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十二話 牢屋に入ろう

「ここがあなたの牢屋よ」


 ベルラはサーノが牢屋に入ったのを確認すると、背後の兵隊に頷いて鍵を閉めさせた。


「ひんやりしててちょっぴりじめじめ。故郷の洞窟を思い出すな」


「そうかしら。気に入ってくれたなら、大人しくしててね」


 言い残して、ベルラは立ち去ろうとする。


「……あっ、ちょっと待て、日焼けのねーちゃん!」


「……これは地肌よ」


 うんざりした顔で、ベルラが戻ってきた。

 鉄格子越しにサーノは聞く。


「メシは何時?」


「一日二回、朝九時と夕方七時」


「おっけ。お仕事頑張ってこい」


 サーノはいい笑顔でベルラの太ももをぽんぽん叩いた。


「……調子狂うわね……」


 笑うか馴れ馴れしさに怒るか決めかねたまま、今度こそベルラは牢屋のある地下室から立ち去った。


「……ありゃ、そういや時計がないな。どうやってメシの時間だってわかるんだ?」


「あいにく時間ピッタリには来ないよ」


 同じ牢屋の老婆が答えた。

 牢屋の中にはすでに三人が入っている。サーノで四人目だ。

 老婆の他には、十五歳程度の女の子と、四十程度の女がいる。


「そうそう! なんだか不愛想な軍人が、黙ってメシを置いてくんだが、たまに時間から一時間は越えても持ってこねぇことがあるぜ!」


 隣の牢屋から男の枯れた声が聞こえた。


「なんだって、時計もないのに時間がわかるんだ?」


「そりゃおめぇ、俺が時計屋だからよ!」


「……そ、そっか」


 説明になってない気がしたが、声がデカくて勢いが強かったので、サーノは深く追求しなかった。


「……えっと、ご飯も冷めてることが多くて……」


 恐る恐るといったように口を挟んできたのは、同室の少女だ。


「多分……作ってから時間が経ってるものを持ってきてるのかな、って……」


「牢屋にほかほかのメシが運ばれてくるわけもないと思うんだけどな……」


「その他にも、わたし、パン屋だからわかるんですけど、出されるパンの質が一定してなくって」


「なんだそりゃ」


 サーノは鉄格子に背中を預けて座り込んだ。


「真新しくて高級な麦を使うことがあったりするんです。と思えば、カビが生えたものを置いて行ったり……」


「そいつは確かに滅茶苦茶だな……」


「刑期も滅茶苦茶だし、この街の司法はどうなっちゃったんだか」


 四十過ぎの女性が、天を仰いで嘆いた。


「あたしなんか、ひと月牢屋で悔い改めりゃ出してくれるって約束だったのにさ。かれこれ四か月になるよ」


「……」


 そこまで聞いて、サーノは真剣な表情になった。


「……姫さんは、このゲレプテンの街は特別無法地帯とも言ってなかった」


「三か月くらい前から、あたしらの扱いがおかしいんだ」


「そうだよ、この小娘なんか、とても牢屋に入れられるような罪じゃあないんだよ」


 老婆と女性が口を揃える。


「……お嬢ちゃん、罪状は?」


 サーノの質問に、少女は真っ赤になって小さく答えた。


「…………わ、悪口を、お母さんに……」


「……どんな悪口だよ」


「で、でべそー、とか……それで喧嘩になっちゃって……」


「王都の領土で王都の法律が適用されるんだから、その程度で捕まえてたらおかしいぜ」


「だろう? おかしいのさ。今日までの三か月、軍人さんにやる気が全然ない」


「……やる気なら、フィラヒルデは満ち溢れてたが」


「フィラヒルデ? 誰だいそりゃ」


「あ?」


 老婆の言葉にサーノの思考は停止したが、答えは少女が告げてくれた。


「あのねおばあさん、フィラヒルデさんは一か月くらい前にこの街に来たのよ。おばあさんはもう半年牢屋にいるんだから、知らなくても無理はないわ」


「けっ、ホントならとっくに娑婆を歩いてたってのに」


「……ベルラは? ベルラっていう、さっきのねーちゃんは知ってるか?」


「ベルラさん? ベルラさんは三か月前に赴任してきたって……そういえば、ベルラさんが来てからです。この街の軍人さんがおかしくなったのは」


「本人は真面目そうだったけどな」


「そうだぜ、馬鹿言うなよお嬢ちゃん!」


 時計屋の親父が隣の牢屋から大声で語り掛けてきて、少女はびくりと縮こまった。


「俺の同室の痩せた爺さんに、毛布を持ってきてくれたのはあのベルラちゃんだぜ!」


「風邪を引いたって言ったときかい? 見るも哀れなくらいおろおろしてたねぇ、ベルラちゃん」


 老婆もうなづく。


「……そ、そうですよね……偶然ですよね」


 少女は引き下がったが、サーノは嫌な予感がしていた。


「……鍵だ」


「? どうしたんだい、ダークエルフさん。顔色を変えて」


 女性が心配そうに話しかけてきたが、サーノはひとつの「とんでもない仮説」を組み立ててしまい、既に平静ではなかった。


「なあ、牢屋の野郎共! あのベルラってねーちゃん、一度でも鍵を開けてたか!? 牢屋の鍵!」


「か、鍵……ですか?」


「なんだい、そんな急に血相変えて……」


「これは真面目な話だ。下手したら、ゲレプテンは壊滅する」


「……なんだそりゃあ」


 同室の女たちは怪訝そうにしていたが、隣の時計屋は考える素振りもなくすぐに答えた。


「俺は時計屋、細かい部品の使い道も一目で記憶しなきゃいけねぇ! だから自信もって答えられるんだけどよ! そりゃあ一度もねぇな! いっつも部下に開けさせてやがるぜ!」


「……それはとても……とってもマズイ話だな!」


 時計屋の返答を聞くなり、サーノは鉄格子を握り締めた。

 鉄格子に紫色の光が流れていく。


「おいおいおい、新入り! 入ってすぐ脱獄かい!?」


 今度は老婆が詰め寄ってくる。


「悪いが、これほっといたら、オリヴィアの命の危険にも直結しかねないんでな!」


 サーノは魔力が流れて柔らかくなった鉄格子をもぎ取ると、適当に廊下に投げ捨てた。


「一大事だから、これで失礼するぜ! 何が起こるかわからんから、軍人には近づくなよ!」


 地上への扉を蹴破ると、サーノはあっという間に地下室から姿を消した。


「……な、なんだったんだ、ありゃ」


「ダークエルフの人って、よくわかりませんね……律儀に牢屋に来たかと思えば、すぐ逃げたり」


 少女と女性は顔を見合わせて首を傾げていたが、老婆は牢獄中を埋め尽くしたさざめきに耳を澄まして、ひとりほくそ笑んでいた。


「な、なあ、確かにベルラさんは鍵なんて使っちゃいないが、それ自体はおかしい話なのか?」


「私は何度か投獄されてるけど、大抵の軍人さんは自分で鍵開けてるわよ」


「わしは見たぞ! あのベルラって娘、不器用なんじゃ!」


「ああ、ソレガシも見た! レストランで何度もフォークを落としていた!」


「そういやスプーンで肉刺してた!」


「ベルラさん、ドジっ子だったのか……!」


「だからってそれが、ダークエルフがあんな慌てて出てくようなことかなぁ?」


「……何笑ってんだ、婆さん」


 女性は気味悪そうに老婆から離れた。


「そりゃあ、この後ここに鍵束持った軍人さんが降りてくるからさ。騒がしいけりゃ、様子見に来るだろ」


「だから何だってんだい」


「そいつから鍵を奪って、罪人を全員解放して、あたしも逃げ出すのさ」


 ……この後、地下室の罪人達に視点が移ることはないため、ここで明かしておく。

 結局、鍵束が降りてくることはなかった。







「あ、あの、オリヴィア様……」


 ペペは三人分の夕餉を台車に乗せて、テーブルに乗せていく。

 純白のテーブルクロスを囲んでいるのはオリヴィアと、サーノの代わりに荷物を運んできたふたりの軍人。

 軍人ふたりは、顔を見合わせながら恐縮そうにしている。


「引き留めて構わないんですか?」


「サーノの代わりになれるんですのよ? おふたりにはきっとご利益がありますわ」


「は、はあ」


「それは、もう、ありがとうございます……」


 オリヴィアはニコニコしながら、フォークとナイフを手に取った。


「荷物を持っていただいたお礼でもありますの。どうぞ召し上がってくださいまし」


「あ、はい、どうも……」


「違うでしょスシミア! この御恩一生忘れません、でしょう」


「あ、えっと、すみません!」


「うふふ、いいんですのよ。普段通りに召し上がってください」


 汽車のテーブルサイズ相応にコンパクトではあるが、十分貴族的な豪華さを備えたディナーを前に、ふたりの軍人は恐縮するばかりだった。


「……うーん」


 和気あいあい(?)と進む会食の前で、メイドの役目をいつでもこなせるようスタンバイしつつ、ペペは不思議な感覚を覚えていた。

 手のひらをこすり合わせて、感慨に浸ってみる。


「どうしました、ペペ?」


「えっと、その……、サーノ様って、だいたいフォーク一本でなんでも刺して食べますよね」


「そうですわね。お行儀は良くないですけど、あれはあれで豪快でワイルドで素敵ですわ」


「だから、こんな何本もカトラリーを並べるのは久々です。メイドやってる感じがします」


 ペペははにかみながらも微笑んだ。表情が「楽しい」と喧伝している。


「ふふ、ペペはメイドするのが大好きですものね」


 温野菜を口元に運びながら、オリヴィアは語る。


「でも仕方ないですわ。サーノ曰く、エルフは細かい金属製の道具の用途を、全然区別できないそうですから」


「そうなんですか?」


「全部武器に見えるそうです。小さければ矢じり、大きければ剣。そういえば、貨車の鍵を食器に混ぜてしまったこともありましたわね」


「あー、あれはびっくりしましたね」


「落ちてたのを拾ってくれたのは良かったのですけれどね……あむ」


 オリヴィアはとても美味しそうに、夕餉を楽しんだ。

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