピアはガリガリと刀の刃を削りつつ、回る力で刀を絡めとる。
「きゃあっ!?」
前のめりに体勢を崩され、転がりつつ慌てて距離を取るベルラに、フィラヒルデは隙を与えないよう踏み込んでいく。
「そっ、そんな細い刃渡りで!?」
「回転の速さ、溝の角度、材質の配合! 王都お抱えの武器開発チームが、人類数千年の叡智を結集させた! せいぜい魔力しか散らせぬ刀では太刀打ちできまいッ!」
逃げるベルラ、攻め立てるフィラヒルデ。
「よっしゃあ! やっちまえフィラヒルデ! 軍人のケツは軍人が拭くもんだよやっぱ!」
「同族の後始末を押し付ける気か!?」
「嘘だよ、ちゃーんと援護してやるさ!」
サーノはシンプルな魔力の光球をぶつけてやるつもりで、右手に魔力を込めていく。
執務室の出入り口は兵隊たちに塞がれ、五階なので窓からも逃げられない。手練れの戦士ふたりによる絶え間ない攻めもあり、ベルラを無力化するのも時間の問題だ。
「くらいやがれ!」