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十三話 詰所を逃げ回ろう

「とまれ! 脱獄犯め!」


 地下室から飛び出て、しばらく闇雲に廊下を走り回っていたサーノは、また兵隊に発見されてしまった。


「めっちゃ急ぎなんでお茶は後な!!」


 サーノは壁に手を当てると、魔力を流し込む。

 石造りの壁は小石に分解されて崩れ落ち、子供ひとり通れる程度の穴が開いた。


「くそっ! また逃げたか!」


「お前らもしつこいんだよ、先回りしやがって!」


 サーノは穴をくぐって、武器の積まれた倉庫の天井に同様の穴を開けると上の階に逃げる。


「どうにも先回りされてるんだよな、さっきから……!」


 脱獄してからすぐに見回りの兵士に発見され、それ以来とても統率の取れた動きで、詰所の奥へ奥へと誘導されている。


「これってやっぱ、予想が的中……で、向こうにも気づかれてるんだよな、多分!?」


 廊下を透視の魔法で覗くと、既に多数の兵隊が扉を囲んでいた。


「いざとなったら蹴散らすけど、それ姫さんが悲しむんだよな……『雇い主不在の場で悲鳴の嵐を起こすなんて悲しいですわ』、とか、『雇い主が社交界で護衛も御せないとなじられる気分がわかりますか?』、とか……なんか別に悲しまれてもいい気がしてきたな」


 透視の魔法を催眠魔法に切り替え、壁越しに放射していく。


「亜人相手ならともかく、人間相手にうかつな暴力はお尋ね者の第一歩。殺したいわけじゃあないんでね……慎重にいかないと」


 バタバタと倒れていく気配。

 それに交じって、かすかな違和感をサーノは感じた。


「……抵抗感、催眠魔法がぶつかった感覚だな。でも集団相手に統率の取れた催眠をできるようには見えなかったぞ。そこまで魔力に漬かってなかった……そもそも上書きの衝撃で簡単に退けられる程度の催眠だ、深くはないはず……」


 ぶつくさと考えをまとめながら、壁から手を放す。


「……食いものの質が判断できてない?」


 牢屋での会話を思い出したサーノは、


「……畜生! 配下がいるとは思ったが、自前の兵隊を変装させてるんじゃあなくって、もといた兵士を操ってやがるんだな! そっちかよ、油断したぜ……!」


 舌打ちしてから、扉を体当たりで開いた。

 前転しながら廊下に着地すると、足元には倒れた兵士たち。

 廊下の左右には、大量の銃剣が構えられていた。


「鬼ごっこは楽しめたかな」


 兵隊の人垣を抜けて、フィラヒルデが現れた。

 手には銃剣。油断なくサーノに向けられている。


「……待て、まずこいつらの治療が先だ」


「治療だと?」


「毒だ。毒で意思を弱らせたところに、催眠魔法を乗せられてる」


「……ほう」


 フィラヒルデは感心したように見える。


「下手したら脳に回り切ってる可能性もあるが、処置無しよりよっぽどマシだろう」


「そう言って、貴様が何らかの魔術的手段で逃走する恐れは?」


「その可能性はゼロだ。理由、聞くか?」


「興味はあるな」


 フィラヒルデは待つとは言うが、銃剣はひとつも降ろされていない。

 サーノは自分自身を親指で指差した。


「だってさ、これが犯人なら、他にもまだ催眠魔法の支配下な兵隊がいるはずだろ」


「毒に催眠を重ねるなどと回りくどい手を使うタイプならば、保険はいくらでも欲しくなる。むしろ貴様の足元に固まってるのが不自然だ。当然考えられる話だな」


「その場合、ねーちゃんはどいつが催眠食らった兵士か気づく前に、バン! だぜ」


「用意周到であれば逃げる必要はない、なるほど一理ある。しかし、貴様が無実ならば、それこそ犯人とやらは貴様を生かす理由があるまい?」


「それもない。そもそもこの場にいないのに命令できるような、そこまで複雑な行動ができる催眠じゃあないのもあるんだが」


「どの兵士も黙って推理を聞いていることから、それも推察できるな」


「それとは別に、だ。見てわかるダークエルフが生きてる限り、ヤツへの嫌疑が後回しになる」


 サーノは耳をぴくぴく動かして見せた。


「……こいつらの精神を操っているのは、ダークエルフの潜伏者、と? そう言いたいのか」


「目的は知らんが、三か月かけてこの街に根を降ろしてる。いつ、何をしでかすかに関わらず、デコイがあるなら安心できる」


「ふむ。たいした推理だ。であれば、次に明かすべき情報もわかるな?」


 フィラヒルデの瞳は冷徹だ。


「犯人のダークエルフがどこにいるか? だろ。そいつの目星もついちゃいるのさ」


「優秀なことだ」


「でも言っても信じてくれるかなぁ。あんたらの身内だぜ?」


「そうかもしれんな」


 フィラヒルデは驚かない。サーノはその態度を不審に感じた。


「意外か? 毒を気づかれずに盛るなど、仲間でなければ無理だろう」


「……ああ、それもそうか」


「毒が事実なら、な。だから、聞くだけは聞こう」


「というかさ、どこからダークエルフが潜んでるって知ったんだ?」


「そういう貴様も、何故すぐに逃げず、詰所を無暗に走り回った?」


「……まさかフィラヒルデ、てめぇ疑いを確実にするために」


「あと一押しが足りなかったのでな。協力ありがとう、ガノ砦防衛戦の英雄サーノ殿」


「……まあ、いいさ。こっちもあんたに会いたかったんだ。話がすんなり進むのはいいことだぜ」


 フィラヒルデは銃剣を降ろした。

 サーノが犯人の名前を告げる。


「ベルラはダークエルフだ」


「……フ」


 にやりと笑ったフィラヒルデは手を挙げると、


「総員! お互いを殴って気絶しろ!」


 勢いよく振り下ろし、その場の兵隊たちに命令を出した。


『了解しました!』


 武器を捨て、取っ組み合いの喧嘩を始める兵士たち。

 サーノは足元の兵士たちに紫色の魔力を流しながら、喧噪を聞いていた。


「寝てたほうが催眠解除はやりやすいって、よく知ってたな。助かる」


「軍学校で習うことだ。それよりもベルラだが、同志だから気づけた、といったところか?」


「いや、細かいボロを拾ってようやくって感じ。あの野郎、耳を削って人間に成りすますとはな。売れば高いとはいえ、正気の沙汰じゃねぇぞ」


「そう、耳が丸かった。故に、私も疑いを確実にできなかったのだ」


「ヤツはエルフだから、鍵の使い方を知らない。取調室の鍵を魔法で開けた跡があった。不自然な照り返しのドアノブだ」


「魔力に敏感な亜人ならではの着眼点だな」


「時間にルーズだからメシの時間も守らせられない、毒で身体が弱ってる軍人には食いものの善し悪しなんざ判別できない。ちょっとずぼらな人間程度の特徴だが、同じダークエルフから見りゃあからさまよ」


 周囲で兵隊たちが倒れていく。最初の兵隊の解毒を終えたサーノは、次に取り掛かった。


「そういうフィラヒルデは、なんでベルラを疑ってたんだ。一応先輩だろ?」


「それに関しては、ヘレンとスシミアを同行させたスティンバーグ社爵令嬢が安全なことを証明するためにも説明しておく必要があるな」


「そうだった! 荷物預けたふたりが洗脳されてない保障は無い! その場合人質にされかねない!」


「ベルラを疑った理由は、サーノ殿と同じくささいな違和感の積み重ねだ。食器の扱いが下手、身のこなしは並みにも関わらず模擬戦で常勝……亜人特有のおごりかもしれんな」


「それ以前の、魔王軍潜伏の情報の入手元の話をしろよ。急げ急げ」


「では手短に。一か月前に私はこのゲレプテンに異動してきたが、これは半年前から決まっていた。ベルラがここに現れる前に」


 フィラヒルデは殴打の音と怒号をバックに、回想を語る。


「着任してしばらくすると、医務室で安静にしていたひとりの兵士から呼び出された。王領護警団ゲレプテン警隊団長だ」


「怪我でもしたのかよ」


「風邪を引いたので薬を飲んだら、状態が悪化したらしい。神経毒との相性の問題だったのだろう」


「えらい人まで洗脳されてたのか。支配の土台である毒の均衡が崩れて、我を取り戻した……?」


「そうだ。団長は三か月前、ゲレプテン西の小さな山で魔王軍発見との報告を聞き、全軍で出撃した」


「物騒だが、魔法相手には十分な用心だな」


「そこにいたのは無数の蛇だったそうだ」


「は? 蛇?」


サーノは予想外のワードに一瞬魔力を途切れさせた。


「一匹一匹が人間の大人サイズ。操っていたのは、下半身が蛇の女」


「……メドゥーサだな。ずいぶんと大物が出てきたぞ」


「不思議とひとりも殺されず、全員が毒で弱らせられたうえで、ダークエルフの魔法にかかったらしい」


「一律で単純なものをかけるなら、催眠はさほど難しい魔法じゃない。『ベルラを仲間と認識したうえで、普段通りの生活を行え』ってとこか」


「洗脳が解けた団長は、ダークエルフの名前を告げる前に病状が悪化。未だ昏睡状態だ」


「口封じってとこだな……毒を強める魔法だろう。それでも確殺といかないところをみるに、やっぱりベルラは魔法全般にあんま優秀なタイプじゃあないらしいな」


「全てが終わったら、団長の治療も頼むぞ」


「余裕あればな。つまりは毒を盛ったって話に驚かなかったのはそもそも知ってたからで、山狩りに同行してないから、あんた直属の部下は安全だってことか」


「いや、私がベルラなら、私の部下にも同じように毒を与えて洗脳し直すだろう」


「……待て待て、それじゃあてめぇももしかしたら、ってことじゃあねーか」


「その通りだ。故に」


 フィラヒルデは、おもむろにサーノを殴った。

 力の限り。


「ぐげぇぇえ!?」


「私にも念のため、解毒を頼む」


 廊下をボールのように跳ね転がるサーノに、自らの左頬を指差してみせるフィラヒルデ。


「げはっ、ぁふ……そ、それが他人にもの頼む態度かてめーっ!」


「ああそうそう、ヘレンとスシミアが絶対安全な理由だったな」


 怒り心頭で殴りかかってくるサーノに、フィラヒルデは涼しい顔で告げた。


「身体が毒に耐えられないくらい弱いからだ」


「ダークエルフの権謀術数渦巻いてる街で、なおさら安心できるかーっ!」


「ごばぁぁっ!」


 綺麗な腹パンチが入って、フィラヒルデは廊下を転がっていき、壁にぶつかって動かなくなった。


「んな奴らに荷物持ちさせんな! フィラヒルデ、てめえはあとで泣かすッ!」


 サーノは怒り任せの魔力の濁流で廊下を包み込む。


「とっとと治って、起きたらキリキリ仕事しろ!」

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